悠久幻想曲  月と太陽と

 

嫌だもう忘れたくなんかない

 

                      そのせいでこの先どんなに悲しくても

 

                         どんなに辛いことがあっても

 

                          もう忘れたりなんかしない

 

                           だって忘れてしまったら

 

                           もっと悲しくて辛いから

 

                           ーマリア・ショートー

 
 
                                              
悠久幻想曲
 
               第十四話 課外授業
 
山道の先頭を歩くアスカは後ろを振り向くとそのまま後ろ歩きを続け口を開く
「まあ街の外の歩き方って言っても難しいことなんて何もない、雨の日は出ない、一人では出ない、食料や薬草は大
目に当たり前のことを当たり前にすることだ」
アスカは目の前に居るエンフィールド学園の生徒たちに説明するが真面目に聞いているものが何人居るだろうか
どうみても少女たちの目はほかの事を聞きたがっている
「先生質問〜」
「えっと、なにかな」
生徒たちの中から元気よく手を上げた少女の名前はわからなかったが指名する
「シェリルと付き合ってるって本当ですか?」
「はぁ」
「え〜トリーシャと付き合ってるんじゃないの」
相手の意図が見えず生返事を返したアスカを無視して色々な意見が飛び交う
もちろんすべて身に覚えのないことだが出るわ出るわ誰それと付き合っているという言葉が
収拾がつかなくなったアスカは後方でシーラ達と歩いているアレフにひそかにブロックサインを出す
(もう無理!アレフ変わってくれ)
(情けねえ奴だな、だがこっちも望む所だ)
完璧な意思の疎通を行うと後方に居たアレフがアスカが居る先頭まで走ってくる
「またせたな子猫ちゃん達ここからはこのアレフ・コールソンが案内役を務めようじゃないか」
ポーズを決め歯をキラリと光らすアレフに対して少女達が歓声を上げる
一応仕事できているのだが、まあ自分があの中心に居るよりはいいかとアスカはこそこそとシーラとクリスとリサが
居る後列のほうへと歩いていく
「はぁ〜なんで女の子ばっかなんだ?普通こういうことって男のほうが知りたがるだろう」
全体を見渡すとどう見ても女の子が九割以上を占め男は点々としているだけだ
「アスカ君ってもてるのね」
せっかくあの姦しい集団から離れられほっとしたのにシーラから発せられる棘に一瞬また先頭に行こうかなと考える
「そうでもないと思うよシーラさん」
助け舟を出したクリスが言うにはエンフィールド学園の生徒は寮住まいが多く街の情報に飢えているとか
そのおかげでトリーシャのような現地の生徒が情報源となって様々なうわさが飛び交うのだ
そしてアスカが持った疑問についてはクリスは口にしなかった
アスカ、アレフそしてここには居ないが自警団のアレンとエンフィールドのいい男三人衆が護衛としてついてきてい
るのだ
女の子がそんなおいしいイベントを見逃すはずもなく、かといってここには男子生徒のマドンナ的なシーラも居るの
だがまさかお嬢様のシーラが山歩きに参加するとは思わなかったのだろう
「クリス校長にはこんど学園に直接講義しに行くからとでも言っといてよ」
「ごめんねアスカ君、校長先生から言ってきたことなのに」
今回の課外授業は学園の校長からクリスを通して依頼があったのだ
旅慣れたアスカに街の外の歩き方を実際に歩きながら講義して欲しいと、だが結果はこのありさま
生徒の講義を依頼するぐらいだから校長もアスカの無実を信じているのだからありがたいがこればっかりは勘弁して
欲しい
「でもよかったのかい坊や、今回の依頼は護衛も入っているんだろ」
「別に街の外を歩くぐらい大丈夫だろテリトリーにさえ入らなきゃ好き好んで襲ってくるモンスターも居ないよ、そ
れよりマリアはどうしてる?」
「マリアちゃんならあそこ、シェリルちゃんとトリーシャちゃんが付き添ってるけどやっぱり元気がないみたい」
シーラが指差した先には心配そうにマリアに色々と声をかけているシェリルとトリーシャの二人
ここ数日、正確にはあの大雨の日からずっとマリアは元気がない
「今日晴れて良かったよね、最高のハイキング日和だよ」
「うん」
普段以上に明るくマリアに声をかけるトリーシャだがずっと変わらない同じようなマリアの受け答え
今日の課外授業もマリアは気が進んでいなかったのだがトリーシャとシェリルがどうしてもと誘うから仕方なくきた
だけなのだ
気が進むはずない
「マリアちゃん大丈夫?なんだか調子悪いみたいだけど」
「大丈夫」
心配そうに覗き込むシェリルにも端的に答える
なんでこんなに心が沈むのか考えるまでもないシャドウだ
会った事ないはずなのにある日いきなりいきなり知っていて、それからずっと自分の心に住み着いてる
普段は自分を避けるくせに危ない時は助けてくれてわけが解らない
「ねえマリア」
いい加減一人で考えにふけりたいのに声をかけてくるトリーシャとシェリルに何かを言おうと顔を上げたとき森の中
に居た人影と目が合い足が勝手に止まってしまう
マリアの足が止まったことに対し不審に思った二人が声をかけようとするがその前にマリアが走り出す
一瞬だったけど間違いないそう思った瞬間にマリアの足は動き出していたのだ
「ちょっとマリア何処行くのよ」
「マリアちゃん」
二人の声にも反応することなくマリアは森の奥へと走って行ってしまう
事情はよくわからないが森の中に女の子が一人では危ないとおもった二人はすぐにアスカのもとに走り出した
「アスカさんマリアが」
「アスカさん」
「わかってるトリーシャもシェリルも普段どおりにしてろ無駄に騒がれたくない、マリアのことを聞かれても早退し
たとでも言っとけ。リサここは任せたからな」
「わかったから行っといで坊や」
マリアが突然走り出したのはアスカも見ていた
おそらく原因はシャドウだろう、以前他人を利用はしても巻き込まないと言っていたから安全だとは思うが
それでも確実とは言えない為アスカはマリアを追って森の奥へと走り出した
 
