どれだけ時が流れようと
決して変わらないものがここにある
人が人を愛し
人が人を信じること
アイツがアイツである事
だからアイツは何処に居ても馬鹿よ
ー パティ・ソール ー
□
悠久幻想曲
第三十八話 悠久の流れ
□
アスカが姿を消して二年。エンフィールドは変わらずそこにあった。
当時は誰もがアスカの失踪を嘆き悲しむも、一生そうする事もできず。ただ心に仕舞い込むだけであった。
「おはよう。パティ。」
「おはよう。」
サクラ亭の前を掃除していたパティに挨拶をしたのはアレフ。
新聞の配達と平行して郵便配達の仕事なのだろう。その二つをパティに渡す。
「こんな朝早くから大変そうね。」
「まあ、人手はあるが・・仕事がそれ以上にあるからな。」
アレフはあれから正式にジョートショップの社員となった。
髪を短髪にし毎日仕事にナンパ、剣術と忙しい毎日を送っていた。
そして社員となったのはアレフだけでなく、アルベルトもまた自警団を止め社員となった。なにやら本人は約束だと
言っているが詳しくは語らない。
「それにしても、パティの髪も大分伸びたな。」
「二年・・・あれから切ってないんだもん。」
「もう二年か。」
「二年ね。」
二人同時に見上げたのは、太陽が上り詰めている空。
「さっ!まだ仕事の続きあるでしょ・・行ってきなさい。」
「へいへい。」
背中を押されたアレフはしぶしぶと言った感じで走り始めたが、直ぐに戻ってきた。
そしてポケットをあさりラッピングされた箱をパティに投げ渡す。
「やるよ。」
「マメねアンタも。一応貰っとく。」
言葉とは裏腹に、少し嬉しそうなパティ。
走っていったアレフが見えなくなると、足取り軽く店内へと入って行った。
「よぉ〜、見てたぞ。」
「別に・・二年前ならともかく、アレぐらい見られてもいいわよ。」
「くっ・・・余裕持ちよって。」
パティの切り返しに渋い顔をしたのはホワイトだ。
どうやらアスカに頼まれていた人工生命の研究資金が大量に余っているらしく、毎日サクラ亭でごろごろしている。
ただ、パティにはていの良い使いっぱしりとして扱われているが。
「まぁ、アレフは相変わらずフラフラしてるし・・」
チラッとホワイトを横目で見る。
「解ったよ。今日も手伝えばいいんだろ。」
「よろしく。」
「人の純情もてあそびよって、魔女め。」
「せいぜい生き血を吸われないように気をつけてね。」
ホワイト本人も気付いたのは最近だが、いつの間にかそういう風になっていたらしい。
ぶつぶつ良いながら厨房へと向かうホワイトを見送ると、受け取った新聞と手紙をテーブルに置く。
まずは誰からの手紙かを確認する。差出人はシーラにシェリルにブラッドだった。
三人とも今はエンフィールドにはいない。シーラとシェリルはそれぞれ音楽と文学を学ぶために外の街へ、ブラッド
はアスカを探す度に出て、一定期間ごとに手紙を送ってくる。
「シーラか・・今度は何かしら。」
「パティ飯食わせてくれ。」
「おはようございます。」
まだ回転時間ではないが、親しい者には朝食を出す事もある。
店先に現れたのはシャドウとクリスという珍しいコンビ。
「って!アンタは自分の店で食べなさいよ!」
「いいじゃねえか。家だとアルベルトが仕事手伝えって五月蝿いし、何が悲しくて金にもならんのに自分に飯を作ら
なきゃならんのだ。」
自分の店とは、シャドウが良く通っていたオープンカフェの事だ。
もう良い年だからとマスターから店を受け継ぎ、今はそこの主人なのだ。パティがシッシッと追い払う。
酒場とカフェで形態は違うが、一応商売敵なのだ。
「あっ・・クリスはいいわよ。何食べる?」
「差別だ!」
「っさいわね!」
「あ・・えっと、鮭の朝定食で。」
「ホワイト鮭の朝定食2つね。」
「あいよ。」
選択権は与えられなかったが、一応食べさせてもらえるらしい。
