悠久幻想曲  月と太陽と

 

最初からこうするべきだったんだ

 

                          そうすれば誰も傷つかない

 

                        アイツを泣かせずに済んだんだ

 

                         そう最初からこうしていれば

 

                          だから俺はもう迷わない

 

                         傷つくのは俺とアスカで十分だ

 

                              ーシャドウー

 
 
                                              
悠久幻想曲
 
                第十六話 光と影
 
「そうだその目だ、もっと俺を憎め殺すと叫べ!」
「うあああぁぁぁぁぁ!!」
アスカの怒りを乗せた拳がシャドウをとらえようとした瞬間シャドウはアスカから距離をとると懐から取り出した符
を地面にそっと張る
「拒絶を意味する七つの符よ、我が意思汝らの役目に従い全てを拒絶せよ」
シャドウの言葉に導かれるように一つ、また一つの周りの岩場から緑色の光が現れ最後に先ほどシャドウが張った腑
から光が発せられる
そしてその光はアスカとシャドウを包み込むようにドーム状になり二人以外を拒絶する
「これで誰も巻き込まれない、こいよアスカ」
「なにが巻き込まないだ・・お前は殺したんだ!日々の糧にするわけでもなく自分を守るためでもなく無造作にその
命を摘んだんだ!」
再びアスカの目から涙がこぼれる
命が消えたことも悲しいがそれ以上に裏切られたと言う気持ちもあった
シャドウは自分とのことに他人は巻き込まないと言った、なのに自分を憎ませるためにドラゴンを殺した
裏切られた事が悲しかった
「ごちゃごちゃうるさい、これからお前は俺を殺すんだお前が言う日々の糧にするわけでもなく自分を守るためでも
なくな」
もうそれ以上互いに口は開かなかった
お互いが地面をけり加速し、突き出した拳同士がぶつかり合う
話し合うことなどもうすでに何も無かった
「やめてよシャドウ、アスカも!」
「アスカ君!」
結界の外ではマリアとシーラが叫ぶが声が届かない
「一体なにがどうなってるんだ、クリスにシェリルこの結界なんとかできないかい」
「さっきから何とかしようとですけど」
「この結界私達の魔法とは根本的に理論が異なってるんです・・私達にはなにもわかりません」
すぐそこに居るのに止まられないことが歯がゆい
これがただの喧嘩ならほうっておくが、目の前ではアスカとシャドウが傭兵として鍛えてあるリサでさえ目で追うの
がやっとなスピードで殴り合いをしている
「一体何がどうなってるんだ」
「いや・・ここに居る誰もが何もわかってない、トリーシャは無事?」
岩牢のあった場所は結界の外だったのかトリーシャを助け出したエルとアレフが戻ってくる
エルは気絶してるだけだと言うとアスカとシャドウに視線を移動させる
「何してんのかほとんど見えねぇ、アスカってこんなに強かったのか?」
アスカとシャドウの殴り合いを見たアレフがぽつりと漏らすがリサは心の中でそれを否定した
たしかに速いがそれだけだ、シャドウは何かしら戦う技術を持ってるみたいだがアスカはただ腕を振り回しているだ
けで癇癪を起こした子供みたいに見えた
 
