悠久幻想曲  月と太陽と

 

まったく図体ばかりでかくなりおって

 

                           いつまでたっても半人前よ

 

                            ワシは心配なんじゃ

 

                          お主とアスカは特殊なのだ

 

                        その魂、その存在、なにもかもが

 

                         まだまだ、安心して死ねんわい

 

                               ー 爺 ー

 
 
                                              
悠久幻想曲
 
               第二十四話 爺と孫
 
大武闘大会の日を境にしてシャドウの様子が明らかにおかしくなっていた。
それは皆も気付いていた。シャドウは多くの時間を一人で過ごし、皆と・・マリアとさえ会話をしようとしないのだ。
もちろん、皆どうしたのかとは聞くが、帰ってくるのは曖昧な返事だけ。
今日もシャドウはサクラ亭で一人皆から離れた場所に座り、真剣に考え込んでいる。
注文した昼食は、すでに冷めていた。
「一体どうしちゃったのかしら?」
シャドウは突然自分の手のひらを見つめると、数回閉じたり開いたりした後考えに没頭した。
パティがシャドウを見てから視線を移したのは、順にアレフ、シーラ、エル、そして最後にマリア。
「マリアは、知らない!」
パティの視線に反応したのはマリアだけだが、怒った声を出した後ガツガツと乱暴に昼食を詰め込む。
その行動に皆はそろって肩をすくめる。マリアのシャドウに対する行動が、最近解ってきたのだ。
本当に仕返しの意味もあるだろうが、結局は構って欲しいのだ。
「たしか大武闘会のあたりからだよな、シャドウがああなったのって。」
「多分・・そうだと思う。」
「大武闘会ねぇ」
アレフ、シーラ、パティの三人が思い出したのは、シャドウとグロスと言う男の戦い。
グロスと言う男はあの後、魔術師組合に魔力を封印されエンフィールドを追放された。
封印などしなくても喉を潰され声を失ったが念のためだろう。
「深く考えすぎじゃないのか?」
そう言ったのは、少し顔をニヤつかせたエルだ。
なにが面白いのかマリアの方を見て笑っている。
「ただ単にマリアに飽きて、今までの自分の行動が恥ずかしくなったんじゃないのか?」
うっとマリアの呻きが聞こえ、どうやらご飯を喉に詰まらせたようだ。
「たしかに行動力は評価するけど・・傍から見てたら恥ずかしかったわよね。」
「そうか?アレぐらい普通だと思うぞ?」
「アレフ君の普通って・・」
皆が好き勝手言っている中、マリアはお茶を流し込む。
「でも確かに、アレだけやって反応無けりゃ普通諦めるよな。」
「普通はね。」
とどめのアレフとパティの台詞。四人の視線を集めているマリアは、プルプル震えていた。
お茶を飲んだのだから、それは決して喉詰まりからではないだろう。
しばらくすると意を決したように立ち上がり、シャドウに近づいていった。
「ちょっと、シャドウ。」
好奇心のみの四つの視線を背に受けているマリアの言葉に、シャドウは何の反応もしなかった。
「シャドウってば。」
二度目の問いかけにも反応は無く、少しムッとしたマリアは大きく息を吸った。
「シャドウ!」
「五月蝿い!!」
怒鳴るだけではなく真剣な目つきで睨んできたシャドウに、直接睨まれ怒鳴られたわけではないパティたちでさえ身
を屈めていて、目の前で怒鳴られたマリアは微動だにすることさえ出来なかった。
しだいにマリアの目に溜まっていくのは、涙。
「あっ・・」
誰に向かって怒鳴ったのか自覚したシャドウは声を漏らすが、遅かった。
「何よ・・人の気も知らないで・・・シャドウの馬鹿!」
「ちょっ・・待て、マリア!」
慌ててシャドウが手を伸ばしたが一歩とどかず、走り去るマリアはサクラ亭を出て行ってしまう。
舌打ちをしつつシャドウはマリアを追いかけ走り出し、残されたのは原因を作ってしまった気まずい四人。
どうしようと顔を見合わせていると、アスカが店に入ってきた。
「マリアとシャドウが走って行ったけど、なんかあったのか?」
ここでアスカに話しても何の行動も起こさないとは解っていたが・・話した。
面白がってマリアをたきつけたのは事実で、後ろめたかったからだ。
 
 
 
