弐萬一千HIT記念 魔法のノート


旧王立図書館の蔵書は多岐に渡り、最近の若者向け雑誌から閲覧禁止にまでなる古代魔法書まである。
その日アスカが仕事で蔵書整理を頼まれたのは、雑誌関係の棚だった。
背表紙に振られた番号からズレを修正し、破損がひどい物であれば報告をする。
単調な作業ではあるがもくもくと進めていると、ある本が目に留まった。

雑誌類のなかで全くの異彩を放つその本は、厚いカバーに覆われていた。
題名も番号札も無く、手にとってみると見た目ほどの重さは無い。

「いたずらか?」

たまにあることだが、風俗雑誌を紛れ込ませるようないたずらがあることがある。
コレもその類かと思いパラパラとめくると、真っ白なページがめくれていく。
未使用のノートのようだ。
しかし、最初の一ページだけは次のように書かれていた。

[我に願いを囁け、我に願いが写った時、汝の願いも叶うだろう]

「新手のいたずらか・・・どちらにせよくだらないなぁ」

いたずらである事と、最初の一文を読んでの感想だった。
いたずらであれば新品のノートが勿体無いし、本当であっても願い事は自分で叶えるものだ。
この考え方は、育った環境による所もあるだろう。
隣の列の本棚を整頓していたイブに呼びかける。

「なあ、いたずらだと思うけど、新品のノートが棚に混ざってた。貰っていいか?」

「棚にあったのなら、落し物と言うわけではないでしょうし・・・・・・かまわないわ」

許可を貰うと、手近な場所にノートを置いておく。
最初の一ページ以外は新品なのだ。
どうせなら誰かに使われた方がノートも幸せだろうと、誰かにあげるつもりなのだ。
ノートの事を忘れないように頭の片隅に入れて仕事を続けた。

単調な仕事なら会話をしつつ気を紛らわせるものだが、アスカもイブも、黙々と整理を続けていた。
気がめいると言う言葉を知らないのだろうか。
刻々と時間は過ぎていき、腕と腰に痛みが走り始めた頃・・・

「今日の所はこれぐらいかしら・・・ありがとう助かったわ」

「ま、仕事だからね」

図書館に備え付けられている大時計を見ると、思いの他早く終わっていた。
もう一つぐらい仕事が片付けられるかなと思い、それじゃあとその場を去っていく。
その時視界の隅に映ったのはシェリルだった。
危うく忘れかけたノートのことを思い出し、手に取ると近寄っていった。

「おっす。ノート要らない?」

「あ、こんにちわ・・・ノートですか?」

また何か書き物をしていたのか、自分が使っていたノートを見てから疑問符を浮かべた。

「さっき蔵書整理してたらさ、ほぼ未使用のノートがでてきた。俺はノートなんて使わないし・・・要らない?」

「貰っていいのなら、丁度このノートも切れ欠けですし」

チラリと覗いたシェリルのノートには、隙間を探すのが難しいほどに文字で埋め尽くされていた。
それだけ使われればノートも本望だろう、先ほど見つけたノートもそうなるようにとアスカは渡した。

「ありがとうございます。大切につかいますね」

お礼に軽く手をあげると、それじゃあと去っていく。





受け取ったノートを大事に胸に抱えながら、図書館を出て行くアスカを見送るシェリル。
どんな経緯で自分に巡って来たノートであろうと、アスカからの貰い物である。
言葉どおり大切に使おうと心に決め、表紙をめくった。
ほとんど未使用とアスカが要っていたのがコレか、最初の一ページに書かれている文章。

「我に願いを囁け、我に願いが写った時、汝の願いも叶うだろう・・・っか」

何気に文章をなぞらえ呟いた。
ノートから上げた視線が追う先は、アスカが出て行った図書館の入り口。

自分の想いは自覚しているし、アスカ自身もちゃんと自分を気に掛けて居てくれるのはわかる。
誰であろうとそこに差異はない、平等と言えば聞こえはいいのだが・・・
やはりそこから一歩抜き出るには勇気が足りない。
もし断られたら、今の関係でさえ失い気まずくならないだろうか。
そんな後ろ向きな考えばかりが浮かび、結局は何もできないまま時が過ぎていく。

「ほんの少しだけで良いから・・・積極的になりたいな」

ため息交じりの言葉が呟かれた時、ほんの僅かな光を抱いたノート。
日の下では判別できないぐらいに淡い光。
当然シェリルの気付かぬ間に、その光がシェリルの言葉をなぞらえた。

