機動戦艦ナデシコ
ースリーピースー
第四十三話[遺言と一房の遺髪]


俺たちは気づくのが遅かった。
ネルガルが無くなってしまった事を言い訳にしても。
トキアが三時間後と言ってから本当に三時間後に、それは始まった。

【シャクヤクの全クルーは、これよりこの放送から目をそらすことを禁じます。】

突如シャクヤクの艦内全域に現れたウィンドに映ったのは、ルインだった。

【十分、時間を与えます。各々じっくり話を聞けるように腰をすえてください。】

「まだ皆ブリッジに上がってないのに、急ぎすぎだよルインちゃん。」

未だ先ほどの宴会により食堂に集まっているクルーの中で、ジュンがウィンドに向かって語りかけるが、反応が返ってこない。
それもそのはずだ。これは記録映像だったからだ。
ルインからトキアへと映像内の人物が入れ替わる・・・十分たった。

【まずは皆に言っておく。お疲れ様。】

その意味が解る者はおらず、誰一人声を上げなかった。

【シャクヤクは今日より三ヶ月、この宙域にて待機してもらう。もし仮に、木星軍なり地球軍が現れれば、迷わず逃げてもらう。三ヶ月というのは目安だ。これだけの期間があれば、確実に戦争は終わっているはずだ。】

「戦争が、」

「終わる?」

アカツキが漏らした言葉をエリナが継ぐ。

【皆は良くやったよ。俺が軍との関係をこじらせたせいでの嫌がらせにも負けず、戦ってくれた。感謝している。】

お前がこじらせた?
何を言っているんだ。例えそうだとしても、ナデシコを体を張って守ってきたのはお前じゃないか。

【だからもう、皆には戦って欲しくない。現在シャクヤクに乗っているクルー全員のプロフィールは知っているが、もちろん話したことすらない人もいる。・・だけど大切にしたい仲間だから、戦って欲しくない。】

誰もが呆然とウィンドに見入っている。

【これは遺言だよ、俺からの。】

その言葉に一番反応したのはルリだ。
座っていた椅子を倒し立ち上がる。

【シャクヤクはその場を危険が無い限り三ヶ月は動かないこと。そして、戦わないこと。】

立ち上がったままルリは動かない。
周りの人間も、心配そうな視線をルリに向けてもそのまま動かない。

【最後に、俺の遺髪がブリッジに置いてある。どうするかはそっちで決めてくれ。】

遺髪という言葉をきっかけにルリが走り出した。
考えなくてもわかる。俺もラピスを抱えブリッジへと足を向ける。
ルインがウィンドから目をそらすなと言っていたが、艦内全域にウィンドが散らばっていたおかげで問題は無かった。
だがルリを追いかけブリッジへ向かう間に、別の廊下から走ってきたアキトにぶつかりかける。

「コクト兄さん、これ。」

「わかっている。今はブリッジへ行くのが先だ。」

「二人とも、ルリねぇがいっちゃう。」

ラピスが指差したルリは、すでに角を曲がり見えなくなっていた。
その先はブリッジへのエレベーターだが、ルリは俺たちを待つこともなく行ってしまった。

「くそ!」

一旦ルリをおろしてくるまで、降りてこないエレベーターがもどかしい。

「遺言ってなんなんだよ!大体そんな体で、何処へ行くって言うんだ。」

アキトまでもが大声を出したことで、ラピスがビクッと体を振るわせる。
すぐにアキトは謝るが、腹は収まっていないようだ。

【三ヵ月後、シャクヤクは火星へと向かうようにオモイカネに頼んである。つまり、俺の行き先は火星だけど、追いかけようとしても無駄だ。オモイカネには厳重にプロテクトをかけてあるかた。緊急時以外はオートで動く。もちろん、ルリちゃんにもラピスにも解けない。】

行き先はわかっても、ご丁寧に無理だと言ってくれる。
ようやく来たエレベーターに乗り込みブリッジへと赴く。
そこではドアに背を向けてルリが一人うずくまっていた。

「悪い冗談ですよ、トキアさん。遺髪なんて・・何処にも・・・・」

声が震えている。

「何処・・に。」

ルリの正面に回ると、その小さな手の中にはトキアのものと思われる髪が一房握られていた。

【本当に、我侭ばっかですまないと思ってる。ネルガルのこと、和平のこと。三ヵ月後、全てはうまくいく。だから・・すまない。】

トキアに入れ替わり、再びルインが現れる。

【私も、謝らなければなりません。全ては良かれと思いとった行動でした。ですが、結果として貴方から最愛の人を奪うことになってしまいました。ルリ、私を如何様に嫌っても構いません。ですがトキアだけは、最後まで信じてあげてください・・ごめんなさい。】

そこで途切れる映像。

「謝るくらいなら・・・トキアさんを返してください!」

「戦うなって言っておいて、戦いに行ったのか。トキアは・・・」

「トキア、いないの?」

叫ぶルリ、拳を握るアキト、不安になるラピス。
これがトキアが望んだ未来の形か、泣いて悲しんで・・
俺はお前を、恨んでいるかもしれない。このままじゃ終わらせない。





ブリッジにブリッジメンバーが、食堂に全クルーが集まったのを確認すると、口を開く。
俺はこのまま、三ヶ月も大人しくしているつもりは無い。
だが、その為にはみんなの協力が必要なんだ。ルリやラピスも例外じゃない。

