なんなんだこの気持ち
何処から来て、何処へ行くのか
そんな哲学どうだっていい
くだらねえと思うし、知りたくもない
ただ、俺は何処へ向かっているんだ
なんで・・走っているんだ
ーシャドウ・パンドーラー
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悠久幻想曲
第二十三話 目覚め
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「第一回戦九戦目、シャドウ・パンドーラ対グロス・ガンダル!」
ついにシャドウの出番が回ってきた。
「よっしゃあ!」
リングに走って飛び出したシャドウは、目ざとくアスカたちを発見しマリアにピースサインを送る。
「マリア〜、見てるか〜!!」
その自己アピールの凄まじさは奥手なシーラやシェリルの羨望を得るが、一番欲しかったマリアの眼差しは半眼でち
ょっとあきれ返っていた。
そしてお祭り気分のシャドウを冷静に見つめるのは、ローブについたフードを目深に被ったグロス・ガンダル。
明らかにエンフィールド外からの参加者である。
「それでは、はじめ!」
審判の合図をきっかけにシャドウは気を引き締める。
なんとなくだがグロスを正面から見た時に嫌な感じがしたのだ。
「ルーン・バレット」
低く区切りのいい声で紡がれた呪文で魔力球が精製され、シャドウ目掛けて飛んでくる。
嫌な感じは気のせいなのか、シャドウは中和の符で軽く魔力を四散させる。
「ほぉ・・・」
再びグロスに視線を戻すと、シャドウの符に興味を示したのか感嘆の息をつく。
どうも出方を見られているようでシャドウが攻めあぐねていると、グロスの方が動いた。
「グラビティ・チェイン」
目に見えない重力の鎖がシャドウを縛り、グロスが続けてルーン・バレットを唱える。
「ぐぉ!」
腕が上がらず唸ってもルーン・バレットは向かってくる。
それでもシャドウはさらに唸り声を上げ、無理やり重力の鎖を打ち破る。
しかし今度は中和する暇は無く、横っ飛びでかわした。
「くそ!なんだか苦戦してるみたいじゃねえか。」
まんま苦戦しているのだが認めたくないようだ。
「ふふ・・・」
「何が可笑しい、てめぇ。」
「いやなに、やはり違うものだと思ってな。」
その意味は解らなかったが、冷静な声がシャドウの神経を逆なでする。
しかし戦闘訓練ならシャドウはアスカよりもよっぽど積んでいる。興奮を抑えるように深呼吸をする。
そして導いたのは戦闘の型を変えること。相手は魔術師、接近戦だと。
「そのフード、引っぺがしてやる!」
的を絞らせないように高速で移動を開始する。
ある時はグロスの背後に回り、攻めると見せかけフェイントをし、とにかく動いた。
「いつまでグルグル回ってるの、さっさと終わらせなさい!」
ソレは特徴的に高く、この歓声の中良く響いたのはマリアの声。
「シャドウ、いっきま〜す!!」
さらにシャドウのスピードが上がり、背後からグロスに接近する。
そしてグロスのローブに札を張り離れてから唱える。
「爆!」
シャドウの言葉で符が爆発し、リングに炎と風が巻き起こった。。
黒煙でグロスは確認できないが、手ごたえ在りとシャドウがブイサインをし沸くコロシアム。
「グロス選手、確認はできませんが・・シャドウ選手の勝ちでしょうか?」
「浅はかな・・この程度で決まっては詰まらぬだろう。」
「しぶとっ!」
審判の声に答えたのはグロスの低い声。
黒煙が晴れ現れたのは以外に若く、三十手前に見える男・・ローブを脱いだグロスだ。
ゆっくりとシャドウに向かって歩いていく。
「あのローブは結構値が張ったのだがね。・・・だが。」
後半は聞こえなかったが、グロスはシャドウに向けて右手を上げ唱える。
「ルーン・バレット!」
「効かねえよ!」
またしても符で中和を行うが、そこからは先ほどまでと違った。
シャドウの視界を埋め尽くすほどの魔力球、連射だ。
口を開く暇も無くありったけの符で中和していくが、間に合わない。
一つ・・また一つと魔力球がシャドウにぶつかり体力を奪い、傷を増やしていく。
「おおおお!」
符では間に合わないと判断したシャドウは、怪我を覚悟で素手で魔力球の軌道をそらしていく。
痛みは我慢すればいいが、減っていく体力だけはどうしようもなかった。
ちらりと諦めという言葉が頭をかすめた頃、その嵐が終わりを告げた。
