悠久幻想曲  月と太陽と

 

自分以外はどうでもよかった

 

                       誰かの困る顔が嫌いで、手を差し出した

 

                       誰かの泣き顔が嫌いで、手を差し出した

 

                         でも、俺は変わった・・ここに来て

 

                             シャドウを助けたい

 

                           俺がアイツを助けたいんだ

 

                           ー アスカ・パンドーラ ー

 
 
                                              
悠久幻想曲
 
               第三十五話 双子
 
アスカとシャドウの、山頂でのやり取りから三日。
あの日以来頻繁に起こる地震、予言を振りまく老婆の出現、エンフィールドは不安の渦にとらわれていた。
しかし、そんな事はお構い無しにエンフィールド中を走り回る者達が居た。
アスカたちジョートショップのメンバーだ。理由はもちろん、シャドウの捜索であった。
「大丈夫か、マリア?」
「平気・・これぐらい。」
膝に手を置いて額から滝のように汗を垂れ流すが、その眼光は微塵の疲れも見せまいとしていた。
だが体は正直なもので、手をついた膝が笑っていた。
「無理すんな。ちょっと休むぞ。」
「でも・・」
「いいから、来い。」
アスカが無理やり手を引く形で連れて行ったのは、陽の当たる公園のベンチ。
マリアの体を軽く押してやると、崩れるように座り込んだ。
無理もない、この三日間寝る間を惜しんで捜索に走り回っていたのだ。
他のものも今頃走り回っている。アスカがマリアと一緒に居るのは、シャドウがもし現れるのなら自分達が一緒に居
た方が確率が高そうだったからだ。
「くそっ!」
聞こえないように小さく毒づく。
アスカは山頂でシャドウに言われた言葉を誰にも、マリアにさえ告げていなかった。
どう見てもマリアの体調は悪く、その上あんな言葉を告げてしまえば寝込みかねない。
(わけわかんねえ。なんで何も話してくれないんだ。)
『だとしたら、お主はシャドウに何か話したのか?』
悪気も何も意図さえない問いかけだったが、龍の問いかけは必要以上にアスカを貫いた。
話してくれるはずが無い。自分だって何かをシャドウに話したことも無い。今まで自分が旅をしてきた意味さえ。
「・・ねえ、なんだろあれ。」
深い思考からアスカを浮上させたのは、かすれたマリアの声。
その視線の先には多くの人垣が出来ており、その中央辺りからローブを被った頭が見えていた。
「俺が見てくる。マリアは休んでろ。」
ゆっくりとベンチから体を起こそうとしたマリアを制すると、人垣に駆け寄った。
シャドウの事を期待したわけではないが、何かがひっかかったのだ。
人垣を無理やりぬって最前列へ出ると、そこには粗末な木箱の台に乗った老婆が両手を空に上げ皆に語っていた。
一瞬老婆と目があったような気がしたが、次の瞬間には老婆が他に視線を向けていた。
「最近頻繁に起こる地震は、自然のものではないのじゃ。」
たった一言だが、アスカは即座に老婆を詐欺師と判断した。
確かにここ三日間地震が頻繁に起こってはいるが、どれも小さなものだった。
そういう時、決まってこういう怪しげな者が住民の不安につけ込み金品を騙し取っていく手合いがいるのだ。
