悠久幻想曲  月と太陽と

 

これは、また・・・

 

                       大変なものを頂いてしまいました

 

                        アレフ君を鍛えているとはいえ

 

                            破格もいい所です

 

                         がんばらないといけませんね

 

                            アル、貴方もですよ

 

                           ーアレン・エルスリードー

 
 
                                              
悠久幻想曲
 
               第二十二話 炎と水
 
「人、人、人、すっげえなこれは。」
ジョートショップのメンバーで人ごみを移動しつつ、目的地へと向かっているアスカが呟く。
「当たり前でしょ。今日は特別な日なんだから。」
人ごみのせいで振り向くのが困難なため、前を見ながらパティが答える。
パティの言う特別な日とは、今日がエンフィールドの大武闘会が行われる日のことである。
今皆が向かっているのは武闘会への申し込み場所であり、アリサは人ごみをあらかじめ予想したため、落ち着いた頃
に合流予定である。
「ほら、ピートにメロディよそ見してんじゃないよ。はぐれない様に手をつなぎな。」
「は〜い、なのぉ。」
「ちぇ・・わかったよ。」
そんなリサの微笑ましい台詞があったりする中、ようやく人心地つける場所まで移動できた。
「それじゃあ、俺たちは申し込みしてくるから。行くぞ、シャドウ。」
「おぅ!行って来るぞ、マリア。」
「申し込みだけで、どうせまた戻って・・はいはい、頑張ってね。」
マリアの言うとおり申し込み後はまたしばらく時間が空くのだが、シャドウの絶望的な顔を見て言い直す。
何度も振り向き手を振るシャドウに少々うんざりしつつ手を振るマリア。
無視すると言うことが無い時点でかなり回復に向かっているみたいだが、終着点は謎である。
「相変わらず、か。」
パティの呆れた呟きに、誰もが全くそのとおりと頷く。
「アスカ君は、武闘会に出ないの?」
二人が申し込みに行くのを見送っていると、シーラが尋ねる。
元々こういう事には参加したがらない性格であることは知ってはいるが、そう思ったの原因はアスカの背荷物にある。
アスカが背負うのは一本の刀と槍、この人ごみを歩いてくる最中何度も人にぶつけていた。
「アレフは実力を試すため、シャドウはマリアにいい所見せたいから。俺にはわざわざ、危ないことする理由が無い。
それにコレはアレフを指導してもらってるアレンに頼まれてたものだ。」
「アレンさんも出るんだ。」
口を挟んできたのはトリーシャだ。
「一般人に対するアピールもあるんじゃないのか?我々の街を護る自警団は、こんなに強いぞって。リカルドが毎年
出てるのも、ソレに関係あるんじゃないの?」
「へぇ〜、知らなかった。そういえば、新人の自警団員が出ることってなかったし。」
シーラとトリーシャだけでなく、他の者もへえっと納得と驚きを同時に行っている。
普通ならお祭りの裏にある事情を考える者などおらず。
アスカがただ単にひねた考え方をしているから思いついただけかもしれない。
「あっ、戻ってきた。」
ずっと申し込み場所の方を見ていたのか、真っ先に気付いたマリア。
その視線の先にはアレフとシャドウだけでなく、アレンとアルベルトがいた。
アルベルトはアスカがいると一瞬だけムッとしたが、すぐに元に戻る。無意味な言い合いは、しないつもりらしい。
「申し込みの所でアレンがアスカを待ってたみたいでな。」
アレフの言動から、どうやら待ち合わせ場所を指定していなかったらしい。
「みなさん、こんにちは。応援してくださるんですか?」