「で・・クリスは今日なんでまた?」
「研究が良い具合に進んで、徹夜明けなんです。今更寝るのも、勿体無いので目覚ましに散歩してたらシャドウさん
と会って。」
クリスは学園に研究生となって残り、魔術の研究をしながら講師も勤めている。
時折魔術師ギルドからお声がかかるらしいが、学園で講師をしている方があっているらしい。
ただ・・アレから背も伸び顔立ちもそれなりに整ってきたため、女生徒に付きまとわれ困っているらしい。
「おはよう、リサいるかい?」
「まだ寝てると思うわ。」
いきなり現れたエルは簡潔に用件を言うと、勝手知ったると二階の客室へと上がっていった。
エルとリサは、今二人で魔物ハンターをしている。と言っても、狩ることは滅多に無く、追い払うだけで無用な血は
流さない主義である。そのせいで古株の魔物ハンターと折り合いが悪い事もある。
だがそこは持ち前の度胸と気風でうまくやっている。
「今日はやけに皆と会うわね。まだ誰か来るんじゃないかしら。」
ふとパティが読んでない手紙を片手にシャドウたちのテーブルに座っていると。
「おはようございます。」
「おっはよぉ。」
「おはようなのぉ〜。」
予言通り、アーシャ、ローラ、メロディの三人の登場である。
同時期にエンフィールド学園に入った三人は、仲良しなのだ。
ただ・・三人とも学園への登校とは道筋が完全に違うはずだが・・
「シャドウ兄様、サクラ亭にくるなら声を掛けてくださいです。家だとアルベルトさんとお姉ちゃんが一緒にいると
居場所がないです。」
「悪い、悪い。」
「ほらよ、鮭の朝定食二人前。」
シャドウが手をひらひらさせていい加減に謝る。
すると当然アーシャは頬を膨らませるが、シャドウは気にもしない。シスコンは卒業したようだ。
「ホワイトさん、私も同じのです。」
「私も、私も!」
「メロディも!」
「解ったから叫ぶな。朝っぱらにキンキン声は聞きたくない。」
言ってからしまったと思ったときには遅かった。
厨房へ引っ込もうとしても三人がついてくる。仕返しにずっとまとわりつくつもりか。
パティたちから見えなくなっても、三人の声とホワイトの悲鳴が聞こえてくる。
「あの・・」
ホワイトの悲鳴が聞こえても何の反応もしないパティにクリスが声を掛けが。
「あ〜、いいの、いいの。自業自得なんだから。」
「あのなぁ。クリスが言いたいのは、仮にも自分に好意を寄せる奴が若い子に囲まれて何か思う所はないのかってこ
とだ。」
「別に・・・・いいんじゃないの?」
あっさり言ってのけるパティ。
「ホワイトさん、可哀相。」
「いいかクリス、男は惚れたら負けだ。今のお前は女生徒とは言え、惚れさせてるから勝ち組だ。」
「また、妙なことクリスに吹き込むんじゃないの。」
手紙に目を向け、シャドウたちの方を見もせず注意するパティ。
しばらくして手紙を三枚とも読んでしまうと、ポツリと告げた。
「シェリルはゆっくり勉強するつもりらしいけど、シーラ帰ってくるみたい。」
冷静に手紙を読み終えてからの告白だったため、数秒間誰も反応できなかった。
シーラが向かったローレンシュタインの学校は通常四年かかる。それを二年で帰ってくるのだ。
普通は・・・驚くはず。
「おま・・なんでもっとはやく言わねぇ!そういう変に冷静な所、本当にアスカにそっくりになったぞ。」
「知らないわよ。そうなっちゃったんだから。」
「それより何時ですか!」
「日付から・・・一週間後ぐらいかな?」
厨房で騒いでいた三人も、会話が聞こえたのかやってくる。
それでほっとした顔をしたホワイトはちゃっかり見られており、また後でいじめられるのだろう。
「一週間たったら、またシーラさんのピアノが聴けるんですね?」
「やった!神父様に頼んで、教会のピアノ調律してもらわなきゃ。」
