機動戦艦ナデシコ
ースリーピースー
第四十六話[戦うべき時]


トキアとブリッジとの通信は、こちらでも聞いていた。
アレが本当にドーリスなら、シャクヤクの近くでの戦闘は危険だ。

「俺がリーダー機を落とす。残りのドーリス、十機を頼む。」

通信はパイロット全員に送っているが、特にチームナデシコとチームアリウムのリーダー、ヤマダと新見に言う。
今度こそ、本当に最後の戦いなんだ。誰も死なせたくはない。

【了解です、隊長。】

【それはいいけど、実際どうするよコクト。数はこちらが上だが、ドーリスが相手だと・・】

ヤマダの珍しく弱気な発言に一瞬考え込むと、トキアからリンクがつなげられる。
初めての経験だが、言葉ではなく映像が送られてくる。こう倒せと。

「たしかにドーリスは有人機に比べて速いが、機械制御だからこその弱点もある。その正確すぎる動きは逆に、読みやすい。現時点での、最良の動きを感じてさばけ。」

【わかったぜ。行くぞお前ら!】

【ったく。弱気になってんじゃねえぞ。】

リョーコの突っ込みにへへっと笑うと、エステバリスを飛ばすヤマダ。

【私達も続きます。】

【ひさびさの出番だ。思いっきりやらせてもらうぜ。】

【夏樹、いっきまーす!】

【あっ、こら!勝手に行くな。まちなさーい!!】

勝手に飛び出して行った三村と紫之森、陸奈を、慌てて新見が追い、他のものも続く。
俺は月臣と白鳥にシャクヤクの護衛を頼むと、十機のドーリスを迂回して隊長機へと自機を飛ばした。
隊長機はトキアが乗っていたときとは違い、ドーリスとは少し概観に手が加えられていた。
その白銀のボディは、差別化をはかるためか頭部に一本の角が見受けられた。

「ドーリスのパイロットに告ぐ。すぐにシステムを止めて、母艦に帰れ。帰らなければ力ずくで止める!」

返答を期待していたわけではない。ただ、無駄な戦いは避けたかった。
俺の願いむなしく隊長機のバーニアが火を吹き、さらに上空へと飛んでいった。
その直後こちらをロックしたミサイルが、放たれた。
どうやら、帰る気はないようだ。

「そんなもの!」

発射された十二機のミサイルは、吸着地雷を投げ爆風でロックを無理やりはずす。
エステの右手に仕込まれているフィールドソードを構える。
そして爆煙に突っ込み切りつけるが、イミディエットナイフで防がれた。
何かすぐ反撃があるかとも思ったが、隊長機は慌てたように距離をとると、背中にでもつけていたラピッドライフルを取り出し、撃ち出してくる。
フィールドを最大にして受け流すが、ほとんどの弾はそれかすりもしなかった。

「挑発のつもりか?」

すぐに向かってくる気配は無く、ちらりと皆の方を見る。
お互いに撃墜も無く、どちらかというと苦戦している。

【隊長、おかしいですわ!】

【全然最良の動きじゃないよ。】

【どちらかというと・・・無謀ね。】

静音に続き、アマノとマキの通信が入ってくる。
どういうつもりだ。撃墜がないということは、素人じゃないはずだ。
なのに戦う気が無いように振舞っている。遊んでいるのか?

「敵の真相が見えない。みんな無理はするな。俺がすぐにでも隊長機をつぶす。」

了解と通信が入ってくると、俺は自機をドーリスの隊長機に向けて飛ばした。
俺が向かってくることに気づいた隊長機は、またさらに距離をとろうとするが、俺は自機を回り込ませる。
フィールドソードを突き刺そうとするが、今度は高度を上げ距離をとろうとする。
こちらに飛び道具は無い、何処までも追いかける。

「何を考えている。戦わないのなら、システムを止めろ!」

通信を送っても、返事は一切帰ってこない。

【隊長、深追いは危険だ!】

「このままシステムドーリスが動いている方が危険だ!」

八牧からの通信が入るが、構わず自機を加速させ追い抜きざまに片腕を斬り飛ばす。
わからない。本当に何を考えているんだ。トキアが北辰を相手にしている今、時間が惜しかった。
今度は逃げ回れないようにバーニアを斬りつけ、飛んでいるのがやっとの状態にする。
ほぼ無抵抗に近い状況で破損していく隊長機。だが、ドーリスは止まっていない。

