悠久幻想曲  月と太陽と

 

                         ピアノは好きです

 

                      物心ついたときからひいていて

 

                  たまに悩んで、どうしていいか解らなくなるけど

 

                          ピアノが好きです

 

                      ピアノが人を笑顔にできるから

 

                       きっかけを与えてくれた人は

 

                       一 シーラ・シェフィールド 一

 

                         第二話  シーラのピアノ

 

                 □

 

アスカがエンフィールドに来てから、一週間がたった。

最初は例の誤認もあって多少の警戒はあったものの、いまではすっかりアスカはエンフィールドになじんでいた。

それはアスカが、アリサのジョートショップ(何でも屋)の仕事を手伝っていることが大きい。

「アスカ君、ちょっといいかしら。」

「なんですか?」

昼食後ののんびりとした時間帯、アスカは旧王立図書館から借りてきた本を読んでいたところで、彼の目の前ではアリサのペ

ットの魔法生物のテディが昼の陽気で居眠りをしている。

「お菓子をつくってみたんだけど、教会の子供達に持って行ってあげてくれないかしら。」

アリサはよくお菓子などをつくっては孤児院に差し入れしているらしく、つい三日前にもアスカが行ってきたところだ。

「次の仕事にはまだ早いし、構いませんよ。食後の散歩にも丁度いいし。」

そう言ってイスから立ち上がると、居眠りしているテディを起こす。

「ホレ、テディ起きろ。」

「んぁ〜あれ?アスカさん出かけるッスか?」

「教会までな、ちゃんと起きてろ。」

テディはアリサの主人が以前拾ってきて以来、生まれつき目の悪いアリサの補助をしているが居眠りしていては意味がない。

「それじゃあ、行って来ます。」

「はい、このバスケットお願いね。」

「行ってらっしゃいッス。」

テディがちゃんと起きたか確認すると、アリサからバスケットを受け取る。

今日もエンフィールドの空は晴れ渡り日差しがとても気持ちよく、アスカは少し遠回りしていくことにした。

 

 

「ふぅ」

エレイン橋のうえで、晴れ渡る空に似合わないため息をつくのはシーラ・シェフィールド。

彼女はエレイン橋を渡る人々の視線を集めているが、当の本人は気付かず、うつむいて何気なくムーンリバーの流れを見てい

るようだ。

「なにやってんだ、シーラは。」

『少女がうつむき、ため息ときたら悩み事であろう。』

「ふ〜ん。」

そこへヒョコヒョコバスケットを持って歩いてくるのはアスカ。

彼も橋渡る人々同様シーラのことには気付くが、何をやっているかまでは解らず変わりにブラッドが予想をたてるが、そのまま

素通りでエレイン橋をわたり終える。

『馬鹿者!何を素通りしておる声ぐらいかけんか。』

「誰だって一人になりたいときぐらい、あるだろ?」

『一人になりたいのなら、そもそもこんなところにはおらんわ!』

「あ〜?正直メンデー」

『いいから、行って来い。』

声を掛けないとは予想もできなかったブラッドが、慌ててアスカに突っ込むが返ってきた言葉は薄情であった。アスカには、た

まに人とはずれた行動(言動)をすることがあり、ブラッドに訂正されることが多々ある。

「よっ、こんなところで何してんの?」

「ふぅ・・」

ブラッドに言われしぶしぶではあったが、ソレを表に出さず声をかけたが帰ってきたのはため息ひとつ。正確には「返ってきた」

とは言えず、ただ単にため息をついただけである。

「な〜シーラ。」

「 ・ ・ ・ 」

「お〜い、シーラ。」

「 ・ ・ ・ 」

「シーラさん?」

「ふぅ・・」

シーラは一向にアスカに気付く気配がなく、ただただため息をつくばかりで何処か何処でもない所を見ている。

「そーですか、そーですかシカトですか。ソッチがそう出るならコッチも出てやる!」

シーラが反応をしてくれないことにやるせなさを感じたのか、一呼吸おいてアスカは肺に精一杯息を吸い込む。

「あー!空にでっかいクジラが飛んでるぞー、しかもコッチに向かって突っ込んでくるぞー!!」

『ちょっと待て、気付いてくれないからってその行動は絶対おかしいぞ!』

思いっきりテキトーに空を指して叫ぶアスカに人の注目が集まるが、ブラッドの突っ込みとまとめて無視する。

「アッチは昼間なのに流れ星だ、願い事するなら今のうちだぞ!」

「アレは誰だ?鳥かクジラか?いや、俺だ!俺かよ!!」

                 ・

                 ・

まわりの目線はすでに危ない人をみる目になっており、ブラッドでさえ突っ込む気力がなくなっている。

未だにシーラは気付きそうにないが、ネタが無くなってきたところであることに気付く。

「ぜ〜ぜ〜、もしかして、肩たたくだけでよかったんじゃねぇーか?」

『私も、そう思うぞ。』

「だな。」

肩をたたくという直接的な接触によって、ようやくシーラに気付いてもらえ。

とりあえず、ギャラリーから遠ざかるように場所をかえることにした。

 

