悠久幻想曲  月と太陽と

 

私のピアノをたくさんの人に聴いて欲しい

 

                           大人も子供も関係なく

 

                            皆に聞いて欲しい

 

                       でも特別に一番聴いて欲しい人がいる

 

                         少しぶっきらぼうでやさしい人

 

                          ・・・鈍いも付け足そうかしら

 

                           ーシーラ・シェフィールドー

 
 
                                              
悠久幻想曲
 
               第十八話 招待状
 
「ほんじゃまあ、給料渡しまーす。」
アスカがみんなのそれぞれの給料が入った封筒をぺらぺらと振る。
最近また少しずつ仕事が戻ってきたとはいえ、本当にぺらぺらなのだ。
何処と無く哀愁の風が吹く。
「なあなあ、お前らなんに使うんだ?」
「そうだなぁ〜って、なんでお前がいるんだよ。」
アレフがノリ突込みをして指差したのは、本当に何故だかいるホワイト。
「細かいこと気にするな。で、シャドウは?」
「俺は特に使い道がないんだが・・」
ちらりと見たのは丁度給料袋を受け取っているマリア。
嫌われてはいないと思うのだが、どうにもトリーシャの誕生パーティ以来近寄りがたい。
「つまり、使い道ないんだな?持て余してるんだな?」
ため息をついたシャドウを無視して、ウロチョロまとわり付いてくるホワイト。
鬱陶しいことこのうえない。
「これだ!これを買って貸してくれ。」
ホワイトが雑誌を取り出し指差したのは、魔法装置の付いた双眼鏡。
「この高性能双眼鏡はなんと、読唇術により解読し字幕が出る優れもの。これさえあれば安全な場所から自由に若者
の青春を覗き見ることができるのだ!」
「そんなの・・売ってていいのか?」
「完璧に犯罪だな。」
アレフとシャドウに酷評され一瞬怯むも諦めずにこの商品のアピールをしようとするのだが、次のパティの一言によ
りさえぎられた。
「あんたら、馬鹿でしょ。」
もちろんある点において二人が反論した。
「ちょっと待ったパティ、なんで“ら”なんだ!」
「こんな奴らと一緒にするな!」
「シャドウてめえ自分だけ逃れようとすんな、俺も連れてけ!」
「三馬鹿よ三馬鹿、まず覗き馬鹿!」
パティがびしっとホワイトを指差し、アレフとシャドウはうんうんと納得する。
「そしてナンパ馬鹿。」
指先がアレフに移動し、またもやシャドウはうんうんと頷く。
さらには、自分のことを棚にあげてホワイトがうんうんと頷く。
「そして最後、マリ・・」
調子よく最後を言おうとしたパティは、急いで開いてしまった口を閉じ視線をそらす。
やばかったかなと思いそうっと視線を戻すと・・・シャドウがうずくまって小刻みに震えていた。
「悪いかよ、どーせ俺は嫌われてるよ。いいじゃないかなんだって。」
パティがどうしようと視線をさまよわせると、アレフとホワイトは子供みたいになーかしたなーかした状態。
狭いジョートショップ内だから一応皆にも話の流れは聞こえており、半眼でパティを見ている。
「あ・・ごめん。そのあれよ・・・あ〜、とにかくごめん。」
しどろもどろになりながらうずくまるシャドウの背中をぽんぽんと叩いて慰める。
泣いているわけではない様だが、困り果てたパティ。
そこへ救いの手なのかはわからないが、マリアが手を差し伸べる。
「シャドウ何やってるの、アスカ呼んでるよ!」
「はっはい!!」
マリアの怒声に、ばっと一瞬でおきてアスカの元へ給料を受け取りにいくシャドウ。
ほっと一安心し礼でも言おうかとすると、何故かギロっと睨まれる。
一瞬怯みしかもアスカに呼ばれたので、あれっと浮かんだ疑問は霞のように消えてしまった。
「んじゃ、全員に渡ったところで今日は来週のシフト書いたら解散ね。」
順番に書けばいいのに、わっとテーブルのシフト表に群がる。
「アスカ君、ちょっといいかな?」
アスカは呆れて並べと叫びたかったが、袖をシーラに引っ張られそのまま外へと出て行った。
 
