悠久幻想曲  月と太陽と

 

正義とはなんなんだ?

 

                      俺は今まで自分が正義だと思ってきた

 

                         自警団と言う枠に居る俺が・・・

 

                           だが、実際はどうだ

 

                         何が正義で、何が悪なのか

 

                           絶対に見極めてやる

 

                         ー アルベルト・コーレイン ー

 
 
                                              
悠久幻想曲
 
               第二十八話 疑惑
 
その日アスカは皆に仕事を分配すると、一人だけジョートショップに残っていた。
その事についてはすでに皆にも説明はしてあった。今日は届くはずの十万Gの確認に銀行へと向かう予定なのだ。
金を下ろすわけでもなく、本当に確認に行くだけ。
「そろそろ銀行が開く時間じゃないかしら?」
「そうですね。それじゃあ、ちょっと言ってきます。」
家事をしていたのかエプロンで手を拭いているアリサに言われ時間を確認すると、十分前であった。
お茶はまだ飲みかけであったが腰を上げるアスカ。
「アスカさん、がんばってくるッスよ。」
「・・ああ」
何をどう頑張れば良いのか、アスカは曖昧な言葉を返してジョートショップを出た。
 
 
銀行とはあまり一般人にはなじみの無い場所である。
大抵預けるほど金を持っていないということが当てはまり、そうなれば自然と周りはお金の匂いのする人ばかり。
そんな中にアスカが居れば当然浮くわけで、完璧に監視の対象となっていた。
(銀行ってのは、どこも一緒だな。)
『私はそもそも、金と言う対象が好きではない。』
それでもアスカは例外的に銀行に慣れているタイプであり、迷うことなく窓口へと向かった。
いくつ物監視の目は気にしてもしょうがないのだ。
「ベルグリップ銀行からここへ移動した金の確認がしたいんだけど。」
「数件ありますが、お名前をどうぞ。」
「アスカ・パンドーラ。」
受付嬢はアスカの身形に気をとられること無く、淡々と仕事をしていく。
しかしそのうちあれ?っと言う顔になった。もう一度確認したようだが、結果は同じだったらしい。
「あのぉ、すみませんがそのお名前での移動は無いのですが・・」
「え?」
すまなそうに言ってくる受付上に、今度はアスカが首を傾げる。
そんなはずは無いとアスカが取り出したのは、件の銀行からの手紙、今日には届くと書いてある。
その手紙を受付嬢に渡すと上司に確認に行ってしまった。
(どうなってるんだ?)
『・・・・』
情報が少ないせいか、ブラッドは沈黙を保っている。
しばらくすると上司なのだろうか、受付嬢が中年の男を連れて現れた。
「アスカ・パンドーラ様ですね?まことに残念ながら移動の事実が無い以上お支払いは出来ません。」
「そりゃそうだけど、手紙には今日って。」
「更にこの十万Gという大金から判断するに、このベルグリップ銀行の印も偽者と判断するしかないのです。」
中年の男の眼差しは明らかに見下したもので、言葉では金額と言っているが確実にアスカの身形から判断されている。
更に目の前で手紙を破かれる。
すぐさま止めに入ろうとしたアスカだが、いつの間にか来たガードマンに両脇を固められてしまう。
「どういうことだ!」
「どうもこうも・・お前達、お客様は混乱しておられる。外に連れ出してあげなさい。」
流石に頭にきたので全て吹き飛ばしてやろうかと物騒なことを考え始めると、偶然なのか止める者が現れた。
「何を騒いでいる!」
それはアルベルトだった。
アスカは赤く染まった右目を慌ててもどした。
「これは丁度良い所に、実は未遂ですが詐欺まがいの事がされかけまして。」
「アスカ・・・アスカが詐欺?」
「ええ、ベルグリップの偽印までも用意して。」
「それが偽者だと言う証拠は?」
すぐさま事情を噛み砕いたアルベルトは逆に中年の男に聞いた。
もちろん金額や身形から偽者と判断しただけで証拠は無く、男が言葉につまった。
「証拠が無ければ、まずは真偽を確かめるのが先だろう。職務怠慢と言われたくなければ、直ぐに確認の手紙を送る
事だ。アスカは自警団である俺が預かる。」
冷静な声で一気にまくし立てると、ガードマンからアスカを受け取り、その襟首を掴んで出て行くアルベルト。
アスカは、なんだか話が自分の手から離れてしまった気がしないでもなかったが、アルベルトが自分に味方して居て
くれる事に驚きつつ少し納得していた。
(ピートのことがあったしな。)
『頼れる若者だ。』
 