 

「何、悩んでんだ?」

まわりくどいことは苦手なのでストレートに聞いたアスカだが、何で解ったのかと目を丸くしてシーラは驚いている。

「あんな処でため息ついてりゃ、普通わかるよ」

やれやれと言った感じで肩をすくめるアスカだが、気付いたのはブラッドだ。

「聞いてやるから、話して見ろよ。」

「ピアノ、私にとってピアノって何なのかなって。」

シーラの悩みがたわいもない悩みだと思っていたアスカは、ハッキリと慌てた。

この手の悩みは他人がどうこう言えるモノでもなくて、本人が何とかするしかない。

「物心付いたときから弾いていて、上手に弾けたらパパやママが喜んでくれて、最初はただそれだけだった。だけど今は・・」

シーラの両親は世界的な音楽家で、シーラの小さかった頃は頻繁にエンフィールドに帰ってはいたが、今ではたまにと言うほど

も帰ってこない。

シーラが思い切って相談している間アスカはと言うと、

「おぃ、どーすんだよ。俺には手におえんもんだぞ」

『知るか、相談受けたのはお前だろうが。』

「きったねぇ!声かけろつったのは、ブラッドだろうが。」

『掛ける、掛けないを決断するのはお前だ。私ではない。』

あまり、聞いていなかった。

『仕方ない、ここは誤魔化せ!』

「それしかないか。」

二人の行き着いた答えは最低だったが、半端な助言をして相手を惑わすよりはよっぽどよかったのかもしれない。

「なぁ、シーラ。これから教会に行くんだけど、そこでピアノ弾いてくれないかな。」

「えっ?」

シーラが驚くのも無理はなく、ピアノで悩んでいるのにピアノを弾いてくれないか?とはおかしな話である。

「チビたちも、シーラがピアノを弾いてくれれば喜ぶとおもうし、どうかな?」

最初はとまどいをみせて消極的ではいたが、気分転換を理由に(本当はごまかすために)勧めてくるアスカにシーラがおれることとなった。

 

 

教会の庭で木にもたれていると教会の子供達の騒ぎ声にまじって、ゆったりとしたピアノの旋律がわずかながらつたわってくる。

子供達は何をするにも騒ぐ、泣くにしても怒るにしても、だからこそ単純に喜んでいる。

シーラの綺麗なピアノの旋律よりも、ピアノを弾いてくれる行為自体に喜んでいる。

「用は、考え過ぎなのかもな」

『うむ、気づいたときからあった道しるべを失い、闇雲に道を探すあまり更に深みにはまる。』

「道しるべは有るんだよな・・道がないだけで。」

『どうであろうな。』

ブラッドとの会話がとぎれ、しばらくボーっとしてシーラのピアノに耳を傾ける。

ピアノが聞こえる範囲全体の時間が緩やかになったようで、もたれている木とまるで同化しているような感じになる。

 

「…スカ・・君、アスカ君。」

薄目を開けると、誰かが体をゆさぶっている。

いつの間にか寝てしまっていたようだが、小一時間といったところだろうか。

「ん・・あ、シーラ。」

「アスカ君、私なんとなくだけど、見つけたかもしれない。」

「え・・」

「聞いてくれる人がいる、喜んでくれる人がいる。」

「えぁ・・そうだね。」

寝起きで意識がハッキリしないところに、珍しくシーラが興奮して話しかけてくるので、なにがなんだかわからない。

動かない脳味噌を総動員してなんとか理解したことは、エレイン橋で悩んでいた時とは違い。

満面の笑みで話しかけるシーラが、自分の前にいたことだけである。

「それじゃあ、私帰ってピアノの練習するから。」

「おぅ。なんだかわからんが、がんばれよ。」

走っていくシーラを眺めつつアスカが考えていたことは、とりあえず教会の人に何があったのか聞こうと言うことだけだった。

この一件以来、教会では定期的にピアノの音が響き渡り。

教会にいる子供達だけではなく、教会に訪れる人たち全てを癒している。