アレフ君は、予想通り
シャドウ君とアスカ君は意外かな
アリサおばさんも予想通り
その後、ちょっと意外
誰が優しくて、冷たいのか
一概に言えないものかな
ートリーシャ・フォスターー
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悠久幻想曲 第十九話 徳の花
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サクラ亭でテーブルに体を預け、うな垂れ、うめいているのはアスカ、シャドウ、アレフの三人。平日の昼間に仕事も無く、やることもない駄目人間達。「アスカ・・これで、何日目だ?」「三日目だな。」アレフとアスカの会話は、たった二回で終わってしまう。再び意味の成さないうめき声を発しだす。「俺が言うのもなんだが・・・十万G大丈夫なのか?」「平気、もうすぐ届くから。」「そうか。」何がどう届くのか全くのなぞだが、先ほどと同じくアスカとシャドウの会話も、たった三回で終わってしまう。実は仕事が連日で無いのが三日目で、それに伴い活力も減衰していっている。元々仕事はそう多くないのだが、今週はそれに輪をかけて仕事が無い。このままでは社会の底辺まっしぐらだが、三人にそんな緊張感は仕事同様全く無い。「まったく、あんたら人の店で辛気臭いわね。」「どっか行くのか?」アスカが気だるそうに、ゆらりと体をテーブルから離脱させる。「ちょっと、そこまでね。お客がきたら代わりに対応しといてよ。お父さんなら奥にいるから。」「おぅ、死なない程度に行ってこい。」「死なない程度って・・・あんた、私が何処行くと思ってるのよ。」パティは半眼になってアスカを見るが、再びテーブルに突っ伏したアスカから返答は得られなかった。そのうち諦めたのかパティはサクラ亭を出て行き、大の男三人がうだうだと時間を無駄に過ごす。普段のアスカなら、暇なら何かしろとか本を読めとでも言いそうなものだが、今日のテンションは何処かおかしかった。だからこそ、あんな事態を引き起こしてしまったのかもしれない。「こんにちわー!ねえねえ、今日とっても面白いもの手に入れたんだけど。」真逆のテンションでサクラ亭に入ってきたのは、黄色いリボンがチャームポイントのトリーシャだ。トリーシャは素早く店内にいる三人をロックオンすると、嬉しそうに近づいてくる。「じゃ〜ん、これな〜んだ。」トリーシャが見せているのは、手のひらの上に置かれた何かの種。「・・・それはおそらく、プリシュール・メンコル作[キクラゲの姑]だな。」「おお、これがあの有名な。」「これでもう、思い残すことは何も無い。トリーシャ一思いにやってくれ。」台詞の順番は、アスカ、シャドウ、アレフで、トリーシャの手のひらなんぞ見てすらいない。だがここからがトリーシャとパティの違い、トリーシャは手のひらをピンと伸ばし小指側に力を込める。「起きなさーい!トリーシャ、チョ〜〜〜ップ。」トリーシャはアレフの言ったとおり、一思いに三度振り下ろした。 「徳の花、ねぇ〜。」アスカは少しずつだが、動き出した脳を使いトリーシャの説明を脳内で反芻する。徳の花とは最近出来たマジックアイテムで、その種を人の頭に乗せ水をかけるとその人の徳を象徴する花が咲く・・らしい。「そうなの。それでね、どんな花を咲かせられるのかやってみない?」「何を水臭いトリーシャ、俺が女の子の頼みを断るはずないじゃないか。」「本当?」「アレフ・コールソンは、嘘つかない。」立ち上がると、どさくさにまぎれてトリーシャの手を握るアレフ。アスカもシャドウも内心面倒だと思いながらも、結局は暇と言う悪魔に屈服してしまう。「それじゃあ、ここに取り出したるは、何の変哲も無いただの水と種。」トリーシャはアレフを座らせると、いつの間にか用意したコップを右手に持ち、徳の花の種を左手に持つ。「まずはこの種を頭に乗せて、水をかけま〜す。」言葉どおりアレフの頭に徳の花の種を置き、水をかける。コップ一杯すべてかけたのにアレフの顔に水が垂れてくることは無く、すべて種が吸収してしまう。「どれくらい待てばいいんだ?」「個人差はあるけど、大抵一分以内には皆咲くよ。」アスカの疑問を解消させると、じっとアレフの頭を見つめる三人。