「グロス選手の魔力の前にシャドウ選手絶体絶命か!」
武闘大会なのだから仕方ないが、審判の無責任な解説。
「諦めたらそこで終わりだよシャドウ!」
「わ・・わかってるって、言いたいが・・・」
おそらくはマリア以外の声も響いているだけだが、この期に及んでマリアの声だけしか拾っていない。
満身創痍に近いシャドウの前には、アレだけの魔力球を放っても汗一つ掻いていないグロス。
「やはり知恵があると違うものだな。・・耐久力はどうかな?」
その実験動物を見るような目に、シャドウに悪寒が走った。
「ヴォーテックス、グラビティ・チェイン」
巻き起こされた風と重力の鎖がシャドウの動きを一切封じる。
そこからは、もはやただの暴力だった。
「ルーン・バレット、さあ何発まで耐えられるかな?」
確かめるように一発、一発、魔力球を打ち込むグロス。
その一方的な試合の展開に審判が試合を止めようと動き出す中、シャドウはソレを聞いた。
『・・ニ・・・・め。』
朦朧としていたシャドウの目に光が戻り、止めに入ろうとした審判が躊躇する。
「ほぉ・・・まだ耐えるとは人だからか。やはり動物とは違うのだな。」
「な・・グァ・・・・なんだと?」
「動物だよ。私が魔法の威力実験を行った動物とは。」
その言葉を聞いて再びシャドウは声を聞く。
『ニン・・・・め』
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
リング外、その叫び声の主はアスカだ。
その異常な聴力でグロスの言葉を拾ってしまったのだ。怒りにその拳を握り締め、今にも乱入しそうだ。
そしてその咆哮が最後の扉を開いてしまう。
『ニンゲンめ!!』
シャドウの意識が暗く深い場所へと沈む。だが体だけは違った。強く、何処までも強く動き出した。
風と重力の束縛を断ち切ると向かってくる魔力球を握りつぶし、吼えた。
「ああああああああ!!」
「まだそんな力を隠し・・」
グロスはその言葉を最後まで言うことが出来なかった。
一瞬にしてグロスの首を片手で絞めると、その喉を潰したのだ。
そして暴力が逆転した。加害者と被害者がそっくりそのまま、シャドウはグロスを殴り続けた。
グロスが倒れそうになれば胸倉を掴み、気絶しかければその意識を痛みにより戻させる。
『ニンゲンめ!!』
正確にはシャドウではなく、その内なる声がシャドウを突き動かしていた。
いきなり逆転した形勢に誰もとめることが出来ないまま、シャドウはグロスを空中へと放り投げた。
そして左目が赤く染まりグロスをとらえる。
『ニンゲンめ!!』
「止めろー!!」
シャドウの凶行を止めたのは、シャドウ自身。
放り投げられていたグロスは、そのまま自然の理にしたがって大地に叩きつけられた。
「担架だ、救急班!」
満身創痍のシャドウはひとまず置いて、審判がグロスを回収するためにマイクで叫ぶ。
怪我人が出ることは異例ではないが、その経過にコロシアム内がざわめく。
「おっさん、ちょっとマイク貸してくれ」
「あ・・ちょっと。」
よろめきながらシャドウは審判に近づくと、マイクを取り上げる。
「はい、ちょっと聞いてくれ。」
シャドウはコロシアムが静まるまで待ち、それから口を開く。
「あのグロスっておっさんな、動物で魔法の威力実験したんだとよ。最近森とかで動物の死骸見た奴いるか?」
ぽつり、ぽつりと「見たぞ」「俺もだ」と声が上がる。
「動物虐待。つまりはそういうことだ。もしそれでも、俺がやりすぎだってヤツは出てこい。俺が全殺す。」
最近の間抜けなシャドウはそこに居らず、一種の男らしさが見えた。
言い終わるとシャドウは審判にマイクを投げてよこす。そして一言付け加えた。
「俺、二回戦棄権するわ。」
「た・・担架だ、もう一台追加!」
いち早く気付いた審判が再び叫び、シャドウは倒れた。
シャドウが目を覚ましたのは医務室。
「お・・」
その視界には怒り顔のアスカと心配そうなアリサ・・そして泣きだしそうなマリア。
喜怒哀楽のオンパレードであった。
「ごめんね、ごめんね、シャドウ。私が諦めるな、なんて言ったもんだから。」
「なんだ・・そんなこと。気にすんなって。」
シャドウは泣き付くマリアの頭に手を置こうとしたが、ためらい止めてしまう。
「しっかし、今思い出しても腹立つ。無意味なことしやがってあのおっさん!」
