何だか最近は
アスカよりシャドウの方が面白そうだな
実際面白いんだけどさ
まあ、がんばれや
助言ぐらいはしてやれんことも無い
傍観者もそれぐらいは出来るさ
ーホワイト・キャンパスー
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悠久幻想曲
第二十一話 本当の気持ち
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「るーるるるー、るーるる〜♪」
その言葉自体には、おそらく何の意味もないだろう。
だが何故にこうもこの歌声は人の心を震わせるのか・・・それは、哀。
まるで一所に留まることを知らぬ川の流れのように、とどまる事なくその歌は歌われ続けた。
「やめてよ人の店で、辛気臭い!」
誰もがしんみりとその歌を聞く中パティだけは、その歌を止めるべく椅子の上で膝を抱え、なおかつ虚ろな瞳のシャ
ドウを蹴り落とした。
意地なのか自棄なのか、シャドウはそれでも先ほどの膝を抱えたスタイルのまま床で歌い続けている。
「る〜るるる〜らー、るらーる〜♪」
いや、蹴り落とされたショックか・・少し壊れたようだ。
かき入れ時は当に過ぎているからまだいいものの、パティにはもう限界であった。
振り向いた視線の先にはアスカとシーラ、そしてアレフ。
「あー、もう!アスカなんなのよコレは。」
「あ〜、ソレね。」
自分は無関係であるかのように知らん振りしていたアスカは、一度シャドウに視線を移動させるとすぐに戻し事の経
緯を話し出す。
「昨日シャドウとマリアを、魔術師ギルドの依頼に向かわせたんだけどな。」
「思いっきりキャストミスだったな。」
「しょうがねえだろ。シャドウがどうしてもマリアと組みたいって、頼んできたんだから。」
アスカは、アレフの突っ込みにいいわけをすると続ける。
「なんか依頼主はギルドの見習いだったらしくて、魔法実験の被験者役だったんだわ。そこで断ればいいのに、シャ
ドウがマリアの前で格好つけて被験者を買って出て・・オウムになったりサルになったり。」
「それは、辛いわね。」
「それでシャドウ君が、ああなっちゃったの?」
「うんにゃ。」
アスカは首を横に振る。
どうやら、原因はその後のマリアの言葉にあるらしい。
「一応元には戻れたんだが、その後マリアに感謝もされずに「さっさと帰るわよ。」って言われたらしいな。」
その余りにも冷たいマリアのお言葉に、誰もが痛そうな顔になる。
自分の身代わりを買って出た男に対して放つ言葉ではない。
しかしマリアのシャドウに対するこの冷たい態度は、今回だけではなく・・何時もである。
「よっぽど堪えたか、限界に達したんだな。」
「らーるるり〜、れるるらるー♪」
しみじみアレフが呟き、シャドウに視線を移動させると・・今ので思い出したのか、涙が滝のように出ていた。
ちなみに未だに床で膝を抱えたままで、何故か音階が一オクターブ上がっている。
「それにしても、マリアのシャドウ嫌いはいつのまにかすごい所までいったのね。」
何気なく呟いたパティの一言だが、シャドウの体がビクッと痙攣する。
「パティちゃん、そんな本人のまえで嫌われてるなんて・・」
注意しておきながら口走ってしまったシーラはパッと口を押さえるが、シャドウがまた痙攣している。
「嫌われてるもんは、しょうがねえだろ。嫌われてるんだし。」
アスカの言葉に今まで出一番大きくシャドウが跳ねる。
実は皆して少し面白がっていたのだが、一番大きく跳ねた後歌も止まりピクリとも動かない。
活動停止にまで壊れたかと思っていると、不意に立ち上がるシャドウ。
