機動戦艦ナデシコ
ースリーピースー
第三十九話[新戦艦シャクヤク始動]


「なに?何がどうなったのここ何処?」

「落ち着けユキナ、ここには地球軍も木星軍も居ない。」

「貴方をどちらにも渡すつもりはありません。」

「もしかして、生体跳躍?」

俺がルインとユキナを連れてジャンプした先は、ネルガルの月基地にある戦艦のブリッジ。
完成が大分遅れたけどナデシコ級四番艦シャクヤク。
名前はシャクヤクだが、その実態はナデシコCそのもの。
本当は地球に三番艦のカキツバタがあるんだけど・・・地球にとりに戻るのはあぶないし。

「そういうこと。オモイカネD、相転移エンジン始動。ナデシコからのデータの移植を開始。」

二人をおいてウィンドボールに座ると、ナデシコとネットワークをつなげる。
予想が正しければ、ナデシコはそのまま軍に接収されるだろう。
だけど、ただで渡すわけには行かない。渡すのは抜け殻だけ。

「すぐには終わらないな。ルイン、悪いけど自販機でジュースか何か買ってきて、それとお菓子かなんかも。」

「わかりました。」

ルインにカードを投げてやり、お使いに行ってもらう。

「とりあえずさあ、木星の近況なんか教えてくれよ。和平っても、事情がよくわからん。」

「いいけどルインが帰ってきてからにして、私喉が渇いちゃった。」

ちょっと前に数回死にかけたんだ、無理もない。
ユキナが適当な席に座ると、そのまま互いに黙ってしまう。
一応頭の中では、ナデシコから送られてきたデータの取捨選択を高速で行ってはいるが。
どうやらアカツキは軍とうまく交渉したらしい。ナデシコのクルーは、全員この月まで護送されるらしい。
ただユキナを連れ去った俺とルインは、指名手配されそうだ。

「好みがわからないので、色々と買ってきました。」

「甘ければ好き嫌いないよ。それで何処から話せばいいのかな?」

「草壁がトップから下ろされた話あたりからだ。」

ユキナが草壁派と、北辰のことを言っていたのは聞いていた。
興味があるのは、草壁に取って代わった派閥の今後の行動だ。

「草壁派が政治から遠ざけられたのは、まだ最近なの。そもそも草壁派が抱える矛盾に気づいたのは、お兄ちゃんと源一郎と後は秋山さんって人なの。確かに地球は木星人の存在を隠匿していたけど、木蓮も地球人が木星人の存在を知らないことを隠匿していたって。」

秋山 源八朗、たしか熱血クーデターを月臣と一緒に起こした人物だっけ。
オモイカネのデータ整理と平行して、ユキナの言葉をレポート化していく。

「だって戦争だよ。相手が未知の侵略者じゃ、どちらかが滅ぶまで終わらないじゃない、何処かで線を引かなきゃ、いつまで経っても終わらないって。だから、今は草壁中将とその側近達を幽閉して、臨時で秋山さんが軍全体の指揮をとってるの。たぶん地球軍と共謀して和平の邪魔をしようとしたのは、まだ捕まっていない草壁派の人たちだと思う。」

「木星に今、内乱が起こっているのですね。」

「そう言われるとお兄ちゃんたちがやってることがクーデターみたいだけど、私はお兄ちゃんたちが正しいって信じてる。」

今、地球軍はともあれ木星は和平を結びたがっている。
それも下の人間ではなく、現在主権を握っている人物が。
和平、か・・

「ルインはどう思う?」

「和平も一つの終結だとは思いますが・・木蓮はまだ内に不安要素を抱え、地球にいたっては世論で騒がれる程度。未だ時期ではありません。」

「でも急がなきゃ、お兄ちゃんたちが草壁派をいつまで抑えれるかもわからないし。」

急いてはことを仕損じるか・・だが俺には時間が無い。
もし失敗したら覚悟をきめるしかない。

「・・・・・・・・・・・・決めた。」

俺の一言にルインとユキナが同時に、ウィンドボール内にいる俺を見上げる。

「失敗する確率の方が高いが、和平を結ぼう。地球の一企業でしかないが、ネルガルだっていざとなれば動かせる。」

「本当に?」

「ああ、みんながそろったらすぐにでもシャクヤクを発進させる。」





軍人に無理やり艦を降ろされ、輸送艇で月へと運ばれる。
一体なんなんだろ。和平の使者を殺そうとしたり、スパイ呼ばわりしたり、そんなに戦争したいのか。

「どうしたのアキト?」

「あぁ・・戦争したがる奴がいるんだなって。」

隣に座っているユリカに、そのままの思いを投げかける。
少し驚いた顔を見せるユリカだが、違うよと首を横に振ってきた。

「そんなこと思ってる人は、ほんの一部だよ。ここには戦争したがってる人なんて一人も居ない。」

言われるままにナデシコのクルーを見える範囲で見渡す。
ルリちゃんやラピスは言うまでもなく、ミナトさんメグミさんそれに久美ちゃん。
ナデシコのクルーに戦争を望むものは一人もいない。
コクト兄さんだってトキアだってきっとそうだ。

「そうだったよな。」

「うん!」

ユリカの手をとると、これでもかというほどの笑顔が返ってくる。
今さら・・そう今さらだけど、そうなんだとおもう。

「だから、そんな一部の人たちに私たちが従う必要もないよ。」

「いいこと言うねユリカは。やっぱり君は、副艦長で終わる器でもないよ。」

「ジュン君?」

ユリカが振り返ると、座席を少し乗り越えてジュンが顔を出してきていた。
もしかして・・・聞かれてたのか?