大抵流言飛語で自警団員に逮捕されるのが落ちである。
「殺された竜の呪いなのじゃ。皆も知って居ろう、数ヶ月前に一人の娘が竜にさらわれた事を。」
話の風向きが怪しくなってきた。
「その娘が救出された時、竜の死骸は消えうせていた。殺された竜の怨念が巡り巡って雷鳴山に取り付いたのじゃ。
このままでは、いずれ雷鳴山が噴火しエンフィールドは溶岩の底じゃ!」
『アスカ、いやな予感がする。逃げろ。』
ブラッドの進言通りアスカはマリアの下に戻ろうとしたが、出来なかった。
流言飛語によって不安が増幅された人々は、どうすればいいんだと老婆に問い人垣の輪が狭まってきていた。
これではとても先ほどのように人ごみをぬう事は出来ない。
「生贄じゃ!竜を殺した者を差し出すのじゃ、その者の名はアスカ・パンドーラ。」
名前を呼ぶと共に老婆はご丁寧にも、その硬く節だった指でアスカを指差してきた。
驚いたのは人垣の人たちも同じだったようで、即座に小さくなった輪を広げアスカから距離をとる。
観念したアスカは逃げずに正面から老婆を見据えた。
「良く調べてるって褒めてやりたいぐらいだけど、竜を殺したのは俺じゃない。残念だったな。」
「この者を教会の祭壇の裏にある洞窟に差し出すのじゃ!さすれば瞬く間に地震は収まるであろう!」
「聞けよ、婆さん。」
丁寧に否定をしても老婆は生贄に差し出せと連呼するばかりで、会話にならなかった。
呆れたアスカはどうしたものかと楽観的すぎた。
「余所者が来るからこういう事になるんだ!」
人垣の何処かからの大声。その数秒後アスカの視界がぶれた。
片足を出して倒れる事はなかったが、ボトッと落ちたのはこぶし大の石だった。
そして次々に放たれる罵声と石。
「お前みたいな奴が居るから、俺たちの平穏を返せ!」
「殺せ!生贄として差し出すんだ!」
「誰か縄をもって来い!逃げないように縛るんだ!」
もう罵声を聞き取る余裕さえアスカにはなかった。
次々と飛来する石に体を丸め原因となった老婆を盗み見たが、こちらを見て笑った後煙となって消えた。
ひらひらと舞い落ちたのは一枚の符。
『このままではなぶり殺しだ。』
『童と変われアスカ、童がこやつらを皆殺しにしてくれる。』
殺されてやるつもりも無かったし、変わるつもりも無かった。
アスカは右目に力を込めると、その目に映る地面全てを焼き払った。
轟音と共に芝生が焼け、土や灰が辺りを覆い、その隙にアスカは走り出した。
「何処だ探せ!」
「止めろ!石を投げるのを止めろ!」
突然の爆発による熱と煙幕に、暴徒は混乱状態に陥っていた。
だからと言って心配してやるつもりなどアスカには毛頭なく、マリアが居るベンチまで走った。
「マリア!」
ベンチには確かにマリアが居たが、大量の汗をかき崩れるように倒れていた。
額に手をのせると、明らかに高熱が感じられた。
「アホか俺は!なんでさっき気付かなかったんだ。」
悪態をついたのは一瞬だけ、直ぐにマリアを背負うと走り出した。
何時までもここに居たら、冷静さを取り戻した暴徒達が襲ってくるかもしれない。
冷静さを欠いたから暴徒となるのだが、この際それは置いておく。
『急げ、もうすぐ煙がはれる。』
「わかってるよ!」
走り出したアスカは、出来るだけ目立たない道のりを選んで走った。
街の者に見つかりたくないと言う考えもあったが、はやく状況を整理したかったのだ。
先ほどの老婆の正体。自分を追い詰めるような言動と行動。これらの張本人は、間違いなくシャドウだ。
しかし信じたくなかった。これらがまるで殺せと放たれた言葉の裏づけであるように思えたから。
 