そのままふらふらとサクラ亭を出て、何処かへ行ってしまう。
「ちょっと・・大丈夫かしら?」
「アスカ君。」
「今は様子を見るということで・・パティお茶、頂戴。」
「お前、実はめんどくさいだけだろ。」
アレフの台詞は図星なのか、アスカは目をそらした。
シャドウは歩いていた、目的地もなくブラブラと。
ただ歩いている間カップルを見つけては睨みつけていたが、もし憎しみで人を殺せたら今頃シャドウは大量殺人鬼に
なっていたことだろう。
まるでガラの悪いチンピラのように、街を闊歩している。
「あら、どうしたの君?そんなに怖い顔をして。」
そんなシャドウに何故か笑顔で話しかけてきたのは、マリアと同じブロンドの髪をもった女性。
ただシャドウよりも年上のようで、大人の女性の典型のような人だった。
「別に。」
いきなり話しかけられびっくりしたが、唇を尖らせ顔を背ける。
その女性の持つブロンドがマリアを思い出させるからだ。
「ほら、そうやって仏頂面する。駄目よ、折角のいい男が台無しよ。」
「なっ!」
いきなり両手で顔を正面に向かせられ、しかも顔を近づけさせられる。
ふわっと香るのは香水か何かだろう。頭がぼ〜っとする。
「ほら、笑って・・ね?」
シャドウは無言のまま首を縦に何度も振り、ぎこちなくではあるが笑う。
そんなシャドウに満足すると女性はその手を差し出した。
「ふふ、素直でよろしい。こっちにいらっしゃい。」
手を引かれ向かった先は陽の当たる公園、シャドウは何の疑問も持たずについていった。
陽の当たる公園の敷地内にあるベンチに座っているシャドウと女性。
何故こうも先ほどあったばかりの人に話しているのか疑問に思いつつも、シャドウはマリアのことを話していた。
さすがに初対面からしばらくは話せないので、自分がジョートショップに転がり込んだあたりからだ。
「そっか〜、彼女が最近冷たいんだ。」
「いや、別に彼女ってわけじゃ・・」
「いいじゃない彼女で、好きなんでしょ?」
笑顔で問いかけられ、別の意味で照れてしまうシャドウ。
「す・・好きって、いや・・・」
「駄目だよ。女の子には、はっきり言ってあげなきゃ。」
少し目を伏せ、顔を曇らせる女性。
シャドウの方ではなく、遠く前をみつめる。
「私ね、好きな人が居たんだけど・・振られちゃったの。」
その横顔にドキッと胸が震えたシャドウは、もはや周りが見えていないほどに焦る。
今ここで笑うのか、慰めるのか、そんなことでさえ容易に間違えそうである。
「私の、何が悪かったんだろ。あんなに好きだって言ってくれてたのに・・・寂しいな。」
どんどん女性の顔に、寂しさが広がり声が震える。
悩みを聞いてもらっているうちにその立場が逆転してしまい、シャドウは慌てていた。
そして、決定的な言葉が女性の口から漏れる。
「ねぇ・・私の家に来ない?」
チャンスとピンチが同時に訪れたシャドウは・・頷いてしまった。
そして再び女性に手を引かれシャドウが連れて行かれる様を、やはりというかこの人が覗いていた。
「・・・大人の事情に、突入してしまった。俺の趣味の範疇外だ、つまらん。」
言葉どおり、つまらなそうに帰ろうときびすを返したホワイトだが、誰かに襟首をつかまれた。
振り向いたホワイトは、草をむしるようなブチブチっという音を確かに聞いた。
「あの、浮気者ぉ〜!」
ホワイトが振り向いた先には・・偶然ここに来たのか、元からいたのかマリアがいた。
こめかみに力を込めたマリアが見つめる先は、女性と手をつなぐシャドウ。
正確には手を引かれているだけなのだが、マリアには手をつなぎあっているように見えたみたいだ。
「マリアの嬢ちゃん・・メチャクチャだぞ。」