光が消えた頃には、ノートにしっかりと先ほどの言葉が刻まれていた。
何かを思い立ったように立ち上がるシェリル。
普段考えられないぐらいに無造作に使っていたノートや筆記具を鞄に押し込むと、走り出した。
途中イヴに注意されたものの、構わず図書館を走り去って言った。





「ア〜ス〜カ、さん」

まるで酔っているかのように甘ったるい声。
失礼だが、ずっしりと背中にのしかかる重みと・・・・・・柔らかい感触。
何故か追いかけてきたシェリルに、のしかかるように抱きつかれたアスカは困っていた。
シャリルの行動もそうだが、その結果集まる興味津々の視線たちに。

「あ〜シェリル、未成年の飲酒は禁止されてるんだぞ。知ってるか?」

「それぐらい知ってます。わたしは酔ってなんかいませんよぉ」

「はいはい、酔ってる人は皆そう言うんだ」

一応口では酔ったという事にしているが、そうではない事ぐらい理解していた。
なぜなら、先ほどノートをあげた時は普通だったからだ。

「ん・・・ノート?」

思い起こせばあのノート、願い事が叶うと書いてあった。
猫がじゃれ付くように首筋付近にほお擦りしているシェリルが何を願ったかはさて置いて・・・
問題解決の糸口が見つかれば簡単だ。

「シェリルさっきあげたノート返してくれない?」

「え〜、折角アスカさんがくれたのに・・・・・・嫌ですぅ」

抱きついたまま頬を膨らませてそっぽを向く。

「別に取り上げるつもりじゃなくて・・・見せてくれるだけで」

「そんなぁ、秘密ですぅ」

微妙に会話がかみ合わなくなっている。
ちなみに今よりもっとさきに、見物人は散り始めていた。
理由としては、人によってはとてつもなく不愉快だからだろう。
具体的な明言は避けるが・・・

そして段々とかみ合わなくなる度合いが酷くなるシェリル相手に、ノートを返してもらえる事になったアスカ。
意外としっかりとした足取りで立ったシェリルが自分の鞄を豪快にあさる。
「あれぇ?」「何処にやったのかなぁ?」不穏な言動が呟かれる中、シェリルの動きが止まった。
鞄から取り出された手には何も握られていない。

「ウフフフ・・・ごめんなさい。落としちゃったぁ」

テヘッと可愛らしく笑うシェリルだが、アスカの顔は珍しく青ざめていた。









当のノートの所在は、

「シェリルったら、聞こえなかったのかしら。まぁ、トリーシャにでも渡してもらえばいいか」

袋を手に提げたパティの手元にあった。
なぜかと言うと、パティの目の前を猛スピードで走り去ったシェリルが落としたのだが、
パティの制止も聞かずに行ってしまったのだ。

「急いでたみたいだけど、何かあったのかしら」

シェリルが周りが見えないほど急ぐ理由を考えてみた。

読みたかった本の新刊が出る日。
応募した新人賞の結果が載る雑誌が出る日。
その先にアスカが居たから。

前二つは納得できるが、三つ目はまさかねと自分で笑ってしまった。

「メロディじゃあるまいし」

そう言いつつも、匂いをたどってアスカにたどり着いたシェリルを想像し笑ってしまう。
すでに想像の中ではシェリルが犬か猫のような耳と尻尾をつけ、アスカにじゃれ付いていた。
実際ほとんどその通りなのが恐ろしい。

だがそれはパティの知らぬところで起こっていることだ。
余り道端でニヤニヤしていると変と思われるので、急ぎ足でサクラ亭まで急ぎ、飛び込んだ。
お帰りと言う父にただいまと答えると、昼時には遠い食堂を抜け自室へと向かった。
部屋に入り荷物をおざなりにベッドに投げ込むと、姿見を引っ張り出した。

満足する位置に姿見を移動させると、ベッドの上の袋に目を向ける。
その中身とは洋服である。
店で買ったものを思い出しどれから着ようかと視線をさまよわせると、黒い冊子のノートが映った。
そう言えばと思い出し手に取り、パラパラとめくる。
シェリルのことだから物語でも書いてあると思いきや、白紙。