「お前、怒ってるのそっちかよ。」
「当たり前だ!今怒らんでいつ怒る。」
正論のようでズレているアスカの言葉に呆れる。
シャドウは横たわっていた体を起こし、医療ベッドに腰掛ける。
「シャドウ君、まだ動いちゃ駄目よ。」
「俺もそう思ったんですけど」
シャドウは巻かれていた包帯やシップをはずしていく。
「何故か、ほとんど治ってるんです。しかも体がすこぶる快調だし。」
言葉どおり血は止まり、治ったカサブタがはがれ始めている所もある。
アリサたち三人は不思議と首をかしげているが、シャドウには思い当たることがあった。
あの時聞こえた内なる声だ。もし自分にもブラッドのような存在がいたとしたら・・
「なんか元気みたいだし、観客席に戻ろうか。」
「そうね、ほらマリアちゃんこれで顔拭いて。」
「・・はい。シャドウは、どうするの?」
未だ震える声で尋ねてくるマリアにシャドウは棄権したことを告げ、医療班に報告して後から行くと言った。
しかし、本当の目的は報告などではなく、一人で考えたいことがあったのだ。
『ニンゲンめ!』と叫ぶ怒りと憎しみの声のことを。
アスカたちが客席にもどると、丁度アレフの出番であった。
相手はブロンドの長髪を持ち、長いコートを着た剣術使いのレオン。コロシアムの常連で結構な実力者だ。
「シャドウ君はどうだったの?」
「なんか知らんが、ピンピンしとる。それよりアレフはどんな感じ?」
シーラの心配そうな声に答えると、聞き返す。
どうと聞かれてもシーラは首をひねるだけで、リサが変わりに答えた。
「言いようにあしらわれてるね。むしろ稽古をつけられてるみたいだ。」
視線をリサからリングへと移動させると・・納得した。
刃を繰り出すのはアレフばかりで、その全てを正確に受け止められている。
「不思議な太刀筋をしますね、アレフ君。素人は普通妙な癖があるはずなのに、君にはソレが無い。」
「褒めてんのか、けなしてんのかどっちだ!」
「褒めてます。貴方の師匠の素晴しさと、貴方の才能に。」
確かに逐一刃を止められていては褒められている気がしないだろう。
一旦離れて息を整えるアレフ。
「はぁ、はぁ・・俺の師匠はアレンだ。」
「なるほど・・納得ですが、何故今それを言うのですか?」
「アレンの戦いは見たろ?足元を見てみろ。」
第一試合の印象がまだ残っていたのか、レオンの視線が足元へ移動する。
その一瞬にアレフは踏み込んだ。
「隙あり!」
「隙ありじゃありません!そんな卑怯がまかり通るはず無いでしょ!」
間抜けにも声を出して奇襲したアレフを剣の腹で殴るレオン。
観客の思いもレオンに同調する。いくらなんでも卑怯すぎると。
「な・・・情けない。」
パティは頭を抑えて呟き、シーラは視線を彷徨わせて冷や汗を掻いている。
「武闘大会じゃダブーだよな。実戦はなんでもありだけど。」
アスカもシミジミと呟き・・・アレフは怒ったレオンに、ボコボコされて一回戦敗退となった。
試合はそれ以降順調に消化していき、アレンは対戦相手がことごとく棄権してしまい決勝まで一直線。
準決勝でレオンはリカルドと対戦し技巧と年季の差からリカルドの勝利となった。
「あ〜、どうしよう!友情を取ってアレンさんを応援するべきか、お父さんを応援するべきか」
決勝戦を十分後に控え、選手以上に頭を悩ませるトリーシャ。
リカルドがコレを聞いたら、迷わず自分を応援しないことに涙しただろう。
「両方応援すれば?片方しか応援したら駄目だって規定があるわけでも無しに。」
「そんな中途半端だめだよ、相手に失礼じゃない。」
失礼の意味がよくわからずアスカは何も答えなかった。
始まるまでぼけっとしていると、ふと視界に入ったのは何度も客席入り口を振り替えるマリア。
「大丈夫よマリアちゃん、いきなり傷が治ったものだから色々検査を受けているのよ。」
「そうだといいけど・・」
アリサがフォローするが、振り返るのを止めない。
(なんだったんだろな、あの時のシャドウは。)
『キレただけと考えたいが・・何故か懐かしい感じがした事が気になる。』
(俺は別にしなかったけどなぁ。)
暇なのでブラッドと話していると、リングの中央に黒ぶちメガネの審判が歩いていく。
ようやく決勝戦が始まるようだ。
「大変長らくお待たせいたしました。コレより決勝戦の選手入場です。」
それぞれ対になる入り口からリングへ向かうアレンとリカルド。