「僕も僕で副艦長に戻る気もないし、結局は二人とも副艦長の器ではなかった。・・・リーダーは二人も要らない。それが僕とユリカの相性の悪かった原因かもね。」

僕自身が情けなかった事もあるけどねと付け加えたジュンの視線の先には、握りあったユリカと俺の手。
見られたと思って、あわててユリカの手を振り払う。

「ば・・これはだな、その違うんだ。」

「今さら取り繕わなくてもいいさ。それにそんなことばっかり言ってると、愛想つかされるぞテンカワ。」

「アキトは私の王子様なんだから、そんなことないもん。」







「青春してるわよねぇ。ジュン君もおおきくなったもんね。」

「殿方らしいですわ・・・それに比べて隊長と来たら。」

ミナトと静音が前の席から後方の席、つまり俺のほうを見てくる・・ちなみに隣は久美だ。
なんだ、何が言いたい。

「あっちにフラフラ、こっちにフラフラしないだけましだけど。」

「どこにも行かずに静観というのも、性質が悪いですわ。」

「あの〜、私は結構この関係が気に入ってるんですけど。」

「あのね、久美ちゃんはまだ若いからいいけど、私たちはそろそろ焦らなきゃいけないのよ。」

恐る恐る本音を吐いた久美だが、頬をかすかに引きつらせたミナトに反論される。
世間一般で言うぬるま湯の状態か。
少し前の俺ならこの場は静観していただろうが・・心変わりだろうか。

「三人ともしばらく時間をくれ。答えが出せるのか出せないのかもわからないが、奴を倒す事さえできれば俺は前に進める気がする。」

ゆっくりと静かに自分の決心を述べたつもりだが、三人とも目を丸くするだけで反応がない。
あまりに反応がないので大丈夫かと手を出そうとした瞬間に、三人が宙に浮いた俺の手を握ってくる。

「ちょっと今の聞いた、久美ちゃん?」

「はい、しっかりとこの耳で、静音さんは?」

「聞き逃すはずがありませんわ。」

「それにしてもコクト君からこんな言葉が・・・聞けるなんておかしい。」

「そうですわ。私たちには隊長のお考えを変えるようなことは何も。」

「まさか、別の女の人ですか!」

顔を輝かせて喜んだのはつかの間、三人の中で考えが一人歩きしてにらまれる。
思い出したのは銀髪の女の子の言葉、死んでいないだけ。
限りある多くの時間とは、あきらかにトキアの寿命のことだろう。だが短い時間の中でもトキアは確実に生きている。
それがどんな結果を生もうと、一生懸命他人のために。
俺は今までどうだった。自分のために北辰を追い、さらに他人を巻き込んで。

「コクトさん・・・考え込んで、怪しい。」

「そうよねぇ。そのうち白状させなきゃ。」

「なにはともあれ、先ほどの言葉だけでも十分だと思うのですが。」





「お気楽っていうか、本当に戦艦のクルーなのこの人たち。」

「若いんだからいいんじゃない?人は戦いのみに生きるにあらず。」

「それに狭いシャトルの中のせいか、まだおとなしいぐらいです。」

オモイカネのデータ転送後みんなが来るまで時間があったんで、三人一緒に輸送艇内を覗いてたんだけど。
良い傾向じゃないの。アキトとユリカはいい感じだし、ルインがコクトに何か言った事がよかったみたいだ。

「覗きばっかしててもしょうがないし、そろそろはじめますか。」

「そうですね。シャトルへの通信開きます。」

「やあみんな、元気そうだね。安心したよ。」

通信のウィンドの向こうでは、みんなが驚いたように固まっている。
一部例外はボソンジャンプを詳しく知るエリナやイネス、あとはコクトとアキトだ。

【トキアさん、無事だったんですね。今どこにいるんですか?】

【ルインもユキナもいるの?】

両隣に座っているルリちゃんとラピスがすぐさま問いを投げかけてくる。
なんだかんだで二人には心配をかけてばっかりだもんな。

「今、ネルガルの月基地にいるよ。ルインもユキナも一緒だよ。」

さっき覗いていて気づいたんだが、アカツキの姿が見えない。
他は整備班にいたるまで知った顔が並んでいるのに・・・どこいったんだ?

