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魔族たちに連れて行かれた人たちの人相を聞いて、アムルはそれらが間違いなくフレイたちだとわかった。 フレイたちがサマンオサに現れたとして、どうやって自分がここにいる事を知ったのだろうか。 思い浮かんだ人物は一人だけであり、自分にサマンオサへと行けと言ったのはシンを名乗った、ザイオンである。 フレイたちにも接触を果たしたのか、とにかく捕らえられてしまったのなら助けなければならない。 「ねえ、その人たちを助けてあげて。多分その人たちは俺の姉ちゃんと仲間だよ。間違いない」 「助けてっと簡単に言うがな、坊主。そりゃ無理だ。もちろん助けてやりたいのは山々だが……」 報告を持ってやってきた男は、アムルの瞳を真っ直ぐ見れないと顔をそらしてしまう。 助けられなかったからこそ、報告だけでもとやってきたのだ。 「サニィ姉ちゃん！」 「悪いが坊や、俺もこいつらとは同意見だ。ここは海の上じゃない。船もなけりゃ手下もいない。俺は坊やを守るので精一杯さ」 「そんな……」 「ピィ……」 アムルの声に重なるようにキーラの悲しそうな泣き声が響く。 誰もが助けてやりたいがと思いながらそれを実行できない無力さから顔を背ける中、レイモンドだけは違った。 助ける事が出来ないのは同じであったが、彼だけは別の事へと頭を働かせていた。 オルテガの息子らしからぬ、アムルの言葉にへだ。 助けに行こうではなく、助けてと懇願したアムルに、疑問がわいてくる。 「お前、本当にオルテガの息子なのか？」 レイモンドが呟いた疑問に、最初は誰もが目を剥いた。 だが一人、また一人とレイモンドと同じようにアムルの姿勢に気付き視線を強めていく。 誰もがレイモンドと同じく、アムルを疑っていた。 「嘘じゃないよ、俺は本当にオルテガの息子だよ！ ただ……」 「坊や？」 勢いよく反論したかと思いきや、アムルは俯き涙目で唇をかみ締めた。 オルテガの息子だと認められなかった事が悔しいのではない。 レイモンドやその仲間達が疑いの眼差しを向けることになった理由をアムル自身も察したのだ。 「精霊ルビスと約束したんだ。もう二度と戦わない、勇者としての力を望まないって。中途半端だった俺の力のなさのせいで死んじゃった兄ちゃんを生き返らせてもらう為に、勇者としての力を全部捨てたんだ」 「断片的な情報だが、想像ぐらいつく。精霊ルビスとの約束と言うのも興味深いが、あえて言おう。随分勝手な言い草だな」 アムルの涙交じりの声に対する同情はなかった。 「力を捨てたから、あとはもう貴方達が頑張って下さいか。何様のつもりだ、貴様は」 「違うよ、俺はそんなつもりじゃ」 「じゃあどんなつもりで言ったんだ？」 「それは……」 「言えないだろう、言うべき言葉が見つからないだろう。当たり前だ、今のお前には発言する権利すらない。いいか、アムル」 レイモンドはアムルの頬を大きな両手で挟みこみ、揺れる大きな瞳を覗き込んだ。 アムルにはない、失くしてしまった戦う意志を持った強い瞳であった。 「力を捨てる、戦う事を止めるというのはそう言うことだ。どんな理不尽な行いに対しても抗う事は許されず、ただ弄ばれ続けるしかないんだ。特にこのサマンオサという国ではな」 レイモンドの言いたい事はわかるが、アムルはそんな風に考えた事もなかった。 戦う事を止めれば、ただフレイとの幸せな毎日が待っているとだけ考えていた。 それが実際はどうだっただろうか。 自分の事情などお構いなしにアリアハンに現れたバラモスとシン、続いて自分を置いて行ってしまったフレイ。 せめてフレイだけでもとアリアハンを飛び出せば本物の荒波にもまれてたどり着いた海賊のアジト。 本当に、レイモンドの言う通りであった。 力を捨ててもセイが生き返った事意外には、良かった事など何一つなかった。 「少しならだけ待ってやる。このまま帰るか、俺たちについてくるか。力の有無など関係ない、ただ覚悟を決めろ」 「ついていくよ。俺には何もいう権利なんてなかったかもしれない。でも確かめたかったんだ。このままでいいのか、俺はもう一度取り戻さなきゃいけないのか」 「よし、ならば案内しよう俺たちレジスタンスのアジトへ」 旅の扉のある祠に魔族がいたことや、今さっきレイモンドが行ったレジスタンスという言葉。 まだサマンオサで何が起こっているのか正確なところはわからないが、黙って二人のやり取りを聞いていたサニィは腰に挿した誘惑の剣に触れた。 どうにもアムルを守りきれるのか、不安になりそうな心を愛用の武器に触れる事で払拭していた。 何もかもが突然の連続であった。 アリアハンに帰ってみれば、アムルの疾走と、ライラが過労から倒れた事を聞かされた。 