 
先ほどは殴り合いと評したが実際アスカの拳があたることはほとんどなく当たるのはシャドウの拳だけ
それにいらついたアスカは魔銃を取り出しシャドウに向けて放つが全てかわされる
「まどろっこしい!」
叫んだ後アスカは魔銃を投げ捨てると右手を水平にシャドウに向ける
「ルーン」
『やめろアスカ魔法を使うな!』
頭に響いたブラッドの制止も届かない
アスカの意思で右腕に集められた魔力は暴発するように荒れ狂い腕に裂傷を走らせる
少しアスカの顔が痛みにゆがむが魔力球だけは生成された、それも一気に二十個以上
「ショット!」
全ての魔力球が一斉にシャドウに向かって放たれるがシャドウは冷静に符を取り出し全ての魔力球を中和し無に返し
ていく
「それで終わりか?」
「うるせぇ!!」
結局は肉弾戦それしかなかった
「アスカ君自分の魔力に体がついていけてない」
「初級であんなに怪我するのに上級魔法をつかったら」
実際に魔法を習う身でその怖さがわかったのかクリスとシェリルが小さく漏らす
すでに見ていることしか出来ない結界の外ではほとんどのものが止めることすら諦めていた、マリア以外
「シャドウ、ねえシャドウお願い届いて!!」
シャドウはマリアの叫びは聞こえなくてもマリアの存在そのものは感じていた
自分のせいでまた彼女の目に涙がたまっていることも、だがシャドウは止まることが出来なかった
アスカにばれないようにそっと腹を押さえる、止まれない理由があった
常人なら気絶するほどの大量の出血、治癒の符をはっても効果は薄かった
ほんの一瞬だがシャドウの気が自分からそれたことを知ったアスカは拳をシャドウの顔目掛けて放つが紙一重でかわ
され逆に拳を鳩尾に決められる
「ぐあぁ」
しかし呻いたのはシャドウのほうで肩膝を地面につける
思ったよりダメージの無かったアスカはすぐにシャドウと距離をとる
シャドウの体になにかが起こっている直感的にそう感じたもののお互いに止まれないこともわかっていた
だからそっと目を閉じた
「な・・なんだよノーガードってか」
「違うもう終わりにする、次に俺が目を開けた瞬間お前は死ぬ」
「そいつはどうかな」
よろりと立ち上がったシャドウも目を閉じる
二人の間を風が駆け抜ける
どのようにして互いの時を知ったのか目を開けたのは同時だった
血のように赤いアスカの右目がシャドウをとらえ、同じく血のように赤いシャドウの左目がアスカをとらえる
激しく燃え上がる炎が結界内を包み物がぶつかったガラスのように結界が割れた
まだ残り火が荒れるなか真っ先に走り込んだのはマリアだった
「アスカ、シャドウ!」
まだ余熱でめをうまく開けられないが二人を探す
先に見つかったのはアスカだった、だが見つけたときマリアは口元をおさえた
全身を火傷したアスカに意識が無くどう見ても重体だった
みんながアスカの元にたどり着くとマリアはすぐにシャドウも探したが見つからなかった
不思議なことに死んだはずのドラゴンの姿も消えていた
 
 
 
アスカはアレフに背負われ下山後すぐにクラウド医院に運び込まれた
今はトーヤに治療を受けている最中で待合室は沈黙が占めていた
「どうして・・シャドウ」
ぽつりとマリアが言葉を漏らすことで沈黙が終わりを告げた
「マリア何を知ってる、シャドウは何者なんだアスカとどんな関係なんだ!」
「知らない、知ってるのはシャドウはやさしい人だってことだけ!」
マリアの返答にリサが顔を歪める
わけがわからない大雨の日にシャドウがマリアを助けた話は知っている
「くそっ!」
どうしようもない苛立ちを壁にぶつけるアレフ
何も話してくれないアスカ自身にも多少の苛立ちがつのる
「お前ら待合室ではいつも静かにしてろと言ってあるだろ」
治療室から出てきたトーヤがやれやれと言い待ちきれないとばかりにシーラがアスカの容態を聞く
「トーヤ先生アスカ君は・・アスカ君は大丈夫なんですか?」
「生まれつきアイツが火の属性を持っているのか見た目ほど火傷も酷くないし殴られたって傷もたいしたこと無い、
またしばらく入院が必要だがたいした生命力だ」
「面会はできますか?」
「五分だけ待ってやれ、今はアリサさんと二人だけにしてやれ・・正確には二人と一匹だが」
アスカをつれて下山したあとパティがジョートショップへと赴き自警団へも一応の報告をすませておいた
アリサは文字通りクラウド医院にまで珍しく不安を浮かべた表情で走ってとんできた
「ここ・・」
アスカが病室で目を覚ました時に一番最初に目に入ったのはアリサの顔だった
「ここはクラウド医院よ、アスカ君私がわかる?」
「アスカさん大丈夫っすか」
「アリサさんにテディ、俺たしか・・・シャドウを殺そうとして」
気絶したことにより少し記憶の欠落があるのか少しずつ思い出そうとする
アリサはアスカが殺すという言葉を使ったことに恐怖を覚え包帯だらけの手を握る
「アスカ君もう休みなさい、あなたがつらい目にあう必要なんてどこにも無いのだから」
感覚がほとんどわからず手を握り返せたのかわからない
「マリアを・・マリアを呼んでくれませんか」
「今は休むのよ」
「マリアを・・」
マリアを呼んでくれと繰り返すアスカにアリサが折れる
アリサが治療室を出てから最初に入ってきたのはシーラやアレフでマリアは一番最後に入ってきた
「大丈夫痛くないアスカ君」
「まったく心配させるなよな」
「・・・悪い」
他にもパティから馬鹿といわれたりメロディに痛そうなのと言われたりした
現状の少ない体力がなくなる前にアスカはマリアを近くに呼び寄せる
「もう俺たちは止まれない俺とシャドウが再び会えばまた殺しあうことになる」
マリアはうつむいていた体をビクッと震わせた
パティがそんな大怪我してるのに何言ってるのよと言ってきたが黙っているよう頼む
「少しでもシャドウが気になるなら真っ直ぐ東の森に行けたぶんそこにシャドウがいる、俺たちを止められるのはお
前だけだマリア」
「わかった」
うつむいていた顔をあげ短く言葉を切ると治療室を出て行くマリア
リサやエルはマリアを止めようとするがアスカに止めないでやってくれと頼まれしぶしぶ了解した
「シャドウは誰も傷つけない、・・なにか理由があるはずなんだ」
今は喋ると言う行為自体大きく体力を消耗する、再びアスカの意識は途絶えた
 