 
 
「パティ・・」
「今トーヤ先生が診てる。大丈夫よ。」
二階から降りてきたパティの言葉を聞いて、僅かだがアスカがほっと安心する。
アスカがサクラ亭に逃げ込んできたのは、捜索を始める前にサクラ亭を本部にしたからだ。
探し回っている人数や、酒場としての情報収集能力、もろもろを考えての場所選びだった。
パティの父もそれを了承してくれ、今ここに居るのはアスカとパティ。そして二階のトーヤとマリア。
「それにしても、一体何があったのよ。」
トーヤに分けてもらったのだろう。降りてきたパティの手の中には薬箱があった。
「転んだだけだよ。」
「またそうやって隠す。アンタの悪い癖・・しみるわよ。」
言われた通り傷にしみ、歯を食いしばる。
「シャドウが・・俺に、殺してくれって、俺を殺せって。」
話そうと思ったのは、シャドウが何も話してくれなかったからだろう。
今パティに話してもどうしようもないのは解っていたが、話したかった。
「な・・なによ、それ。」
「わかんねえ。何も話してくれなかった。」
そこまで言われてようやくパティは、この数日のうちにアスカがシャドウに会っていた事に気付いた。
「それ、何時の話よ。」
「三日前。病院を抜け出したのはそのためだ。」
「たく・・アンタは、全部話せとは言わないけど。周りを心配させない程度には話なさい。」
言葉の最後に必要以上に強く包帯を巻かれた気がした。
パティに対し返事はしなかったが、アスカはこれからはそうするつもりで居た。
何も話してくれない事がこうも辛いものなのか・・・立場が変わって初めて知った。
「俺、行ってくる。」
突然アスカが立ち上がり、パティが見上げる形になる。
「行くって何処に?」
「直接じゃないけど、シャドウに呼ばれた。教会の祭壇の裏の洞窟に。」
「祭壇の裏?そんなのあった?・・って、ちょっと待ちなさいよ。」
そのまま歩いて出て行こうとするアスカを呼び止める。
「一人で行くつもりなの?」
「大勢で行けばシャドウが逃げる。それに急がないと・・」
それ以降は、突然割れた窓ガラスの音に遮られた。
割れた音の後にはコツンという硬いものが落ちた音、石だった。
「まさかあいつら!パティ窓に近寄るな、奥に隠れてろ!」
パティが問いかける前にアスカは表へと走り出た。
予想通り、表には人ごみが形成されていた。しかも公園の時よりも明らかに膨れ上がっていた。
「出てきたぞ!もう逃げられないぞ、観念しろ!」
「お前一人があがいた所で、この人数にはかなわないだろ!」
「俺はこれから祭壇の裏へ行くんだよ!余計な事すんな!」
アスカが表に出た事でサクラ亭への投石は一時的に止められたが、状況は相変わらずよくない。
「嘘だ!旨いこと言って逃げる気だろ。」
「怪しげな術を使うから近寄るな。石を投げて奴を弱らせろ!」
再び投げつけられ始めた石。
アスカは避けることも身構える事も無く、立ち尽くしていた。
『おのれ。アスカ、童と変われ、もはや我慢がならぬ!』
『どうした!アスカ何をしている!』
二人から叱咤の声が飛ぶが、アスカはそれでも立ち尽くした。
先ほどパティに施された治療が瞬く間に無意味なものになっていった。
傷の上に傷が出来、巻かれた包帯も薄汚れていった。
「なんで・・・なんで、こんな事ができるの?」
誰に対する問いかけか、頬に石が当たり膝をつく。
「動物だって・・誰かを、犠牲にすることはある。・・・でも、それは・・・結果的で、強制はしないのに。」
「アスカなにやってるの!」
気になって外を見てしまったのか、パティが投石の中をアスカまで駆け寄り抱え込むように抱きつく。
「見ろ!奴は人質をとったぞ!」
何処からか上がった声にパティは否定をしようとしたが、石が頭に直撃し倒れこんだ。
「パティ!・・・お前ら・・ニンゲンが!」
フラッシュバックしたのは、大きな、山のように大きな獣を襲うたくさんのニンゲン。
必死に話し合おうと主張する獣を無視し、森に火を放ち、森の獣達を焼き殺していった。
アスカの右目が朱に染まり、空中に浮かんでいた石がすべて蒸発してしまった。
まるで石が消えてしまったかのような異様な光景にどよめく。
「やはり奴は悪魔だ。殺さないとこっちが殺される。」
「何が・・悪魔だ。大勢で一人を囲んで、関係ないパティまで巻き込んで・・だったら、お前らは何なんだ!」
エンフィールド中に聞こえるんじゃないかと思うほどの、アスカの絶叫。
騒ぎが収まり自らの手を見つめる者、はっとして顔を青くする者。
コレだけの騒ぎだ。サクラ亭の入り口にはトーヤに支えられたマリアもいた。
「みんな、悪魔の言葉に惑わされるな!」
またしても何処からか上がった声が民衆を動かしていく。先ほどまで動揺していた者も、手近な石を拾い始めた。
最初の一個がアスカに当たった時、それがアスカの我慢の限界だった。
