悠久幻想曲  月と太陽と

 

願望が入ってないかと聞かれれば

 

                           出てくるのは肯定ではなく否定

 

                          誰かを楽しませるわけではなく

 

                         初めてかいた自分のための物語

 

                          私をここから連れ出して欲しい

 

                              それが私の願い

 

                           ーシェリル・クリスティアー

 
 
                                              
悠久幻想曲
 
               第二十話 三冊の本
 
とある日曜日にアスカが一人向かった場所は、デートの待ち合わせ場所ではなく。
今の流行の品がそろっている店でもなく、古めかしい建物、旧王立図書館。
特に読みたい本があったわけではないので館内をぶらついていると、大量の本を乗せたカートの横で本を返却してい
るイヴと目が合った。
「あらアスカさん、どうしたのかしら。魔法関係の古書はあっちよ。」
「借りにきたわけじゃないよ、ほとんど読んだし。」
それだけで会話が終了してしまうと、イヴはアスカから視線を本棚に移し本を返却していく。
アスカも特に会話を続けるようなそぶりは無く、ぼ〜っとイヴが無駄な動き無く本を返却していく様を見ている。
「手伝おうか?」
「お願いできるかしら。」
もしもイヴがアスカに何故そう思ったのかと聞いたら、「なんとなく」という答えが帰ってきたであろう。
頷きもせずアスカはカートから数冊本を取り出すと、背表紙の番号を頼りに棚に返していく。
「その本は、もう三冊隣よ。」
今しがた返した本の背表紙を見てみると・・番号が三つずれていた。
無言のまま本を取り出し三冊隣にしまう。
今度の本は少し高い所の棚のため小さな脚立に乗り、それでも高さがたりず手首の力で本を押そうとしたら手がすべ
り本が落ちる。
やばいと思い目を閉じほんの二秒後、パシっと乾いた音がし目を開けるとイヴが片手で本を受け止めていた。
「はい、これ。」
「・・・おぅ。」
今度は一応返事を返す。
別の本を返却していたはずのに・・・先ほどの事と言い、もしかしてどこかに三つ目の目があったり、三百六十度の
視界があるのかなどと思う。
「これで午前の返却分は終わり、ありがとう助かったわ。」
「微妙に邪魔した気がしないでもないが。」
「そうね。」
真顔で言うとイヴはカートを押して受付へ戻ろうとする。
別にそうねと言われたことを怒っているわけではないが、イヴを呼ぶアスカ。
実は、ただの暇人だったりする。
「なにかしら?」
「暇なんだけど、ジャンルを問わずなにかオススメの本ない?」
「範囲が広すぎてなんとも言えないわ、あそこにシェリルさんがいるから彼女に聞いたらどうかしら。」
「あっ・・本当だ。」
イヴが指差した先にはシェリルが机の上でノートを広げたままこちらを見ていて、目が合いそらされる。
シェリルがいることを教えてくれたことに対し礼を言おうとイヴの方を振り向くと、すでに大声でなければ届きそう
に無い所でカートを押していた。
『相変わらず淡白なご婦人だ。』
「そうか?何も聞いてこないから楽でいいけど。」
もしかしたら、かなり特殊な理由で一番アスカの好みなのかもしれない。
 
 
 
「おっす。」
「こ・・こんにちは。」
シャリルが座っている場所とは反対側、つまり正面から声を掛けるとシェリルも返してくる。
少し顔が赤いのは、アスカを見ていたことがばれたのが恥ずかしかったのだろう。
「暇なんだけど、なんでもいいからオススメの本ない?」
ものすごく単刀直入に用件を言うアスカ。
普通なら広げているノートから察して勉強してるのかとか聞きそうなものなのだが、シェリルも予想外の話の展開の
仕方に少し意識がとんでしまう。
「・・あ、オススメですか?ちょっと待っててください。」
はっと意識を取り戻すと、シェリルは焦ったように横の椅子においておいた自分の鞄をあける。
そして出てきたのは、見た目も雰囲気もばらばらな三冊の本。
「これ、オススメというか読んで欲しいんですけど。」
「へいへい。」
いい加減な言葉遣いで本を受け取ると、そのままシェリルの正面に座るアスカ。
「え、アスカさん?」
「えって・・読んで欲しいって事は、感想聞きたいんじゃないの?」
まさか正面に座ってくるとは思っていなかったシェリルは二、三度瞬きをすると、違ったのかと聞いてくるアスカの
疑問に首を横に振って答えた。
そんな反応の仕方が面白いと思いつつ、アスカは三冊のうち一番上にあった本をとりまずは表紙の題名を見る。
[やさしい街]それが題名のようだ。
表紙をめくり目次をとばして、さっさと物語を読み始める。
 
