孤独になるってどんな気分なんだ
孤立無援で、どうしようもなくて
ソレって困ることなのか
どうしようもないなら、考えるのやめりゃいいのに
めんどくせぇ奴ばっか
一アスカ・パンドーラ一
第五話 飴売り
□ 暗く静かで、湿った牢屋の壁を背に、もたれ掛かっている。
ここまで独りと言う時間は、この街エンフィールドに来てから久しぶりだ。
『独り』とは正確ではないかもしれないなぜなら、
『何時になったら、事情を説明してもらえるのやら。』
「さあな、そろそろ仕事の時間だし・・困ったな。」
アスカは自分の心に宿る人物に、話し掛ける。
何故、自分の中に自分とは別の心または魂があるのか、自分と彼の間に何があったのか興味は無い。
ただブラッドはアスカを気にかけ、アスカはブラッドの為に捜し求める。
そこに絆などはなく、ただただ互いがそこにいると言う事実だけ。
普段からそんな難しいことを考えているかどうかはわからないが、今の二人にはとてつもなくどうでも良い事だろう。
なぜなら、二人は自警団によって投獄されているからだ。
「脱獄だな。」
『力なら借すぞ。』
「眠くなるからいい、それに鉄格子ぐらい曲げられる。」
1時間後捻じ曲げられた鉄格子とアスカがいなくなった事で、自警団詰め所は大騒ぎになった。
しかしアスカが陽のあたる公園で飴売りをしている所を発見され、再び連行されることとなる。
「まったく、脱獄ならもっと穏便にしてくれないか?あの牢屋はもうつかえないよ。」
「すぐ説明するって言ったのはそっちだろ、それに仕事に、私情ははさまない主義。」
心底困った表情で、リカルドがため息をつく。
ソレに対するアスカはまったく気にしていない、さらに言葉遣いが間違っているくさい。
再びつれてこられたのは牢屋ではなく詰め所の一室・・多分一番下等な部屋だろうが。
「それについては、すまないね。何分どう説明してよいか、私も困っていてね。」
「困るだけマシ。アルベルトなんかは、何言ってるかわからんし。」
先ほどまではアルベルトも一緒にこの詰め所の一室に、アスカ、リカルドと共に一緒にいたが何故か興奮してうるさ
かったので力ずくで退場させた。
運ばれていくとき口から泡を吐いていたが、アスカはダメージを残さずに気絶させる技術などないからしかたがない。
「解ってることだけでも、順を追って話してくれればいいよ。こっちで勝手に納得する。」
「そうか・・今朝の新聞は読んだかね?」
「いや、読む前に連行されたし。」
何でそんなことを聞いてくるのか不思議だが、アスカは先を促す。
「昨夜フェニックス美術館に賊が侵入し、展示品を数点盗まれた。警備員の誰にも気づかれることなく賊は脱出した
が、そこでたまたまそこを通りがかった人に顔を見られたらしい。」
「ふ〜ん・・でそいつの顔が俺にそっくりと。」
リカルドは少し驚いた顔をしたが、首を縦に振り肯定の意を示した。
そして今朝一番にアスカを連行したときの家宅捜索で、盗品数点が見つかったことも話した。
「もう、帰っていいか?」
少し考える素振りを見せた後、何事も無かったように言った。
「それはできない。盗まれた品が特に貴重なものばかりで、上のほうからも圧力がかかっているんだ。」
「モノは見つかったし別にいいじゃん、それに俺には動機が無い」
アスカは全くのダメ人間ではないが、その日を過ごせればそれでいいという金銭感覚の持ち主で、危険を冒して一攫
千金を狙うような性格ではない。
「盗まれたものは、魔術に関するものばかりなんだが。」
アスカは、そらあかんっといった顔になる。
「俺がいつも何の本を読んでるかは、図書館に行ってイヴに聞けば解るからな。」
