機動戦艦ナデシコ
ースリーピースー
第四十話[トキアの見つめる未来]


「あの〜、木星へ行くのは良いんですけど、なんで私がウィンドボールに座っているんですか?」

ルリちゃんが疑問を正直に述べたため、ブリッジにいた全員の視線が上空のルリちゃんに集中する。
そして同じ疑問を全員が浮かべたのか、今度は俺に視線が集まる。

「別にオモイカネが手伝ってくれるし、操作に何の不備もないでしょ?」

「それはそうですけど。」

「できるに越したことないじゃない。後でラピスと交代して良いからさ。」

おそらくルリちゃんに不満があるわけじゃないだろう。
ただ、今時の戦艦はオペレーターの能力によって性能ががらりと変わる。
俺とルリちゃんの能力が激しい開きがあるから、そういうことだろう。

「意地悪言わないで変わってあげたら?お姉ちゃんなんだから。」

「年上だから甘やかさないの。」

実は最近戦艦のオペレートでさえ、体力の消費が激しい。
順次状況に対応しなければならないハッキングも、なおさらだ。
秘密だけどね。

「それよりも、九十九とのランデブーポイントはこっちでいいのか?」

「木星の方向に行けば、そのうち会えるよ。」

「当たり前だけど、なんとも不安な。」

ユキナの言葉にジュンがボソリと漏らす。

「だって急にトキアが生態跳躍するもんだから、ランデブーポイントの入ったデータとか置いて来ちゃったし。」

「メグミさん、木星側から通信がないか絶えず注意してください。今のところできることはそれだけですから。」

「了解です。久美ちゃんもう大体のことは教えてあるから、思ったようにやればいいから。」

「わかりました。」

シャクヤクになって、ブリッジの大きさはナデシコのときより格段に広くなっている。
オペレーターの席は、ウィンドボールと補助席が二つ。そこにラピスとルインがいる。
艦長と副官長席はウィンドボールの真下。操舵士や通信士パイロット席はブリッジのサイドを平行線を描いて並んでいる。

「ジュン君、一応パイロットの人たち待機させておいたほうがよくない?」

「お兄ちゃんたちは、この戦艦を襲うようなことはしないよ。」

「ユキナちゃん、ユリカが言いたいことは違うよ。君のお兄ちゃんじゃなくて、草壁派ってのを警戒してのことだよ。」

「あ・・そうですか。」

「コクトさん、そういうことでお願いします。」

「了解した。」

じっと黙っていたコクトが、一言だけ言うとブリッジを出て行く。
少し考え方が変わったみたいだけど、暗いのは相変わらずか。

「トキアさん、詳しいことは何も聞かされていませんが、和平に対して何か特別なお考えでも?」

「いや・・別にないけど、なるようにしかならんでしょ。」

「無駄よ、プロスペクター。トキアが何を考えているのか考えても無駄だし、聞いても無駄よ。」

「秘密主義か・・僕も人のことは言えないがどうかと思うね。」

プロス、エリナ、アカツキと俺がいる補助席の後ろのベンチに集まってくる。
ただアカツキはまだ「裏切り者リンチ事件」の名残で頬がこけて、目にくまができている。
夜になると、例の映像が蘇ってくるそうな・・・激しくどうでもいいな。