「もちろんだよ、アレンさん。」
好青年まっしぐらの笑みにトリーシャが答える。
そしてメンバーの中にメロディを発見するとキョロキョロしだす。
「あの・・メロディさん、由羅さんは?」
「お姉ちゃんならお酒買ってからだから、後で合流なのぉ。」
「そうですか。」
小さくガッツポーズをするアレン。どうやら参加の動機が指令だけでなく、シャドウとかわらない。
アレンが由羅に好意を抱いているのは由羅本人と一部鈍い者以外知っているが、この青年はこれで秘密にしているつ
もりらしい。特に女性陣が可愛い人だと思った。
「こら、いつまでも待たせるなよ。」
一向に用がある自分に話しかけてこないので、焦れたアスカが背負っていた刀の鞘でアレンを小突く。
「痛っ、アスカ・・・さん?ああ、すみません。すっかり忘れてました。」
「まったく・・ホレ、ついでにアルベルトも。」
アスカは刀ともう一本背負っていた槍をアレンとアルベルトに投げてよこす。
「名前は水魔の太刀と炎魔の槍、結構自信作だ。」
自信作、その言葉がわからずアレン以外はぽかんとアスカの行動を見ている。
しかし一番早く我に返ったアルベルトは受け取った槍をアスカの目の前につき返す。
「なんだか知らんが、容疑がかかっているお前から物を貰うわけにはいかない。」
「アルいいじゃないですか、見ててください。」
アレンは貰ったばかりの水魔の太刀を抜くと顔を引き締め、持っていた硬貨を上に投げ太刀を振るう。
その太刀の振る舞いに呼応するかのように水がアレンの周りに集まり、針となって硬貨を貫く。
「自警団員に力は必要です。それに言わなければ誰から貰ったかなんてわかりませんよ。」
唸りながら納得し、アルベルトはつき返した槍を引き寄せる。
「ああ、しまった!なんて事を・・硬貨が勿体無い。」
「アホか。」
しばらくして自分が何をしたのか悟ったアレンが、穴の開いた硬貨を拾い叫ぶ。
おそらくその硬貨は使えない。突っ込んだのはアスカだ。
そしてそのアレンの間抜けな叫びで、ようやく我に返ったみんながアスカに詰め寄る。
「ちょっと、アスカ。何よ、この物騒な武器は!」
「説明してアスカ君!」
「俺にもなんかくれ!」
「マリアにも!」
順にパティ、シーラ、アレフ、マリア、そして他にも色々言われつつ・・
アスカが選んだ答えは、アレフとマリアの頭を叩く事だった。
もちろん軽くだが、マリアを叩いたことに怒ってきたシャドウは容赦なく叩き伏せた。
「何するんだよ。」
「そうよ!」
「もろもろの説明は後でするとして、アレンがさっき言ってたろ?自警団員にはって、一般人のしかも剣術始めて半
年もたってない奴が頼るな馬鹿。マリアもほぼ以下同文。」
「「あぅ・・・」」
全くの正論で、リサやアルベルトがそりゃそうだと主にアレフを冷たい目で見る。
次第に複数の視線にさらされ縮こまるアレフに救いの声が舞い降りる。
「大変長らくお待たせいたしました。コロシアムへの入場を開始いたします。どうかゆっくりと、前の人を押さない
でご入場ください。」
受付嬢によりマイクで告げられ、人ごみが少しずつ移動しだす。
「急ごうぜアスカ、早くしないといい席とられちゃうぜ。」
「にゃにゃ〜ん、椅子取りゲームなのぉ。」
じっとしているのに飽きたのかピートとメロディが勝手に走って行ってしまう。
「待ちなって・・ほら、坊や追いかけるよ。」
リサに続きパティとエルが道を開き、大人しい組のシーラやシェリル、クリスがコソコソっと着いて行く。
残されたのは別口で入場の参加組みとアスカとマリア。
アスカはもともと誰かが席を取った後からゆっくり行くつもりであった。
アスカとは違い偶にはシャドウを激励しようかなっと思っていたマリアだが、先ほどアスカに殴られ目を回している
シャドウに回復の兆しがみられず結局諦めてしまう。
結局アスカとマリアは参加組みが入場するまでその場にいてから、コロシアムへと入っていった。
 