どちらも心配で身動きが取れない頃に現れたのは、闇の勇者シンであった。 そのシンから何故かもたらされたアムルの情報を頼ってみれば、サマンオサの旅の扉を潜ってすぐ捕らえられる始末。 そして今、フレイたちは手を後ろにして縄をかけられながらサマンオサの城、謁見の間に放り込まれていた。 「どう、解釈すべきかしら？」 フレイの呟きに、レンもセイも答えてはくれなかった。 確かに自分達を捕まえたのは肌や髪の色から魔族たちであったが、連れてこられたのはサマンオサの城。 今だサマンオサの王が現れていないものの、周りに控えているのは全員魔族らしき人たちばかりである。 「ちょっと、誰か説明しなさいよ。さもなきゃ縄ほどきなさい。いい加減腕が痛いのよ！」 「フレイちゃん、無駄に強気にならないでくれ。どうせ痛い思いするのは俺なんだからさ」 「聞いてんの！」 「フレイちゃんもね」 何の反応も返さず冷ややかな視線をよこす魔族たちにフレイが怒鳴るも、反応は変わらずである。 いい加減フレイが爆発しそうになっていると、謁見の間の奥にある扉が開いた。 王様の私室へと続く扉であるらしく、現れたのはサマンオサ王らしき人であった。 年の頃は中年に差し掛かった頃だが、体つきは王族らしくなくがっしりしており、目つきも獰猛な肉食獣を思わせるほどに鋭い。 つい先ほどまで怒鳴り声を上げていたフレイがさっさとセイの後ろに隠れて身代わりを立てるほどである。 「お前達が、今回捕らえられたものたちか。気に入ってもらえたかな、サマンオサの国を」 旅の扉を潜った者を常に捕らえているかのような口ぶりであった。 まるで仕掛けた罠に獲物がまんまと飛び込んできたような笑みを王が見せる。 「なかなか手厚い歓迎痛み入る。だが手厚すぎるのも居心地が悪いものだ。早々に解放してくれるとありがたいのだが？」 「そうはいかん。わざわざ遠い地アリアハンからおいでになった一行を黙って帰してはサマンオサの名折れ」 フレイたちの誰一人としてアリアハンと言う国の名を出していないはずだ。 何故こうもすんなりとアリアハンの名が出てくるのか、驚くフレイとは対照的にレンとセイは視線を鋭くしていた。 「貴様らには確かな力がある。だが足りなかったのは自覚だ。勇者オルテガの息子と娘。ジパングの女王巫女の妹、ダーマの元神官長兼僧兵長。今や我らの中で貴様らの名を知らぬものはいない」 サマンオサの王は、確かに我らといった。 その我らに含まれているのはサマンオサの国民ではなく、フレイたちを取り囲む魔族たちへと向けられた言葉で間違いなかった。 今目の前で玉座に座る人物はサマンオサの王ではなかったのか、その疑問を解消するよりも前にフレイたちの腕を縛っているロープが引っ張られた。 痛みを訴えればなおさら強く引っ張られ、無理やり立たせられる。 「しばらく牢屋に入ってもらう。そして近いうちに貴様らは公開処刑とする。我らの苦しみを癒す為に、苦しんで、苦しんで、苦しみぬいてもらうぞ」 サマンオサ王が漏らした言葉には、気を張っていたセイやレンの背筋でさえ凍らせるほどの恨みが込められていた。 魔族に対してまだそれほど直接的な対決は無かったはずなのに、何を恨まれる事があるのだろうか。 サマンオサ王だけではなく、謁見の間にいた魔族全員から恨みの視線を受けながらフレイたちは牢獄へと運ばれていった。 縄を解かれてから、フレイたちは一つの牢獄に放り込まれた。 放り込まれるというよりも投げ込まれたという方が近く、フレイは湿った石畳の上で打った腕を涙目でさすっていた。 それだけに留まらず、辺りを支配する淀んだ空気やすすり泣きに、不満をありありと出して言った。 「たく、辛気臭い所ね。他の牢にはこの世の終わりみたいな顔をした人ばかりだし」 「当たり前だ。牢屋とは本来そう言うものだ。とは言うものの、どうにも手当たりしだいといった感があるな」 自分達よりも前から牢屋に居るらしき人たちを眺めると、レンの言う通り共通部分を言い当てるほうが難しかった。 明らかに城の兵士と解る若者や、同じく城のメイド。 かと思えば表通りを普通に歩いていそうな普通のおばさんでさえ、牢屋に放り込まれている。 強いてあげるとするならば、フレイの言ったこの世の終わりという顔をしている事だろうか。 「あのさ、二人とも随分余裕だよな。俺たち死刑宣告を受けたばかりなんだぜ。もうちょっと落ち込もうぜ」 「旅の扉以降、色々ありすぎて頭が追いつかんのだ。武器を奪われたこの状況では、鉄格子を斬ることもままならんが。本格的にまずいな。ようやく怖くなってきたぞ」 少しずつ状況を理解して顔色を悪くし出したレンとは違い、フレイは相変わらずの明るい様子で言った。 「何悲観してんのよ。運良くコイツは取り上げられなかったわよ」 そう言ってフレイが懐から取り出したのは悟りの書であった。 