嫌いだとか憎いとか
そんなくだらないことじゃねぇ
俺がいてアイツがいる
避けるわけにはいかない、逃げられない
だからこそ俺は俺であることを譲らない
そのためには悪魔にだってなってやる
ーシャドウー
第六話 理由
□
ギィという扉の軋む音に迎えられ、サクラ亭に訪れたのはアスカ。
いつも正午の時間を外して訪れるが、今日は理由あってほぼ正午にやってきている。
「定休日か?」
混雑を予想していたが、それに反して店はガラガラというか客が見当たらないので、店のカウンターでボー
っとしているパティにたずねる。
「誰かさんのせいで臨時休業!まったく、あたしは大丈夫だって言ったのにお父さんったら。」
なんだか怒っているみたいだがアスカにとってパティはほぼ常時怒っているような相手なので、気にせずカ
ウンターの席につく。
「なんかあったのか?」
「アンタがねえ!!・・はぁ、もういいわよ。アンタに怒鳴っても無駄だってようやくわかってきたし。」
アスカの言葉に位置どは怒鳴り声を出すが、すぐにため息をつき投げやり口調になる。
「それより、ジョートショップのほうに行ったら?シーラとか心配して、そっちのほうに行ってるわよ。」
「飯ぐらい食わせてくれ、一応労働帰りなんだ。」
「呆れた。こんな日にまで働かなくてもいいじゃない。簡単なものしかできないわよ?」
「腹がふくれりゃいいよ。」
食堂にきて腹が膨れればいいとは失礼な話だが、パティはちょっと待ってなさいと言うと厨房のほうへと
引っ込んでいく。
『今思ったんだが、アリサさんは十万Gもの大金をどう用意したのだろうか?』
ブラッドの疑問ももっともで、十万Gは数時間で用意できるような金額ではない。
エンフィールドの大人一ヶ月の給金の平均は、大体三千から四千Gである。
もちろん、ジョートショップにそんな金はない。
「そういや、そうだな・・まぁ、どうせ俺が返すんだし、別にいいんじゃない?」
少しは気にしろとブラッドからの突っ込みが入るが、アスカの頭の中では・・
アリサさんが何処からか金を借りた→一週間以内に自分が金を工面する→利子も多くない内に返せる→誰も困らない
・・っといった方程式が成り立っている。
ブラッドとのちょっとしたやり取りの間に、パティはおにぎりを持って戻ってくる。
「はい、塩だけのおにぎり。おなかが膨れればいいんでしょ?」
少しアスカの台詞に皮肉をこめている様で、パティの顔が笑っている。
「冗談は置いておいて、アンタこれからどうするの?」
「ん〜、金のことは心配すんなあてはある。事件のほうは別になにもしねぇ、他にやりたいことあるし。」
口の中におにぎりをほうばりながら器用にしゃべる。事件の真相よりは、本当におにぎりが塩だけなのかが気になる
ところだ。
「がんばんなさいよ。応援はするし、犯人じゃないって信じてる。」
「信頼は、しないんだな。」
アスカは自分の冗談に自分で驚いてしまう。意図的に言ったことはあっても、今回のように自然と口に出ていたこと
はなかったからだ。
「あたしに隠し事しなくなったら、信頼してあげるわよ。」
「それは無理。」
お互いに顔を見て笑う。アスカにとって、パティとこれだけ和やかに会話をしたのは初めてである。
いままでは顔をあわせるたびに、ほぼ一方的にパティがからんできたのだが、パティもアスカとの付き合い
方に自分の中で折り合いがついてきたのかもしれない。
「アスカ・パンドーラ。」
アスカとパティの二人しかいなかったはずのサクラ亭に、一人の男が現れアスカの名前を呼ぶ。
「さまざまな土地をめぐり、あるものを探す冒険者のようなもの。誰ともパーティを組まず、10年前から一人旅を
続けエンフィールドに流れ着くが、今朝フェニックス美術館での窃盗容疑で逮捕。保釈金により仮放。」
男の独白は今街で話題の事件で途切れることとなり、アスカに目線で間違ってるかい?っと聞いてくる。
「少々違うとこもあるけど、大まかにゃあってるぞ。」
アスカは特に疑問に思うこともなく応え、相手を観察する。
大きな瞳のワンポイントが入ったバンダナで目を隠し、髪の毛はアレフよりも白に近い銀髪。
服装は黒を主体とした、体にフィットする生地で出来た服を着ている。
「では、訂正しよう。パーティは組んでいないが、ブラッドという名の誰よりも信頼している仲間がいる。」
今度はさすがのアスカも驚きを隠せない。なぜならブラッドはアスカにしか会えない。会うと言う言葉も
不適切だが、ブラッドの声はアスカにしか届かない。
「俺の名前はシャドウ、姓はない。一つお前に伝えておきたいことがあってな。」
「俺は別に聞きたいことが・・ないわけじゃないけど、ないぞ。」
突然現れたシャドウと言う男にわけがわからず黙っているパティだが、とりあえず心の中でアスカになによそれと突
っ込んでおく。
「聞いておいて損はないぞ、今回の美術品盗難の犯人は俺だ。俺一人の計画ではないが、少々の都合でお前に罪をか
ぶってもらった」