 
 
「真っ直ぐ東、真っ直ぐ東」
マリアは馬鹿正直にアスカに言われたとおり森に入ってからも真っ直ぐ東へと突き進んでいた
アスカがたぶんと言っていたが一片の疑いも持たず信じていた
ただ真っ直ぐ東を、前だけを見ていたのはまずかった
薄暗い森の中足元をみずに走っていたため何かにつまずいて転ぶ
「痛った〜・・ってシャドウ!」
シャドウが黒い服など着ているからわからなかったのだ
意識が無いのか腹を押さえまるまるように倒れている、ここでマリアはおかしなことに気づいた
速くてよく見えなかったがアスカは一度もシャドウのお腹を攻撃していないはずなのだ
恐る恐るシャドウの上着を脱がすとあの時のドラゴンと同じようにお腹に穴が開いていた
酷い出血に慌ててマリアは回復魔法を施す、自分では止血程度しか役に立たないがやらないよりはマシだ
「・・痛ぇ」
しばらくして意識が戻ったのか痛みを訴える
それでも黙って治療を続けるマリアにどうしていいかシャドウから話しかける
「なんで何も聞かないんだ」
「話してくれるの待ってるんだけど」
「厳しいこった」
睨んできたマリアにはぐらかそうと笑ったシャドウだが次のマリアの行動に慌てた
マリアが治療を中断してしまったのだ
「おいおい、治療してくれるんじゃなかったのかよ!」
「だったら話して」
ゆっくりと本当にゆっくりとシャドウが話し始める
「誰も傷つけたくなかった、あのドラゴンも俺の式神だったかりそめの命さ」
式神なら魔法の授業で聞いたことがある
使い魔とは少し違い術者の命令に従うが式神のダメージは術者のダメージになる遠い国の魔術だ
「でも結局あのときお前を泣かせちまったな」
痛みに顔を歪ませながらも笑うシャドウ
「なんでそこまでアスカを狙うの、シャドウにとってアスカは何なの?」
「・・俺とアイツは元々同じ一人の人間だった」
どういうことなのかあっけにとられたマリアは一瞬治療を止めかけてしまうが慌てて治療を続けた
「事の始まりは十年前ある事件がきっかけでアスカの魂が欠けた、実際に何があったかは俺も良く知らないがその魂
の欠片が俺の元となった」
「同じ人間なのに・・」
「言いたいことはわかるが、同じ人間それが災いした」
マリアの言葉は最後まで聞かずともシャドウには理解できた
何故自分を憎ませようとしたのかと
「きっかけはただの好奇心だった、俺を育ててくれた爺さんに俺にはもう一人同じ魂を持つものが居ると言われアス
カを探し出した。最初は一人で旅をするアスカを遠くから見てるだけだったけどエンフィールドに来てからアスカ
は他人に心を開き始めた、急激に魂の許容が広がりだしたんだ。俺は俺とアスカの魂の繋がりが怖くなった、この
ままじゃいつか自分はアスカと一つになるんじゃないかって」
シャドウの独白は止まらなかった
自分が抱える不安をぶちまけるように喋り続けた
「だからアイツに憎まれようとした、アスカが俺を憎めば・・・拒絶すれば俺はずっと俺のままで居られる。俺はシ
ャドウのままで居られるんだ」
段々と小さな声になっていくシャドウ
マリアはしばらく黙ったままで居た後シャドウの体をゆっくり起こすと肩を貸してやりシャドウを立ち上がらせる
「どうするつもりだ」
「どうするも何も病院に連れれくの、マリアの魔法じゃ止血はできてもこんな重傷治らないもん」
病院にはアスカが居るはずだから逃げようかと考えるシャドウだがこちらを見てくるマリアの真剣なまなざしにその
考えを中断せざるをえなくなった
「マリアには魂とかその繋がりとか難しいことはわからないけどきっと大丈夫だよ、ちゃんとアスカと話してみよう
よ」
マリアの突然の台詞に一瞬キョトンとした顔になるシャドウ
「アスカはアスカ、シャドウはシャドウちゃんとアスカと話して互いが互いを一人の人間として認め合えば魂の繋が
りなんてきっとなんとかなるよ」
しばらくすると腹の底から笑いがせりあがってくる、可笑しかった猛烈に
「はは・・痛ぇ・・・あははっでも笑える」
「ちょっと何よ私何か変なこと言った?」
「はは、なんでそんな簡単なことでいいのか」
いきなり笑い出したシャドウにマリアは何の事だかわからない
「天才だよお前は」
全身に痛みが走る中無理をして片腕をマリアの頭に乗せポンポンと二回叩く
マリアは子ども扱いされたような気がしないでもないが嫌な感じはしなかった
そんなことよりも初めて見るシャドウの笑顔がととても嬉しかった
 