もう殺すしかない。当然だ、相手を殺すからには殺される事もある。それが今までアスカの中の獣のルール。
今度は空中の石だけでなく、民衆までもを赤く染まった右目で捕らえた。
確かに炎の柱が舞い上がった。しかし、それは投げられた石を弾くだけで民衆に襲い掛かる事は無かった。
激しくも美しい炎の柱がおさまった時、そこには美しい一本の槍が大地に突き刺さっていた。
「何をしているんだ!大勢で一人を襲って、恥ずかしくないのか!」
「・・・アル。」
「貴方達は今ここで彼を殺して、明日からのうのうと何時もの暮らしを続けられるとでも思っているのですか!」
「・・アレン。」
似たような台詞を先ほどもアスカが吐いたが、今度はそれが自警団員ともあって効果は絶大だった。
そして微笑んだアレンが指差した先には、シーラやアレフ、騒ぎを聞きつけたものがこちらに走ってきていた。
「アスカ君!」
「パティ、大丈夫か?トーヤ、薬だ。」
意識ははっきりしているらしく、アレフに肩を貸されパティはサクラ亭の中へ移動していった。
アスカは危ないからシーラたちも引っ込めと言ったが、断られた。
気弱なクリスや、普段無邪気なメロディでさえ眉を吊り上げ怒っていた。
「たかが数人増えたからってなんだよ!それに、あんたら自警団がしっかりしていないから・・」
姿の見えない人物の声は最後まで続かなかった。
アルベルトとアレンがそろって、自警団の証であるバッジを拭くから引きちぎり捨てたのだ。
「役職なんて関係ない!俺は俺がアルベルト・コーレインだからアスカを護る。」
「それに住民を護れない自警団なんて・・・なんの意味があるでしょうか。」
「俺だって、アスカを護る事ぐらい出来る。」
ピートの体が数秒で変異を遂げた。あの黄金の狼だ。
「やれやれ、良い所をとられてしまったようですね。」
「・・クライス。」
「おい、アスカ。生きてるか?お前に死なれると、今までの研究が無駄になっちまうんだがな。」
ライオンを連れたクライスに次いで現れたのはホワイトだ。
他にも由羅やローレライの女主人、アルベルトとアレンに賛同する自警団員、サーカスの人たち、まだまだ人が集ま
ってくる。
「形勢逆転とまでは行きませんが、十分ですね。それではあなた方を集団暴行の容疑で逮捕します。」
静かに響いたアレンの声で、人々が蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
一部がすぐにでも追いかけようとしたがアルベルトに止められた。元々逮捕するつもりは無かったらしい。
「アスカ君、すぐに怪我の手当てを。」
「傷だらけッス。」
いつの間にか来ていたアリサが、アスカの腕を引きサクラ亭内に連れて行こうとしたが、アスカは動かなかった。
「コレぐらい平気です。それより行かないと。」
「そんな傷で何処へ行くつもりなの!」
真っ先に反発してきたのはシーラだった。
行かせまいと、アスカの腕に体ごと抱きついてきた。
「教会の祭壇の裏の洞窟で、シャドウが待ってるんだ。」
止められそうに無いその眼差しを見て、シーラが急にアスカの腕を開放するとアスカがつんのめった。
そこでシーラはアスカの正面に回り、屈んだアスカの唇に自分の唇を押し付けた。
当然公衆の・・知り合いの前だが、シーラは構わず唇を話した後アスカの目を見つめた。
「シャドウ君を迎えに行くだけだよね。アスカ君まで何処か行っちゃう様な眼をしないで、私もっとアスカ君と色ん
な所行って、もっと一杯・・・したい。」
最後の方がシーラがうつむいたせいで一部聞き取れなかったが、大体のものには想像できた。
「わかった。戻ってきたら、色んな所行こう・・約束する。」
キスの意味は正確に知らないアスカだったが、シーラを抱き寄せた。
そうした方が良いんじゃないかという感だったが。
「アスカ兄様、アーシャも一緒に行くです。」
「駄目だ。何があるかわかんねえし・・絶対シャドウをつれて帰ってくるから。」
後半はここに居るすべての者への言葉だった。
「アル、悪いけどお前はついて来てくれねえか?」
「そうだな・・・まだ暴徒がいるかもしれん。他の皆はサクラ亭で待って居てくれ。」
抱き寄せていたシーラを一歩体から離す。
「それじゃあ、行ってくる。」
「待ってるから。」
教会の方へ行くためにきびすを返した時、アスカはサクラ亭の入り口からこちらを見るパティに眼で合図をした。
パティにはシャドウに会いに行く理由を話してしまっているから、黙っていてくれという合図だった。
もちろんアスカにはシャドウを殺すつもりなど無い。でも、余計な心配をかける必要も無い。
「解ってるわよ、馬鹿。」
誰にも聞こえないような小さな声だった。
シーラとのキスを見てしまったせいか、アスカがちゃんと話してくれたせいか・・
僅かだが、パティの目元には涙が見えていた。