知ってる
私がアイツに辛くあたってること
解ってる
あたしの考えが子供だって事は
それでもいつか
いつかきっと教えて
一 パティ・ソール 一
第三話 隠し事
□
「はぁ〜、・・ついてない。」
サクラ亭のカウンターの奥で、誰に言ったわけでもなくつぶやく。
「な〜に、暗い顔してんだよパティ。可愛い顔がだいなしだぜ?」
「あんたの軽口に、つきあう気にもならないわよ。」
いつもならアレフの軽口に『はいはい』と愛想笑いの一つもするのだが、カウンターにうつ伏せて顔を上げるのも気怠い。
「おぃおぃ、本気で元気ないな。」
「あたりまえよ。つまずいて料理落としちゃうわ、注文の数は間違える、奥で食材整頓して
れば棚から落ちてくる、本当についてない。」
パティの失敗はこれだけにとどまらず、包丁で指を切ったり皿を割るなど、普段からは考えられないような失敗を一昨日ぐらい
から続けている。
「パティが元気ない割に、シーラはなんだか絶好調?」
「え、なに?アレフ君。」
「いえ・・なんでも。」
パティがうなだれているのとは対照的に、シーラは嬉しそうにニコニコしていて周りが見えない(聞こえない)と言ってもいい。
ただ普段見れない元気のないパティと、元気なシーラの微妙な雰囲気の板挟みで、アレフはきまずかった。
「おぃ〜っす。」
「アスカ…とシェリル。」
「こ・・こんにちわ。」
アスカの後ろから、ひょっこり顔を出す。
お客には愛想が基本なのだが、アスカということもあり顔を上げただけで注文も聞かない。
シーラはシーラで、なんだか機嫌のわかりにくい顔をしている。
「ちょっと、こっち来い。」
「なんだよ、普通に話しゃいいだろ。」
パティとシーラの反応を不思議に思ったのか、カウンターから離れた場所にアスカを連れていく。
「お前を親友いや…心の友、心友として聞きたい。」
「とうとう、頭にウジでもわいたか?」
「茶々をいれるな、あの二人と何かあったのか?」
「はぁ?」
アスカにはアレフが何を言いたいのかわからなかったが、二人とはパティ、シーラ、シェリルの三人の内のの誰かだよなと脳味
噌をフル回転させていた。
「パティの不機嫌はいつものことだし、シーラは…よーわからん。シェリルは図書館で一緒になっただけだ。」
とりあえず三人をみて思いつくことをいってみたのだが、アレフの聞きたいこととは違ったようで、「聞くだけ無駄だったか」とあ
きれられてしまう。意味の解らない問いに構うことなく飯を頼もうとすると。
「アスカ!今日こそ魔法の素晴らしさを、マリアが教えて上げるんだから。」
店のドアを破らんばかりに力任せに開けて登場したのは、マリア・ショートでなにをするかと思えば、いきなり魔法の詠唱をはじ
めて両の手をアスカに向ける。
「ルーン、」
「ちょっとマリア、お店で・・」
「バレット!」
さすがに店のピンチに気怠いと言ってられないが、運悪くマリアの手ではしっかりと魔力が制御され、一直線にアスカめがけず
パティへと魔力の球が飛んでいく。
「マ〜リ〜ア〜・・」
爆発によってできた煙が引くにつれ、現れたのは少し焦げ目のついた鬼・・もといパティ。
当事者のマリアを怯えさせるに止まらず、関係のないアレフ達にもおびえが見られる。
「あはははは☆マリア宿題があるから・・それじゃあ。」
「待ちなさいマリア!!」
怯えという呪縛から逃れ逃げ出すマリアを追いかけたかったのだが、思いの外ダメージがあり大声を出すにとどまり怒りの矛
先がアスカにずれる。
「アンタも、はやく出てって!」
「おいパティ、アスカにはなん」
アレフに続いてシーラも何か言おうとするが、目だけでパティにだまらされ、シェリルは口をはさむこともできないでいる。
「元はと言えばアンタのせいなんだから、出てって!顔も見たくない!」
最近でたまりにたまったストレス(失敗)が一気にふきでたのか、パティの勢いはとまらない。
仕方ないと言った感じで、言い返すことなくアスカはサクラ亭を出ていく。
アスカがサクラ亭を去った後、十数分は誰もしゃべらず耳が痛いくらい静まり返っている。
「ごめん、あたし疲れてるみたい」
そういい残してパティが部屋へと引き込む時、アレフは確かにパティの目元に涙をみたが、自分の中だけにとどめておくことに
した。
あれから三日たったが、アスカはすっかりサクラ亭に近寄らなくなっていた。
しかし、特に気にしている様子はなく。今も、図書館からの帰りと普段と変わらない生活をしている。
「あの・・アスカさん、サクラ亭へはいかないんですか?」
「ん〜?特に行く理由はないだろ。」
「理由とかじゃなくて・・マリアちゃんも気にしてたし、パティさんも。」
シェリルが言いたかったことは半分はわかるが、何故パティまでもが自分を気にするのかまでは、アスカには解らなかった。元々パティには嫌われていて、顔が見れず清々してると思っているからだ。
