機動戦艦ナデシコ
ースリーピースー
第四十五話[はじまった最後の戦い]
火星の成層圏に限りなく近い宙域で今、木星軍対地球連合軍の正面衝突が起こっている。
ネルガルの研究員やボソンジャンプの資料を吸収したせいか、おそらく地球連合軍もこの極寒遺跡の重要性を知っているのだろう。
全戦力のごく一部ではあるが、両軍が艦隊を大気圏へと突入してくる。
『やはり直前の名乗り上げだけでは、足りなかったようですね。木星軍、地球連合軍共に、私達は眼中にないようです。』
『間違いに気づいた時には死んでるさ。』
遺跡と契約したことで、今の俺はルインと繋がっている。
もう互いに言葉は不要になっていた。
『警告後、攻撃開始五分でけりをつける。』
『わかりました。火星に突入してくる木星軍、および地球連合軍に警告を送ります。』
ルインが操るユーチャリスは遺跡上空。
俺は黒く塗りつぶされたカトレアでユーチャリスの前方に浮いているのだが、両軍が意識を向けているのは互いだけ。
【連合軍および木星軍に通達します。我々火星の後継者は、先日警告したように火星への武器持込を認めていません。直ちに退去を命じます。】
【ふん!火星の後継者だと偉そうに。お前達のことは知っているぞ。旧ネルガルにいた、裏切り者のマシンチャイルド達だろう。】
【その遺跡は子供が扱ってよい代物ではない。直ちに退去したまえ。】
ルインの通信に応えたのは、連合軍のおっさんと木星軍のたぶん優人部隊の若そうな人。
【作られた人形のくせに、連合軍に楯突きよって。人形は人形らしく、大人しくしておればいいのだ!】
【子供になんてことを、貴様それでも軍人か!】
【ふん、蜥蜴野郎に軍人を説かれるほど腐っとらんわ!】
こちらを無視して言い合いどころか、互いに主砲を向け合い機動兵器を撒き散らす。
本当にこちらは眼中にないみたいだ。
『もう通達はいいよ。それから五分のカウントスタート。』
『わかりました。』
【退去命令を受け入れなかったとし、両軍に対し攻撃行動を実行します。】
もういいって言ったのに、律儀に通達をするルインだが返答は無かった。
その間に俺は、黒いカトレアを使い火星に散らばるナノマシンに干渉する。
このナノマシンは遺跡に干渉を受けていて、遺跡の一部と言ってもいい。
それが誰にも知られることなく、連合軍と木星軍の戦艦やエステバリスに進入していく。
防ぐことの出来ない侵入者のナノマシンを使い、ハッキングを実行する。
【こ・・・これは。】
【なんだ、何があった!】
【ハッキングです。全ての艦とエステバリスが同時に・・・駄目だ。早すぎる!】
通信を繋ぎっ放しにしてあったせいか、連合軍のブリッジの声が届く。
木星はソフトの面の発達が遅いせいか、未だに気づいてないらしい。
『トキア、五分経過しました。』
【電子の皇帝より、無謀にも火星に侵入した両軍に判決を言い渡す。死ね。】
【まさか貴】
連合軍のおっさんの声は最後まで続かなかった。
爆発につぐ爆発。ここ一体がかつての火星に戻ったかのような火の赤に戻される。
火星に突入してきた先行部隊である艦隊は、木星、地球を問わず全て自爆した。
木星の人は良い人っぽかったけど、例外は認めない。
『両軍の動向は?』