 
慣れない森の中を走る中マリアは何度もシャドウを見失いそうになったがまるで誘い出すように必ずマリアの視界の
どこかに居た
「待ちなさいよシャドウ」
だが必ず視界のどこかに居る割にはなかなかシャドウに追いつけない
森を走っている時に草で切ったのか腕から小さな痛みが感じられるがかまわず走り続ける
その思いの原動力は一つ、理由はわからないがシャドウがやっと自分から姿を見せてくれたのだ
このチャンス逃すわけには行かなかった
足が震えるほど走り続けるとちょっとした広場なのか視界が開けそこにはシャドウが居た
「はぁ・・やっと・・・追いついた、ねえもう逃げないでよ」
息も絶え絶え一番最初に告げたのは逃げないでという言葉
「私の話を聞いてよずっとあの日のことお礼が」
「もういい」
あせっているのかうまく言葉が繋がらない
一生懸命思いを伝えようとしているとシャドウがマリアの言葉ををさえぎって口を開く
「もういいんだマリア、もう何も悩む必要はない」
シャドウが何を言っているのかわからず口を開こうとしたが言葉が出ないそれどころか体も動かない
近づいてくるシャドウそしてその手にはどこかで見たことのある一枚の札
「全てを忘れればもう悩まなくていい、泣かなくていいんだ」
(忘れる?なにを、シャドウのこと?前にもこんなことが)
優しい声でさとしてくるシャドウだがマリアの心中は激しく揺れていた
そして自分の額に札が張られることで意識が遠ざかるがマリアは完全に意識を失う前に唇をグッと噛む
「ごめん」
その言葉を最後にマリアの意識は途切れマリアはシャドウの胸の中に倒れ込んだ
もう一度シャドウはごめんと言うとマリアのスカーフをほどきその場においてマリアと一緒に姿を消した
数分後アスカがその場を訪れるがマリアのスカーフを発見するとすぐに山道を戻り自警団へと駆け込んだ
 
 
 