「顔出したってパティの機嫌そこねるだけだし、そんなんだったら互いに近寄らないのが一番いいにきまってるだろ。」
「そんな・・」
そのときのアスカの表情は寂しさも、孤独もなくただ慣れから来る笑顔だけで、シェリルには何も言うことができず互いに沈黙
が訪れる。
「アスカ!お〜いアスカ!」
なにもしゃべらずに歩いていた二人に、走って近づいてくるのはアレフである。
「何、慌ててるんだよ。」
「慌てずにいられるかよ。パティが街の外に行ったまま、まだ帰ってこないんだよ。」
「どういうことですか?」
アレフの話では、昼過ぎに西の門から森へ薬草を摘みにいったらしいのだが、今(五時過ぎ)になってもかえってこないということらしく、もう日が暮れるころで夜の森は危険である。
「アレフ、自警団に森への捜索願だしてくれ。シェリルはドクターを念のため西の門まで連れてきてくれ。俺は、いますぐ森へ行
く」
アスカの的確な判断に一瞬惚けてしまった二人だが、すぐにそれぞれの場所へ走り出す。
続いて森へ向かって異常な速さで走るアスカだが、頭の中は怪我されるよりは嫌われた方がいいよなと天秤が傾いていた。
「一体、ここは・・どこなのよ。」
日が傾き薄暗くなってきた森の中で、パティはエンフィールドがどの方向にあるのか解らないほどに道に迷っていた。かなり長
いこと獣道を歩いたため、足は棒のようになり歩くことだけでもおっくうになりつつある。
「みんな、心配してるかな・・」
いつもならの自分なら強がりの一つも出るのだが、ここ数日の失敗などから弱気になるのは仕方がなく、野犬のうなり声が更
に心細さに拍車をかける。
「野犬?」
疲れていることと姿が見えないことで、あやふやだったが、確かに聞こえた。
「・・嘘でしょ。いくらなんでも、冗談きつい。」
慎重に周りを見渡す、野犬が潜めるような大きめの木や茂み。
緊張と恐怖で鼓動が早くなり、額を流れる汗がやけに冷たく感じる。
1秒でも早くこの場を去りたい気持から、疲れている足で精一杯大地を蹴った瞬間。
後ろの茂みから飛び出した何かがいきなり爆発し、そこでパティの意識は途切れた。
「まったく・・めんどくさい奴。」
『そう言うなアスカよ、それに仕上げがまだ残っておる。』
「あぁ、解ってる。」
目の前にはパティと黒こげになった犬らしきモノが転がっており、犬らしきモノはアスカの持っている小銃で狙撃されたものある
「そろそろ、出てきたらどうだ。悪霊さんよ。」
アスカはパティを抱きかかえると、声のトーンを下げて呟く。
しばらくするとパティの体から霧のようなモノが拭きだし、それが集まって一つの形をとる。
「我が名はフィーチェン、ただの悪霊などでは・・」
「お前の名前も、目的も、どうでもいい。俺が言いたいのは。」
アスカはどうでもいいとフィーチェンの言動を止め、言いたいことだけを言う。
「キエロ。」
「あ・・」
アスカが顔を上げた瞬間、フィーチェンはなにかを言いかけたまま爆炎にのみ込まれ消えていった。ただそのときのアスカの
右目はいつもの黒い瞳ではなく、血のように赤かった。
「アスカ・・アンタその眼。」
「なんだ、気がついていたのか。俺の眼がどうかしたのか?」
「あれ?」
確認のためパティは再度アスカの眼を見たが、そのときにはすでにいつもの黒い瞳に戻っていたため、惚けられてしまう。
「あのさ、パティ」
「なによ・・」
パティはアスカに抱きかかえられているため、どうしても距離が近くなり赤面している。
「おもてぇ・・」
「だ・・だったら、さっさと下ろしなさいよ!」
距離が近くてもアスカはよっぽどの方向音痴なのか、さきほどとは違った理由で顔が赤くなったパティに殴られ崩れ落ちる。
「まったく・・ほら、いつまで寝てんのよ帰るわよ。」
「いや・・右頬にいいの入っちゃって足が。」
「助けて貰ったお礼に、ウチで奢ってあげるからがんばって歩く。」
パティの拳が至近距離で入ったせいでアスカの膝はグラグラなのだが、悪気が無いどころか、本人には感謝の気持があるの
かないのか、判断しにくい。
「そういや、俺サクラ亭に出入り禁止じゃなかったっけか?」
「あ〜もぅ、ここ数日はさっきの変な奴のせいだったんでしょ?それに男がいつまでも過去のことにこだわらないの。」
「んじゃ、がんばって帰りますかぁ。」
「あ・・あのさ、アスカ。」
気力を振り絞って歩こうとしたとき、パティがまじめな顔をしてアスカを引き留める。
「そのうちでいいから・・」
「そのうち?」
「・・やっぱ、なんでもない。“ありがとう”それが言いたかっただけ。」
“ありがとう”を言ったときのパティの表情は、久しぶりに見せる笑顔だった。