『さすがに一瞬で全滅したことで動揺しているようですが、木星の方が立ち直りが早いです。おそらくすぐに、何かしらの対策をしてくるでしょう。』
都合よく、全てをハッキングで終わらせられるとも思っていない。
優秀なオペレーターに抵抗されれば、それだけ相手を自爆させるまでの時間が増える。
『しばらくは火星に突入はしてこないでしょうが・・・残念です。来てしまったようです。』
誰がとは、聞かなくてもわかった。
こちらから一方的にリンクを切っているが、コクトとアキトを近くに感じる。
大人しくしてればもう戦わなくてもいいってのに、馬鹿野郎。
『・・・遠隔ジャンプフィールドの準備をしてくれ。』
『貴方なら、そうすると思っていました。しかし遠隔ジャンプフィールドを形成させると、しばらくハッキング能力が落ちます。気をつけてください。』
『了解だ。』
「パイロットは全員、いつでも出れるようにしてください。ただ、こちらからは連合軍にも木星軍にも手を出さないでください。」
【了解した。白鳥、月臣エステの扱い方は完璧だな?】
【足手まといにだけはならないつもりです。】
【任せておけ。】
ジュンさんの命令で、コクト兄さんたち正規のパイロットだけでなく、白鳥さんや月臣さんも人手として借り出されました。
目の前では地球連合軍と木星軍との前面衝突。そして、火星極寒遺跡にはトキアさんが・・
「しかし、どうするかねアオイ艦長。この激戦の中火星に降りるのは、いささか無謀だが。」
「わかっています。わかっていますが、僕達は行かなければならないんです。」
提督に自分の考えを確認させられたのか、迷いが出たジュンさんの視線は、不在の副艦長の椅子にたどりつきました。
ジュンさんに助言すべき副艦長は、現在職務放棄中。自室にアキト兄さんとこもってます。
「艦長、地球連合軍の旗艦から通信がきました。つなげますか?」
「・・・つなげてください。」
慎重な顔つきでメグミさんに応えるジュンさん。
【まさか、地球を裏切った君たちが、わざわざ火星に来るとはな。】
「僕達は裏切ってなどいない。先に裏切ったのは連合軍の貴方達だ!」
【そのような話は、結局は平行線になるだけだ。ここは一つ、こちらから妥協しようではないか。】
提督らしき人の、酷く嫌悪感を抱かせるニヤツキ。
あからさまに何かたくらんでます。
【現在我々は木星軍と交戦中だが、君たちに特別に撃墜して欲しい艦がある。これだ。】
映し出されたのはナデシコやシャクヤクに似た白亜の戦艦。たしか、コクト兄さんがユーチャリスと呼んでいました。
私達にトキアさんの戦艦を落とせと?
【電子の皇帝などと、いかれた子供の戯言かとも思ったが、先ほど連合軍と木星軍の先行部隊を一瞬にしてハッキングで自爆させた。】
「それなら誰が向かっても同じではないですか。」
【そうでもない。そちらにもいるではないか。ハッキングに対抗できる優秀なマシンチャイルドが、二人も。】
ここからの台詞は予想できます。
【電子の皇帝、テンカワ トキアを倒せば、君たちの罪を許そうじゃないか。】
名前を知っているということは、この人はトキアさんが私達の仲間だったことを知っているのに、私達にトキアさんを撃てと。
なんでそんなこと平気で言えるんですか!
