悠久幻想曲  月と太陽と

 

譲れぬ物など誰しもが持つ物

 

                    私は相手を蹴落としてそれを手に入れてきました

 

                         この度も、これからも同じです

 

                       そのことに後悔するつもりはありません

 

                      ですが今回、アスカ君がその標的であること

 

                         それだけは残念でありません

 

                          ー ハメット・ヴァロリー ー

 
 
                                              
悠久幻想曲
 
               第二十五話 始動
 
それはその月の満月を一週間後に控えた日だった。
トーヤから頼まれた薬草採りを終え、クラウド医院へ向かっているのはアスカとピートだ。
「なんでだよ〜、いいじゃん。俺達でその金色の狼捕まえようぜ。」
まだ声変わりをしていないピートの高い声。
金色の狼とは、先月エンフィールドで噂されていた言葉のとおり金色の狼である。
解っていることは精々満月の夜に現れることぐらいだが。
「駄目だ。狼だぞ?噛まれたり、引っ掻かれたら痛いんだぞ?」
「痛いぐらい平気だぜ。逆にやっつけてやる。」
背負った籠から薬草をポロポロと落としながら意気込むピートを見て、アスカがため息をつく。
「駄目ったら、駄目だ!」
「なんだよ。アスカの怖がり、けちんぼ。」
またしてもため息をついたアスカは、ピートが落とした薬草を拾っている。
拾い終わり再びピートの籠に戻すと、さとす様にピートに答えた。
「お前が将来探検家になりたいってのは、以前聞いた。その為にお前は何かしたか?」
「だからその為に今から色んな冒険を」
「甘い!甘すぎる!いいか何かになりたい夢ってのは階段を登るみたいなもんだ。」
アスカは山で使用していた棒で地面に段の絵を描き、その頂上に冒険家と書いた。
「お前は階段を一番下からいきなり上まで飛ばそうとしてるんだ。そんなの無理だ、無理だろ?」
ピートが頷いたのを確認すると続ける。
「そもそもこの段は、実際にある苦難を表していて・・例えば、毒を受けたら普通どうする?」
「薬草を使う。」
「そうだな。手持ちがあればいいが、なければどうする?自生の物を探すしかない。今日の仕事で解ったけど、ピー
ト、お前薬草の知識ほとんどないだろ。さらに毒草を薬草と覚えてたりたちが悪い。」
うっと冷や汗をかいてあとずさるピート。
ピートがコレだと持ってきた薬草は、全て毒草だったのだ。
「何かになりたかったら、そういう所から努力するもんだ。」
「・・・解ったよ。」
ようやく受け入れてもらえて、ほっとするアスカ。
そしてこのアスカの行動に一番感動したのはブラッドだ。
『アスカよ、お前もとうとう人並みに相手を心配することができるようになったんだな。』
(酷い事言われてる気がするが・・まあ、最初に面倒くさいがウンチク垂れとけば、面倒なことに巻き込まれないか
らな。)
心の中ではっはと笑うアスカに、ブラッドは絶望的に落ち込んだ。
『面倒とは、相変わらずか・・』
しかし相手を気遣っているからこそ、面倒なことをしているのだが・・アスカとブラッド双方がそのことに気付いて
いなかった。ブラッドの心配をよそにアスカは確実に変わってきていた。
「ほら、ピートコレをトーヤの所に持っていけば飯だ。奢ってやるからいこうぜ。」
「本当か!だったら急ごうぜ!」
「こら!籠を激しく振るな、折角の薬草が!」
急ごうと走るピートの籠からまたしても薬草が零れ落ち、拾い集めるアスカ。
『やれやれ』
 
 
 