 
銀行を出てアルベルトの手から開放されたアスカは、大まかな流れを話した。
届いているはずの金、その事実はないと言われ、結果さっきのようにと。
「完璧にお前の味方をするわけにはいかないが、捜査をするなら手伝うぞ。」
「捜査・・・捜査か。」
普段なら自警団にお任せする所だが、今回は時間が無い。
再び銀行がベルグリップに連絡を取り、金の移動をしても間に合わないのだ。
だとしたら自分で金を取り戻すしかない・・・そうは言っても。
「どっから手をつけて良いんだ?」
アスカはとりあえずアルベルトに聞いてみた。
「俺も第一部隊だから、こういうことは専門じゃないが・・まずは聞き込み、金の輸送を実際に行った者に聞くべき
だ。」
「そんなの銀行に戻らなきゃわかんねえじゃねえか。」
「自警団事務所でも解る。エンフィールドに入る積荷は、何時もチェックされているからな。そのための門番だ。」
手伝うと言う控えめな名目だったが、結局はアルベルトが先を歩く形になってしまう。
アスカはただ、とぼとぼとアルベルトの後ろを付いていった。
金の移動がまだ最近だったせいか、自警団の資料保管が優秀なのか、事務所に入ったアルベルトは直ぐに出てきた。
そして連れて行かれたのは控えめに見ても、裕福そうには見えない家。
「この家の老人が今回の運び人だ。孫と二人暮しで、老人が運びをしている間は知人に預けているようだ。」
「それじゃあ、聞き込みますか。」
アスカがドアを叩くとしばらくしてから数センチひらき、老人の目が見えた。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?怪しい者じゃないよ、ほら自警団員持参だし。」
「持参って言うな。手伝ってやってるんだぞこっちは。」
自警団員と聞いて老人がなにやら視線を彷徨わせたが、断られる事無く二人は家に招かれた。
一見丁寧にこちらを敬って椅子をすすめた老人だが、どこか不自然さを感じさせる。
「今日こちらに寄らせていただいたのは、先日の銀行の輸送の事に関してです。」
「な・・なにか不備がありましたでしょうか?」
わざわざ自警団員が尋ねてきたのだからそう考えても不思議ではない。
しかし何故そこまで声がかすれているのか。
「不備と言うわけではありませんが、積荷のリストの控えを貸してもらえないでしょうか?それと、輸送の護衛の中
に不自然な行動をした者がいれば、その者の名を教えていただけないでしょうか?」
「護衛は何故かベルグリップの指名の傭兵でしたので・・怪しい者はいませんでした。ただ、積荷のリストはこちら
のミスで無くして・・」
視線を彷徨わせ続ける老人に、アルベルトが口調を強めた。
「そのような大切な物をなくすはずが無いでしょう。それとも見られて困るような事でも?」
「い・・いえ、そのような事は・・・・」
「いずれにせよそのような大切な物を失くすような所には、仕事が来なくなるでしょうね。」
本当はアルベルトにそんな権限は欠片も無いのだが・・カマをかけているのだろう。
他人の行動に疎いアスカも、流石にここまで動揺されると怪しいと思ってしまう。
「そんな・・・あっ、そうそう失くしてなどいませんでした。確かあそこに・・」
まるで今思い出したかのように椅子から立ち上がると、戸棚からリストの束を取り出し一番上から一枚取ってくる。
失くしたと言っていたくせに纏めてあったリストの一番上から取るとは・・ここまで嘘が下手だと逆にアスカは老人
が可哀相に思えてしまった。
アルベルトはアスカと違い、その眼光を強めていた。
「確かに、ではしばらく預からせていただきます。」
「おじいちゃ〜ん。」
アルベルトがリストを受け取っていると、置くからか細い声を出し少女が覗き込んでいた。
知らない人が居て心配なのか、それとも他に理由があるのか不安げである。
「おぉ、エリス起きて大丈夫なのか?」
「へいき、それよりおじいちゃんおきゃくさま?」
「じいちゃんの運んだ積荷に用があってな、良い子だから奥で寝てなさい。」
小さな声で頷いた少女は促されるまま奥に下がって行った。
「こんな時間に寝ているとは・・・病気か?」
「ええ・・重い病気で。」
慌てて口を閉じる老人だが、アルベルトの頭の中でそれは決定的だった。
孫の重い病気、積荷を運んでいた本人である事、それに傭兵に怪しい者が居なければ犯人は間違いなく・・
「んじゃ、邪魔したな爺さん。リストはしばらく借りるから。」
今まで黙ってアルベルトのやり取りを見ていたアスカが、席を立ちさっさと出て行ってしまう。
こんな事も解らないのかとアルベルトは慌ててアスカを追いかけ出て行った。
走るわけでもなく歩いていたアスカに、容易にアルベルトは追いついた。
「何を考えているんだ。状況に動機、犯人はあの老人に間違いない。」
アスカの肩を掴み振り向かせるが、アスカは余り嬉しそうではなかった。
「俺もそう思う・・思うけど。」
「思うけど、なんだ?」
「あんな気弱な爺ちゃんが一人でやったと思うか?あの爺ちゃんを捕まえてもそこで終わり、そんなんで尻尾を出す
ほど馬鹿じゃないだろ。」
アルベルトの手を振り払い歩き出そうとしたアスカの肩を、アルベルトは再び強く握った。
「尻尾とはどういうことだ?あの老人をそそのかした者が居るとでも言うのか!」
ぽろっと漏らしてしまいしまったと言う顔をアスカがしたが遅かった。
どうしても開放してくれそうに無いアルベルトの目に根負けし、ある程度話す事にした。
 