「待てって言ってるだろ、マリア!」
シャドウの声をしっかり無視して逃げるマリア。
冷静に考えれば、制止の声を無視してまで逃げなくてもいいのだが、そこはただの意地である。
今はただ全力で走り続ける。
「このっ!」
だが体力差のあるシャドウから、そう長く逃げれるはずも無くマリアは腕を掴まれてしまう。
それでもその手から逃れようと暴れるが、シャドウはしっかりと掴んで離さない。
「落ち着けよ、怒鳴って悪かったよ。」
「離してよ!」
「だから悪かったって・・」
シャドウは謝っているつもりだろうが、そのとりあえず謝るというような言い方が悪かった。
暴れるのはやめたが、今度はマリアが睨むようにシャドウを見た。
「本当に悪かったって思ってるの?何がいけなかったか解ってるの?」
「だから・・」
「だからってなによ!いい加減な気持ちで謝って欲しくなんか無い!」
おそらくマリア自身、今自分が何を言っているのかわかっていないだろう。
しかし、すでに言葉は放たれてしまっている。今度はシャドウの目の色が変わった。
「謝ってるからいいじゃねえか、何が気に入らないんだよ!」
「全部!何から何まで・・いつまでも腕掴まないでよ、痛いんだから!」
「好きで掴んでるんじゃねえ!」
シャドウはマリアの腕をすぐに離すが、マリアがわざとああ痛かったと聞こえるように言う。
売り言葉に買い言葉の繰り返し、天下の往来でそんなことをしていれば自然と人々の視線を集めてしまう。
一番早くにその視線と気配に気付いたのはシャドウだった。
「マリア、伏せろ!」
「きゃっ!」
再び腕を掴むと押し倒し、庇うように覆いかぶさる。
そして一秒も経たぬ間に起こったのは大きな爆音。
熱や炎は無かったが、その凄まじい音に今まで足を止めていた者達が逃げ惑う。
「こっちだ!」
マリアを立たせると、そのまま近くの陽の当たる公園まで走るシャドウ。
その顔つきから、この事態に何やら思い当たることがあるようだ。
人影の見当たらない場所まで来ると、マリアから離れるシャドウ。
そして、まるでシャドウが一人になるのを待っていたかのように襲いくる炎の塊を、符で中和すると叫ぶシャドウ。
「爺、お前だろう!」
「きゃー!!」
ありったけの声で叫んだシャドウだが、返答は帰ってこず、聞こえたのはマリアの悲鳴。
「シャドウ〜!」
大丈夫かと振り向くとシャドウの胸に飛び込んでくるマリア。
顔を真っ赤にして、ちょっと泣いていた。
「ふむ・・まぁ、未来に期待かのぉ。」
先ほどまでマリアが居た場所に居たのは、シャドウの半分ほどしか背丈の無い老人。
自分の手を見つめ何やらがっかりしている。
「爺てめぇ!マリアのし」
「言わないで!」
パンと良い音が響くと、マリアから顔を四十五度背けてよろめいているシャドウ。
理不尽だがマリアを攻めるわけにも行かず・・
そのシャドウの怒りは老人へと向かい、シャドウの左目が赤く染まった。
「吹っ飛べ、このエロ爺!」
シャドウはその視界に入る全てを吹き飛ばした。
 
 
 