「おーい、トーヤ薬草とってきたぞ。」
「すまんな、金は後日届けておく。」
診察室から顔を出したトーヤだが、直ぐに反応したことから患者がいたわけではないのだろう。
ピートと自分の籠を渡し、それじゃあと帰ろうとするとトーヤがアスカを呼び止めた。
「少し待て、話がある。」
「少しって?」
「三十分もかからん。」
それぐらいならと診察室へ入っていこうとすると、ピートが制止をかけた。
「ちょっと待てよアスカ、俺そんなに待てねえよ。」
三十分もかからないと言っているのに、なぜそれがそんなにと言えるのか・・・
「先に言ってろよ、後から行くから。」
「じゃあ、先食ってるからな?」
そんなに腹が減っているのか、ピューっと走っていってしまうピート。
「ただし、奢りだからって食いすぎたら殴るからな!」
アスカは慌てて付け加えたが・・聞こえていたのだろうか。
トーヤは呆れたように肩をすくめると、診察室へと入って行きアスカも続いた。
「それで、話って?」
勧められた患者の椅子に座ると、話を促すアスカ。
「実はピートの事だ。前々から自分が知らないうちに知らない場所で寝ていると、病気じゃないのかと相談されてい
たんだが・・コレを見ろ。」
守秘義務はいいのかと余計なことを考えつつ、アスカが受け取ったのは、日にかざすと金色に輝いた毛だ。
何を思ったのか鼻に近づけてクンクン嗅ぐアスカ。
「狼?・・でも、何処かで・・・・ピート?」
「・・・そうだ。」
顔つきは真剣だが、アスカの行動と異常な嗅覚に呆れているトーヤ。
とりあえず今はと先を続けた。
「コレは先月ピートが知らない場所で寝ていたと来た時に衣服から回収した毛だ。しかもその前夜は満月だった。」
「ピートが黄金の狼?」
「正確には、絶滅したと言われている人狼だ。」
「それを俺に聞かせて、何を手伝って欲しいんだ?」
人狐のライシアンや、良く解らない人猫のメロディがいるのだから、今更人狼がいても驚きはしない。
アスカが気になるのは、トーヤの目的である。
「言ったと思うが、ピートに人狼の間の記憶はない。今は山をうろついているだけだが、いつ街中で発見されるとも
限らないし、それこそ退治しろと住人が騒ぎ出すかもしれん。」
「意識がないんじゃ、ピートの説得もできないしな。」
「それは出来る。カッセル老に聞いたところ、人狼に関した本をいただいた。そこに成人の儀とあり、狼になってい
る間も意識を覚醒させる儀式が載っていた。それをお前とシャドウに手伝ってもらいたい。」
「解ったけど、その儀式の方法は?」
「この本だ、儀式の用意はこちらでしておく。お前達は方法を頭に叩き込んでおいてくれ。」
アスカは本を受け取ると立ち上がりドアの前に移動し、振り返った。
「このことをピートは?」
「知らない。それに儀式が終われば知ることになる。予測不能な事態を避けるために秘密にしておく。」
アスカは了解とだけ答え、クラウド医院を去っていった。
 
 
クラウド医院からの帰り道、アスカは受け取った本をパラパラとめくりながら歩いていた。
本格的に読むのは帰ってからだが、興味が先走りしていたのだ。
「あっ!アスカさん。」
声をかけられ本から顔を上げると、こちらへ走ってくるトリーシャが見えた。
偶然と言うより、探していたと言う感じだ。
「はぁ〜、はぁ〜、あのね・・変な噂が流れてるから・・アスカさんにどうしようか聞こうと思って・・・」
「噂って先月も流れたじゃねえか。金色の狼だろ?」
息も絶え絶えのトリーシャにこちらから切り出したが、首を横に振られた。
「全く関係ないわけじゃないけど、その狼が近々エンフィールドを襲いにくるって。それにピート君が・・」
「ちょっと待て、なんでそこにピートが・・」
「解らないけど、ピート君がその狼の仲間で実は人狼だって。それにおかしいの。普通噂って尾ひれ背びれがつくの
に、全く着かないどころか、妙にピート君を名指しで具体的だし。」
普段色々な噂を集めているから、トリーシャは何かそこに意図的なものを感じたのだろう。
そしてアスカもブラッドも同じく何かがおかしいと感じていた。
『アスカ急げ、このような噂が流れている状況ではピートが危ない。』
(わかってる。)
「トリーシャ、もっと他に噂になりそうなネタ持ってないか?何でもいいんだ、その噂が霞むぐらいの。」
「今はちょっと・・嘘でもいいなら、絶対にみんなが食いつくネタあるけど。」
「なんでもいい、頼んだぞ。」
「あ・・ちょっと待ってよ。」
今は時間がないとばかりに走っていってしまうアスカは、トリーシャの制止が聞こえていなかった。
しかしトリーシャも、本人が何でもいいといったのだからと、その嘘を広めに行ってしまった。
嘘を広める後ろめたさもあったが、ちょっと楽しくもあったのだろう。
 
