悠久幻想曲  月と太陽と

 

                            いい奴だよアスカは

 

                            ちょっと無愛想だし

 

                        探検しようとすると止めてくるけど

 

                            いい奴だよアスカは

 

・・・・

 

                            考え直して良いかな?

 

                             ーピート・ロスー

 
 
                                              
悠久幻想曲
 
             第十二話 調教師
 
カッセルじいさんの家へ用事で出かけた時の帰り道クラウンズサーカスの前を通ると水の入ったバケツを
抱えて歩いているピートが目にはいる
水を入れすぎなのかピートが慌てているのかバケツの水が飛び散って服にかかっていた
「何慌ててるんだよピート」
「アスカじゃん、実はライオンの一匹が腹壊しててさ世話してるんだ」
普段誰かが慌てても声を掛けることの無いアスカだが何かがひっかかりピートに話し掛け付いていく
「世話ってお前動物担当じゃないだろ」
「いつもの調教師が今怪我で居ないから俺が世話してるんだ」
そのままピートについて行くと檻から出されたライオンがねそべっておりそこにエルがついていた
「エルなんかわかったか?」
「下痢にさっきから何か吐き出そうとしてるから何か飲み込んだんじゃないかと思うんだけど」
「ライオンに聞いてみれば早いんじゃないか」
アスカが助言したことでようやくここにアスカが居たことに気付いたエルだがすぐさま馬鹿にしたような
声でアスカの案を跳ね除ける
「エルフだからって完璧に動物の言葉がわかるわけじゃないんだよ、ひっこんでろ」
アスカはエルの言葉に何も返さず寝そべっているライオンの前に座り込み右手を差し出す
その行動にエルは焦ったが辛そうだったライオンは唸りを上げアスカを威嚇するがアスカの目を見たとた
んに唸るのをやめ仰向けになり腹を差し出す
「そう・・敵じゃないよ」
アスカはそう呟くとライオンの腹をあちこち触るとある点で手を止めると懐から赤い石を取り出す
それは先日ホワイトに呪いの石と嘘をついて埋め込んだあの石だ
その石はライオンの腹におくと半分ほど埋まりアスカがとんっと勢いをつけると完全に埋まった後すぐに
浮き上がってきた、そしてその石の中にはゴムボールが包まれていた
「よし、これでもういいな」
そう言ってアスカは立ち上がると赤い石をピートに投げてわたす
「このゴムボール食べたから腹痛なんかしてたんだよ」
「あ・・石の中にボールが入ってる」
試作品ではあるがこれが本来の使い方で、本当は幼児が物を飲み込んだ時用のマジックアイテムなのだ
「それよりちゃんと餌やってるのか?腹へって間違ってゴムボール食べたって言ってるぞコイツ」
その言葉を聞くと何か心当たりがあるのかピートの顔が険しくなる
「やれやれ何を騒いでいるかと思えば、そんなライオンを心配しているとは」
一部始終見ていたのか呆れた様子で現れたのは黒ではなく赤いタキシードの男でピエロだろうかおどけた
雰囲気が何処と無くまとっている
「お前!餌やってないってどういうことだよ」
その男を見た途端いきなり殴りかかろうとしたピートをアスカが慌てて止める、襟首を掴み持ち上げた
ピートは止めるなアスカと叫んでいるがエルもアスカも何がなんだかわから無いため放す訳にも行かない
「従わなかった動物にお仕置きを与えるのは当たり前ではないか、それが原因で体調を崩しても自業自得
ではないか」
今度はその言葉に納得できないエルまでもがきれて男に詰め寄ろうとするがアスカに止められる
男は理解されようがされまいが関係ないとばかりにその場を去っていくが、二人を止めたアスカは二人の
怒りをうけることになった
「何でとめたんだよアスカ!」
口で責めてくるピートより無言で睨んでくるエルの方が怖かったのだがなんとか弁明を試みるアスカ
「落ち着けよ二人とも、エルや俺はあいつを殴っても平気だけどピートお前はどうするんだよ騒ぎを起し
てサーカス追い出されたら困るだろ」
それでもピートは追い出されるぐらい平気だと言ってくるがその場合アリサがピートを引き取り無理をさ
せることになると言ってやるとようやくピートは落ち着きだした
「あいつは怪我した調教師の臨時なんだけど、芸の練習も動物を物みたいに扱って気に入らないんだ」
「それで怪我した調教師はいつ帰ってくるんだ?」
一週間ぐらいだと答えこれからのことを心配そうにしているピート
腕を組み少し考え込んだ後アスカは手をポンと打ち付けるとピートとエルを呼び寄せ耳打ちをした
「追い出したいならいい考えあるけど乗るか?」
ピートとエルはためらいもせずアスカの言葉に頷いた
 