「新品か・・・ん?」

一番最初のページに書かれていた二文。
[我に願いを囁け、我に願いが写った時、汝の願いも叶うだろう]
[ほんの少しだけで良いから・・・積極的になりたい]
二つの文から、先ほどのシェリルを思い出した。

何しろ思い込みの激しい子である。
自分で考えたネタでのめり込んで行くシェリルを想像する。

「まさかね・・・それより」

ノートを机に置くと、ついでに今思いついたことも放棄した。
今は何より買ってきた服を今一度試してみたいのだ。
シャツやジーンズ、サマーセーターここまでは何時も通りだが、最後のコレが違った。
スカートである。しかも結構ミニの。

スカート嫌いを自称し、最後まで買わないと誓っていたのだが、店員に押されきってしまった。
姿見の前で、今着ている服の上から重ねてみる。
ちょっと凹んだ。似合う似合わないを通り越して、女の子に見えないのが嫌だった。
例えて言うなら、クリスが女装をさせられた感じだ。
激しい動きができない等実用に向かないのも嫌いな理由だが、コレが最たるものだった。

「最悪」

早々にスカートをベッドに放り投げると、ドカっと椅子に座った。
なんともやりきれない想いが駆け巡る中、目に映ったノート。
縋るわけではないが、ちらりと横目で見ながら呟いた。

「もうちょっと・・・ほんの少しでいいから女の子らしくなりたい」

閉じられたノートが僅かに光った。
ばっかみたいと思いそのままぼうっとしていると、違和感がした。
普段決して触れない首の根元辺りに髪の毛の感触がしたのだ。
美容院にいかなきゃなと思ったが、

「って、先週行ったばっかよ!」

急いで姿見の前に立つと、信じられない事にショートからボブ辺りにまで髪が伸びていた。
しかも止まる気配は無く、まだ伸びている。
まさかと言う想いだが机の上のノートを開いた。
文章が二行から三行に増えていた。その文とは、

[ほんの少しでいいから女の子らしくなりたい]

信じられないが信じるしかない、実際に起こっているのだから。
震える手でノートを掴むと、窓を乱暴に開けた。
数回の素振り。ビラビラとノートが波うち音を立てた。
そして、投擲。

「そういう単純な話じゃないでしょ!」

想いの限りの突っ込みと同時に大空を羽ばたいたノート。
肩で息をするパティだが、少し冷静に考えるべきだろう。
髪は今も少しずつ伸びているのだ。
その原因を今何処かへと投げ飛ばしてしまったのだ。

「あーーーー!!」

頭を抱えても、もう遅い。
指の隙間から未だ髪は伸びていた。









狙ったのか狙ってないのか、ノートがたどり着いたのはブラブラと歩いているアレフの下だった。
ナンパのターゲットを探しつつブラブラしている所、寸分たがわず滑空し頭に直撃した。

「イッデェ!」

頭を押さえうずくまる。
丁度角の部分だったようだ。

「一体誰が・・・ノート?」

視線の先に黒いカバーのノートが落ちている。
パラパラとめくり、それが最初のページ以降新品同然だと言う事に気付いた。
だがそれ以上に一番最初のページ、最初の文に注目した。

「我に願いを囁け、我に願いが写った時、汝の願いも叶うだろうだと。もしやこれは、毎日真面目に働いてる俺への神様からのプレゼントか!」

そばに誰か居たのなら突っ込んだ事だろう。
神様はそんなに暇じゃないっと。
仮に突っ込まれたとしても、アレフがそれを聞き入れたかどうかは疑問である。
自らの考えを信じ、必至に願い事を考えていたからだ。

「全世界の女の子を俺のものに・・・いや、他力本願はいかん。ナンパをしてこそ、女の子との楽しいひと時がより輝くのだ!」

誠実なのか、不誠実なのか・・・判断できない台詞だ。

「それなら金か・・・金は堕落の始まりともいうしな。この俺が醜く太ろうものなら世界の大損失。世界中の女の子が自殺しかねない」

馬鹿の二言で足りるかも知れない。

「あ、それなら、たまには女のこの方からナンパされるってのもいいかもしれん」

ようやく納得行く願いが決まったのか、悩んだ顔から何時もの笑顔に戻った。
今一度願いを頭で反芻し、納得して付け加えた。

「どうせなら百人ぐらい」

アレフの輝くような笑顔に黒いノートの輝きは、完璧に負けている。
だがそれでも消されてなるかと頑張り、光がアレフの願いをなぞらえ続ける。
それを見たアレフはますます神からの贈り物だと確信を深め・・・光が途絶えた時早くもそれは訪れた。
地響きと巻き上げられた土煙。
早速目ざとく自分を発見した女の子がナンパをしに来たのか、高まる期待。