それはこれまでの行動と現在の台詞を指しているのだが、マリアは見事に無視をしホワイトを引きずったままシャド
ウと女性を追いかけ始めた。
「おいおい、また強制連行かい?」
ホワイトの呟きは、やはり無視された。
女性の言う家は東の森のさらに奥にあり、なかなかの豪邸でもあった。
その一室に通されたシャドウは出されたお茶にも手をつけず、シャワーを浴びてくるからと部屋を出て行った女性を
待っていた。
ただし、行ったり来たりと部屋内をひたすら歩き回っていた。
「ど・・どうしよう。このまま帰るべきか、それとも・・・ああ!」
頭を抱え精一杯苦悩を表現するシャドウ。
結局はサクラ亭のときと同じように、境遇は違っても追い詰められていた。
そしてその光景を窓の外からカーテンの隙間を縫って覗いていたマリアは、顔を真っ赤にしてシャドウを追い詰めよ
うとしていた。
「浮気者、浮気者、浮気者!」
「ちょっとまて、マリアの嬢ちゃん。」
今にも魔法で窓をぶち破って突入を試みるマリアを、ホワイトが必死に羽交い絞めで抑えていた。
マリアとシャドウの二人は色んな意味で興奮しているが、ホワイトだけは冷静であった。
いくらなんでも話がうますぎるし、女性の家がこんな森の奥であること・・おかしすぎる。
「落ち着けって、絶対これには裏があるはずだ!」
「絶対!絶対っていったよね。責任取れるの!」
「く・・首が。」
ホワイトの首を絞めている自覚がないほどにマリアは興奮しているが、シャドウの次の台詞から屋敷内でなにやら動
きがあったことが知れる。
「あっ!ちょっと・・真っ暗ですよ、な・・なんですか?」
「暗くしなきゃ・・恥ずかしいでしょ。」
どうやら部屋の中の灯りをを消したようで、シャドウの声が上ずっている。
マリアは一旦ホワイトの首を絞めるのをやめ、壁に耳をピタッとくっつけ中での会話に集中しホワイトも真似する。
「は・・は、恥ずかしいって・・」
「いいのよ、お姉さんが優しく教えてあげるから。」
「あ・・いや、そんなに強く抱きしめられると身動きが・・」
台詞を一つ、一つ聞くごとにマリアのこめかみに血管が浮いていく。
「あら、駄目よ。こうでもしないと逃げちゃでしょ。」
「そんな、逃げるだなんて・・」
ホワイトは続きを期待していたのだが、マリアがもう限界だった。
両の手に魔力を集めると、目の前の窓に向かって魔力を解き放った。
「ルーンバレット!」
轟音と共に窓だけでなく、壁までもが崩れ落ち屋敷内に少しではあるが木々をすり抜けた光が差し込む。
煙が収まるのと同時にマリアは屋敷内に突入し、何かを言おうとシャドウと女性がいる場を指差す。
だが・・マリアの口から言葉がつむがれることは無かった。
「な・・な、なんだこりゃー!!」
叫んだのはシャドウの方だった。そしてマリアが居ることに気付くともう一声。
「違うんだー!何かの間違いなんだ、俺は違うー!!」
意味の無い弁明をひたすら続け、体をウネウネくねらせる。
シャドウは何故か真っ白な糸のようなものでグルグル巻きにされており、女性の正体は・・大蜘蛛だったのだ。
シャドウは抱きしめられていたのではなく、簀巻きにされていただけであった。
「く・・もう少しの所で、誰だ貴様は。」
「そ・・ソレはこっちの台詞よ。」
「違うんだ!マリア、俺を信じろー!!」
シャドウの大声と芋虫のような奇怪な動きで、緊張感が台無しである。
「どうやらシャドウは、騙されただけみたいだな。奇麗な姉ちゃんの姿で近づいて、獲物を巣に持ち帰る。典型的な
魔物の捕食行動だ。」
「ちょっと、シャドウを食べようだなんて、お腹壊すわよ!」