 
 
「なあ団長頼むよ、俺達とあいつとで勝負させてくれよ」
ピートはアスカに言われたとおりにサーカスの団長にじか談判をしていた
アスカがピートに頼んだのはあの調教師との調教師としての権利をかけた勝負をとりもち団長に認めさせ
ることであったがなかなか難航している
「いくらなんでも無理だお前たちに動物が扱えるわけが無い、1週間の辛抱じゃないか」
団長も調教師のやり方は快く思っては居ないが他に頼めるものが居ないのだましてや素人に任せるのは今
の状況以上に心もとない
「大丈夫だって、アスカは動物の言葉がわかるしエルフのエルもいるんだ」
そうピートが力説するが困り果てている団長だが思わぬ所からピートに援助の手が差し伸べられる
「良いではないですか、私は一向に構いませんよ」
そう言って団長のテントに入ってきたのは先ほどの調教師であり一部始終を聞いてしまったことを詫びる
「ほらコイツもそう言ってるし良いだろ団長」
ここぞとばかりにごり押しするピートにしばらく団長は考え込んだ後仕方ないとばかりに了解をだすが条
件も出してきた
「解った、勝負は明日の昼ライオンの火の輪潜りだけだただし審査は私がする」
ピートはその言葉を聞くとさっさとテントを出て行ってしまう
団長はそんなピートを見てため息をつく
「ピートの奴がすまないねクライス君、本当にいいのかね?」
「まあメリットは欲しいですから条件次第ですが、ピート君の言葉が興味深かったものでね」
クライスは嫌な顔せず団長に言うとその後現れたアスカと団長と話し合いクライスが負けた場合調教師と
しての権利をアスカに譲り、アスカが負けた場合一週間無料でクライスを手伝い調教のやり方に口を出さ
ないことを決定した
 
 
 
「・・・これでよしっと」
その夜アスカは相手の調教師、クライスの操る予定であるライオンの所に来ていた
勝負は急で明日なのだがアスカはろくに練習もせずにエルにはある事を言付けてトリーシャとローラの所
に行かせた後帰らせ自分だけはサーカスに残っていた
ピートは既に自室で眠っている
「何をしているのかね?」
「あ・・え〜っと、対戦相手を見にちょっとね」
そろそろ引き上げようかと考えていた時不意に声を掛けられる
声を掛けてきたのはクライスで少しやばいかなと思いつつ返答するアスカ
「少し話がしたいのだが寄っていかないかね」
アスカの言葉をそのまま受け取ったのかどうかは解らないがアスカはクライスの言葉に頷き彼のテントへ
とついていった
「まあそこにかけてくれ今お茶を入れよう」
前日に自分の操るライオンに近づいたことに怒っているわけでもなさそうだが自分を呼んだ意図がわから
ず少し困るアスカ
どうしようかと考えているうちにクライスがお茶を入れて自分の前に差し出す
「まあそんなに硬くなることは無いよ、私のやり方をよく思わない人は多いし慣れてるよ」
「硬くなってるつもりは無いけど何で俺を招いた?」
アスカは直球で要件を聞く
「君は動物の言葉がわかるそうだね」
特に隠していることではないのであっさり頷くアスカにクライスはそうかと小さな声で呟いた後おもむろ
に立ち上がり使い込まれた鞭を持ってくる
「これは私の友人の物だ・・一つ昔話をしようか」
真剣な顔でクライスが話し出したので止めるわけにも行かずアスカは大人しく聞いた
クライスの話はとあるサーカス団にいたころのピエロの自分と調教師の話であった
ただ調教師が動物の言葉がわかるという一点を強調していた
「当時は私も信じていたさ、彼は動物を信頼し友達だといってたさ」
そう言って一息つきクライスはお茶で喉を潤す
「しかしそれは幻想、ただの思い込みだった。彼は食い殺された・・彼が一番信頼し友だといっていたラ
イオンにね。それ以来私は彼の鞭を使い動物を共としてではなく従える道具として接してきた」
アスカは特に相づちをしたりせず視線を一定にして聞き入っていた
「動物の言葉が解ると言う君は危険だ、動物の言葉なんて解ったつもりで居るだけで何も解ってはいない
ただの思い込みなんだ」
段々と熱く語りだしたクライスが語り終えるのを見てからアスカは口を開いた
「一応忠告は受けておくよ」
それだけ言うとアスカはテントを出て行く、クライスも特には引き止めなかった
テントを出た後なんとなく夜空を見上げたアスカはぼそっと呟いた
「作戦変更かな」
 