怒っているのは私だけじゃありません。ラピスも、ミナトさんも、メグミさんもブリッジに居る人全員です。
「お断りします。」
ジュンさんの静かな声が逆に私達の怒りを代弁してます。
【なぜかね?たった一人・・いや電子の王妃とやらもいれて二人か。その犠牲で君たちの罪が帳消しになるのだよ。】
「艦長たるもの、決してクルーを見捨てたりはしない。それに僕達はもともと何の罪も犯していない!」
【たしかミスマル元提督の台詞だったね。まあいい、マシンチャイルドはその二人だけでもない。全艦に通達、裏切り者元ネルガルの戦艦が敵対行動をとった。すぐにでも撃墜しなさい。】
「なっ・・元提督とはどういうことだ!」
【娘が裏切ったのだ。ミスマル元提督といえど失脚は免れないということだ。】
「地球連合軍の一部がこちらへ向けて進軍してきてるよ。」
「通信士、エステバリスに発進命令だ。」
副艦長のお父さんの失脚が我を失わせたのか、呆然とするジュンさん。
ですが相手は待ってくれません。ラピスの報告を聞いて提督が命令をだしました。
なんて勝手な人たちなんでしょう。平気で人を裏切り利用しようとして、出来なければ消そうとして。
【・・まったく。だから大人しくしてろって言ったのに。】
忙しく動き出したブリッジに流れた声は、場違いなほどのんびりしていて、私がとても聞きたかった声。
【エステバリスの発進は中止しろ。これからシャクヤクを火星に招待してやるよ。】
「ボース粒子増大、ジャンプフィールドが形成されていっています。」
「メグミさん、直ちにエステバリスの発進を中止させてください!」
「中止!エステバリスの発進は中止!!」
慌てて通信機に向けて怒鳴るメグミさん。でも、何処かうれしそう。
メグミさんだけじゃなく、ミナトさんもラピスもみんなも・・私も。
『はぁ・・はぁ、結局・・巻き込むしか・・・・ないのか。』
『今は、ただ戦うしかありません。次の敵がきます。』
くそ、心臓が痛え!体だけでなく、思考までが液状の鉛の中に居るように鈍い。
だが、痛みがある今ならまだ大丈夫だ。まだ、今なら。
ぼうっとする頭で二つの敵を確認する。
一つは、赤い機動兵器が馬鹿みたいな速さで大気圏突入しながら突っ込んできた。
もう一つは・・以前のカトレアみたいに白銀のエステが、十機のエステを従えて大気圏突入してやがる。
『おいおい、嘘だろ。』
『連合は、また厄介なものを持ってきましたね。』
あれは間違いない、ドーリスだ。資料はすべて廃棄したはずなのに・・・まさか、どこかに残ってたのか!
赤い機動兵器は確認するまでもなく奴しかいない。
俺はすぐに、ユーチャリスの隣へとジャンプアウトしたシャクヤクのブリッジへと通信を開く。
「いいか、良く聞け。お前らを助けたのはいいが、現状はあまりよくない。」
なんだかブリッジ全員がうれしそうな顔をしているが、構っている暇も無い。
「現在、この極寒遺跡に木星軍からは赤い機動兵器、連合軍からはあのドーリスが向かっている。」
【ちょっ・・ちょっと待って、トキアちゃん。ドーリスって、あのドーリス?!】
よくない現状が理解できたのか、慌てるジュンにそうだと言ってやる。
【エステバリスを全て発進させ、防戦しろ。俺以外がアレに乗れば長時間操縦できないはずだ。その間俺は、赤い方の機動兵器の相手をする。】
【待ってください、トキアさん!】
【トキア!!】
時間がないので有無を言わさず通信を切ろうとするが、すばやくルリちゃんとラピスに割り込まれた。
【この戦いが終われば、全てを話す。今は時間が無いんだ、頼む。】
【・・わかりました。絶対ですよ。約束ですからね。】
【もう居なくなっちゃ嫌だよ。】
二人の妹の眼差し。
【わかった約束するよ。】
俺がその時に生きてたらな。
今度こそ通信を切ると、シャクヤクからエステが発進していくのが見える。
通信で話せなかったが、コクトの機体が見えた。だが、アキトの機体が見当たらない。
『今は気にしていても仕方ありません。私は北辰がボソンジャンプで逃げないよう、ジャンプをキャンセルします。今日こそ決着をつけなさい。』
『・・そうだな。わかった、頼む。』
俺は心を切り替えると、こちらへ向かってくる北辰の赤い機体目掛けてカトレアを飛ばす。
ハッキングは体の具合から、あと一時間は使えない。それに、北辰の機体にも何かしら対策が施されているはずだ。
純粋にエステ同士の力勝負、負けられない!
「失いたくなかったら、戦わなけりゃ良いのに!」
幾度と無く行った警告にも従わず、かといって戦う意思も見受けられない隊長機
それは偶然だった。切り裂いたコックピットが見えてしまったのは
一瞬、ほんの一瞬が生死をわけた。それはトキアも同じく
全てを思い出したアキトは、一人、漆黒の巨人の前に立つ
次回機動戦艦ナデシコースリーピースー
[戦うべき時]