 
 
クラウド医院のとある病室の一室には重傷者の二人が怪我とは全く関係ない緊張感を持っていた
重傷者のはずの二人がベッドを椅子代わりに向かい合っている
先ほどまではマリアがシャドウを連れてきたことでリサやアレフが反発したがどうしてもとマリアが場を沈めた
今はアスカも怒りを静めシャドウの話を聞いていた
「言いたいことはそれで全部か」
「いやまだまだ残っている」
聞かされたのはあの時のドラゴンが式神であの台詞と行動は芝居であったこと
かりそめの命であっても命を冒涜した事は許せないがあの時より怒りは薄れていた
「俺は・・」
そのままシャドウがためらうように黙り込む
「何をためらってるのよ、今言わなきゃ何にもならないじゃない」
聞こえないだろうがマリアの小声な声援、こっそり病室を覗いていたのだ
覗いているのはマリアだけでなくシーラやパティたち、アリサまでもトーテムポールのように顔を積み上げていた
「何を言うつもりだ?」
アレフの台詞に応えられるものはおらずトーテムポールの視線がマリアに集中する
マリアは手に汗握ってはやく、はやくとせかしている
気になって尋ねたのはアリサだ
「マリアちゃんシャドウ君は一体何を言うつもりなの?」
「何ってシャドウがシャドウだって、シャドウ・パンドーラだって」
一瞬だけだがその台詞に凍りつくアリサ、すぐにいつもの笑顔にもどっていたが
マリアはぽろっと言ってしまい、あっと声を上げたときには「えー!」っというみんなの叫び声が上がっていた
「シャドウがアスカの兄弟!」
アレフの叫び、もちろん病室にまで響いているだろう
「嘘!だって似てるかなって思ってたけど」
パティの叫び、これまた確実に病室に響く
「アスカ君!聞いた今の聞いてた?」
隠れているという自覚をなくしドアを開けたずねるシーラ、面と向かっているのだから病室に響いている
アスカはきょとんとして、シャドウは病室のドアの方を見て乾いた笑いを浮かべている
マリアがごめんと手を合わせているが効果は限りなく薄い
「俺はシャドウ・パンドーラお前の魂の欠片、だけど俺は俺シャドウだ」
シャドウは気を取り直しアスカの正面から見ると自分の思いをぶつける
一部理解できない所はあったが本人がパンドーラと名乗ったため一時騒ぎが収まりアスカに視線が集まった
しばらく時が止まったように動かないアスカだが包帯だらけの体をゆっくり立ち上がらせる
病室のベッドの間の距離はほとんどなくシャドウの手前一歩で足を止め口を開いた
「んなこと当たり前だろうが、わけわかんねぇこと言ってないでなんであんなことしたか言え!!」
ごきっとすさまじい音がし頭を殴られたシャドウはベッドに沈んだ
当たり前とはシャドウがシャドウであること、そしてわけがわからないとは魂のかけらだということ
マリアと違ってアスカはシャドウの話をほとんど聞いていない、すべては話の順番を狂わせたマリアのせいなのだが
アスカがそれを知るはずも無い
シャドウが気を失ってしまったためどうしようもなくなったこの場で全てを知るマリアがしかたなくアスカに全てを
話した
「ふ〜ん、大変だったんだなぁ」
とりあえずアスカの第一声はそれだけで割りとあっさり受け入れ、シャドウを殴ってしまったことにすまんと一言付
け加えた
それだけかと突っ込んだのは一人や二人ではなかった