 
 
「おいアスカなんかめちゃくちゃ人が集まってきてるぞ」
正午の少し前ピートは公演用のテントを覗きその人の集まりの異常さに気付いていた
テントはほぼ満員に近く普段の公演に近い人数が集まってきていて今は団長がお客への挨拶をしている
「ピートお前人の話聞いてたのか?昨日俺がエルに話が広まるように頼んどいたんだよ」
「そうだっけ?」
アハハと笑うピートにため息をつくアスカとエル
「それは良いからもうすぐ出番なんだ二人とも衣装に着替えろよ」
二人に衣装を渡してやるとピートはわかったと言ってすぐ着替えに行ってしまうがエルはわたされた衣装
を見て固まっている
「まさかこれを着ろというのか」
「当たり前だろ、俺たちは三人でやるんだから」
そうれはそうだなと言っては見るものの本当にサーカスの女性が着ていそうなキラキラの衣装を着ている
自分を想像してみると死ぬほど恥かしがるがしぶしぶ着替えに行くエル
「なかなか本格的にやるつもりだね」
「まあ格好ぐらいはちゃんとしないと誤魔化せないからね」
はたで見ていたクライスはエルとピートが居なくなったことでアスカに話し掛けてきた
どうも二人は自分を敵視しているがアスカはそんなこと無いようで気安く話せれるのだ
「誤魔化すも何も審査するのは団長だよ」
「それでも客は見てるさ」
アスカの言った意味がわからなかったが団長がマイクで二人の名前を叫んだのでお客への紹介だろう二人
は間に合わなかったエルとピートを置いて公演用のテントへ入っていった
 
 
 
「それでは本日の主役の二人クライス・ディとアスカ・パンドーラの入場です!」
クライスとアスカは観客に手を振りながら団長の居る中央へと歩いていく
孤児院の子供やジョートショップの皆を客席に見つけたのでアスカは特にそっちに手を振ってやる
「それでは本日のルールを説明いたします、彼らが賭けたのは調教師としての一週間です、クライスが勝
てばアスカはその助手にアスカが勝てばアスカが調教師になります」
団長の言葉でざわつく客席、サーカスでイベントがあるとしか聞いていないものは驚きだろう
「それでは先手クライス・ディ準備をどうぞ」
団長の宣言でアスカはふちに引っ込みクライスはアスカに向かって宣言する
「見せてあげますよプロの技を」
 
 
 
火の輪が用意され運ばれた檻から一匹のライオンが運ばれて檻が空けられる
クライスが鞭を一度鞭を鳴らすとライオンは大人しく決められたスタートラインについた
「ゴー!」
再び鞭が鳴らされるとライオンが走り始め一つ目の火の輪を飛び越える
一つ飛び越えるごとに鞭がなり再びとぶその繰り返し
「まあ見事なもんだなぁ」
「お!もう始まってるじゃん」
声のほうを見ると着替えて戻ってきたピートと着替えてしまったのにまだ恥かしがっているエル
「・・感心するのは良いが大丈夫なのか」
「さあ?決めるのはお客だから」
なんとも不安ないいぐさだが言われたとおりにしているだけで作戦のほとんどは聞かされていないのだか
らそれもしょうがない
「まあちゃんと見とけ、最後の飛ぶみたいだぞ」
言われるままにクライスとライオンをみると最後の火の輪二連の前で止まっていて客席は固唾を飲んで静
まり返っている
そしてクライスはひときわ大きく鞭を唸らせるとライオンは走り出し大きくジャンプする
ジャンプは成功し大きな歓声がテントを包みこんだが子供の良く通る声が聞こえた
「ライオンさん可哀想だよ」
たったそれだけの一言だがクライスははっとしたようにアスカを見た、「客は見てる」それがどんな意味
があるのか
「バーカ、可哀想って鞭でも持ってなきゃ危ないだろ」
そしてまた聞こえてきた子供の声で困惑することになった
客を呼び込んだのはアスカなのだが今の言葉は完全にアスカに振りに働いてしまうからだ
だが困惑しているクライスに構うことなくアスカは準備をはじめ声を掛けた
「見せてやるよ素人の力を」
 