「だからマリアが居なくなったんだよ、捜索隊を出せ」
「犯罪者の言うことが信用できるか俺達自警団を街から追い出して何するつもりだ」
一人では探しだすこともできないと自警団に駆け込んだのはいいが難航していた
頼みのリカルドは出張中今事務所を預かっているのはアルベルト、アスカの焦りが伝わらない
「なんでもいいから捜索隊を編成しろ手遅れじゃまずいんだよ」
「黙れ犯罪者聞く耳もたん」
「ああもういい、一人で探す!」
諦めたアスカは事務所のドアが壊れそうな勢いで閉め出て行った
二人のやり取りを見ていて心配になったのか一人の自警団員がアルベルトに進言する
「いいんですかアルベルトさん」
「いいわけあるかすぐに人員を集めろ捜索隊を編成する」
「え・・」
「いいから行け!」
先ほどとは正反対の発言に対し呆然とした自警団員だがアルベルトに怒鳴られると急いで人員を確保しに走り出す
「俺って嫌な奴にみえるんだろうな」
詰め所の受付の部屋で一人になるとため息と共にアルベルトはつぶやく
それは先ほど怒鳴った自警団員に対してもそうだがアスカに対しての思いのほうが強い
普段アルベルトはアスカを犯罪者呼ばわりしているが大抵の街の住人同様アルベルトもアスカを犯人だとは思ってい
ない、当初は自分の憧れの人のところに転がり込んだことで恨みもしたがそれがずっと続くほどアルベルトも性根が
曲がっていない
ただアスカを受け入れられない理由はただの住人と違い自分が街を守る自警団であること、情に左右されてはいけな
いのだ
「アルベルトさん他の部隊からも人を借りましたがおよその人数は整いました」
「よしわかった指揮は俺がとる」
先ほどの団員が戻ってきたことで思考を中断し動き出した
元々アルベルトは考より動くほうが得意なのだ、ウジウジ考えているよりはこっちのほうが彼らしい
 
 
 
一方自警団を飛び出したアスカといえば途方にくれていた
アルベルトに一人で探すとは行ったもののシャドウのいそうな場所などさっぱり知らない
いつも現れるのは向こうからでこちらから出向いて会ったこともない
「でもいまさら自警団にはいけねえし」
困ったと道のとおりで首をひねっていると不意に服のすそが引っ張られる
引っ張っていたのは少年だった
「お兄ちゃんこれ」
少年が差し出したのは一枚の紙切れ
ただそこにはマリアの家へ行けとだけ書かれていた
「これ渡したのってどんな奴だった?」
「ん〜っと目隠ししたお兄ちゃんだったよ」
アスカはそうかとだけ答えると少年に硬貨を握らせてやる
少年はそれを握り締め走っていくとすぐそこで手を振ってきたのでアスカも手を振ってやる
どう考えてもあの少年が言った目隠ししたお兄ちゃんはシャドウしか思い当たらない
だがこの伝言の意味がわからずアスカは言われるままに行動するしかなかった
 
 
 
顔見知りであるマリアの家の執事に事情を話すととりあえず向かったマリアの部屋
部屋に鍵は掛かっておらず入るとベッドにマリアが横たわっていた
規則正しく胸は上下しておりほっとする
「マリア起きろ」
「う・・」
ただ単に寝ているのか気絶していたのか解らないが体を揺さぶるとうめく
もう二、三度揺さぶるとマリアは目を開けゆっくりと体を起こす
「アスカ、私なんで部屋に・・痛っ」
何があったのか覚えてないのかぼけっとしていたマリアがふいに口元を押さえはっとする
すでにマリアの視界からアスカは消えており懸命に何かを思い出そうとしている
「口が切れてる、・・・シャドウ?」
「マリア?」
「覚えてる、アスカ私忘れてないちゃんと覚えてるシャドウの事も初めてシャドウに会ったときのことも」
少し興奮気味にアスカの手をとるマリア
よくわからないがシャドウが忘却の符を使おうとしたが失敗したのだろう、弾みで忘れさせていたことまで思い出し
てしまっている
「アスカ私ちゃんとシャドウと話がしたい、しなきゃいけない気がするの」
「つってもシャドウの居場所なんてわからねえぞ」
「解らなかったら探せばいいじゃない、お願いアスカ手伝って」
できれば一度クラウド医院で検査を受けてもらいたい所だが必死に拝み倒すマリアにアスカは根負けする
「解ったけど無理はするなよ、立てるか?」
「ちょっときついけど頑張る」
マリアに肩を貸し歩くのを手伝ってやり歩かせる
だが玄関まで歩いた二人を待っていたのはシャドウではなくアルベルトが指揮する自警団員であった
ざっと見て十人はいるだろう、殺気立つというかある種の緊張感が生まれている
「令嬢の確保!」
アルベルトの命令で数人の自警団員が呆然としていたアスカからマリアを引き離し連れ去る
「何のつもりだアルベルト」
アルベルトはアスカの言葉を無視して奪取したマリアに向き合う
「マリア・ショートさんあなたは今は課外授業に向かわれているはずですが・・何故ここに?」
「何故ってそれは」
アルベルトの彼らしくない言い方も不審に思ったがそれ以上に今はシャドウのことは言えない
マリアが口ごもったことで確信を持ったのかアルベルトが次の号令をかける
「ショート財団の令嬢誘拐未遂の現行犯として逮捕する、被疑者確保」
「ちょっと待ってよなんでアスカが」
マリアの制止で自警団員が止まるはずもなくすぐにアスカは地べたに引きずり倒され両腕を後ろに回される
「タレ込みがあったんですアスカが貴方を誘拐しようとしていると、事実あいつは自警団に捜索願を出して間もない
時間で貴方を見つけ出し連れ出そうとした。おかしいとは思いませんか」
「おかしくなんかないよだって私をここに連れてきたのは」
それ以上はマリアには言えなかったシャドウの事を言えばシャドウが疑われるでもアスカを見捨てることもできない
涙を浮かべ違うと訴えるがアスカは手錠をかけられ連行されてしまう
「マリア今日はもう部屋を出るな絶対にだ!」
「喋るんじゃない、お前達早く連れて行け」
マリアにできることは何もなかった
できることと言えば連れて行かれるアスカが最後にはなった言葉だけ
マリアはすぐに涙を拭くと心配するメイドや執事を振り切って自分の部屋に駆け込んだ
 