それはそれで取り上げて欲しかったとでも言いたげに、セイは距離を取り、レンは挿しても居ない剣に手を伸ばそうとしていた。 「まだ直に見せられるのは心臓に悪いな。それで、何がというか。どんな恐ろしい事が出来るんだ？」 「それが解らないから怖いわよね。私が覚悟って奴さえすれば凄い事になりそうだけど」 「アムルを選ぶか、世界を選ぶかの覚悟か。俺たちが考えていた以上に、オルテガの息子って事以上にアムルには大きな力があるみたいだな。ここにいないアムルの話をしても仕方ないけどさ」 脱獄の為の手が無い為、一時的に三人の思考が悟りの所に迫られた覚悟へと流れた。 軽い現実逃避でもあったのだが、コツリと鳴った足音に反射的にフレイが悟りの所を再び懐に隠した。 自分達を牢屋へと放り込んだ魔族たちが立ち去ってからまだそう時間は経っていない。 ただの見回りか、牢屋の中で身構えた触れいたちであったが、足音から解る重さがやけに軽い事に気付く。 屈強な戦士には程遠い、ただの女性の足音であった。 「皆様、こちらでしたか。皆様がオルテガ様に縁のある人だと聞いて、コレをお持ちしました」 現れたのは人間だとわかる若い女性のメイドであった。 そのメイドがフレイたちに差し出してきたのは、奪われた武器であった。 アマノムラクモの剣にさざなみの杖である。 魔族たちがわざわざ奪った武器を返すはずもなく、女性は警戒させないように笑みを見せて言った。 「私はこの城に残る数少ない人間です。悠長に状況を説明する暇はございません。どうか、脱獄を手伝う代わりにとある人に会って欲しいのです」 「交換条件というわけか。断れる状況ではない事は解っているだろう。誰だ、そのある人とは」 レンの言い草にも丁寧に女性は礼を言ってから続けた。 「サマンオサの状況を憂い真っ先に立ち上がった人です。この紙にアジトの場所を記してあります」 受け取った紙片をレンが一瞥し、懐にしまいこんだ。 女性がホッとした表情を見せたのは一瞬のことであり、直ぐに取り出した鍵で牢屋の扉を開け始めた。 これまでのやり取りが悠長だったわけではないのだが、ここで予定外の事が起きた。 牢屋の扉を開ける鍵の音に反応した人達が騒ぎ始めたのだ。 「おい、それはここの鍵じゃないのか。出してくれ、俺も出してくれ！」 「お願いだ、私達は何も悪い事なんかしていないの！」 悲痛な叫びを耳にして、唇を噛みながら女性はフレイたちがいた牢屋の鍵を開けた。 そしてそのまま自分は何も聞いていないかのように耳を閉じて、フレイたちに頭を下げる。 「お願いします。あの人に、レイモンドに会ってください。あの人にはあなた方のような力ある人が必要なんです」 「それは解ったけど、他の人も出してあげないと。何もしてないって」 「それは出来ません。彼らを出したとしても、また別の人間が牢屋に放り込まれるだけですから。行ってください！」 「行ってくださいって、アンタはどうするのよ」 フレイの問いかけに、目を伏せた女性は力強く微笑み言った。 「彼らを見捨てて自分だけ逃げる事は私には出来ません。許されません。新たな犠牲者を生み出さないために彼らを見捨てると決めた、私自身へと罰でもあります」 理解できないとフレイが口にする前に、レンがフレイの手を取り走った。 唇を強く噛んだセイも後に続いて走り出した。 助けてくれと懇願する多種多様な声に耳を塞いで、走り抜けていく。 短いやり取りではあったが、女性の口ぶりから何故無実の人間を牢に放り込んでいるのか理解したからだ。 今目の前に居る人達を救い出したとしても、再び無実の人間が放り込まれる事になるのだ。 恐らくは魔族が姿を偽っているであろうサマンオサ王が、恨みを晴らすように、人の苦しみから自分の苦しみを癒すように。 一体そこまで恨むようになった理由は気になるが、許すわけには行かないと三人は戦う意志を強めて走った。 「貴様達、一体何を騒いで。お前達どうやって！」 無実の囚人達の騒ぎに気付いた見張りに気付かれるが、セイがフレイとレンを追い越し駆けた。 脱獄の報を伝えようとする為に呼子を手刀で叩き落し、鳩尾に一撃入れて昏倒させる。 「しばらく眠っててくれよ。二人とも今のうちだ」 「フレイ、しっかり走れ。他人の状況を心配してやる余裕なんて無いぞ。いざとなったら、お前の呪文で城の壁を壊してでも逃げるんだ」 「なんなのこの国は。何が起こってるって言うのよ！」 知らなかったとはいえ、罪もなく牢屋に居る人たちへと辛気臭い顔をしていると言ってしまった。 自らの罪深い一言を悔やんだフレイは、何度も立ち止まりそうになる足をレンやセイに引っ張られながら走った。
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