アレフも自分の花を見たいのか上目を使うがなかなか苦労している。三十秒経過。「ってか、アレフの花って言ったらアレじゃないのか?」シャドウがふと思いついたように言ったころ、アレフの頭に痛そうなトゲを持った花が咲き乱れる。その花をみてシャドウがやっぱりかと、呟く。アレフの頭の上には薔薇が咲き誇ったのだ。ただし、その花は全て縦に割られたように半分だった。「やはりそうなのか。このアレフ、愛を語る赤い薔薇が似合う男なのだ!」アレフは自己陶酔したように右手をかかげるが、「奇麗だけど・・・割れてて、変。」「やっぱり、徳が女の子限定だからな。」「予想通り過ぎてつまんねぇー、金返せ。」トリーシャ、アスカ、シャドウと順に言葉を聞いて、かかげた右腕が下がっていく。「それじゃあ。気を取り直して次、シャドウさん。」「・・取り直さなくても。」アレフの愚痴は無視された。「ここに取り出したるは、何の変哲も無いただの水と種。」「それって言わなきゃ、駄目なのか?」「アスカさん、甘いよ。雰囲気ってのは大事なんだから!」アスカの突っ込みにビシッと反論した後、シャドウの頭に種を乗せ水をかける。じ〜っと、シャドウの頭を見ているとアレフのときとは違い、ほんの数秒で変化が現れた。茎の先端に大輪を咲かせた花が勢い良く天井に向けて伸びていく。そう、シャドウが咲かせた花とは向日葵だった。ただ・・・その花は、下を向いている。「ちょっと・・バランス悪いぞ、これ。」少しふらつくシャドウ。「大きさで言えば、シャドウさんの勝ちだよね。」「花に優劣なんてあるのか疑問だが、大きさで言えばな。」本来徳で勝負すべきなのだが、何故か大きさで勝敗を決め付ける二人。もちろん反論したのはアレフだ。「二人とも何言ってるんだ。確かに大きさでは負けた・・・だが、あれをみろ!」アレフが指差したのは下を向いている向日葵の花。「下を向いている向日葵に何の価値がある。太陽が無いのだ。シャドウ、お前にはマリアがいないのだ!」「なっ!!」怒って反論するかと思いきや、うな垂れて震えるシャドウ。結構打たれ弱いのかもしれないが、傍で二人を見ていたトリーシャとアスカはその異変に気付いた。「あー!!アレフさん頭!花が。」「散ってるな。」「なにー!!」触って確かめるまでもなく、一枚・・・また一枚と散っていく薔薇。徳とはその人の品性、もしくは善なる行い。つまり、他人に対しそんな酷いことを言えば徳がなくなるわけで、散っていく薔薇を前にアレフまでもがうな垂れる。「薔薇が・・俺の薔薇が・・・」「こ・・ここに取り出したるは、何の変哲も無いただの水と種。」「無理矢理、すすめるんかい。」トリーシャを見ると、ちょっと顔に冷や汗をかいていた。うな垂れる二人の男を前にして、少しばかりの罪悪感があったのかもしれない。だが、それをなんとかおさえつつも、アスカの頭に種を乗せ水をかける。トリーシャは、前回、前々回と同じようにどんな花が咲くのかと目を輝かせ。アレフとシャドウは、うな垂れつつもちらりと目線をアスカの頭にやる。三人が見つめる中咲いたのは・・・タンポポ一輪。「ち・・・小さくて、意外。」「「勝った!!」」信じられないと言った目をしたのは、トリーシャだけ。シャドウとアレフは、先ほどまでうな垂れていたくせにガッツポーズをとっている。「でも、なんで?アスカさんが一番小さい花なんて・・」「意外か?」「ん〜〜、やっぱり意外かな。」アスカ自身に問われ、普段の生活を思い出してみる。課題などで困っていて、聞けば解る範囲で教えてくれるし。強制的にとはいえ、偶におごってもらたりしている。やはりトリーシャの中では結びつかなかったみたいだ。「は〜っはっは。アスカ、男は花じゃないぞ心だ!」「そうだ、小さいからって気にするな。」だったら小躍りするなとアレフとシャドウに突っ込みたい衝動に駆られたが、カランとカウベルが鳴り客の来店を知らせる。いらっしゃいませと言おうとそちらを向くと、そこにいたのはバスケットを脇に持ったアリサだった。「あら、いい香り。楽しそうね、みんな。」ニコリと落ち着いた笑みを浮かべるアリサ。そこでふと、みんなは気になった。もしアリサが徳の花を咲かせたら、どうなるのだろうかっと。普段から常人が見たらそんなに気を使って疲れないかと、聞いてしまいそうになるほど人を気に掛け優しくするアリサ。