 
 
マリアとアスカが二人で遅れて着た事で、シーラとシェリルから疑惑の目を受けたが受け流すアスカ。
ただ取ってあった席が何故かシーラとシェリルの間で、その後ろはパティ・・忘れていたい事を思い出してしまった。
「さっきの続きだけど、アスカ君はどうしてあんな物持ってたの?」
つまらないが飛ばすことの出来ない大武闘会の開催代表者の言葉を聞き流して、尋ねてきたのはクリスだった。
座っているだけでは暇なのだろう。アスカもはぐらかす事なく答える。
「俺が旅を始めたのは、十年前・・まだ子供だったんだ。」
その話始めが話題と繋がらず良く解らなかったが、皆黙って聞いた。
「旅だけじゃなくて生きていくのにも金は必要だったから、最初は適当にアクセサリーを作っては雑貨屋で買っても
らってたんだ。」
「たくましいと言うか・・すごいわね。」
パティは少し呆れつつ呟き、シェリルはなにやらメモっている。
「そうでもない。最初は出来が酷くて買ってもらえず、それで餓死しかけて人に言えないことも色々した。街中追い
かけられたこともあったし、逆に哀れんで食い物恵んでくれた人もいた。」
『あの頃は、酷かったな。』
アスカは笑って話すが決して笑える話ではなく、ブラッドも昔を思い出し、しみじみする。
気付いていないようだが、そのすさまじい過去にみんな沈痛な面持ちになっている。
「そのうち慣れてくればいい物ができて買ってもらえる。でも足元みられてな、ムカついてどんどんいい物を作った。
細工が奇麗な物、ちょっとした魔力の加護のある物。」
『時間は無限と言えるぐらいあったからな。』
口には出さないが、その細工はアスカ自身の手腕で、魔力の加護はブラッドの手腕であった。
「それがエスカレート、しすぎてな・・[無名の錬金術師]って聞いたことあるか?」
アスカが尋ねたのは、エンフィールド学園の生徒であるクリスたち。
クリスとシェリルは首を縦に振り、目をそらしたのはマリアとトリーシャだ。
「噂程度ですけど・・場所も時間も定まらずふらりとやってきては、現在では精製不可能と言えるような道具を売っ
ていく人ですよね。」
「そのなかでも武具は少なく名品で同じ物が二つと無く、著名な将軍や一国の王が欲しがるぐらいだとか。」
シェリルの言葉を引き継いでクリスが答える。
「そこまでは知らんかったが、それ俺。」
話を聞いていた皆の時が止まった。
『ばらして良いのか?』
(別に何の不都合もないっしょ。仮にトリーシャが噂で広めても、俺だって誰も信じないよ。)
えー!っと言う驚きはいくつ上がっただろうか。心なしかメンバーより多い気がした。
そしてその疑問に一番早く行き着いたのはシェリルだった。
「そんな、アスカさん。だって無名の錬金術師の道具・・特に武具は百万単位のゴールドで売れるんですよ。だっ
たら、保釈金だって余裕で・・・」
「それがさぁ・・エンフィールドには無いんだよね、銀行が。」
もう後の推理は簡単だった。
エンフィールドに銀行が無いわけではなく、アスカが預けている銀行が無いのだ。
そもそもエンフィールドみたいな田舎には地方の銀行しかない。
「でも、もうすぐ銀行が金を送ってくるから心配するな。」
「はっはっは」とアスカが笑っているとようやくだるいスピーチが終わったのか審判がリングに上がる。
すでにアスカの興味が武闘会に移ってしまい、みんな質問することがはばかられ驚きと疑問だけが残っていった。
「それでは第一回戦一戦目、アレン・エルスリード対」
いきなりの知人の出番に唸る面々。
「アルベルト・コーレイン!」
再び「えー!」っと言う声が発せられる中、アスカだけは「よし!」っとガッツポーズをとっていた。
実は今日わざわざ人ごみに足を運んだのは、水魔の太刀と炎魔の槍の戦いが見たかっただけであった。
 