「最後の警告だ。システムドーリスを止めろ!!」

十秒待っても、一分待っても返答はなく。俺も、もう待てなかった。
フィールドソードに最大出力でフィールドを纏わせ、隊長機に正面から迫る。
残った片腕でコックピットを守る動きをしたが、フィールドソードで斬り飛ばしたとき、コックピットの入り口をも斬りつけ内部が見えてしまった。
そこには、子供がいた。
ラピスと同い年ぐらいで、黒髪の少年が体中にチューブをまとい、エステに文字通りつなげられていた。
少年の口が、かすかに動いた。「こないで」っと。





コクトにドーリスを倒すためのヒントをリンクで送ると、丁度北辰がたどり着いた。
後ろにユーチャリスを従え、前方に夜天光に似た赤い機体、北辰を迎える。
ここに来て、感慨なんてなにもない。
ただ、ここで全てを終わらせる。

【和平会談以来だな、テンカワ トキア。その体で動けるとは・・】

「テンカワ トキアは死んだ。ここに居るのは電子の皇帝だ。」

【ふっ・・いかに言葉と言う鎧を纏おうと、本質は変わらぬ。汝は汝だ。】

俺は何も答えなかった。答える気も無い。

「いくぞ。」

【来い。】

正面から互いに突っ込み、拳と拳を突き合わせ、せめぎ合う。
かつて非力といわれた機体だが、今のカトレアは十分に北辰の機体とも押し合えた。

【どうした。この程度か、テンカワ トキア。この間の玩具はどうした?】

「ふん、後悔しろ。」

北辰の挑発に乗るように一度距離を置くと、背中のバーニアを開かせる。
花から生まれた種、シードをそこら中に展開する。
まだハッキングが出来るようになるまで時間が掛かる。これで、終わらせる。

「一番機から十番機発射!」

十本の光を放つが、それをかわされるなんてわかっている。
かわした先に回り込み、北辰を待ち受ける。
苦し紛れに出してきた拳を、十一番機から十四番機で作り出した面のフィールドで受け止めた。

「今度は、こっちが言う番だな。この程度か、北辰。」

【・・・・】

『トキア、余裕を見せている暇があるのなら、倒しなさい。今は、北辰のような小事にとらわれている暇はありません。』

「わかった。個人的な恨みは、正式に皇帝となってから死ぬほど晴らす。」

再び意識を北辰に戻すが、悔しげな雰囲気は一切無かった。
むしろ、嬉しそうでさえあった。

【ふっ・・ぐぁっはっはっは!嬉しいぞ、テンカワ トキア。良くぞここまで強くなった。】

呆れるほどの馬鹿笑いが癇に障る。

「何が可笑しい。」

【人にして人の道を外れたこの外道にも、生きがいは必要なのだ。そう外道の生きがいとは殺し。】

聞いた俺が馬鹿だった。
カトレアを加速させ、同時にシードも加速させる。
シードの光線とカトレアの拳の連激で、北辰を攻める。

【やはり、貴様だ。テンカワ コクトでもアキトでもなく。貴様のその強さ、その美しさこそ、我の生きがいにふさわしい!】

「うるさい黙れ!」

【そうだ。人間の生そのものの叫びが、我を震わせる。さあ吼えろ、猛り狂え。赤天丸よ!】

赤天丸がその機体の名前なのか、赤いボディをさらにぼんやりと赤く光らせ、各駆動部がきしみだす。
そのぼんやりとした光の正体は、駆動部の異常運転による発熱だ。

【いくぞ、テンカワ トキア。貴様には死ぬまでつきあってもらうぞ!】

「全機展開!」

叫び返したのは良いが、赤天丸の速さはもはやエステの常識を超えていた。
シードによって展開された多重フィールドでさえ、長時間は耐えられそうに無く、すぐに退避すると展開を取りやめる。
あの速さは異常だ。このままじゃ嬲り殺しにされる。