リングへ上がっても、そのまま中央まで歩く。
「一回戦の素晴しい戦いぶりに相手選手がことごとく棄権、その力は何処まで深いのかアレン選手。対するは毎年衰
えを知らぬ力と年々洗練される技術の持ち主、大武闘会の定番リカルド選手。」
紹介が終わると簡単に客席へと手を上げる二人。
「お父さん、がんばってー!!」
結局リカルドをとったのかトリーシャの声が響き、リカルドが照れくさそうに手を振る。
リカルドを少し羨ましそうに見たアレンは由羅を探し出したが、酒を飲みすぎて寝ていた。
棄権の続出により未だいいところを見せれていなかったアレンは、絶望に包まれる。結果は見えたかもしれない。
「アレン君・・大丈夫かね?」
うつろな目で頷いたアレンは、よろよろと水魔の太刀を構えだす。
「それでは、決勝戦はじめ!」
その言葉で無理やり意識をリカルドに向け、無理やり自己を起こすアレン。
このあたりは日々の鍛錬のなせる業か。先制攻撃を仕掛けたのはアレンの方、水の針をリカルドに向け飛ばす。
そこで避ければ良いのにリカルドは正面から受けてたった。
「はっ!」
気合ではなく、全身から魔力を放出し針の軌道をそらしてしまう。
「・・やっぱり、小手先の技はききませんね!」
針が効かないとわかると飛び出し斬撃を繰り出し、リカルドと鍔迫り合いをはじめる。
明らかに力勝負ではアレンが不利なのだが・・
「君らしくも無い、早計だな。」
「小手先が効かないのなら、純粋な力と技しかありませんから。」
「それもそうだな。」
ギリギリと出るのは鍔迫り合いの音だけだが、その力強さに客席の誰もが歯を食いしばり見守る。
だがこの時、アレンは力と技と言いつつ・・しっかりと水溜りを精製しリカルドの後ろに回りこませていた。
しかしソレを気付かせぬように目はリカルドを見据え刃に全力を投じる。
「アレン君、力と技・・そう言ったね。」
リカルドの口の端がつりあがり、ほんの僅か微かにだがリカルドの力が抜ける。
見抜かれ、このままリカルドが力を抜きこちらのバランスを崩す気だと思ったアレンは、距離を取ろうと下がる。
だがそれこそがリカルドの狙いであった。再び全力で押し返すリカルドに完全に裏をかかれたアレン。
「うわ!」
そのまま尻餅をついてしまい、首元にはリカルドの剣が突きつけられる。
アレンは裏をかいているつもりで、全てリカルドの行動に裏をかかれていた。
言葉、表情、力加減、全てだ。
「参りました。」
「い・・意外な結末!だがしかし一見平凡だが、実に凄まじいかけ引きが行われていました!」
適当なのか本当に解っているのか、審判は熱く語る。
「今年度も大武闘会優勝は、リカルド選手の優勝!不敗の王は未だ健在だ!」
「はぁ・・今日は、散々だ。」
何が散々なのかは聞かずともわかるが、唯一の負けを由羅に見られずどちらとも言えない。
リカルドはアレンに手を貸すと起き上がらせた。
「こんなに楽しい戦いは久しぶりだったよ。また来年だな。」
「精進します。」
敗者はただ去るのみ。リングに残ったのは勝者のリカルドと審判。
恒例の優勝者インタビューである。
「今年も優勝おめでとうございます、リカルド選手。それで賞金は何時ものように?」
「そうですね。何時ものとおりです。」
その言葉に勝利した時以上の賞賛の声や口笛が飛ぶ。
何時ものようにとは、リカルドは優勝賞金を毎年セントウィザー協会の孤児院に寄付していることだ。
「も〜、お父さん少しぐらい家計に回してくれてもいいのに・・・」
泣きまねをして所帯くさい事を言うのはトリーシャ。家計を預かる身としてはソレも仕方ないが。
そしてその孤児院の子供から花束の贈呈が行われたりと、未だ終わらぬ祭りの中シャドウはまだ戻ってこなかった。
シャドウはその頃一人コロシアムの入り口にいた。正確には出てきた所だ。
入り口から振り返り歓声に耳を傾ける。反響を繰り返し間接的に騒ぎを聞いていると酷く寂しい気持ちになった。
それは番人が持つ感情なのだが、今のシャドウにはそう思えなかった。
『ニンゲンめ!』
それは空耳なのだろうが・・・シャドウは心の中で響いた気がして走り出した。
一体自分が何処へ向かっているのか、何故走っているのかそれさえ解らずに。
気の済むまで、体力が尽きるまで走り回ったシャドウがジョートショップに戻ったのは、明け方だった。