「エリナ、アカツキはどこいったんだ?まさか軍に捕らえられたのか?」

【まさか・・ちゃんと乗ってるわよ。ただブリッジでのやり取りを断片的に通信でみてた一部クルーに、裏切り者とか言われて連れて行かれたけど。】

エリナが視線を向けたのは貨物倉庫の方。
コミュニケを貨物室に移動させたけど、一瞬にしてサウンドオンリーに切り替える。
今・・・何かとてつもないものが見えた。

【うう・・・汚されちゃったよぉ。】

涙交じりのアカツキの声。

【はっはっは!流石の会長様もこの攻撃を防げはしまい!】

【見よ、我らを。】

【制裁は始まったばかりなのだ!】

な〜んか、汗がほとばしってそうな声。

【汚されちゃったよぉ・・僕のネコミミ・・・魔法少女・・・・・巫女さん。兄さん、もう直ぐ僕もそっちへ行くよ。】

確かにあらゆる意味で汚されたな。
先ほど一瞬、不覚にもこの目にしてしまったのは、筋肉質の男達がコスプレした姿。
今回だけはアカツキの意見に賛成だ。いかんだろう、アレは。
とりあえず貨物室を立ち入り禁止にして、話を先にすすめよう。
今は他に大事なことがあるしな。うん。

「まずみんなに報告しておくことがある。これは個人としての考えだが、折角の和平の芽だ摘むにはおしい。俺は木星との和平のために動く。みんなも、もう戦うことしか頭にない軍にはうんざりしてるだろ?」

【ちょっとまってよ、トキアちゃん。僕も和平には賛成だけど、ナデシコは軍に接収されてどうやって木星まで・・】

その疑問はみんなも持っていたのか、ジュンに続いて頷く者が多発する。

「心配すんなって、ナデシコが最新鋭戦艦って言っても完成してすでに一年以上たってる。ネルガルだって何もせずにいたわけじゃない。」

目配せでルインに合図を送ると、オペレータのウィンドボールに座ったルインがシャクヤクを起動させる。
戦艦があるかないかなんて小さなことだ。用は行くか行かないかの二択。

「相転移エンジン全機始動、オモイカネ新しい体(シャクヤク)の調子はどうですか?」

【各部異常なし、いつでも発進OK。】

「ユキナ、ネルガル月基地へ通信を。当艦シャクヤクはこれより発進する旨を伝えてください。」

「え?ちょっと・・・いきなり言われても、これかな?シャクヤク発進するんで、近くにいる人は危ないから退避しなさい。」

【トキアちゃん、シャクヤクってまさか。】

どうせシャトルはすぐそこまで来てるんだ。見ればわかるからウィンドの向こうであわてるジュンを無視する。

「ゲート開いていってるけどどうするの?このまま出るの?」

「シャクヤクの外観を見ればみんなも安心する。ルイン、このままシャクヤクを出してシャトルを回収に向かう。」

「まだクルーに乗るかどうか確認していませんが。」

「和平に賛成でも反対でも乗ってもらわなきゃ困るし、回収ったら回収。」

みんなは和平のことだけを考えていれば良いが、俺はその先まで考えてある。
それが平和な時代と戦争の時代、両方ではあるけれど、どちらにしてもみんなにはシャクヤクに乗ってもらわなくてはならない。

【これがシャクヤク・・】

【綺麗な戦艦だね、アキト。】

こちらからシャトルが見えるとうことは、向こうからも見えているのだろう。

「そうこれが俺たちの新しい戦艦、シャクヤクさ。AIはおなじみオモイカネ。」

【よろしく。】

【トキア、まさか貴方ナデシコからデータ転送したわね。】

「平気、平気。新しいオモイカネDとは融合って形だから、スーパーオモイカネかな。俺もただで軍にナデシコあげるほどばかじゃないよ。」

【そうですなぁ・・ただでは、泥棒ですからな。】

エリナがまったくと頭を片手で支えるが、むしろプロスさんは計算機片手に喜んでいる。
これで軍が接収したナデシコはうんともすんとも動かない。
相転移エンジンを載せ変えたり、新たにOS作るか・・・どちらにせよ時間は掛かる。

【オモイカネ、また一緒にいられるね。】

【スーパーオモイカネって呼ばなきゃだめ?】

【今までどおり、オモイカネでいいよ。】

うんうん。ルリちゃんもラピスも喜んでるみたいだし、オモイカネをデータ転送してよかったよ。
さあシャトルを回収したら木星へ一直線か。
和平か戦争か・・どちらに傾いても同じだけど、やるだけのことはやっとかないとね。



















「源一郎に聞いておきたいことがある、北辰は捕まったか?」

木星に向けてシャクヤクを発進させたことで、木星の和平派代表の九十九と月臣と合流する
前回できなかった握手を二人とかわしたトキアと九十九
木星の現状をさらに詳しく月臣から聞くと、あることを企てる
それはコクトとトキア二人だけの胸のうちにしまわれたまま、シャクヤクは木星へと向かう

次回機動戦艦ナデシコースリーピースー
[トキアの見つめる未来]