一体、どんな花が咲くのだろうか。 四人は満足に説明しないままに、アリサを外へと、サクラ亭の前のサクラ通りへと連れ出した。どんな花が咲いても良い様にと言う最良の配慮だった。ただ、頭に薔薇、向日葵、タンポポを咲かせた男達が何かをしているのだ。注目を集めないはずが無い。「ここに取り出したるは、何の変哲も無いただの水と種。」アリサの背後に回ると、やっぱりそのフレーズから入るトリーシャ。すでに人垣が出来、何が始まるのかと興味深そうに見ている。「あら、何が始まるのかしら」と言って微笑んだアリサを見て、四人はやっぱりいい人だと思った。アリサの頭に蒔かれる種、流される一杯の水。その時、音が聞こえた。風を切るような音。その後に鳥が翼を広げたような音。最後に重たいものが何かを押しつぶす音。そこには、季節外れの桜が咲いていた。「桜だ。」「桜だな。」トリーシャとアスカが呟いた言葉はある意味現実逃避だろう。人垣も意識的に現実から目をそらし、空に広がった桜を見上げその根元を決してみようとしない。「た・・大変だぁ!!」最初に叫んだのは、アレフかシャドウか・・・それとも人垣の中の誰かか。現実に引き戻された四人は慌てて桜の根元、アリサが地面にめり込んでいる場所に近づいた。「アスカさん、これってまずいんじゃない。アリサさん痙攣してるよ!」「痙攣してるって事は、生きてるってことだ。シャドウ!」「おぅ!おっさん、ノコギリかオノないか?」アスカの言葉に弾かれるように、シャドウはサクラ亭に飛び込みパティの父に木を斬る道具の有無を聞いた。幸いというか薪割り用だがオノがあったため、急いでアリサの頭にそびえ立つ桜をシャドウが切り倒す。そして頭に切り株の残ったアリサを救出すると、サクラ亭内へと連れて行き二階の部屋を借り寝かせた。「あ〜、びっくりしたぁ。」「いくらなんでも、木が生えるとは思わなかったもんな。」トリーシャの言葉を継ぐようにアレフが続けた。地面にめり込んだ割には、アリサに外傷は無くほっと息をついた。「どうみても、樹齢五十年はいってたな。あれは」「薪割り用のオノで、よく切り倒せたもんだ。」トリーシャは自分も三人の駄目さがうつったかと失礼なことを考え、アスカたちが今日はもう何をしても駄目だと諦め始めたころ。その異変は起こりはじめた。目を開けたアリサに駆け寄った四人が浴びせられた第一声は、「痛ぇ〜、首が折れるかと思ったぜ。」一瞬誰の声だろうと四人は思った。「おい、てめえら。良くもわけ解んねえ事に、巻き込んでくれたな!」間違いなくこの声はアリサの声だが、威勢が良い・・・ではなく、ガラが悪くなっている。呆然とする四人の前にアリサの手が片方だけ差し出される。何の合図だと四人が首を傾げていると、飛んで来る怒声。「俺が手を出したら酒だろうが!それぐらい察してとってこいや!!」「は・・はいぃ!!」何が起こったのかわからないまま、トリーシャは階段を下りていき厨房へと駆け込む。これ幸いにとアスカ、シャドウ、アレフもトリーシャに続こうとしたが。「おぃ、誰が帰っていいって言った?手前ら、ちょっとそこへ並んで座れ」言葉遣いだけでこうも変わるものだろうか、あの太陽の日差しを思わせる温かみなど欠片も無い。「はやくしろ!」「「「はいぃ!!」」」困惑する三人が一向に座らないため、再びとぶ怒声。下は板張りだが、正座をしたのは正解だった。そうでなければまた怒声がとんだだろう。「ったく、男の癖にうだうだしやがって」「「「す・・すみません」」」もう何がなんだか、とりあえず謝ってみる三人。「本当に解って謝ってんのかコラ!」「「「ご・・ごめんなさい、適当でした!」」」「けっ!」「あのぉ〜、お酒お持ちいたしました。」恐る恐る扉を開けたトリーシャはお盆を持っており、そのお盆には熱燗がのっている。本当に酒を飲むのか、ほんのちょっぴり機嫌をよさそうにしたアリサ。「か〜!たまんねぇ。」おそらくアスカたち三人には、いまトリーシャが女神に見えていることだろう。目の前で杯を傾けるアリサを刺激しないようにトリーシャはそっとアスカたちに耳打ちする。「これって多分徳の花切っちゃったからだと思うから、私が対抗策練ってる間なんとかアリサさんの相手してて。」無条件に首を縦に振る三人。