「本当に何も考えてないよ。ただ平和になっても戦争が続いても、俺が何とかしてみせるって言っとく。」

「ネルガルの会長ってアカツキさんなんですよね?なんだかトキアちゃんのほうが偉そうなんですけど。」

「見かけは子供でも、すっかり大人の世界に足を踏み入れてるみたいね。」

「まあ、隠すことでもないですが、実質ネルガルの主導権は会長ではなくトキアさんが持ってます。」

「先日も言ったけど、僕はただのお飾りだから。」

メグミとミナトさんの言葉を聴いて、プロスとアカツキが続ける。

「確かにこの戦争が起こっている間には、あれこれネルガルにさせたけど・・」

「ジュン、前方に戦艦を確認木星軍だよ。」

「通信をキャッチしました。繋げますか?」

「おしゃべりはココまでだね。交渉は任せたよ、艦長。」

ラピスに続いてメグミからも報告があがる。
まだ肉眼では確認できないが、話を終わらせるにはちょうどよかった。

「繋げてください。ルリちゃん、艦内全域に向こうとのやり取りを中継お願いします。」

「わかりました。」

せめてシャクヤクの中でだけは隠し事をしないつもりか。
通信のウィンドに現れたのは、九十九と源一郎だ。

【ユキナ、無事か!お前が使者として出立してから、音沙汰なくて心配したぞ。】

「ちょっと色々あったけど、トキアとルインが助けてくれたから。」

【そうか・・本当によかった。礼を言います、トキアさんにルインさん。】

【泣くな九十九、だから俺が言っただろう。トキアたちが何とかしてくれると。】

本当に心配だったんだろう、涙目になる九十九を源一郎がなだめる。

「知人を見殺しにするほど冷酷じゃないよ。」

「友人は助け合うものですから。」

「もうお兄ちゃんみんなの前で泣かないでよ、恥ずかしいなぁ。お兄ちゃんも使者としてきたんでしょ?」

【おおそうだった。はじめまして、私は木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ及び他衛星小惑星国家連合軍、突撃宇宙優人部隊中佐白鳥 九十九です。】

【同じく、月臣 源一郎。】

「あ・・この人、連合軍に宣戦布告した人だ。」

「やっぱりヤマダさんに似すぎじゃないですか?」

ポロッとユリカとメグミがもらす。

【いやぁ〜、お恥ずかしい。一時の感情で流されましたが、あれも本心。そして、和平を望む心も本心です。】

「我々シャクヤクのクルーも和平を望んでいます。遅れましたが、私が艦長のアオイ ジュンです。」

「副艦長のミスマル ユリカです。」

くそ真面目な台詞と爽やかな顔に少し緊張が解けたのか、ジュンとユリカが挨拶を交わす。

【それではこちらから、そちらに私と源一郎が機動兵器で向かうので着艦許可をお願いします。】

「着艦を許可します。トキアちゃんとコクトさんに出迎えさせます。」

知り合いであることで安心をさせ、なおかつ最強の兵をつけるか。
ジュンの目線で合図を受けたので重い腰を上げる。

「待ってトキア、私もお兄ちゃんを迎えに行く。」





格納庫に着艦してきたのは、一まわりほど大きなエステバリス二機。
どうやら木星では、いまだ地球ほど小型化には成功していないらしい。

「これで会うのは二度目ですね。」

「そうだな。あの頃はまだ和平なんて考えてなかったけどな。」

九十九から手が差し出される。
以前はできなかった握手・・・今度はこちらも手を差し出し、握り返す。

「こいつは、俺の兄貴のテンカワ コクトだ。覚えておいて損はない。」

「テンカワ コクトだ。」

「白鳥 九十九です、よろしく。」

「月臣 源一郎だ。」

三人が握手を交し終えるのを待っていたかのように、終わった瞬間にユキナが九十九に抱きつく。

「お兄ちゃん!」

「こらユキナ、だから人前で抱きつくなと。」

「いいじゃないそれぐらい、お兄ちゃんのケチ。」

頬を膨らませる姿は微笑ましい。
だが、一応用件は済ませておかなければならない。

「ユキナ、先に九十九をブリッジへ案内しておいてくれない?俺は源一郎と話があるから。」

「え?別に良いけど・・・お兄ちゃんブリッジはこっち。」

「おい、引っ張るなユキナ。」

九十九にはなぜ自分だけと一瞬不思議がられたが、ユキナが引っ張っていったことでうやむやになった。
格納庫に残ったのは俺とコクトと源一郎で、俺たちの周りのコミュニケの機能は切ってある。
ちなみに木星のエステをいじろうとしたセイヤさん、以下整備班にも席をはずしてもらっている。

「なぜ俺を残した・・いや九十九に席をはずさせた?」

「源一郎に聞いておきたいことがある。北辰は捕まったか?」

源一郎は俺の問いにぎょっと目をむき、今まで静観していたコクトもさすがにこの話題には顔色を変えた。

「なぜ草壁派の諜報員の名を・・」

「北辰とはちょっとした因縁があってね。九十九は純粋すぎる。だから席をはずさせた。」

「それを聞いてどうする?和平を目前に奴とやりあうのはまずい。」

「わかってるよそれぐらい。でもコクトも気になるだろ?」

一度疑問の声をあげたコクトもうなづく。
大事なことなんだ。これからどう動くかについてかかわってくる。

「奴はずる賢く手段を選ばない。いまだ我々は奴を追っているが、なかなか尻尾をつかませない。」

「そうか、なら今のうち言っておく。源一郎、奴は必ず和平会談の場を狙ってくるはずだ。」

「なに、どうしてそう言える?」

「和平会談には地球と木星の和平派がそろう。一網打尽にするにはもってこいだ。」

「・・確かに、北辰ならそうするかもしれない。」

「それで具体的な対策はどうする?」

コクトに対策を聞かれるが、ボソンジャンプをしてくる北辰に対して警備の強化は無意味だ。
だが和平派を逃げさせることだけならできないこともない。
俺は源一郎にあるものが入った袋を渡す。