その姿がはっきりとした時、アレフは逃げ出した。
その表情からは、すでに先ほどの輝きは失せてしまっていた。

「じょ、冗談じゃない!」

持っていられるかとノートを捨てて走り始めた原因。
女の子がまとめて百人向かってくるからだ。
しかもその中には何処かで見た顔が・・・

「アレフ様〜、私とお茶をしませんこと!」

「アレフは私とデートするのよ!」

アレフ曰く、嫉妬深いエリザベスと執念深いキャッシーである。
お互い犬猿の仲と言う言葉を違うことなく、足を引っ掛ける服を引っ張ると互いに互いの足を引っ張っていた。
確かに百人とは言ったが、一度にとは誰も言っていない。
走るスピードを上げたアレフは思いっきり今の心境を叫んだ。

「神様のばかやろー!!」

天罰かどうかは不明だが、この後アレフは見事に捕まった。









一冊寂しく道端に落ちているノート。
次なる広い主は誰なのか・・・

「ん〜〜、良いお天気なのぉ〜」

ゴムボールのように軽快に道を弾む足音、メロディであった。
当然のように行う呼吸、何気ない足取りの一歩、全てが彼女にとっては楽しい事なのか。
くるくる回ったりジャンプしたりしては、有り余る元気を発散していた。

クシャっと音を立て、地面ではない感触に足元を見るメロディ。
足の下には、黒いカバーのノートが一冊。

「おっとしものぉ?」

つけてしまった足跡を払い、パラパラとめくる。
今までの人たちと同じように最初のページだけに文が存在する事に気付く。

「・・に・・いを・・け、・・に・・いが・・った・・、・・の・・いも・・うだろう?」

顔をくしゃくしゃにして悩む。
どうやらまだ漢字を読む事ができないようだ。
もし黒いノートに意思があるとしたら、焦った事だろう。
自分はどのようにして彼女に意思を伝え、願いを聞き届ければよいのだろうかと。

だが、そんな心配は無用のようだ。
何処からとも無くペンを取り出し、何事かを書き込むメロディ。
それが描き終わるとノートを掲げた。

「できたー」

ノートに描かれたのは、空と木と家と人。
人はそれを落書きと言う。

ノートに意思があれば、やっぱり焦っただろう。
その落書きからは何を願い、何を思ったのかが全く伝わってこなかったからだ。
何故か空に家が立っていたり、木の枝の中に人が居たり・・・
早い話し、奥行きが表現できていなかったのだ。

どうすれば良いのか泣きそうになるノート。

「おう、どうしたメロディ。そんな所でノートを広げて」

「あ、シャドウちゃん。それじゃあコレがシャドウちゃん」

「はあ?」

描いてしまってから配役を決めるメロディに疑問符を浮かべる。
シャドウにもやはりメロディが指差した人物は木の枝の中に居るように見えた。
そして間の悪い事に、勝手にメロディの願いを解釈してしまう事に決めたノート。
光が勝手に解釈した願いを書き連ねる。

[この男を木の中に閉じ込めてしまいたい]

いきなり現れた文字を復唱したシャドウが理解し身構えた頃には遅かった。
突如地面から木が生え出し、更にはその枝が蛇のようにくねりシャドウを捕まえようとしたからだ。

「な・・・なんじゃこりゃ。おいメロディ!」

「シャドウちゃんすごいのぉ。だいどうげい〜」

「違うわ!!」

突っ込んでいる間に両腕をとられてしまい、木で出来た天然の牢屋に入れられる事となったシャドウ。
頼みの綱であるメロディと言えば、シャドウを一通り褒めた後何処かへと行ってしまった。









「こんにちわなのぉ」

消えたメロディが向かった先、ドアを開けた向こうにはアリサとアーシャ、そしてシーラがいた。
ジョートショップである。

「こんにちわ、メロディちゃん。もう一つお茶がいるわね」

「こんにちわです」

「こんにちわ」

お茶をしていたようで、それぞれの前にはティーカップとお菓子が置かれていた。
アリサは直ぐにお茶を用意しに奥へと引っ込み、メロディは適当な席に座り、あのノートを広げた。
表紙が真っ黒で絵本には見えず、当然アーシャもシーラも興味を示した。