アスカのいつも読んでいた本は、ホムンクルスや人工生命など生命の創造などに関する本ばかりである。
「君が[命の永遠]ではないか、と言う声もあがっている。」[命の永遠]とは不老不死、永遠の命を求める者の総称で不老不死を求める者は、すべからく不老不死の研究と称して人を切り刻むことから危険視されている。
「帰れないってのは解ったけど、結局罪状とかってどうなるんだ?」
「上の意見は最初死刑の一点張りだったが、先ほど急に30年以上50年以下の禁固刑と言ってきた。」「その心変わりがよくわからんけど、禁固刑になるぐらいなら脱獄してお尋ね者になるほうを選ぶぞ俺は。」
深く考えて言っている様には思えないほど、あっさりととんでもないことを言うが口に出したことは確実に実行する。
アスカ・パンドーラとはそんな男だ。
「慌てるな。この街には再審請求というものがあって、一年後にある住民投票次第で裁判が行われる。それしだいで
君の罪状も覆ることになる。」
リカルドは勝てばとは決して言わない、なぜなら勝てる見込みが無いからである。状況や証人の言葉は何処かあやふやだが、犯人像はアスカにぴったりと当てはまる。逆に当てはまりすぎるからこそ、
リカルドはこの事件の裏が気になる。
「ところで、俺は再審請求まで牢屋で過ごすのか?」
「保釈金さえ払えばある程度は自由に動けるが・・・10万Gだぞ。」「う゛・・・ソレ無理。」
大粒の汗を流しうめくアスカ。
やっぱり今すぐエンフィールドから逃げ出そうかな?っと考えていたとき、部屋のドアが大きな音を立てて開いた。
「隊長!!」
飛び込んできたのは復活したらしいアルベルトだが、アスカを捕らえにきたときよりも慌てている。
「どうしたアル!」
「隊長も止めてください、アリサさんがあのバカの為に保釈金を払うってきているんです!!」
「そうか・・・彼女ならそうするだろうな。」
アリサがどう行動するのか初めからわかっていたように、リカルドは少しも慌てていない。
「何を落ち着いているんですか隊長、おい犯罪者!貴様アリサさんの弱みでもにぎってんのか!」
「別に・・何か考えあってのことだろ、俺は知らん。」
「貴様!アリサさんの好意に対して知らんとは何様だ!!」
アルベルトに胸倉をつかまれて少し苦しいが、さっき気絶してもうこんなに元気なことにアスカは感心してしまう。
「やめないか、アル!」
リカルドの思わぬ怒声に、アスカをボトンと床に落とす。
アルベルトは珍しくリカルドに反論しようとするが、リカルドの眼光に勢いをそがれてしまう。
「彼女がここへきたのは彼女の意思だ、とめることは誰にもできない。」
「保釈金が払われるって事は帰ってもいいんだな、じゃあな。」
真剣な声でアルベルトに話すリカルドを気にせず、アスカはとっとと部屋を出て行く。
「待ちやがれ犯罪者!保釈金が払われても犯罪者に変わりはなーい!」
アスカを追ってアルベルトが部屋をドタドタと出て行く。
独り残されたリカルドは、擦り切れそうなボロイソファーに腰をおろしため息をつく。
おそらくアルベルトの直情型の性格に対するため息だろうが、思考はすぐに別のものへと変わる。
「家族だから・・・と言うわけですかアリサさん。」
リカルドの思考は言葉と共に昔へとさかのぼって行った。
「すいませんね、アリサさん。10万Gはすぐ返しますから。」詰め所内でアリサと合流したアスカは、先ほどは無理といった金額をあっさり返すと言い出した。
表面上は至って通常だが、謝罪を言うあたり一応の罪悪感はあるらしい。
「そんなことより怪我は無い?何かされなかった?」
「アリサさん俺たち(自警団)は、容疑者に手を出すようなことは絶対しません。」