【ある街に、自分が死んだことを知らないスケルトンがいました。】
【知らないからこそ、彼は自分を人間だと疑うことすらしませんでした。】
 
(気づけよって突っ込んだら話終わるよな。)
『物語には触れてはいかんこともある。』
アスカがタブーとも言える突込みをすると、ブラッドがそれをとがめる。
突っ込む前にページをめくれという遠まわしな催促でもある。
 
【街の人たちは彼が生前とても良い人だったため、彼を受け入れ過ごすことに決めました。】
【そして、その街には一つのルールが作られました。】
【彼自身に死んでいることを気づかせないために、鏡や窓など人を映すもの全てをなくすこと。】
【そのような街の人の努力もあり、彼も街の人も幸せに暮らしていました。】
【ですが、そんな彼に恋人ができたのが全ての始まりでした。】
【二人が将来を近い口付けをかわそうとした時、彼は恋人の瞳を通して自分の姿をみてしまったのです。】
【全てを知ってしまった彼は、自然の流れそのままに崩れ落ち死んでしまいました。】
 
一応、最初から最後まで読むのに五十分は掛かっている。
読み終わったアスカはシェリルに感想を言おうかと思ったが、向こうから先に催促が来た。
「あの・・どうでしたか?」
そのうかがうような問いかけに、アスカはありのまま思ったことを言うのを少しためらった。
(どうって、話全部に突っ込みしかないんだけど・・どうしよう。)
『アスカ、お前はもう少し感受性を見につけろ。今回だけは私の言葉をなぞれ。』
(わかった、頼む。)
シェリルの熱心な視線を受け止めつつブラッドと密談を終えたアスカは、一字一句漏らさぬようにブラッドの言葉に
耳を傾け感想をなぞらえた。
「題名のとおり優しい人たちばかりの街だと思うよ。街の人は主人公のために今までの生活を捨て、主人公も自分を
知って街の人たちに今までの生活を返した。」
「残された恋人については、どう思いました?」
「残されたって表現はどうかと思うよ。どちらかと言えば、主人公が恋人に人としての人生を残してくれたかな?」
「主人公が・・ですか?」
アスカ(ブラッド)の感想に首を傾げてくる。
「死者との不自然な未来よりって、主人公の精一杯の優しさじゃないかな?」
「そういう・・考え方もあるんですね。」
感心したように頷くシェリルにアスカは、けどと言葉を続けた。
「街の人はみんな誰かに優しいけど、誰一人として自分が優しくされていることに気づいていない。その点では悲し
い街かな。」
それを聞くとシャリルはあごに手をかけると、しばらく考えるそぶりを見せる。
そして、数秒後には何かしらの考えをまとめたのかノートにペンを走らせる。
(よくもまぁ、色々思いつくなお前も。)
『任せておけ。』
頭の中でブラッドが胸を張る。
ただ実際にそうしたわけではなく、あくまでアスカの中にあるイメージだ。
「もう感想はいいの?」
「はい、とても参考になりました。」
一体なんの参考だろうかと疑問に思ったアスカだが、次の本を手に取る。
今度の本は表紙が黒く、どことなく重苦しい雰囲気を纏っていた。
題名は[檻]、どうやら見た目だけでなく内容も重そうだ。
 
【世界は全てを定規で仕切ったように、何もかもが決め付けられていた。】
【生まれた意味も、結婚する人も、自分が死ぬ日でさえも。】
 
(うわ・・)
『年頃の少女が読むような内容ではないような。』
(うまいな。)
『偶然だ。』
 
【それでも世界が何の疑問も無く動いていた。】
【しかし、ある日ある時ある者が叫んだ。】
【世界は狂っていると、何故一方的に全てを決められなくてはならないのか。】
【生まれてきた意味や結婚する人、自分が死ぬ日を。】
【最初に彼は隣人を救い。救われた隣人は、またその隣人を救う。】
【そして全ての隣人を救った後、彼は叫んだ。】
【僕達は自由だと。】
 