「メロディちゃん、それどうしたの?」

「これはとっても面白いノートなのぉ」

「面白いですかぁ?」

「突然地面から木が生えてきて、シャドウちゃんを閉じ込めちゃったのぉ」

そこまで理解できているのなら、シャドウを助けた方がいいとは思う。
しかし、現場を見ていない二人には何のことかさっぱりで、メロディにノートを見せてもらえるよう頼んだ。
シーラがノートを広げ、アーシャがそれを覗き込む。

「我に願いを囁け、我に願いが写った時、汝の願いも叶うだろうだって」

「どういうことなのぉ?」

持ってきた本人が逆に尋ねる。

「つまり、願い事を言って、このノートに書かれれば願い事がかな・・・」

そこで説明が止まったシーラを不思議そうに見るアーシャとメロディ。
先ほどメロディはシャドウを閉じ込めたと言わなかっただろうか。
チラリと願い事らしき文を読んでいくと、一番下。

[この男を木の中に閉じ込めてしまいたい]

何故メロディがそんなことを願ったか・・・不思議そうに小首をかしげるメロディを見て考えるのを止めた。
不運な偶然が重なっただけと思いたかったからだ。

「えっと、とにかくこのノートは願い事を叶えてくれるノートみたいよ」

「だったらシーラさんも願うです」

えっと意表を付かれたような顔をしたシーラを、にやりとからかう様に見た。

「アスカ兄様をものにするチャンスです」

「えっ、え?!」

「シーラちゃんとアスカちゃんが、今よりもっと仲良しになるのぉ」

今よりもっと、ただ単に言葉の意味のまま言うメロディだが、それを想像したシーラは赤くなった。
そのまま弾けそうになる思考回路を、頭を強く振って正常にもどす。

「そんな他力本願はいけないわ。私が頑張ってアスカ君を・・・」

そういいつつも視線がノートから動かない。

「そうですかぁ。それじゃあこの本はシェリルさんにでも」

「ちょ、ちょっと待って!」

ノートを持っていってしまいそうになったアーシャを慌てて止めた。
決して奪った形にならないように、するりとノートを拝借する。
ノートを持っていこうとしたふりをしたアーシャにはバレバレだろう。

「ほら・・・」

人差し指を立てて、必至に言い訳を考える。

「でも、こういうのはおまじないみたいなものだから。やるだけは自由よね。ねっ?」

なんとか無理の少ないように、前回の考えの軌道をずらし、
これ以上突っ込まれないようにさっさと自分の前でノートを広げた。
いかにも、すすめられたから仕方ないといったポーズをとる所など、芸風が細かい。
やっぱりアーシャにはばれているが。

ノートをじっと見つめると喉を鳴らすシーラ。
話の流れ上こうなってしまったが、メロディの言葉どおりならこれは本物だ。
願い次第ではまさかと言う事もある。

「ほんの少しでいいから、アスカ君に私の気持ちを気付いて欲しい」

しっかりと想いを込めて呟いた。
すると、ノートの一ページ目最下行に蛍程度の光が灯り動き始めた。
ゆっくりと動いたそれは、シーラの言葉をなぞり・・・そして終わった。

何も起こらず静かなときが流れ、シーラは喉がからからだという事に気付いた。
それだけ本気だったのだろう。
手元のティーカップに手を伸ばし、口をつけた。

「ツッ」

時間がたっているので大丈夫だと思ったのだが、未だお茶は熱かった。

「なにも起こらないです」

「メロディの時は、本が光ってすぐだったのぉ」

二人の呟きを聞いて、おまじないだからと言い聞かせる。
すると、突如勢い良く開き大きな音を立てる玄関。
まさか本当にと一気に希望を爆発させ、玄関の方を見たシーラ。
走ってきたのかそこには荒く息を弾ませているアスカが居た。
・・・・・・未だシェリルを背中に乗せたままで。

ゴロゴロと猫のようにじゃれ付くシェリルに言葉を失い、唯一メロディだけがマネをしてアスカにじゃれ付いた。
アスカは一人が二人になろうとお構いなしなのか、重そうに体を引きずってシーラの下まで歩み寄った。