「・・・で爺、なんで天下の往来でテロなんか起こしやがった。」
再びサクラ亭まで戻ってきたシャドウは、魔眼を発動させたまま先ほどの老人と向かい合い座っている。
もちろん、今店内の女の子を物色している老人が、少しでもおかしな動きをすれば即焼き払うつもりだろう。
老人はほんの少し焼け焦げていた。
「ほっほ、お主がその女子と痴話喧嘩をしておったので、仲裁でもとな。」
「仲裁でテロまで起こすな!」
テーブルにドンと拳を振り下ろす。
その女子とはもちろんマリアのことで、確かに喧嘩はうやむやになったが・・
シャドウの言い分はもっともである。
「話が良く見えないんだけど・・シャドウ、その人誰なの?」
「待てパティ、それ以上近づくな!」
近づいてきたパティ目掛けてピクリと動いた老人を視線で牽制しつつ、制止させるシャドウ。
その眼光がまた一段とするどくなる。
「質問はこの爺から離れてしろ。近づいたら絶対後悔するからな。」
その真剣な口調に困っているとパティの服を掴んできたマリア。
涙目で首を横に振って、近づいては駄目だと示してくる。
なんでだろうと困っていると、シャドウが先ほどのパティの質問に答えてきた。
「この爺は、俺の育ての親なんだが・・エロ爺だ。果てしなく、どうしようもなくだ。」
育ての親よりエロ爺を強調するシャドウ。どうやらこれ以上犠牲者を出したくないようだ。
「やれやれ・・どう育て方を間違えたのか。夜トイレが怖くて泣きついてきた、可愛いシャドウは何処へ行ったの
かのぉ。」
「いつの話だ、いつの!」
遠い目をしつつ、器用に口元をニヤつかせる老人に反論したのは、もちろんシャドウ。
はっとして、皆の方を見ると・・口を抑えて終わっていた。マリアまでもが。
「ちくしょ〜!!」
勝ち目の無い戦に逃げ出したシャドウは、走ってサクラ亭を出て行ってしまう。
その姿を見た老人は「ほっほ」と特有の笑い声を上げていた。からかっただけのようだ。
そして先ほどとは逆にシャドウを追いかけ始めたマリアを見送ると、老人がアスカのほうに向き直る。
「お前さんが、アスカじゃな?」
「そうだけど、なんか用か?」
老人はアスカの問いに答えることなく、じ〜っとアスカを見つめ続けた。
良く解らなかったが、アスカも老人を見つめる。
「なるほど、奇麗な魂をしておる。」
その台詞には、誰の頭にも疑問しか浮かばなかった。
「さすがパンドーラの一族じゃの。」
『・・・この老人。』
この台詞には、皆が一斉に目をむき反応し、ブラッドも一言を漏らした。
もちろん老人が一族と言ったからだ。血筋、アスカの親族へのヒントなのだ。
「爺さん、一族って、アスカは有名な家系かなにかのか?」
「お爺さんお願い、詳しいことを教えてください。」
「ほっほっほ、最近の若いのはせっかちでいかん。当の本人を見てみよ。」
アレフとシーラが老人に頼み込むが、老人の視線の先に居るアスカは・・ほとんど興味がなさそうに見えた。
肩肘をテーブルに付けて、だるそうにしている。
「アンタねぇ、自分のことでしょ。アンタが頼まないでどうするの!」
「痛い!いたたた・・」
パティがアスカの頭を叩いてから下げさせようとするが、アスカはただ単にされるがままである。
「お嬢ちゃん、無理強いはいかん。何が大切で何が重要なのか・・それを決めるのは本人じゃ。」
「だけど」と納得がいかないパティたちに、老人は「では」と言葉を続けた。
「少々、面白い話をしてやろうかの。」
当時の記憶を掘り起こすように、ゆっくりとそれは話された。
 
 
 