「シーラちゃんにはやく会いたいのぉ。」
手紙を取り合うように騒いでいると、先ほどの新聞配達兼手紙配達が終わったのかアレフが入ってくる。
お腹を押さえていることから空腹だろう。パティたちの集団を後回しにホワイトのいる厨房へ顔を出す。
「ホワイト、飯くれ。」
「毒入りで良いか?」
「ほほぉ、ここはそういう飯を客に食わすのか?」
「科学は剣より強し。」
「試してみるか?」
決して手は出さずににらみ合うアレフとホワイト。ちなみにホワイトは科学者ではなく料理人である。
理由は察するべきだが、手を出さないのは一度出した時パティに殴られた後暴力反対と罵られたのだ。
酷く理不尽な気がしたが・・負け組みだからしょうがない。
「しょうがねえ奴らだな。」
皆がアレフとホワイトのやり取りを見つめる中、シャドウが漏らす。
だが、シャドウ自身も何かを感じたのか厨房へと逃げ込む。
「パティ、シャドウ来てない!」
「ああ・・うん。何時もの所。」
パティが指差したのは厨房、十秒もたたずにばらしてしまう。
言葉通り何時もの事だからかもしれないが。
「シャドウ!お店の準備があるのに、何やってるの。いくわよ!」
「解ったから・・怒鳴るなよ。」
「ったく、もう!」
シャドウをずるずると引きずって行くマリア。
その時マリアの左手のキラリと光るリングを見て、アーシャとローラが「はあぁ」っとため息をつく。
それはシャドウとの婚約指輪。マリアは学園卒業後すぐにでも結婚したがったが、シャドウがアスカが帰ってくるま
でと頼み込んだのだ。
「このままじゃ、マリアに先越されちゃうなぁ。」
ポツリと呟いたパティの台詞を二人が聞き逃すはずも無く。
「世界一良い男ならここに!」
「俺なら今すぐここを継げるぞ!」
名乗りを上げたのはアレフとホワイト。
数十秒かけてパティは二人を上から下までジロジロ見て、ため息。
「はぁ・・・何処かに良い男いないかなぁ。」
それを聞いて二人同時に泣き崩れる。
もちろん冗談で、パティがそっぽを向いたときに舌を出しているのは二人も知っている。
「アレフ君も、ホワイトさんも、相変わらずで・・見てて飽きないね。」
「アレフちゃんもホワイトちゃんも、がんばれなのぉ。」
メロディが慰める事により、いつもはない哀れみを誘う。
「そういえば・・アーシャちゃんたち、学校は全く逆方向だけどどうしてここに?」
「夕ご飯って皆で食べる事あるけど、朝ごはんって無いよねって話になったです。」
「だから朝ごはんを皆で食べてみようって話になったの。」
「にゃ〜ん。クリスせんせーも一緒に朝ご飯。」
「そうなんだ。僕はもう半分食べちゃったけど、それでもよければ。」
クリスがにっこり笑うと、三人が手を挙げて喜ぶ。
ちなみに先生とは、クリスが三人に授業を教える事があるので外でもそう呼ばれるのだ。
クリスが食べ終わる前にできるかしらと、泣き崩れたはずのホワイトを見るとそこにはアレフだけ。
話を聞いてとっとと作りにいったらしい。
「あっ・・・ピートを見てないんだ。」
誰かを見ていないと思っていたらピートであった。
確かクライスに猛獣使いとして弟子入りしたんだよねと、外の雲を眺めつつ思い出す。
今日は普段より多くあの頃からの友達に会ってしまった為、今何処で何をしているのかと考えをめぐらせる。
悲愴な考えは一切出てこなかった。それなりに当時の詳しい事をシャドウに聞いたりもしたが、何時になっても何処
に居ても相変わらず面倒くさそうにしているのではないかと。
全く音信普通の二年間、信頼はしていないがパティは意味も無くアスカを信用していた。
所変わって、その時間のシーラはと言うと駅馬車の停留所で途方にくれていた。
「もう、おばさんったら。時間が早すぎると思ったわ。」
手元の時間表と停留所の時間を見比べている。
どうやら手違いではやく着すぎてしまったらしい。