この状況が何とかなるなら、悪魔にでも魂売っていたかもしれない。「あの、私おつまみ造ってきますから。」「おお、気が効くじゃねえか。頼むわ、その間俺はこの馬鹿どもに活いれてやるからよ。」「「「お手柔らかに・・」」」三人の申し出は、鼻で笑われた。 「どうしよう、どうしたらいいの?」一人厨房でオロオロしながらも、手馴れた自分が恨めしくおつまみがちゃくちゃくと出来上がっていく。パティの父親に相談しようにも、先ほどの桜の木の処理に向かってしまっていた。こうしてオロオロしている間にも、なにやら二階からは三人のうちの誰かの叫び声が聞こえてくる。「ただいまぁ、ねえ誰かいないの?なんか表が騒ぎになってるけど。」「パティさ〜ん、お願い助けて!!」「ちょっ、なんでトリーシャが厨房にいるのよ。それにあいつらは?」パティが救いの女神になるかは、まだわからなかったがトリーシャも誰かに泣きつきたかったのだ。泣きつかれて困っていたパティは、二階から聞こえてきたアスカたちの叫びに何かあったんだなと当たりをつけた。「それでね・・アリサおばさんが、おかしくなっちゃって。」「・・馬鹿らしい。」「そんなこと言わないで、助けてよ〜。」しゃくり上げるトリーシャの話を聞いての、正直な簡素だった。それにマジックアイテムのことを相談されても、学校に通っているトリーシャの方がよっぽど詳しいはずなのだ。「これは、困ったわね。」「帰ってたのか、パティ。どうだ奇麗な桜の枝だろ、丸ごと焚き木にするのは勿体無いから持ってきた。」パティの父が手に持っている桜の枝をみて、閃いた。そう、切ってしまったのなら接木(つぎき)をすればいいのだ。「お父さん、その桜の枝頂戴!」 先ほど父から貰った桜の枝を片手にパティとトリーシャは、アリサと生贄の三人が居る部屋の前まで来ていた。方針さえ決まれば後は実行するだけなのだが、うまく部屋の中の三人と連携が取れるかどうか。すでに三人の叫び声はかなり前に途絶えており、意識があるのかさえ怪しい。「いい?まずトリーシャがおつまみもって入って、アリサおば様の動きを止めたら合図するのよ。」「うん、わかった。」一旦涙は止めて、力強く頷くとドアをノックする。「誰だ!」「トリーシャです、おつまみ造って来ました。」「入れ」この短いやり取りの間だけで、パティは本当に性格が変わってしまったのかと変な感心をしてしまった。中での会話は良く聞き取れないが、トリーシャの必死の叫びだけは聞こえた。「パティさん、今だよ!!」「なにしやがる!」何がどう今なのか確認することは出来なかったが、パティはドアを勢い良く開ける。アスカたち三人の現状確認は後回しにして、トリーシャが羽交い絞めにしているアリサに向き直る。パティの右手には桜の枝、一足飛びでアリサに近づくとパティは枝を握る右手をアリサの頭の切り株目掛けて振り下ろす。普通は切り株や、太い枝の根元を割って枝を添えるのだが、何もせずに突き刺した。特に叫び声をあげるわけでもなくアリサが崩れ落ち、トリーシャが慌てて支えた。「これで・・・元のアリサおばさんに戻るのかな?」「完全にじゃないけど、戻るんじゃない?」ほっと息をついてその場に座り込むと、ようやくアスカたちを確認する。アレフは備え付けのクローゼットに上半身を突っ込み動かず、シャドウは床で泣き崩れ、アスカは窓の外を見てぼうっと放心していた。何があったか聞いてはいけない、漠然とだがパティはそう思った。 「あら?私・・・」アリサが目を覚ましたのは翌日になってのこと。昨日サクラ亭に言った後の記憶が無く、何故自室で寝ているのか疑問に思っていると開く扉。「アリサさん、起きましたか?朝食作っておきましたよ。」「アリサさん、今日はゆっくりしててください。」「えぇ・・どうしたの、二人とも?」普段家事などする二人ではないはずなのに、何故か自分より早く起き家事をしている。不思議がっても全くおかしくない。「とにかく、今日は俺たちが全てやりますから。」「それじゃあ!」逃げるように扉を閉め、バタバタと慌しい音が聞こえてくる。現状を良く理解できないアリサだったが、二度寝のために再び布団にもぐりこむ。良く解らないが、二人が自分に優しくしようとしてくれているのだ。たまには甘えよう、そう思ったのかもしれない。