 
「で、なんかあったの?」
一向に用件を話さず、もじもじとしているシーラをせかしてみる。
アレフがその言葉を聞けばアスカを殴りそうなもんだが、幸いアレフはジョートショップの中である。
「あのね、今度リヴェティス劇場でピアノの発表会があるの。」
「へ〜、おめでとう・・でいいの?」
「うん、ありがとう。」
疑問系ではあったがおめでとうと言われ自分に弾みをつける。
「それで、明日その時に着ていく服を選ぶのに・・アスカ君に付き合って欲しいの。」
「はぁ・・でもそういうことならアレフの方が。」
「違うの、そうじゃなくて私はアスカ君に選んで欲しいの。」
言ってしまってからボンッと顔を赤くするシーラ。
わざわざ付き合って欲しいと遠まわしに言ったのに、焦って本心を喋ってしまったから。
アスカは一瞬なんで俺なのと疑問に思ったが、とりあえず了解の意を伝える。
「あの・・それじゃあ明日。」
「ちょっと待って、シーラ。」
まだ顔を赤くしたまま走り去ろうとしたシーラだが、アスカはすぐにその手を捕まえる。
手を握られドキッと心臓が跳ねたかと思ったシーラは、ぎこちない仕草でアスカのほうに振り向く。
「アス・・アスカ君、な・・なに?」
アスカに見つめられ心臓の鼓動がどんどんと早くなっていく。
一体アスカが自分に何を言うつもりなのか、少しどころか大きく期待してしまう。
少し困惑気味にアスカがささやいた言葉とは、
「シフトまだ書いてないだろ?書いていってくれなきゃ。」
冷めた、もしくは覚めたのかもしれないが、意味は似たようなもの。
期待をしてしまっていただけに落ち込みは激しく、シーラの描く輝かしい未来への先行きがかなり不安になった。
 
 
 
「出かけてきます。」
「アスカ君、ちょっと待って。」
次の日の朝とも昼とも呼べない時間帯。
アスカはシーラとの待ち合わせ場所に行こうとしたのだが、アリサに止められた。
後ろから肩に手を置かれたのだが、意外にその力が強く妙な格好でアスカの動きが止まり、アスカは器用にそのまま
振り向く。
「なんですか?」
「女の子との待ち合わせに、そんな格好で言っちゃ駄目よ。」
そんな格好とは特に酷いわけではないのだが、普段着のことだ。
なんで知っているんですかと聞いてみたかったが、とりあえず自分の格好をぐるっと見ていると、アリサが目の前に
とある黒い服を差し出してくる。
それは何時ぞやホワイトに渡された、スパイルックの黒服。
「今は間に合わせが無いから、これを着てらっしゃい。」
「う・・・うぃっす。」
もちろんアリサは笑顔で言っているのだが、反論は絶対にできそうに無かった。
「鈍いと、片付けていいものか。」
「よくわかってないということは鈍いってことッス。」
再び自分の部屋に着替えに戻ったアスカを見送ったのは、キッチンのテーブルで頬杖をついているシャドウとテディ。
「養っている身としては心配なのよ。」
「んじゃ、俺も心配かけないようにがんばってきますか。」
「あら隠さなくても、マリアちゃんって言ったらどうシャドウ君。」
からかっているのか見透かしているのか、どうにも苦手な相手かもしれないがシャドウは諦めて言いなおした。
「マリアの所に行ってきます。」
「はい、いってらっしゃい。がんばってね。」
右手を上げて出て行ったシャドウを見送ったアリサは、アスカもあんな風になれないかと思ったのだが、
二階から降りてきたアスカを見て少し諦めてしまった。
「アスカ君・・サングラスは要らないわよ。」
 
 
待ち合わせの場所は陽の当たる公園。
少し場所が広いんじゃないかと心配していたアスカだが、割りとあっさりシーラは見つかった。
公園にいる男どもの視線が、シーラのいる一点でちょうど交わっていたからだ。
「おはよう、シーラ。」
「あっ、おはようアスカ君。」
シーラが振り向くと、シーラの長い髪がふわりと跳ねる。
今日は気合が入っているのか少し大人を意識し赤いドレスを外出用にアレンジしていて、ほんのり化粧もしていた。
ただシーラの格好を見て、次に自分の格好を見たアスカは尋ねる。
「・・・人の事いえないけど、今日って服買いに行くんだよね?」
「うん。」
何の迷いも無く頷いたシーラを見て、世の中とはそういうものなのかと自分を納得させる。
「じゃあ、行こうか。」
急に歩き出したアスカを慌てて追いかけるシーラ。
公園にいて一部始終を見ていた男どもはなんて冷たい奴だと思い、俺ならと無駄な想像をしている中。
一際目立つ白衣の男がそのなかに一人いた。
「じゃあ、行こうかじゃないだろ。デートと言えばまず第一声は「待った?」「ううん、今来た所だから」だろうが
最初からやりなおせ!」
地べたに這いつくばり無茶を言うのは、二人を双眼鏡で覗いていたホワイトだったりする。
そのままほふく前進でアスカとシーラを追いかけようとするが、誰かの足が双眼鏡の視界に入り込む。
「誰だ、邪魔をするなどけぃ!」
双眼鏡を覗きつつしっしと手で払うと片足だけが視界から消え、次の瞬間ホワイトは地べたを転がりまわった。
「目がぁ〜目がぁ〜、ママ〜!!」
「ママじゃないでしょまったく、この覗き馬鹿。」
呆れたように罵声を浴びせるのは、パティだった。
つまり先ほどホワイトの双眼鏡に映ったのはパティの足であり、その双眼鏡を顔目掛けて蹴ったのもパティだ。
「全く・・・二人の邪魔しないの。」
目を押さえて転がり続けるホワイトを、パティは襟首を掴んで引きずっていった。
 