その停留所にはベンチが無いので、少し横着だが沢山の荷物のなかからトランクケースを選び座る。
「はやいのでも三時間後、一旦戻ろうかしら・・でもこの荷物をまた持って帰るのも。」
かといって三時間も待つのは辛い。
馬車の中での暇つぶし用に、おもちゃの様なピアノは持っていたが早朝の街中で弾いて良いものでもない。
どうしようかしらとのんびり考えながら、二年間を過ごしたローレンシュタインの街並みを見る。
一時はグレゴリオに断りを入れた留学だが、アスカの失踪を期に自分を見つめなおすため留学したのだ。
「二年間・・・私は少しでも大人になれたかな?」
思い出したのは二年間の付き合いがあった友達ではなく、エンフィールドの友達。
変わってないと言われるか、変わったねと言われるのか・・・もし彼が今の自分を見たらなんて言うだろうか。
二年前の失踪を思い出し、涙がこぼれ慌ててふき取る。どうも今一度の別れに感傷的になっているらしい。
涙を拭いて顔を上げると、向こうの通りから来るはずの無い馬車がやってくる。
どうしようかと思ったのは一瞬だった。シーラは立ち上がると運転手に向かって手を振った。
「すみません!」
親切なのか、ただこの早朝に大荷物を抱えたシーラが不思議なのか運転手は止まってくれた。
ただ運転手がスーツを着ていることと、思いのほか豪華な馬車に気後れしてしまう。
「どうかされましたか?見たところお引越しのようですが・・」
「あ・・実は手違いで時間を間違えてしまって、途中まででも良いのでのせてくれませんか?」
「かまいませんよ。あ・・荷物は私が積みますから、先に乗ってください。」
荷物を動かそうとしたら、スーツの男性がシーラを制する。
乗せて貰うのにと主張したシーラだが、男性がもう一度「かまいません」と言った為馬車のドアをあけ乗り込んだ。
そこには毛布に包まって運転席側の椅子に横たわって寝ている誰かと、どこかで会ったことのあるような少女が後ろ
側に居た。
「この馬車のご主人ですか?」
「いや・・そこの毛布にくるまっとる兄上の物じゃ。童はそやつの妹にすぎぬ。」
やけに古めかしい喋り方に面食らうが、寝て居てはしょうがないと妹の方によろしくお願いしますと言った。
「あのどちらまで行かれるんですか?」
「なに・・エンフィールドと言う田舎街までな。」
「え!そうなんですか?私もなんです。良ければご一緒させてもらえますか?」
「かまわぬ。兄上も奇麗な女性の頼みは断るまいて。」
面と向かって言われ恐縮していると、先ほどの運転手が行きますよと声を掛けてくる。
石畳をコトコト進んでいく馬車だが、シーラは窓の外よりもこの少女に気を取られていた。
「なんじゃ?童の顔に何か付いておるか?」
「あ・・・いえ。何処かであった事あるような気がして。」
「人の縁とは奇妙なもの。何時か何処かで会っていたかもな。」
少女の言い草にシーラは曖昧な笑みを浮かべると、窓の外に集中した。
今度来ることがあるのか、一生無いのか、それは解らないがこの瞬間の街並みにを心に刻み付けておきたかったのだ。
「・・・・むぅ。」
なんだろうと少女を見るが、何も言ってこずまた窓の外を見る。
「むぅ。」
しばらくしての声、二度目ともなると虫も出来ず聞いた。
「どうかしました?」
「何日もこうしていると流石に暇で・・・」
「それでしたら、私このローレンシュタインにある音楽学校の生徒だったんですけど、何か弾きましょうか?」
言ってしまってからシーラはあっと気付いた。
小型のピアノはさっき運転手が荷物と一緒に片付けてしまっていたからだ。
「それでしたら、ご心配なく。別にしておきましたから。」
馬車の中が覗ける小窓から運転手が小型のピアノを差し出してくる。
「おもちゃの様な物ですけど・・」