 
アルベルトとアスカが移動した先はジョートショップ、アスカの部屋だ。
アリサとテディは二人が一緒に居る事に驚いたが、アスカが適当にごまかしていた。
「爺ちゃんをそそのかしたって証拠も無いけど、たぶん爺ちゃんは巻き込まれたんだ。」
「巻き込まれた?誰に?」
「俺。性格には十万Gを奪うためにかな。」
その言い草は諦めと言う文字が多大に入っていた。
アルベルトは黙ってアスカの言葉を聞いた。
「おかしいと思わないか?他にも金はあったはずなのになんで俺の十万Gだけなのか。しかもそのリストには、俺の
金の事が書いてない・・最初からなかったって言われればそこまでだけど。」
「まあな、でもお前は送ってもらったのだろ?」
「そこで爺ちゃんをそそのかした奴の登場。偽者のリスト、俺の金だけが無いリストを渡して、後は爺ちゃんの自由
意志。リストには無い金、孫の重い病気・・」
「もったいぶるな!一体黒幕は誰なんだ!」
その心につけ込むやり方が気に食わないのか、テーブルに拳を打ち付けるアルベルト。
アスカはびびって身をかがめている。
「アリサさんに金を貸した奴に決まってるだろ。金が無ければ自然とこの土地はそいつのもんなんだから。」
「そこまで解っているのなら、当然そいつの名前も身分もわかっているんだろ!」
「怒るなよぉ、ショート財団の秘書のハメット。」
「な・・なんだと?」
「自警団に多額の寄付金をしてるショート財団の秘書だよ。とある理由でこの土地が欲しくて、俺とアリサさんはま
きこまれたんだよ。」
アルベルトの中でいままでチグハグだったパズルのピースが組みあがっていく。
アスカの周りで事件が起こる度に出張の入るリカルド、ピートの騒ぎを利用してアスカを襲った矢。
他にもまだまだ、おかしな所はたくさんあった。
「それじゃあ・・俺たちもその犯罪に知らずに・・・・」
「おいおい、アルベルト。俺みたいな犯罪者の言葉を完全に信じるなよ。」
「五月蝿い、俺はお前を犯罪者だなんて欠片も思ってねえ!」
簡単に手のひらを返したわけではない。
少しずつ・・少しずつだが改められてきた考えが、ここで一気にひるがえっただけ。
そして悔やまれる、良いように操られていた事が。
「ここまで完全に手をふさがれると・・もうこの土地を諦めるしかない。」
「何を言っているんだ!今ならまだあの老人を捕まえれば・・」
「捕まえたら、あの女の子はどうなる?唯一の肉親を失って重い病気・・こっちの性格まで読まれてる。」
人情を一切取り払えば、誘惑に乗った老人が悪い。
しかし人情を一切取り払う事など人には無理だ。かといって簡単に少女を引き取る覚悟もできない。
「もしこの土地とられたら・・アルベルト、アリサさんを頼むぞ。」
「頼まれなくてもなんとかするが、お前はどうするんだ?禁固刑だぞ。」
「エンフィールドの法なんて関係ない。元々根無し草だ、脱走なりなんなりするさ。」
そう、ハメットの唯一の誤算。
アスカは簡単に今の生活を捨てられるのだ。たとえその結果お尋ね者になろうとも。
だったら何故今すぐ逃げないのか・・それは、今の生活が好きだから。
好きな人たちと毎日顔を合わせる生活。ただもう少しそんな夢を見ていたいから。
 
 
 