「まず、皆に言っておく。トキアは俺たちが火星でナデシコに帰ってきた時から、自分の寿命が後二年だと知っていた。」

「知っていた?」

メグミの疑問に頷く。

「ああ。ミナト、お前ならあのあたりから、トキアが何か変わったと気づいていただろう?」

「あの頃・・・あっ、確かあの頃から妙にルリルリとラピラピを遠ざけてた。」

「それが、あいつの精一杯だったんだ。」

張本人のルリとラピスも思い当たることがあるのだろう。
泣いて、赤く充血した目を大きく開いて驚く。

「その頃からだ。あいつが無茶を通り越して、無理をし始めたのは。自分が幸せになれないならと、自分を犠牲にして。」

「そんなの・・そんなの、すごく悲しいじゃないですか。」

久美が涙ぐむ。

「悲しいか。そう言えるかも知れないが、俺はあいつのそんな行動を止めることはできなかった。閉ざされた未来の中で、誰かのために戦うことがあいつの唯一の支えだった。」

「トキアさんが、昔の自分と似てらしたからですか?」

静音の一言ではっとさせられる。
そうだったな。ミナトと静音はトキアから、少し聞かされていたんだったな。

「戦うことでしかと言う意味では、似ていたんだろう。それも止められなかった理由の一つだ。」

大きく息を吐き、一拍とる。

「だが、今回のトキアの行動は間違ってると思う。だからあいつを止めたい。その後連合軍に狙われるか、木星軍に狙われるか、正直わからない。けど俺一人じゃ止められない。みんなの力をかして欲しい。」

頭を下げる。ルリにもラピスにもアキトにも。
ブリッジにいるクルーへ、今食堂に集まっているクルーに。
シャクヤクに乗っている、全てのクルーに。

しんと静まり返る中、ルリがウィンドボールへと座りオモイカネへとアクセスをしだす。

「オモイカネ、お願い。応えて。」

ルリがトキアによってプロテクトを掛けられたオモイカネへとアクセスを試みるが、返事は返ってこないようだ。
トキアはルリやラピスにも解けないと言っていたが、それでも、ここからはじめるしかない。

「私も手伝う。ルリねぇ、分担作業。」

「コードGの104からお願い。」

二人が動いたことで、一人・・また一人と自分に出来ることを探し出す。

「提督、連合軍および木星軍に出会うことなく火星へいけるコースを探しましょう。」

「オモイカネが動かなくても、それぐらいはできるだろう。さあパイロットの皆も、できることから始めようか。」

ジュンと提督はシャクヤクがとる火星へのコースの検索、パイロットはエステの点検。
ただただ、皆は自分が出来ることを探す。

「全く、トキア君のプログラム相手に真っ向から立ち向かおうだなんて、無謀もいい所ね。」

「技術でかなわなけりゃ、力技だ。」

ブリッジへと姿を現せたイネスとセイヤさんが持ってきたのは、オモイカネがバグったときの必殺仕事人。

「これがあれば、多少の無茶は出来るってもんだ。コクト、お前がパイロットやれ。」

「了解です。」

ブリッジに持ち込まれた必殺仕事人のシートに座ると、メットを被る。
オペレーターはラピスだ。
大局的に見たら、俺の行動は間違っているのだろう。仲間が残してくれた道から外れようとしているのだから。
それでも俺は人として、あいつの兄貴としてこうすることを選ぶ。
正しいと信じている。





コクト兄さんの口上で、何故か火星に向かうようなことになったみたいだ。何故だ?
トキアがくれたチャンスなんだよ。
もう、戦わなくても良いんだよ。
そう叫びたかったけど、俺はブリッジを静かに去った。

「また、戦うのか。」

居住区へ向かう途中も、明らかに一般クルーの人たちなのに何か忙しそうに走り回っている。
自分に出来る何かを探して。
それが何なのか、意味なく廊下をモップがけしてる人もいれば、差し入れなのかおにぎり持って部屋を飛び出していく人もいる。
人が走り回る廊下をゆっくりと、俺はユリカの部屋へと向かった。

「ねえ、アキト。皆忙しそうにして、何かあったの?」

「なんでもないよ。」

自室のドアを開けキョロキョロしていたユリカを部屋へと押し戻す。

「みんな戦いたいんだ。」

「え?」

「それで傷つくのはトキアなんだぞ。なんでそれがわからないんだ!」

「アキト、何を言って・・キャッ!」

ユリカを抱きしめたら、結果的にそれが押し倒す形になる。
今自分が何をやっているのか、情報は入ってきても解らないんだと思う。
だって、冷静すぎるから。

「コクト兄さんが憎い。ルリちゃんも、ラピスも、みんな。」

トキアの体のことは知らなかった。
けど、今は知ってる。トキアが死んじゃうことも。
トキアが俺たちに、何を残してくれようとしてるかも。

「なんで、解らないんだ。」

「アキト。」

ユリカが抱きしめてくれる。
それだけで楽になれる。
その間だけ、何もかも忘れていられる。

「私頭が悪いから、トキアちゃんが何を思って、何を残してくれようとしてるのかわからない。けど、アキトが苦しんでるのは解るから。」

「ユリカ。」

「だから、私がアキトを守ってあげる。誰が何を言っても、私はアキトの味方だから。」

ユリカの瞳が揺れる。
距離が無くなっていき。

「俺も、皆が何を言ってもユリカの・・」

ゼロになった。



















「全てが終わったら、ずっと一緒だ。千年でも一万年でも、ずっとだ。」

真剣な目でルインを見つめるトキアの、確固たる決意
人がそれを評したら、状況に流されただけだと言うかもしれない
それでも、今のこの気持ちに嘘は無かった
トキアは選んだのだ。自分の運命を、システムの一部となっても生き抜くことを

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