再度陽の当たる公園まで来たシャドウは、苛立ちをぶつける様に一本の樹木に蹴りを入れる。
それでも苛立ちは収まらなかったのか、芝生の上にごろんとやけくそ気味に寝転がった。
「あの爺、一体何しにきやがったんだ!」
数年ぶりに会った事やマリアとの喧嘩を仲裁してくれた事は正直嬉しかった。
しかし、あの性格と行動はどうしても慣れない、慣れたくも無かったが・・・
何も考えずに寝転がっているとしだいに冷静になり、考えてみれば意味もなく自分に会いにくるとは考えにくい。
いい加減な老人だが、その行動には何かしら意味があることがあった。
「何こんなところで寝転がってるのよ。」
シャドウの足元に立っていたのはマリアだ。
シャドウがどう答えてよいものか困っていると、シャドウの直ぐ横に座り込んできた。
そしてためらいがちだが先に口を開いたのは、マリアだった。
「ごめんね。」
その言葉を聞いて、シャドウは上半身を起こしマリアの方を見る。
マリアの方から謝ってくるとは思わなかったのだろう。
「でもね、私知りたかったの。シャドウが何か悩んでたから・・・」
「ああ・・俺も、悪かったよ。」
マリアはその続き、悩みの内容を話してくれるのを待っている。
だがシャドウ自身悩みの正体を正確にわかっていないのだ。
空耳だったかもしれない、ただ自分がキレてわけがわからなくなっただけかもしれない。
シャドウが逡巡しているとそこへあの老人が現れた。
「シャドウや。」
マリアは慌ててシャドウの後ろに隠れたが、その老人の穏やかな顔つきに疑問符を浮かべる。
さっきは好色な老人だっのに、今は好々爺といった感じなのだ。
「お嬢ちゃん、すまないが少しシャドウと二人きりで話をさせてくれんかのぉ?」
「え?・・あ、はい。」
すっかり毒気を抜かれてしまったマリアは、その言葉に素直に従った。
マリアが離れたのを確認すると、先ほどまでマリアが居た場所、シャドウの隣に座る。
「全く、相変わらず不器用そうだのぉ。」
「爺みたいになるよりマシだ。」
「お嬢ちゃんの事もそうだが・・ワシが言っておるのは、アスカのことじゃ。」
そしてシャドウとアスカの出会いから今までを大まかに聞いたと言ってきた。
シャドウは舌打ちをして顔を背ける。今思えばあのことは、汚点であるから。
「同じ魂である事実を乗り越えはしたようだが・・どうやら、今本当の問題に直面しておるようじゃな。」
「やっぱ知っていやがったな。」
「ワシはその為に、お主に力の扱いを教えたようなもんじゃ。」
その事は初耳だったのか、シャドウはギョッと驚いたが、直ぐに頭を切り替えた。
今更老人が何を知っていようが、考えるだけ無駄なのだ。
この老人は何でも知っている。そして時が来なければ何も話さない。
「アスカの魂に居るブラッドが魔獣ブラッディー・アイという事は、すでに知っておろう。しかし、ブラッドはブラ
ッディー・アイの理性でしかない。魔獣の大半を占める本能は、シャドウお主の中に居る。」
「それじゃあ・・アレは。」
「本能じゃが、殺戮ばかりが本能ではない。十年前、そこまでは知らぬが、捻じ曲げられたのだろう。」
話を区切ると老人は立ち上がり、シャドウの正面に立った。
シャドウの顔を正面から見、口を開く。
「シャドウよ、恐れることは無い。本能なぞ本来誰しもが持つもの、お主の理性がそれを封じれば良いだけのことじ
ゃ。そのための力はさずけてある。」
笑いかけるとそのまま去っていこうとする老人に、慌てたシャドウは叫んだ。
「爺!」
「お主には信頼にたる兄弟が居る。アスカを、自分を信じるんじゃ。お主はワシの、自慢の孫じゃからな。」
孫、その言葉に胸が熱くなりシャドウの涙腺が緩む。
老人は去っていってしまうが、シャドウはもう声を掛けられなかった。
声を出せば、涙がにじんでいるのがばれてしまうから。
「良い人、みたいだね。」
「当たり前だ、俺の爺・・爺ちゃんだぞ。」
近づいてきたマリアに、シャドウは涙を拭いてから胸を張って答えた。
 
 
 
陽の当たる公園にそのまま居ても仕方が無いので、二人歩きサクラ亭へと帰っていく。
今度はどちらが先を行くでもなく並んでだ。
お互いに特に会話をするわけでもなく、サクラ亭のドアの前まで来ると聞こえてきたのは大きな笑い声。
「妙ににぎやかだな・・」
「そうね・・何かあったのかな?」
シャドウとマリアは顔を見合わせ疑問を浮かべあった後、扉を開けサクラ亭へと足を踏み入れる。
「帰ってきた、帰ってきたぞ、シャドウが!」
視界一杯に広がったのは、お腹を抱えてシャドウを指差すアレフ。
パティとエルも似たようにお腹を抱えて笑っており、シーラは顔を背けてはいるものの笑いを必死にこらえている。
「な・・なんだよ。」
戸惑ったそのシャドウの呟きで、何故かまた笑われてしまい、シャドウは唯一笑っていないアスカに視線を移す。
アスカの手前まで歩かずとも、先にアスカが口を開いてきた。
「あの爺さんがな、お前の過去の汚点をコレでもかと話してくれてな。」
「なに!!」
慌ててアレフたちのほうを見ると、いつの間にかマリアまでその輪に加わっていた。
「えー!!シャドウってそんな遅くまでおねしょしてたの!」
「ちょっと待て、そんなってどんなだ!!」
急いでマリアの耳を塞いでこれ以上の聞かせまいとするが、マリア自身がそれを望んでいた。
最後の抵抗ばかりと大声を出して妨害しようとするが・・結局は諦め、天井に向かって叫んだ。
「爺!今度会ったら覚えとけよー!!」
「結局、何しにきたんだ。あの爺さんは?」
『高名な人物か・・只者ではなさそうだ。』
冷静なアスカとブラッドの批評など、何の慰めにもならず。
シャドウはこの暴露が原因でしばらく皆からいじめられた。