「なぁアスカ・・・なんでアルベルトがいるんだ?」
夕食の時間みなでテーブルを囲んでいる時の、シャドウの率直な疑問。
仕事から帰ってきたら当たり前のように居て、当たり前のように一緒に飯を食べているのだからそう思っても仕方が
無い。
「気にするな、ちょっと用があったから食ってけって誘っただけだ。」
笑って答えたアスカにシャドウは「ふ〜ん」っと言っただけで深くは突っ込んでこなかった。
言ってしまえばどうでもよかったのだろう。
「アルベルト、しょうゆとってくれ。」
「アルでいい。」
アスカはしょうゆをうけとったまま。シャドウは箸をくわえたまま。確実に時が止まった。
アリサはいつもどおりニコニコしていたが、その隣に居たテディはぼけぇっとアルベルトを見ていた。
アルベルトをアルと呼べるもの、その意味を知っているからだ。
「なんだ、不満か?」
「いや・・・別にいいけど。」
アスカは目的の者にしょうゆを垂らすと、気にしない事にして食べ続けた。
ただシャドウとテディはヒソヒソ話をしていたが。
「なんだ?なにがあったんだ?」
「さっぱりッス。」
そのまま謎の夕食が終わり、アルベルトが帰ろうと身支度を始めた時玄関がノックされた。
アリサは後片付けをしておりシャドウは二階、アスカが対応しようと玄関を開けるとそこにはあの老人が居た。
アルベルトも直ぐそれに気付き、アリサに気付かれないように外に出た。
「爺さんどうした?リストはまだ返せないけど。」
「・・・これを。」
老人が差し出した皮袋には何かがパンパンに入っている。
「出来心だったんです・・・孫が、お金が必要だったんです。お金には一切手をつけていません。ですから、どう
か・・どうか告発だけはご勘弁を」
「勝手なことを・・」
最初は頭を下げるだけであったが、アルベルトの呟きに次第に土下座までしだす老人。
なんとも後味の悪い結果になんともいえない顔をするアスカ。
「爺ちゃん、今度ベルグリップの銀行に寄る事あるか?」
顔を上げた老人はその問いの意図がわからなかったが、無言で一回頷いた。
そしてアスカも満足そうに頷くと懐の長方形の紙に持っていたペンを走らせた。
その紙はかつてホワイトに渡したのと同じ紙、小切手だった。
「これベルグリップで金に換えてもらえるから。もう帰れ、孫が心配するから。」
「え・・」
「いいから俺が笑ってるうちに帰れ。」
器用に笑顔のまま脅すアスカ。
老人は何度も頭を下げてながら帰っていった。
「人が良すぎるぞアスカ。どんなわけがあっても罪は罪だ。」
「正直言うと・・よくわからん。爺さんを捕まえれば孫が困る、俺も嫌な感じがする。でも金が返ってこなかった
ら・・アリサさんが困ってあの爺さんが嫌な感じをする。俺一人が貧乏くじ引くのが一番いい気がした。」
「お前は馬鹿だよ。」
「よくパティには言われてる。」
アスカが笑った時、アルベルトはアスカに向き直る。
「アスカ、俺は諦めないからな。例え相手がショート財団でも出来る限りの事はする。だからお前も諦めるな。」
「おぅ、エンフィールドを出て行くときは黒幕を一発殴ってからにするさ。」
「そうじゃない!・・あ〜、とにかく諦めるな。いいな。」
念を押してから寮のほうへ帰っていくアルベルト。
とりあえず、ちゃんと金は返ってきた。ついでにアルベルトと仲良くなれた。
結果オーライ、そう考える事にしたアスカは家の中へと戻っていった。
 
 
 
 
「失敗・・・ですか。」
ショート家の秘書室では報告書を片手にハメットがため息を付いていた。
しかしそこからは残念と言う感情はなく、ただ淡々と事実を述べただけであるようだ。
「まあ良いでしょう。お金がそろおうと、こちらが受け取らなければ良いだけですし。」
そしてその報告書を置き、それとは別の報告書を取り出した。
それは大武闘会の日に寄せられた報告書。信憑性は低いが、輸送された金からまんざら嘘ではなさそうだった。
「アスカ君が無名の錬金術師・・・彼は己の力だけで生きてきた者・・・・・」
羨望が明らかに言葉に混じっていた。
自分のように他人を蹴落として、踏み台にして生きてきた自分とは異なる生き方。
こんな立場でなければ互いに語り合ってみたい。そんな気持ちが湧き上がってくる。
しばらく報告書を持ったまま、ハメットはそこに居続けた。