「ルイン、このままじゃやられる。そっちからカトレアをハッキングして、全てのリミッターを一時的にはずしてくれ。」

『しかし、そんなことをすれば・・』

「頼む、このままじゃそう持たない!」

『・・わかりました。』

シードを全て防御にまわし、なんとか北辰の猛攻に耐えているが、いつまで続くか。
時間にして三十秒。コックピットの中が蒸し暑くなり、カトレアが今まで経験したことの無い振動に襲われる。

『三分が限界です。それを超えたら、こちらから強制的に解除します。』

「充分だ。」

シードによる防御をとき、システムそのものをダウンさせ北辰と向かい合う。
このシステム自体不要だと、直感的に理解した。
互いの機体が加速する。
フィールドを纏いぶつかり合う拳と機体。
そのあまりの速さに、俺の小ざかしい頭の計算はいっさい意味をなさなかった。
すべては直感により直接的に出される答えが、全てだった。

【いいぞ、いいぞテンカワ トキア。貴様はまだ、強くなる!】

「貴様に付き合う義理など無い、右か!」

北辰の機体が見えたわけではないが、右に拳を突き出すとかすった。
それだけでバランスを崩した北辰に、追い討ちをかける。
一瞬にして上空に移動すると、加速しコックピット目掛けて体当たりを仕掛ける。
両腕をクロスにしてガードされたが、その上から思いっきりぶつかる。

【くうっ!】

「まだ、まだぁ!」

今度は滑空していく赤天丸を蹴り上げると、両の拳による連激に入るため蹴り上げたまではよかった。
ただ、その時一瞬だけ。ほんの一瞬だけ、コクトの機体に目が行ってしまった。
俺と同じように、相手を目の前にして止まっているコクトの機体に、ドーリスの隊長機の拳が深々と突き刺さった。
コクトの機体は、ゆっくりと落ちていき・・・そして、爆発した。

【まだだ。まだ、我も貴様も生きている!】

目の前に立ちはだかり、拳を振り上げる赤天丸。
だが、俺の視線は爆発したコクトの機体にあった。
もう・・・間に合わない。























「うあぁぁぁっぁっぁ、あぁ!!」

「アキト!ねえ、どうしたのアキト!」

兄さんが・・コクト兄さんが、死んだ。
消えた。リンクが途絶えた。
戦いなんかするから、戦いなんてしなければ。

「ユリカ!ユリカ!ユリカ!怖いんだ。みんな、なんで。」

「大丈夫だから!私はここに居るから!」

「失いたくなかったら、戦わなけりゃ良いのに!」

続いて起こる、喪失感。
今度はトキアが・・・・馬鹿野郎!

「ちくしょう!ちくしょう!ちくしょう!」

なんでこんなことに!
俺たち、何のために!

「ちくしょう!ちくしょう!ちくしょう!」

「アキトしっかりして!」

俺たち何のために戦ってきたんだ!
俺たち・・・俺たち。

「何のために戻ってきたんだ!!」

洪水の流れのように荒れ狂う大量の記憶。忘れていた、大切なもの。
今でない、ここでない。辛いけど、楽しくもあった。もう一つの、ナデシコ。
気がつけば、抱きしめていたはずのユリカの姿はなく。俺は一人、懐かしい漆黒の巨人の前に居た。
ボソンジャンプなのだろうか。見覚えがあるこの場所はユーチャリスの格納庫。

「ブラックサレナ・・・お前も、戻ってきてたのか。」

それがあたりまえのように、懐かしの愛機に乗り込む。
また、復讐するために?   違う。
また、戦う為に?        違う。

コクト兄さんを俺の中に感じる。
トキアを俺の中に感じる。
だから俺は、二人の想いを守るためにブラックサレナに乗るんだ。



















「出てこないよ。元々テンカワ コクト、トキアなんて人間、存在しないんだ。」

立てこもった遺跡の奥で、初めてアキトの口からクルーに向けて語られる真実
それは、ここではない。もう一つのナデシコでの物語り
ゆっくりと確認するように話し出すアキト
そして現状を覆すために、最後に出した結論とは

次回機動戦艦ナデシコースリーピースー
[覚醒、白の抑制者]