驚いたアスカもパティも、二人ともこんなにも堂々と真犯人が名乗り出るとは夢にも思わなかったからだ。
「真犯人ならさっさと自警団にでも行って、私がやりましたって言ってくれないか?結構めんどくさいことになって
るんだが」
無駄と思いつつも、アスカはシャドウに自主をすすめる。もちろん返ってきた応えは、NOだ。
「言っただろ、都合上罪を被って貰ったって。一応俺の目的は達成したから構わんが、連れの目的は現在進行形だ。
諦めろ。」
諦めろと言われたからって、禁固刑30年以上をすんなり受け入れられるはずがないのだが、アスカは何故か腕を組
み「う〜ん」と唸り声を上げ考え事をしている。
「ちょっと、アンタとアンタの連れの目的は何?」
アスカが考え込んでいるうちに、驚きから立ち直ったパティが尋ねる。
「連れの目的は言えないが、俺の目的はアスカに俺を憎んでもらうことだ。殺したいほどな。」
「バカじゃないの、そんなことに何の意味も無いじゃない!」
「意味ならあるさ、もっとも俺にとってはだがな。」
何処までが本気なのかパティにはわからなかったが、シャドウの口調から言って冗談とも思えない。
本当はシャドウの目を見たかったのだが、生憎バンダナのせいで全く目はみえない。一方アスカは、未だに腕を抱え
て唸っている。
「さて、少し喋りすぎたか。アスカ俺を憎め拒絶しろ、俺はそのためならなんだってする。」
「待ちなさいよ!」
シャドウはそれだけ言うと、パティの言葉を無視してサクラ亭を出ていく。
「何よ、アイツ・・・」
「なあ、パティ。」
シャドウが出て行った数秒後、さっきまで考え込んでいたアスカがようやく喋りだした。
「似てないか、アイツ?」
「え?」
アスカが言った言葉の意味をパティが理解するのには、数分の時間がかかった。
「あ、お帰りなさいッス。」
ジョートショップにパティと連れ立って戻ったアスカに飛びついたのは、アリサのペットのテディだ。
リビングを見渡すと狭いんじゃないのか?と思いたくなるほどの大人数がきていて、みんな一様に顔の表情が硬い。
「狭くないのか、お前等?」
思ったことをそのまま口にしただけなのだが、それだけでみんなの顔の硬さがとれる。
おそらく態度が変わらないアスカに、安堵したのだろう。
「みんな心配して来てるんだから、思ってもそういうことは黙っとけよ。」
アレフの言葉を聞いて、アスカはひとりずつ顔を合わせていく。
心配してくれるのは良いが学校は?っとマリア、シェリル、クリス、トリーシャには思ったが今度は黙っておいた。
「あのね、私たちアスカ君を待ってる間に考えたの。私たちがアスカ君にしてあげられることを。」
「それで出てきた案が、みんなでジョートショップを手伝うことに決めたんだ。お金もたまって、エンフィールドの
人たちの信用も貰えて一石二鳥でしょ?」
シーラの台詞をトリーシャが続ける。
「本当はマリアの魔法でイチコロなんだけど、みんなでできることだから☆」
いつものマリアの一致不穏な発言ではあるが、ここで魔法を使われるわけにもいかず満場一致でマリアの台詞は受け
流しておく。
「ダメ、でしょうか?」
恐る恐ると言った感じでクリスが同意を求めてくる。
「別にいいけど、誰がどんな依頼を受けるかは俺が決めるぞ。危ないことはさせられないからな。」
条件付とはいえあっさり許可がでたため、みんなは一斉に何時が暇でこの日はダメとシフト表を作成し始める。
行動力旺盛なやつらだなぁとアスカは感心してしまう。
「ねえ、アスカ。シャドウのこと本当に黙ってなきゃダメなの?」
ジョートショップについてから下を向いて一切しゃべらなかったパティが、納得いかないと言った感じでアスカに小
声で尋ねてくる。
「こいつらに喋ると、また色々めんどくさいことになるからな。マリアなんか特にだ。シャドウを見かけただけで、
魔法で襲い掛かるぞ。」
「確かに、そうだけど・・」
「それに、本当にアイツが犯人とは限らないしな。証拠も無い。」
まだなにか言いたげなパティを諭す。
シャドウが去った後、ここへくる途中パティはアスカにシャドウに関することを約束させられた。
確かに言われてみればシャドウのことを喋った途端、ここにいるものはシャドウを捕まえようとするだろう。
しかしパティが気になっているのはアスカの方である、アスカはシャドウに関わらないとは一言も言っていない。
「何暗い顔してんだよ。俺がめんどくさい事嫌いだって知ってるだろ?」
パティを安心させようとしたのかどうかは解らないが、アスカはパティの顔を見て話す。
アスカの言葉を信じたのか、パティは納得したように誰が何時くるかともめている中に入っていく。
「それにしても、仕事手伝うのはいいけど・・依頼の数と従業員がつりあい取れないぞ、絶対。」
『一つの仕事に、大勢で掛かれば良かろう。マリアやシーラはお嬢様だぞ。』
「二人の親から、苦情がこなきゃいいけど。」
ジョートショップの先行きは、順風満帆と言うには船の漕ぎ手に大いに問題がありそうだった。