「シ、シーラ・・・」

「あ、うん」

女の子を二人も背負った男にときめけと言う方が無理だ。
呆気にとられたまま頷いた。

「さっき、熱いって思ったろ」

「はぁ」

何処かやっぱりなと言う諦めが混じったため息だった。

「いいや、隠しても俺にはわかる。シーラはさっき熱いって思ったんだ。そうだろう!」

高々と拳を振り上げ、次には両腕を広げたオバーリアクション。
ありもしない後ろの観客席に問いかける。

それを見ているシーラとアーシャはどうしたものかと疲れた顔をしていた。
そこへやってきたのはお茶を用意し終わったアリサだ。

「あらあら、なんだか楽しそうね」

一人熱く、シーラが熱いと思ったかどうかを議論するアスカ。
その背にはシェリルとメロディが負ぶさり笑っている。
確かに見た目だけで言えば、楽しそうなのかもしれない。

シーラとアーシャはとりあえず現状に目を伏せ、アリサにノートのことを説明した。
願いが叶う事、そのおかげで今のような妙な事になっている事。
説明の途中で気付いたのだが、もしかするとシェリルの奇行もこのノートによる所のものなのかもしれない。

「魅力的なお話だけど。シーラちゃん、こういうことは自分でなんとかしないと」

「そうですよね」

この人ならそう言うだろうと思い、ごまかす様に笑うシーラ。
全くどうでも良いことだが現時点でアスカの演説は、何故シーラが熱いと思った事に気付いた理由を、コメカミ辺りにびりびりと走った第六感だと曖昧な理由を熱い言葉で語っている。

「アリサさんならどんなお願いをするですか?」

ふと思った疑問をそのまま口にするアーシャ。
そうねと一度考え込んだアリサは、一瞬切なそうな顔をした後呟いた。

「・・・・・・・・・っと、皆が幸せでありますように。かしら」

一つ目の願いは良く聞こえなかったものの、二つ目の願いを聞いてやっぱりと納得した。
そういう人だからだ。
淡い光をもって願いをつづりだしたノートをパタンと閉じるアリサ。
その淡い光が灯りきった矢先、ノートの姿が消えてしまった。

「き、消えたです」

「幸せになる為には頑張るしかないって事かしら」

少しも動じた所を見せず呟いたアリサ。
すぐさまある一方を指差し、アーシャとシーラの視線を促した。

そちらはアスカたちが騒いでいた玄関。
電池の切れたロボットのようにピタリと動きを止めていたアスカとシェリルが動き始めた。
自分がアスカにしなだれかかっている事に気付き、悲鳴をあげて飛び降りるシェリル。
だがバランスを崩して振り向いたアスカに抱きとめられるように支えられた。

「す、すみません!」

「ああ別に、ってなんで俺家にいるんだ?」

記憶が無いらしいが、シェリルを抱きとめたままである。
先ほどは驚いたりノートの仕業であるためどうとも思わなかった二人が動き始めた。

「本当に、何をしているのかしら?」

「アスカ兄様、シーラさんと言うものがありながら何してるですか!」

「あ、あの・・・私大丈夫ですから」

「あ〜っと、所で黒いノートって知らないか?」

そんな事と言いたげにノートのことを持ち出したアスカ。
見事にシーラとアーシャに火をつけた。

「前から言いたかったんだけれど、アスカ君は女の子を女の子だと思ってないでしょ!」

「さっさと誰が好きなのかはっきりするです!」

路線の違う言い分を全く同時にアスカに浴びせ続け始めた。
玄関先でギャーギャーと喚く子供達を見て微笑ましく思う。

「気付いていないようだけど、結構みんな幸せなんじゃないのかしら」

結局は、願い事の叶うノートなどいらないと言う事である。
いれなおしたお茶を、口に含むと思ったとおりの味に、アリサは微笑んだ。









一つ謎が残っていた。
アリサが皆の幸せを願う前に願った願いとは一体何なのか。
その夜アリサは夢を見た。

色とりどりの花が咲き誇る草原でたたずむアリサ。
すぐにそれが夢である事には気付いたが、夢に身を任せた。
そう、これこそが唯一自分の為に願った願いだったからだ。
もう一人、自分以外の存在を求めて走り出した。

少し遠いが確かにそこに居たその人の下に走り寄る。
あの頃から変わらぬ歳、変わらぬ笑顔。
そしてあの頃と変わらずその男はアリサを優しく抱きとめてくれた。
すでに手の届かぬ存在となってしまった彼だが、今だけはアリサの手の届く所に居た。