 
 
サクラ亭に走りこんだアスカは、何かが自分の胸元に飛び込んできて慌てて受け止めた。
それはピートであり、その先には明らかに酔っ払った人物が二名いた。
「ちょっと、やめなさいよ!」
「何言ってんだよ、俺たちは街の掃除をしてるんだぜ。薄汚い人狼からこの街を護るって言う。」
「そんなの根も葉もない、ただの噂じゃない。」
ニヤついている酔っ払いに噛み付いているのはパティで、アスカはなんとなく今の状況を把握した。
すでに遅かったと言うことだけは確実に。
「ピート大丈夫か?」
「平気だ、こんなもん!」
「おぃおぃ、なんだ?お前もそのちびスケを庇うってのか?」
聞いてきたのはパティが噛み付いた相手とはまた違う方だった。
しかしアスカはその言葉を無視してパティにごめんと謝る。
「構わないから、やっちゃって!」
それだけの言葉で意思の疎通が出来、たいしたものである。
「無視してんじゃねえぞ、こ」
酔っ払いは最後まで言うことが出来なかった。
なぜならアスカが魔銃を抜き、酔っ払いの目の前に突き出したから。
「・・・お、おい、まさか撃たない・・よな?」
一気に酔いが醒めたのか、かすれた声を出す。
アスカは無言で引き金を引き、打ち出された圧縮空気、風が酔っ払いの顔を殴りつけた。
鼻と口から血を垂らす酔っ払いを踏みつけ、もう一人の酔っ払いに銃口を向けるアスカ。
その行動に、ピートとパティはアスカが怒った時どうするかを思い出した。容赦がないのだ。
「くそ、聞いてねえぞこんなの!」
「きゃっ!」
もう一人の酔っ払いは近くにいたパティを引き寄せると、取り出したナイフを顔に近づけた。
「パティ!」
「おっさん近づくな!近づけば・・わかってるよな?」
余りの騒ぎに厨房からパティの父が出てきたが、この状況を見て凍りつく。
今この場にいる客も同じだった。ただの酔っ払いだと思っていたら、いきなりナイフを抜いたのだから。
「おら小僧!その危ない銃を捨てな。」
形勢逆転とばかりに命令をする酔っ払いだが。
「嫌だ。」
普段のアスカが決して使わない、低い声。
「なっ!テメェ、コレが見えねえのか!」
「見えてる。」
「だったら捨てろや!」
「嫌だ。」
このなんとも危なっかしいやり取りにパティが不安の声を漏らす。
「ア・・アスカ。」
「脅しじゃねえんだぞ!」
焦れた酔っ払いが叫んだが・・そこから全く動かない。それとも動けないのか。
「遅えぞ、シャドウ。」
「ピンチだったくせに、偉そうな。」
いつの間に入ってきたのか、シャドウが酔っ払いの後方に立っていた。
どうやらアスカは気付いていたようで、シャドウが行動を起こすのを待っていたようだ。
「何をしやがった!」
「危ねえから、動けなくなる縛の符を張っただけだ。」
シャドウは酔っ払いからナイフを取り上げパティを開放する。
「お父さん!」
「パティ。」
パティはそのまま父の元へ走り、パティの父は娘を抱きとめ抱きしめる。
シャドウはアスカにこいつをどうするか聞こうとしたが、アスカが無言のまま酔っ払いに銃口を向け引き金を引いた。
ドンと風を打ち出す音が聞こえ酔っ払いが吹き飛んだ。そしてまた、倒れた酔っ払いへ向けて引き金を引き続ける。
床の上で何度も気絶した酔っ払いが、衝撃でバウンドする。
「やりすぎだ、アスカ。」
「コレぐらい当然だ!ナイフなんか抜きやがって、こんにゃろ!」
シャドウに羽交い絞めされても、足で蹴ったり、それも届かなくなったら靴を脱いで投げつけたり、むちゃくちゃす
るアスカ。
それでも少しは気が済んだのか口調が普段のように戻ってきている。
「それにしても、アスカ。嫌だと言った時は、娘の大事な体に傷がつくかとびびったぞ。それとも万が一には娘を貰
ってくれる覚悟があったのか?」
「ちょっと!お父さん何言ってるのよ!!」
突然の父親の台詞に真っ赤になってパティが反論するが、アスカが答える前にシャドウが叫んだ。
「思い出した!アスカてめえマリアに告白ったぁ、どういう了見だ!」
「なんじゃそりゃ!」
「しらばっくれるな、今すっげえ噂になってるぞ!」
シャドウがタイミングよく現れたのは、そういうわけなのか・・
噂、そう言われて思い浮かんだのはトリーシャの台詞。「絶対に食いつくネタがある」
それがコレなのか・・確信はできないが、間違いないだろう。
「アスカ君!マ・・マ、マリアちゃんに・・・その。」
サクラ亭に走りこんできて、目を泳がせ、どもっているのはシーラだ。
「アスカ君、シャドウさんの気持ち知ってるくせに見損なったよ!」
「酷いです、アスカさん!」
次に走りこんできたのはクリスとシェリル。なんか以前にも似たようなことがあったような。
先ほどまで父親に詰め寄っていたパティまでもがこちらを睨んでいた。
そもそも何でも良いと頼んだのは自分だ、誰も責められない。
「さ・・さいなら〜!」
アスカはピートを脇に抱え、逃げ出した。
「「「「「逃げるな!!」」」」」
 