「なに・・おもちゃだろうが、高いものだろうが、弾き手しだいじゃ。」
耳の肥えている人だったらどうしようと、トンチンカンな事を考える、異例の二年卒業を果たしたシーラ。
少々緊張しながら指を普通より小さな鍵盤に走らせた。
その曲はあの日、もっと自分のピアノを人に聞いて欲しいと決意した日の曲。
自分の大好きな人がそれを聞いて木陰で居眠りをしていた。
「ほぉ・・・知識の無い童でも良いものだと解る。」
褒め言葉を吐いたが、少女が見つめるのは毛布に包まった兄。
起きたのか、ピクリと毛布から少しだけ飛び出している頭が動いた。
「私の、記念の曲なんです。」
言い終わると、いきなり今まで寝ていた青年がガバッと起き上がり「きゃっ」とシーラが悲鳴を上げた。
小型のピアノがポロンとチグハグな旋律を奏でた。
起き上がった青年は所々寝癖が付いており、眼もまだ開き切っていない。
「・・・・・・アスカ・・君?」
「なんでシーラが・・おい、こら!ローレンシュタインに着いたら起こせって言っただろ、ハメット!」
「なに・・童が劇的な再開を催してやったのじゃ。感謝せい。」
ハメットは聞こえていなかったように前を見たままで、少女サーシャがぬけぬけと言う。
シーラはまだ信じられないと言う顔をして居て、次第にアスカがそこにいることを実感できたのか瞳に涙をためる。
「このまま居ては無粋と言うもの・・」
サーシャは進む馬車のドアから、ハメットのいる運転席まで器用に移動してしまった。
馬車内に残されたのはアスカとシーラの二人だけ。
シーラは何を言って良いのかわからず、アスカはシーラが泣いているので慌てていた。
やはり泣かれるのは苦手らしい。
「あの・・久しぶり。」
とりあえず笑って右手を上げてみた。
その直ぐ後、馬車の中から外にまで乾いた音が響いた。
「おお、痛い。痛い。」
「サーシャ様の悪い癖でございます。」
無責任な運転席の感想。
馬車の中では、今度は俯いて震えているシーラにまたしてもアスカがオロオロしていた。
「・・急に・・・急にいなくなって、心配したんだから。」
「ごめん。」
「心配したんだから!」
涙を流しながらアスカの胸に飛び込む。アスカはもう一度ごめんと謝ると、シーラを抱きしめた。
まだ愛とかはよく解らないが、一番好きだということは理解できたから。
「ちょっと遅かったけど、約束守るよ。」
自分の胸で泣くシーラの顔を自分に向かせると、キスをする。
あの時とは違い、こんどはアスカの方から。
「色んな所に行って、いっぱいキスしようね。」
「約束だからな。」
体を預け眼を閉じるシーラ。アスカは出来るだけ優しく包んだ。
「熱々でございますね。」
「少し後悔しておる。」
運転席では、全部会話の内容が聞こえてしまい困っているハメットとサーシャ。
どうしようもない沈黙の中、再び聞こえてくる会話。
「でもね・・・アスカ君。」
「おぅ。」
「なんかキスが手馴れてる感じがしたのは気のせいかな?」
「気のせいに決まってるだろ!気のせいだよ!」
馬車の中がどうなっているか容易に想像できる会話。
眉をこれでもかと吊り上げたシーラにおそらくアスカは、必死に両手を胸の前で振っている事だろう。
「沸騰してしまいましたね。」
「火傷で済めば御の字じゃ。」
「正直に白状して!!」
「白状もなにも、なにもなかったって!」
「嘘!だったらもう一回キスして、絶対あの時と違うんだから!」
沸騰したやかんのふたが暴れるように後部の馬車が暴れ音を立てる。
「神!神に誓うから、絶対。絶対にぃ!」
「信心深くないくせに、信じられないもん!」
「・・・ハメット、馬車を切り離せ。」
「いや・・いくらなんでも。ここは我慢です、サーシャ様。」
幸せいっぱいの二人と、苦痛いっぱいの二人を乗せてポクポクと馬車はエンフィールドへと向かう。
彼が帰るべき街に、皆が帰るべき街に・・