「これは・・」

「地球でCCと呼ばれているものだ。それがあればボソンジャンプ、お前たちの言う生態跳躍が行える。」

「かたじけない。」

「もし今和平が失敗しても、和平派が生き残ればいつか和平はなる。心配ばっかしていてもしょうがない、ブリッジへ行こう。」

源一郎を引き連れてシャクヤクの廊下を歩く。
その間は無言だったが、俺とコクトはリンクを繋いでいた。

『コクト、さっきの話には源一郎には言えない続きがある。』

『言えないだと?』

『北辰は来る。だが奴と部下だけではない、必ず草壁も引き連れてくるだろう。』

『しかし、草壁は幽閉されていると。』

リンクでの会話だが、自然を装うために互いに向き合わず前だけを見つめて歩く。

『少し今回のクーデターについて考えてみたんだ。一部草壁派が逃亡したのはわかる。だけど、逃亡した割には地球の軍と共謀したりと、しっかりと活動している。おかしいと思わないか?』

『クーデターの決行日を知らないが、潜伏期間がほとんど無いということか。』

『もしかすると、今回のクーデターの成功は和平派を一掃するための芝居かもしれない。だが、実際に和平を結ぶチャンスでもある。』

『どういうことだ?』

『和平会談に現れたときが草壁の最後だ。北辰の前に、奴を暗殺する。』

『なっ!』

「どうしたんだ?」

コクトがいきなり足を止めてしまったので、源一郎が怪訝に思い同じく足を止める。

「いや・・なんでもない。」

『何を考えている。和平の場で暗殺などとできるはずが無い!』

『確かにコクトあたりが銃ぶっぱなせば和平も終わるだろうが、俺ならできる。無害を装って一気に殺る。』

袖の部分から取り出したのは、細い針。
自然死と思わせる暗殺方法などいくらでもある。
一応真面目な所なのだが、無害を装うの所で再びコクトが足を止めジロジロと見た後、ため息をつく。
なんだよ、なんか文句でもあるのか?
いままであんまり意味の無い女装だったが、最後の最後で役に立つんだ。いいだろ。

「さっきから何をしているのだコクトは?」

「気にするな。色々ある年頃さ。」

曖昧な説明をするとブリッジのドアを開ける。
するとそこには、ヤマダと九十九を並ばせて間違い探しみたいなことが行われていた。

「お前らなんでいるんだよ、パイロットは待機中だろ。」

「アリウムの奴らが待機してるよ。」

「こ〜んなにヤマダ君に似てるんだもん。一度は見てみたいもん。」

「見世物か、俺は?」

「それで見世物のどちらかが、偽者ね。」

「お兄ちゃんは偽者じゃな〜い!」

遠慮なくジロジロ見てるのはリョーコやヒカルだが、他の人も一応気になるのかチラチラ見てはいる。
木星からの使者を見世物にして、何を考えとるんだこいつらは。

「ほれ九十九、もういいからこっちこい。」

「あ・・もういいのですか?」

「真面目に相手をしなくてもいいよ。それで木星での和平会談は何時?」

「この艦が木星につけば、すぐにでもと考えています。」

「すぐにでもと言うなら、今のうちに和平会談に参加するもの、艦の警備に残るものすべての配置を伝えておくか。」

そうたいしたことはしない。
普通に警備をし、会談に向かう。それだけだ。



















「覚悟をしておいた方がいいわ。」

和平会談は緩やかな挨拶と共に始まった
その緩やかさはまさに嵐の前の静けさのようではあったが
その時点でそれに気づくものは誰一人とさえ居なかったトキアでさえ
始まった草壁派の行動、そして暗殺の時それは起こった

次回機動戦艦ナデシコースリーピースー
[想い交錯する和平会談]