 
 
ジョートショップの自室にまで逃げ込んだアスカは、ようやくそこでピートを下ろした。
噂でとはいえ、ピートは知ってしまったのだ。話すしかないのだろう。
「なぁ、アスカ。俺・・もし俺、人狼だったらどうしよう。」
アスカが口を開く前にピートが喋りだした。その声に不安をにじませ。
不安を取り除くにはと、アスカ全てを話すことにした。
「ピート、お前トーヤに相談しただろ?」
「なんで・・知ってるんだ。」
「俺がさっきトーヤに呼び止められた時に教えられたんだ。それだけじゃなくて、トーヤにお前が人狼の生き残りだ
とも聞いた。」
時が止まったようにアスカを見たまま動かないピート。
よほどショックだったのか、再び動いたのは一分以上たってからだった。
「それじゃあ俺、誰かに噛み付いちゃうのか?引っかいちゃうのか?」
「こら、落ち着け。」
「だって人じゃないんだぞ。痛ッ」
視線を色んな所に彷徨わせ、そわそわしだしたピートにゴツっとアスカが拳を落とした。
「人じゃなきゃ駄目なのか?それじゃあライシアンの由羅は?メロディは?それに記憶がないから、俺だって本当に
人間かどうかもわかんねえぞ?」
「あっ・・」
その事実に今気付いたかのように声を上げたピート。
そしてアスカはピートの目の前に右腕を差し出した。
「どうだ?噛み付きたいと思うか?」
即答するように首を横に振る。
「だろ?ピートがそう思ったんだ。たとえ姿が変わってもそれがピートなら大丈夫だ。それに意識がなくなる事だっ
て、トーヤが解決方法を見つけておいてくれた。安心しろ。」
ここで笑顔になれば完璧なのだが、ピートの頭をポンポンと叩くだけである。
それでも昔に比べれば大分マシになったのだが。
「しばらくはサーカスも休んでここにいろ。アリサさんなら断るはずないし。」
「マジか、やった!」
喜ぶピートを見て、万事解決かと思っていると何やら大声が外から聞こえてくる。
何かと思い窓を開けて外を見ると、シャドウやシーラ、他にもパティたちがいた。
大声の主はメガホンで叫んでいたシャドウだった。
「アスカ、お前は完全に包囲されている。弁解があったら言ってみろ、内容に関わらず半殺しだがな!」
弁明の意味が全く無い気がするが、何事かと人垣が形成され始めている。
なんと暇人の多いことか、確実に黄金の狼の噂は廃れ始めているだろう。代償が大きすぎるが。
「アスカ君!私アスカ君の口からちゃんと聞きたいの!」
「アスカ、降りてきなさい!立てこもる時間が長ければ長いほど罪が重くなるわよ!」
何を聞きたいのかシーラと、犯罪者扱いのパティ。
いつの間にかさっきキッチンにいたアリサまで、外で両手を祈る時のように組んでこちらをみあげていた。
「俺は、無実だー!!」
アスカはやけくそ気味に、とりあえず叫んでみた。