 
そんな喜劇が二人が去った場所で行われていたとは知る由も無く、一応二人は洋品店ローレライに着いていた。
一応とは、アスカの服の右袖の根元が少し引き裂かれていたのだ。
「ごめんなさい。」
「だから気にすんなって、どうせもらい物なんだし。」
先ほどとは打って変ってしょんぼりするシーラに、何度も気にするなとアスカがフォローする。
どんどん先へ歩いていってしまうアスカに途中シーラが腕を組めば一緒に歩いてくれるかと、思い切ってアスカの腕
に抱きついたのが始まり。
躊躇と勢いの奇妙なバランスの上での力加減で見事に袖が破れたのだ。
「だって・・」
「あ〜〜〜、てい!」
うつむいたまま一向に顔を上げないシーラにアスカは頭を両手でがしがしかいた後、攻撃力一のチョップを振り下ろ
した。
あたりまえだが、シーラから小さくきゃっと悲鳴があがる。
「シーラ・シェフィールドは今日これからもう、うつむくの禁止!目をそらすの禁止!謝るの禁止!」
失礼にも人差し指で指しながらまくし立てるアスカ。
それに対しシーラは目を大きく開けて驚いた後、無言のまま数回頷いた。
「よし!それなら気を取り直していくぞ〜。」
はっきり言ってしまえばアスカの勢いに押されただけなのだが、気にするなと言う言葉を信じシーラもローレライへ
と入って行ったアスカに続く。
そして出迎えたのは、ローレライの女主人の少し呆れた顔。
「アスカ・・・私はデートで女の子の頭叩く奴、初めて見たよ。」
「付き合いで来ただけだから、いいんでないの?」
気楽にアスカがそんなことを言ってしまったので、女主人がアスカの後ろにいるシーラを見るとまたうつむいていた。
動物的感なのかすばやくアスカが振り向くと、同じくすばやくうつむいてた顔を上げるシーラ。
女主人もそんな二人に今度は完璧に呆れた。
「パブロフの犬かい、あんたらわ。どちらにせよ良いコンビか・・それで今日はなにしにきたの?」
「ほら、シーラ用件。」
アスカに促されて口を開く
「えっと、今度ピアノの発表会に着る服を見に着たんですけど。」
「それならアッチの方にあるから見ておいで、気に入ったのがあったら直しいれるからいつものようにね。」
「はい。」
どうやらこういうことは何度もあったのか、説明をかなり省く女主人。
「それとアスカ、帰るまでに応急で直してあげるから上着置いていきな。」
言われるままに上着を脱いで渡すアスカ。
そしてシーラは勝って知ったると、先に店の奥へと歩いて行きアスカがそれに着いていった。
当たり前だが店内は区が分けされていて、シーラは迷わずドレスのコーナーへとたどり着きめぼしい者を物色しだす。
「でもさシーラ。付き合ったのはいいけど、どれが言いなんて俺にはわかんねえぞ。」
決して今思いついたわけではなく昨日からの疑問。
「ある程度私が選ぶから、最終的なアドバイスして欲しいの。」
とりあえずわかったと言っておくと、ぼ〜っとシーラがドレスを選ぶのを見ている。
たまにその二つのどこに違いがあるのと聞きたくなるような組み合わせでシーラが悩む時があったのだが、思いを言
葉にするような愚行はしなかった。
逐一説明されるのがめんどくさかったりしたのだ。
「ん〜〜〜、決めた。」
最終的にシーラが手に取った二つは、対照的な青と赤のドレス。
青は海のように透き通った色で清涼な感じがし、長いスカートもすらっと降りている。
そして赤のドレスは、ピンクに近くその淡さが温かみを醸し出しスカートはふわりと広がっていた。
「どっちがいいかな?」
交互に体の正面で合わせるシーラを真面目に見るアスカ。
悪く言えばどっちも同じ、良く言えばどちらも似合う・・・出した結論は。
「そっちの赤・・ピンクい方。」
「そう?」
首を傾げつつ赤いドレスを体の正面に持ってくる。
「ほらシーラって良く赤い服着てるから今日だって、だから見慣れてる赤い方」
その結論の出し方が良かったのか、うれしそうな顔をしてシーラが赤い方のドレスを女主人のところまで持っていく。
良く赤い服を着ているとわかるのは自分のことを見ている証拠だとシーラが考えているとは露知らず、正解を選んだ
のかとほっとするアスカ。
「セ〜〜フ。」
 