(今度は俺が感想を言ってみよう。)
『うむ、人は挑戦すべき生き物だ。』
読み終え本を閉じると、読み終えるのを待っていたシェリルに顔を向ける。
緊張するようなことでもないと思うのだが、ゆっくり息を吐きすってから口を開く。
「重たい。」
「え?」
『阿呆か!』
アスカの感想はその一言で終わった。
シェリルは先ほどの感想との雲泥の差に唖然とし、ある考えに行き着いた。
「冗談・・ですよね?」
「いや、重たいから好きじゃない。」
「はぁ・・」
聞き返しても一言増えただけで生返事を返したシェリルは、一応ノートに書き込んだ。
重たいから好きじゃないと。
書いてから一度消しゴムを手に取るが、本人の手前残しておいた。
「お、さっきみたいに聞くこと無いのか?」
「いえ・・気にしないで次、読んでみてください。」
『完璧に呆れられておるな。』
ブラッドの突っ込みにまずいことでも言ったかなと思いつつ、次の本を手に取る。
だが淡いピンクの表紙を見て一度視線を窓の外に向けると、もう一度見た。
題名が変わっているはずも無く、間違いなく[Love Symphony]と書いてあった。
ちらりと本からシェリルに視線を移動させると、先ほどの二つを読んだ時と変わらずこちらをみている。
冗談ではないようだ・・・ただ、先ほどより楽しそうにこちらを見ているのは気のせいか。
(愛の交響曲って。)
『何でも良いとは言ったが、いきなりジャンルがおかしな方へ行ったな。』
(時にブラッド君、愛とは何ぞや。)
『私が知っている定義とこの本とはおそらく違うぞ。』
今現時点でアスカのできる最大のボケには、すごく普通の言葉が返ってきた。
「どうかしました?」
表紙を見つめながら動かなくなったアスカを心配したのか、シェリルが問いかけてくる。
どうしたと聞かれても、正直アスカは困った。
なんとなく心がこれを読むことを拒否しているだけなのだ。
「なんでもない、立て続けに読んだからちょっと休憩をね。」
ぎこちなく笑って見せると、思い切って本を開く。
 
【聞こえますか、私のこの胸の音が。】
【貴方を強く思うたびに音は強くなり、貴方を遠くに感じるたびに音は高くなる。】
 
たった一頁の、ほんの最初を読んで本を閉じるとアスカは頭を下げた。
「ごめんなさい、無理です。」
「え、あっ・・もしかして、つまらなかったですか?」
「いや・・面白いとかつまらないとか、そういうんじゃなくて。」
顔を曇らせてしまったシェリルに慌てて否定するアスカ。
一応アスカも恋愛というものがこの世にあることは知っている。
知ってはいてもよくわかっていないのが現状だが、それでもやはり読めない気がするのだ。
「とにかく、これはちょっと無理。」
再びごめんと謝ると、シェリルも変なのすすめてごめんなさいと謝ってくる。
お互いに顔を上げるとそれでも一応聞いておきたいのか、感想を問われる。
「よくわからんけど、背中の辺りが痒くなりそうな・・・ん〜。とにかくそんな感じ。」
「そうですか。」
またしても、短い感想がノートに書かれる。
三冊のうちまともな感想は最初のブラッドのだけ、これで何かの参考になったのだろうか。
ふと外から聞こえてくるのは正午を知らせる鐘の音、決して少女の鼓動ではない。
「もうそんな時間か、シェリルおなかすかない?」
「・・多少。」
「そっか、それならイヴに司書室で何か食わせてもらおうよ。」
「何かって・・まさか、アスカさん図書館に来てるときはいつも?」
信じられないことを聞いたという驚きを隠さずに尋ねてくるシェリル。
ただ、アスカの返答は軽かった。
「いつもじゃないよ、たまにね。その分本の返却とか手伝ってるけど。」
そう言ってイヴのいるカウンターの方へ歩いていくアスカに、シェリルは二歩ほど遅れて着いていった。
アスカに向ける視線には何かしら疑いの目があったが、背中越しだったためアスカは気づかない。
正面からその視線を向けても結果は同じな気がしないでもないが、後日シェリルはそれとなくイヴに何故アスカを司
書室に招いたのかと聞くと。
「ジョートショップに食べに返るのが、面倒だと言われたからよ。」
すごく受身の答えが返ってきたとか。
 