「容疑者なんて、言い方は辞めて下さい!」
アリサの聞いたことも無い声にアルベルトはビクッと身を縮こませるが、辛うじて「はい」と声を絞り出す。
アルベルトほどではないが、アスカも多少は驚いている。
「アルベルトさんごめんなさいね、大きな声を出して。アスカ君今日はもう家にもどりましょう。」
「あ〜、まだ飴売りの仕事残ってるし行って来ます。途中放棄はよくないですから。」
言葉が終わるか終わらないうちに、アスカは自警団に預けていた飴を受け取り駆け出していく。
アリサは何か言いたそうだったが、諦めてアルベルトの「送りますアリサさん」の言葉をやんわりと断って歩き出し
た。
「売れねぇ、・・・なんでだ。」
とりあえず陽の当たる公園の元いた場所で飴売りを再開したアスカだが、売れ行きはさっぱりだった。
それどころか特定はできないが複数の視線とヒソヒソ話が聞こえる。
『確かに・・脱獄した時は売れたのだし、何か理由があるのかも知れんな。』
「理由、ねぇ。」
一番最初に連行されたのは早朝、脱獄後はだいたい九時から十時、今は昼の十二時前である。
「昼飯前だからかな?」
『そうだと、良いのだが。』
ブラッドの声は何か心配ごとがあるように聞こえる、もっともアスカにしか聞こえないが。
ふと気づくと、一人の少年がじ〜っとアスカ・・もとい飴を見ている。
「お、欲しいのか?」
少年は素直にコクンと首を縦に落とす。
「1Gになるけど金持ってるか?」とアスカが尋ねると今度は横に首を振る。だが、それでも少年はじ〜っと飴をみている。
(どうしよう、ブラッド?)
『金を持っていないのでは、しょうがないではないか。』
(そうだけど・・困ったな。)
『1Gぐらい、お前が出せばいいではないか。』(ソレすると、きりがないだろ。)
アスカの葛藤を知る由も無く、少年はいまだじ〜っと飴を見ている。
「あ〜、もう解った。俺の驕りだ持ってけ!でも誰にも言うなよ。」
少々上目遣いが入りだした少年の顔が、アスカの台詞でこれでもかと言うほど輝いてくる。
少年は飴を受け取るとダッシュで駆けていく、何度も振り替えては手を振っているが危なっかしい。
一瞬「代金は笑顔、なんちって」とアスカは思ったが、自分の考えを鼻で笑う。
『恥かしいを通り越して、かゆいぞ』
「ほっとけ、あ〜売れねえ飴売りのおっちゃんには悪いけど、もう帰るか。」
売上はさっきのを入れて五本、おっちゃん曰く午前中だけでも三十本は固いと言われていたのだが。
何でだろうな〜、と考えながら公園の出口へ向かうと先ほどの少年が飴のことを母親らしき人に説明していた。
気恥ずかしいからか親子からは姿が見えない位置に移動する。
「あのね、さっきねあっちにいたお兄ちゃんがね、飴くれたんだ。」
うれしそうに話す少年とは対照的に、母親の顔は青ざめていった。
「何もされてない?大丈夫?あそこのお兄ちゃんには近づいちゃダメって言ったでしょ!」
いきなりわけもわからず母親に声を荒げられ少年は涙ぐむが、母親は飴を取り上げる。
「こんなもの捨てましょう。あっちでちゃんとしたの買ってあげるから。」
飴をごみ箱に捨てた母親は、引きずるように少年をつれていく。
少年は何度も飴の捨てられたごみ箱をふりかえるが、母親の力には勝てずあるいていった。
「な〜んだ、売れないのって今朝の事件のせいかよ。」
『田舎と言うものは、話が伝わるのがはやいものだ。』
「よかったぁ、俺の売り方が悪いわけじゃなかったんだな。」
結構衝撃的な場面を目撃したはずなのだが・・アスカは全く気にしていない。
気にしていることといえば、明日から仕事がへりそうだな〜っといった楽観的なことだけだった。