 
 
次はアスカの出番なのだがアスカはクライスが先ほど居た中央には行かずライオンが居た場所、芸のスタ
ートラインにて立ち止まる
立ち止まった少し後にライオンが運ばれてくる予定だったがアスカ達は檻に入れて運びはせずピートがピ
エロの格好でライオンを先導しその背の上には煌びやかな衣装に身を包んだエルが乗っていた
二人は観客に手を振りながら歩きそしてライオンをアスカの所にまで連れてくるとライオンを引き渡す
「さあ出番だ・・行くぞ」
アスカは軽くライオンの頭をなでると走りだした
ライオンはアスカについて走りアスカが火の輪の手前で手を叩き合図をだすとそれにあわせて飛び越えた
そして順当に火の輪をくぐらせていく
そして最後の火の輪の手前で一度ライオンを止めもう一度頭を撫でてやる
「これで最後だからがんばってくれよ」
ライオンはアスカの言葉にグルゥと唸って答えると走り出し最後の火の輪二連を飛び越えた
が少し距離が足らなかったのか後ろ足がひっかかり火の輪がぐらつくがそれだけで倒れはせず一応成功は
したようだ
アスカの元にすまなそうにライオンが戻ってくるがアスカは笑ってライオンを撫でてやる
「最後は惜しかったがよい演技だったよ」
「しょうがないさ」
戻ってきたアスカにクライスは素直に賛辞の言葉を述べる、ライオンはエルとピートに任せて檻へ連れて
行ってもらっている今は団長の審査待ちだ
そして調度二人がもどってきたところで結果が決まったのか団長がマイクを持ってステージの中央へと歩
いていき簡単な挨拶をもう一度し結果を発表した
「この勝負クライス・ディの勝ちといたします」
団長の言葉にテント内がどよめく、単純にクライスの勝ちが当然と思う者、不服に思う者色々だ
「確かにアスカ君は素人ながらすばらしい演技をしクライス君と互角に近い演技だった、だがいくら信頼
しているとはいえ何も持たずに演技したのが最大の敗因だ」
「そりゃそうだ」
「何納得してるんだよアスカ!負けちゃったじゃないか」
あっさり納得してしまうアスカにピートは驚いた後に食って掛かるが意外にもアスカに助け舟を出したの
はクライスだった
「賭けは無効にして道具だといったことも撤回しよう、少し思う所がある」
その言葉にはピートやエルだけでなく団長までもが耳を疑った、アスカだけは驚きもしなかったが
だが条件があると言ったためピートは再び疑ったがその条件とは
「一つ教えて欲しい、君ならもっと確実に勝つ方法が取れたはずだなぜそうしなかった?」
その言葉には驚かされたがアスカの口からはもっと驚かされる言葉が飛び出てきた
「最初は女子供だけを集めて情に訴える手とか演技してたライオンに襲わせる手とか色々あったんだけど
昨日の話を聞いたら・・ね」
そういいつつ他にも色々と使うつもりだった策略を暴露するアスカにみんなちょっと引いてしまう
「それじゃあの恥かしい格好は」
「ただのにぎやかしにきまってるじゃん」
エルのさりげない疑問にも律儀に答えてしまったアスカはしっかりと制裁が加えられることになった
 
 
 
せっかく観客が集まったということでクライスの提案で緊急公演が行なわれている
ピートはその手伝いをしエルとアスカはジョートショップの面々が居る客席に座っていた、ただアスカは
エルに数回殴られ客席に転がされているだけだが
「それにしてもにぎやかしはまずかったよな」
「気を利かせて華とか言うアスカはそれはそれで変よ」
「エルなんてにぎやかしで十分よ☆」
それぞれ勝手なことを言うアレフ、パティにマリア
エルは聞こえない振りをしてクライスの演技を見ている
際立ってと言うわけではないのだがクライスの演技は変わったように見える
先ほどは何かあるたびに鞭を振るっていたのだが今は必要最小限といった感じである
ふとアスカがクライスの考えを変えてしまったのかとおもったが皆に玩具にされている姿を見てすぐにそ
の考えを捨ててしまう
だがクライスが変わったことに変わりは無く、それに気付いた団長がクライスをサーカスに引き止め正式
採用となった