 
 
暗く湿った牢屋はこれで二度目アスカは瞳に怒りをにじませてある人物を待つ
『本当に来ると思うか』
「間違いなく来るよ、全てがうまくいったと思ってね」
アスカが待つ人物は全てを仕組んだシャドウだ
拳を握り締め怒りを充填させる、シャドウは俺に自分を憎ませるためにマリアを利用した
それはかまわないが唯一つ許せないのがマリアを泣かせたことだ
「よう、どうだ牢屋の居心地は」
アスカの予想通り現れたシャドウの顔は笑っていた
それがさらにアスカの怒りを買う
「俺言ったよなマリアを泣かせるなって」
「あの嬢ちゃんから俺に関する記憶は全部消した、泣くはずないだろ」
「覚えてるよマリアは全部お前に会った事お前がしてきたこと」
アスカの言葉でシャドウから笑みが消える
「シャドウ、マリアに会ってやってくれ別に話さなくていいただ聞いてやるだけでいい」
アスカの言葉に何も答えることなくシャドウは姿を消す
馬鹿正直にマリアのところに行ったのかそうでないかはわからない
ただマリアの泣き顔を思い浮かべると自然に嫌な気持ちが心にたまる、それは忘れてしまった記憶の中の誰かなのか
無いはずの記憶の中で少年が叫ぶ泣かないでと
 
 
 
アレから自室でじっとベッドに座っていたマリアはふと人の気配を感じ顔を上げる
どうやって入ってきたのか目の前には望んだ人がシャドウの姿があった
「やっと話聞いてくれるんだ」
「お前記憶が」
「覚えてるよシャドウに初めて会ったときのこと、シャドウが優しくしてくれたことも。この前のこともありがとう
助けてくれて」
そのまま沈黙が訪れる
マリアはようやくシャドウを捕まえても何を話せばいいのかわからず
シャドウも迷っていた再びマリアの記憶を奪うかどうかを
「また私の記憶を消す?」
迷いを読まれたことで身じろぐシャドウ
「消してもいいよ、また思い出すけどね」
そういって笑うとマリアは一息つく
「何度消されても私は思い出すだって忘れたくないからもう泣きたくないから・・でも私はアスカと友達だから、だ
から私はアスカの味方ごめんね」
再び笑ったマリアを見るとシャドウは無言のまま姿を消しマリアも追わなかった
ようやく胸のつかえが取れたのかほっとするマリアだが自然と涙が頬を伝う
「おかしいなもう泣かないって決めたのに」
流れる涙を両手で拭い無理やり止めるとマリアは立ち上がり部屋を出て行く
アスカの濡れ衣を晴らすために父の力を借りるために