 
リングに上がったアレンとアルベルトは一定距離を置きにらみ合う。
待っているのは審判の始めの合図。
「はじめ!」
審判の声を聞くと同時に、アレンが飛び出しアルベルトの槍の間合いのより内へと入ろうとする。
アルベルトもそれを読んでいたのか、刃先で牽制し足止めをする。
「さすがに考え無しじゃ、駄目ですね。」
単調な勝負を避けると、槍の先端の刃を弾き一旦距離をとる。
そして「ふん」っと力強く息を吐くと水が集まり細い針へと形を変え、アルベルト目掛けて飛んで行った。
だがそれは試合直前にアルベルトに見せた技である。
「おらぁ!!」
力任せにアルベルトが槍を振るうと、矛先から炎がほとばしり水の針を蒸発させる。
「へぇ〜、こいつはいいもん貰っちまったな。」
「確かに良い物ですが・・結局は、使用する人しだいですよ。」
「だったら俺の勝ちだ!」
今度は積極的にアルベルトが突きを繰り出していき、アレンは防戦一本になる。
突き出された矛先を刀で弾き、時に体をひねって避け逃げまわる。
「どうした、アレン!今日はやけに消極的じゃねえか!」
「やっぱそう思います?」
いたずらが成功したように嬉しそうな声を不審に思い、アルベルトが踏みとどまるとバシャっと水溜りを踏みつける。
こんな晴れの日に、しかも武闘会のリングでだ。
足元を良く見てみると、いつのまにか小さな水溜りが複数出来ていた。
「では、積極的に行きます。」
その言葉を合図に水溜りから針が顔を出し、アルベルトを囲い飛んで行った。
明らかにアルベルトのピンチだったが、その口端がつりあがっていた。
「チマチマやってんじゃねぇ!!」
アルベルトが槍をリングに突き刺し叫ぶと、炎魔の槍がソレに答えるように炎の竜巻でアルベルトを包み込む。
吹き荒れる炎の竜巻は水の針だけでなく、リング上を走り回り水溜り全てを蒸発させた。
その炎が治まった頃には、得意顔のアルベルトと反対に驚き顔のアレン。
「ば・・馬鹿力ですね。」
「うるさい!針だけにチマチマやらんと、こっちでこんか!」
「しかも、うまい事言いますね。」
もう一度うるさいとわめくと、こっちだこっちと獲物を揺さぶる。
そして見たことの無い水と炎の応酬に、今まで静まり返っていたコロシアムが沸いた。
「す・・素晴しいまでの錬度。流石自警団員!しかし欲を言えばもう少し炎を抑えて欲しかった。おかげで私の髪が
こげております。」
「だぁ、コントロールが難しいんだよ!」
今度は余計なことを言った審判に突っ込むアルベルト。
だがそんなことをしている内に今度は水溜りでなく、水の球体に囲まれる。
「何度でも同じだアレン!」
そばにある水の球を片っ端から蒸発させ、アレンに突っ込んでいくアルベルト。
微妙に状況が違えど先ほどと同じように逃げ回るアレン。
その間絶えずアルベルトは炎を撒き散らしていく。
「しつこいですね。コレでもくらっててください!」
逃げ回るアレンが水魔の太刀の刃先に巨大な球を作り出し投げつける。
「水が炎に勝てるはず無いだろうが、それに水なんて当たっても痛くねえ!」
炎魔の槍を球体に叩きつけようとすると、ボフッと情けない音がしただけで炎の欠片も出ない。
「なっ・・・・あ〜!グェ」
何故か炎が発生せず球体に押しつぶされるアルベルト。
実は水の球ではなく、氷の球だったのだ。
「そりゃアレだけ無駄に魔力放出してれば、ガス欠にもなりますよ。」
頬をぽりぽりと掻きながら、氷の下敷きになったアルベルトに語って聞かせるアレン。
反論は無く、勝敗は決定した。
「意外と情けない結末だ。勝者アレン・エルスリード選手!」
審判の宣言で歓声に包まれるアレンは、アルベルトに乗っかっている氷に太刀をぽんっとあて水に戻す。
垂れ流しであるアルベルトと違い使いこなしているようだった。
 
 
未だ止まない歓声でコロシアムが沸く中、アスカは遠くを見て頬を染めていた。
「・・・えがった。」
どうやら先ほどの戦いに浸っているらしい。
しかしその危険な表情と台詞に、シーラやシェリルでさえ少し引いている。
「アスカ君、どうしちゃったのかしら?」
「まさか戦う男の人に・・」
シーラとシェリルの心配は何のことだか、アスカはただ単に自分の作った武器が活躍したのが嬉しいだけなのだ。
ある意味特殊なマニアである。
「それでは、続いて第一回戦二戦目!マーシャル対・・」
「あら〜、一回戦見逃しちゃったみたいね。もう、混んでるんだから!」
「仕方ないわよ、由羅さん。今日はお祭りみたいなものなのだから。」
声の主二人は一升瓶を両手に持ってプリプリ怒っている由羅と何時もの笑顔のアリサである。
「お姉ちゃんだ〜。」
「って、見てなかったの由羅!」
「そう言ったじゃない・・パティちゃん耳大丈夫?」
パティの言葉に反論して、自らの狐耳をピコピコさせる由羅。
動機も似てればついてない所も似ているのか哀れアレン。
だが一回戦を突破したのだから、まだ次があると皆同時に思った。
そして二回戦・・三回戦と続いたのだが、初戦が派手すぎたせいか次第にコロシアム内のテンションが下がっていく。
アスカなど初戦で満足して居眠りしている。先行きがとてつもなく怪しい武闘会になってしまった。