 
 
数日後再び図書館内をぶらぶらしていると、珍しくシェリルの方から声を掛けられるアスカ。
だがその声の掛け方が、少し変だった。
「アスカさん、ありがとうございました。」
アスカのいる所まで歩いてくると、いきなり頭を下げられ感謝されたのだ。
数回瞬きをして何のことだろうと思い返しても、思い当たることが無い。
「なにが?」
「あ・・すみません、突然でしたね。実はこれなんです。」
シェリルが差し出したのは何かの雑誌だった。
とあるページを見せられると、そこは小説の投稿ページらしく掲載された人の名前が載っていた。
そしてシェリルが指差した名前は、シリル・アスティアだった。
「これ、私のペンネームなんです。」
「アスティアって、アリサさんの姓だよね。」
「それは、自分の姓をもじったら偶然です。」
ふ〜んっと納得はしたが、未だに自分が礼を言われることに繋がらない。
とりあえずそのペンネームの横の題名を見てみると[三冊の本]とあった。
「もしかして。」
最優秀賞らしく、そのまま小説が載っていた。
読み進んでいって納得した。
三冊の本とは正に以前アスカが読まされた本の題名だ。
立ち読みは疲れるということで、シェリルがさっきいた机に戻り再び読む。
 
【人と交わることを恐れ、毎日を本に囲まれ過ごす少女がいた。】
【本は色々な場所へ連れて行ってくれる。本さえあれば何も要らない。】
【いつもの様に本を読みに図書館に出かけると、一人の不思議な少年に出会う。】
【そして少年が言った。この三つの本のなかから一冊選んで、その本の世界へ連れて行ってあげる。】
【少女は少年を恐れながら[やさしい街]を選んだ。】
【少女はやさしい街を歩き回り、主人公のスケルトンにも会った。】
【やがて少年が時間だと言い、気がつけば元居た図書館。】
【そして少女は尋ねた、何故自分を本の世界に連れて行ったのかと。】
【少年は君は[やさしい街]の住人と同じだと言った。】
 
アスカはその不思議な少年が続けた言葉を読んで、あっと声を上げた。
それはほとんどそのまま、ブラッドの感想だったのだ。
 
【あの[やさしい街]の人たちは、自分が大勢の人たちに優しくされていることに気づいていない。】
【そう、気づけば君もきっと大勢の人に優しくされているはずだと少年が言った。】
 
その後の話は、勇気を出し本ではなく外の世界に飛び出していった少女が、皆に優しくされている事に気づき。
やがてあの時図書館で出会った不思議な少年とそっくりな少年と出会い、恋に落ちていく話。
「これって・・」
「はい、この前のアスカさんの感想を参考にさせてもらったんです。」
嬉しそうに言うシェリルだが、あの感想はブラッドの感想だったりする。
しかし、一応アスカの感想も使われていた。
まず重たいという感想は、少女が本を選んだ時に「こっちを選ばなくて良かった、重たいから」と少年が言っていた。
さすがに背中の辺りが痒くなりそうは、無い。
「それにしても、シェリルって読むだけじゃなくて書くこともしてたんだ。」
「はい、・・それで何か気づきません?」
気付いて光線を体中から出すシェリルだが、結局アスカは最後まで何のことだか気付いてはくれなかった。
小説の中で出てくる人物描写で、少女はメガネをし二本のお下げの女の子、少年は黒髪黒目で服も黒系で誰かさんと
同じく黒尽くめだったことに。
『アスカよ、細かい所とばして読むな。』
(いいじゃん、おおまかに読めば。)
『やれやれ。』
一応、ブラッドは気付いていたみたいだった。