落ち着いたホワイトの言動に便乗し、マリアは大蜘蛛を指差すが何処か間違っている。
「誰を食べようと私の勝手だ!関係ない人間は引っ込んでいろ、後で食ってやる。」
「関係ないわけないでしょ!シャドウは、私の・・」
そこまで言って、言葉を止めてしまうマリア。
大蜘蛛もシャドウから聞いたことから推測したのか、マリアの方に向き直る。
「そうか、貴様がこいつを捨てた張本人か。」
「捨て・・捨ててなんかないもん!」
「嘘をつくな。そうだ、貴様は捨てたのだ。あの男が私を捨てたように!」
大蜘蛛の言葉にえっとマリアが硬直し、ホワイトは早く終わらないかとしゃがんで小指で耳をほじっている。
「愛していると言いながら、私が人間ではないと知った瞬間に・・人間などみんなそんなものだ!」
「だからって、シャドウは何の関係もないでしょ!」
少しは理性があるのか、マリアの言葉で今度は大蜘蛛が硬直する。
「嫌だー!蜘蛛は嫌だー、助けてー!!」
だがその叫びが何もかもをぶち壊し、シャドウは勝手に恐怖で気絶した。
プルプルと震える大蜘蛛。
「くっ!やはり人間など・・喰ってやる、この男は私のものだ!」
「誰が貴方のものよ。私のシャドウを返せー!!」
大蜘蛛が大きな牙を持った、その口を開いた時。
マリアの手に先ほど窓をぶち壊した時の、数倍の魔力が集まり青白く光る。
「ヴァニシング・ノヴァ!!」
青白い閃光が屋敷内を駆け抜け大蜘蛛へと向かった。
轟音と共に屋敷全体が揺れ、大蜘蛛を中心に全てが吹き飛ぶ。
全てが収まった時には、大蜘蛛の体は半分以上が無くなっていた。
簀巻きにされていたシャドウは吹き飛ばされたのか、少しはなれた場所に音を立てて落ちた。
「はぁ〜、はぁ〜・・」
「いやいや、火事場のクソ力ってすごいね。」
肩で息をするマリアを見て、ホワイトは自分に積もった埃をはらいつつ呟く。
「何故・・」
体を吹き飛ばされながらも大蜘蛛は呟くが、すでに動くことすら出来そうに無い。
マリアとホワイトは、何も言わずにそちらを向いた。
「大切なら・・何故捨てた。大切なら・・・」
「捨ててなんか、無いもん。今はちょっと、意地悪してるだけ。」
マリアの答えが満足のいくものだったのか、大蜘蛛はそれっきり喋ることはなかった。
大蜘蛛の屋敷からの帰り道、シャドウが気絶していたため仕方なくホワイトが担いでいた。
先頭をマリアが歩き、その後ろをホワイトが続く。
「なぁ、マリアの嬢ちゃん。一つ聞いていいか?」
「なに?」
なんとも言えない疲れた顔で振り向いたマリアだったが、ホワイトは先ほどの大蜘蛛とマリアのやり取りで気になっ
たことを聞いた。
「俺だけじゃなくて他の連中もそう思ってたけど、マリアの嬢ちゃんはシャドウが嫌いじゃなかったのか?」
特に答えを聞いてどうこうするつもりは、ホワイトには全く無かった。
ただ聞いてみたかっただけなのだ。
「確かに前トリーシャの誕生パーティで好きじゃないって言ったけど、嫌いとは言ってないよ。」
「まあ・・そうだな。好きじゃないイコール嫌いってわけじゃないもんな。」
深いなぁ〜っと思いつつホワイトは頷く。
「それに、今まで散々泣かされたんだもん。ちょっとぐらい・・・」
再びマリアが前を向いてしまい、終わりかなっと思ったらそうではなかった。
「ちょっとぐらい仕返しで、意地悪してもいいじゃない。」
「程度によるが、俺はそっちの方が面白いからいいけどな。」
「うん、ちょっとやり過ぎたと思ってる。」
それ以降マリアとホワイトの間で会話がなされることは無かった。
森の中を歩き、時々呟かれるシャドウのうめき声をBGMに森を抜けた。
「る゛〜ら゛る゛る゛〜、る゛る゛ら゛る゛ら゛〜♪」