 
先にローレライを出たアスカは、後から出てきたシーラの手元を見て首をかしげる。
「あれ?手ぶらだけどドレスは?」
「色々直しがあるから、また後日届けてもらうの。」
何処へ向かうわけでもなく並んで歩き出す。
ただシーラは何かを言い出そうとタイミングを図っていたが、腹に手を当てていたアスカが先に口を開いてしまう。
「なあシーラ、腹減らない?飯食いに行こうよ。」
「え・・それは構わないけど、何処に?」
「何処って、サクラ亭以外何処に食いに行くんだ?」
シーラの疑問に疑問で返してきたアスカだが、シーラが言いたかったのは二人の服装なのだ。
シーラは気合を入れてめかし込んでおりアスカもまた、一応礼服に見えないことも無く・・パティには悪いがサクラ
亭では間違いなく浮いてしまうだろう。
「サクラ亭はちょっと・・ラ・ルナなら。」
「あ〜、あそこね。まだ行ったことないからそれもいいか。」
再び歩き出した二人は陽の当たる公園の横の道を通る。
アスカから誘ってきたことは意外だったが、このままでは流されるまま忘れてしまうと思ったシーラが動く。
「アスカ君、ちょっとこっちにきて。」
「お、こっちってどっちだ。」
シーラに手を引かれて連れて行かれたのは、なんてことは無く陽の当たる公園内。
ただ人通りのある通りから外れたかっただけなのかもしれない。
「あのね、アスカ君。言ったと思うけど今度ピアノの発表会があるの。」
「それでさっきその時に着る服を買ってきたな。」
「うん、そうなんだけど。」
何かをためらっているかのように、だんだんとアスカから目をそらしていくシーラ。
それを見たアスカは俯いているのかと勘違いし、右手に手刀をつくり腕をゆっくりと振り上げていく。
「それでこれ、その招待状って・・・アスカ君?」
思い切って顔を上げ招待状を差し出したシーラが見たのは、右手刀を振り上げているアスカ。
予想外のシーラの行動にアスカは少しずつ目をそらしていき、シーラにチョップされた。
「痛い。」
決して痛かったわけではないのだが、自然と口からその言葉が出ていた。
「アスカ君、今のは悪いと思ってうつむいてたんじゃなくて、恥ずかしかったの!」
「ああ、そうなんだ。」
「もう、だからこれ招待状。」
ずいっと顔の前に招待状を出され、強引に受け取らされてしまう。
「ありがとう。」
「どういたしまして。さぁ、ラ・ルナに行きましょうアスカ君。」
これが勢いというものなのか、自然とアスカの手を取って歩き出すシーラ。
アスカは招待状をしっかりしまうと、引きずられないようにシーラについていった。
 
そして再び白衣で双眼鏡を持った怪しいお兄さん、一人芝生の上を転がる。
「ぬおぉぉ!痒い痒すぎる。」
あまりの怪しさに自警団に知らせに走るものがいる中一人の少女が近づく。
叫びながら転がっていたホワイトは、少女の足にぶつかり転がるのを止められる。
誰だと双眼鏡を覗きながら見上げていって、顔を見たら一言。
「お・・鬼。」
そして芝生に顔がめり込んだ。
芝生だからと言って柔らかいはずが無いのだが、ホワイトの頭が少女の足を乗せたまま地面にめり込んだ。
 
先ほどの少女が、パティかどうかはまた別として。
元ホワイトという名のぼろ雑巾を引きずりながらパティがラ・ルナの前を通ると、丁度シーラとアスカが入店するの
が目に入り立ち止まって空を見上げる。
「アタシ・・なにやってんだろ。」
誰かに愚痴を言いたいわけではないが、自然と口から出た言葉。
「・・・っはっは、一人身・・という者は・・・・寂しいものだな。」
このホワイトの台詞に、むかつくなという方が無理だろう。
一体誰のせいでサクラ亭のこの忙しい時間帯に抜け出させられているのか。
そう無理はない。パティがホワイトの襟首を掴む手に力を込め、次のような行動を取ったとしても。
「アンタに!言われたくなーい!!」
全ての苛立ちを込めて、パティはラ・ルナの前を流れる川にホワイトを投げ込んだ。