機動戦艦ナデシコ
ースリーピースー
第三十八話[和平の使者がもたらすものは?]


結局あのままボソン砲を備えた敵を追い払ってから半月、未だにナデシコは宇宙で遊泳中。
パトロールという名の厄介払いではあるが、半月の間に敵は影も形も見えない。
半月の内さらに半分は寝てたけどね。

「ふぁにをふるのれすか?」

ブリッジでルインと留守番をしている時に、むにっとルインのほっぺたを両手で左右に引っ張る。
痛いとは言わないが、迷惑がっているのは明らかだ。
一旦力を緩めて再度ひっぱる。今度はさすがに、うっと小さなうめき声を上げた。

「お前、コクトになんか言っただろ。前にも増して暗いぞ、あいつ。」

「きふぁいふぉいっふぁ・・・嫌いと言っただけです。」

俺が手を離したことでようやく会話が成り立つ。
何故ルインがそう言ったのかもわからないが、そんなことでコクトが暗くなるとも思えない。
俺が北辰殺っちゃったから怒ってんのかな?
コミュニケでコクトを呼び出そうかと考えていると、電子音でオモイカネから警戒音が放たれる。

「敵・・ではないようです。輸送船でもない、脱出ポッドのようなものが遊泳しています。」

「「あっ。」」

ルインが最大望遠で脱出ポッドを移したことで、二人同時に声が上がる。
脱出ポッドの中に居た人がちらりと見えた。間違いない、ユキナだ。

「ブリッジクルーを呼び出して集めておいて、俺回収してくるわ。」

「わかりました。まさか、和平でも結びに来たつもりでしょうか?」

「さあ、とにかく集めといて。」

真相が見えないまま俺は格納庫へと足を向ける。
たしか前は、兄貴をとられるのが嫌でミナトさんを暗殺しにきたとかだったっけ・・無謀な。
でも今回はそんな心配もないし、なんだろう。



「やっほールイン、ひっさしぶりぃ!」

「おひさしぶりです。」

「だよねぇ。それにしても、トキアって本当に戦艦の中でもあの格好なんだね。」

俺と一緒にブリッジに入って早々始まる甲高い声での会話。なんと言うかユキナのノリが軽かった。
一応敵艦のなかだぞ、ここは。

「え〜っと白鳥 ユキナさん、ですよね?僕が艦長のアオイ ジュンです。どうしてあのような脱出ポッドの中に?」

「そうなの、ひっどいと思わない?折角和平のために木星からやってきたのに、待ってるはずの地球軍の戦艦は居ないし。」

ユキナは一人でぷりぷり怒っているが、ブリッジに居るクルー全員の動きが止まる。
一番早く復活したのは、艦長の立場もあってかジュンだった。
タフになったな。

「ユキナさん、すみませんがもう一度、何しに来たのかいっていただけませんか?」

「だから和平だよ。わ〜へ〜い〜。アオイさん耳ちゃんと掃除してる?」

「「「「「「「「「「和平!!」」」」」」」」」」

「トキア君、どういうことだい?僕は何も聞いてないよ!」

「トキア、説明なさい。いつの間にそこまで話がいってたのよ!」

「和平が叫ばれる中戦艦を動かしていては、企業のイメージが悪くなってしまいますよ。」

ブリッジクルー全員が叫んだ後、アカツキ、エリナ、プロスと俺に詰め寄ってくるが、俺も今知ったんだよ。
こういう時はあの人の出番だ・・金髪説明おば

【お姉さんよ、間違えないでねトキアちゃん。どうやら私達が宇宙でぶらぶらしてる間に、和平の世論がどんどんふくらんだようね。地上波のテレビではそのニュースで持ちきり。まぁ・・地上波が見れないここでは知らないのも無理ないわね。】

「そういうことらしいぞ。」

とりあえずどうやって人の頭の中をよんだのかは無視する。地上波が見れないのに何故知ってるかも無視だ。
いつの間にか・・・か。
疲労を抑えるために、ハッキングでの覗きをやめたのがあだになった。
せめて一般論ぐらいは収拾するようにしないとな。

「ねえねえユキナちゃん、迎えの軍艦がいなかったって言ったよね?」

「そうなんですよ。この艦が拾ってくれなきゃ、窒息死か餓死だよ。まったく。」

ユリカの唐突の質問だが、和平の使者とのランデブーポイントに現れない矛盾に気づいたのはユリカやジュンだけではない。
きな臭い匂いを感じブリッジに緊張が走った瞬間、警報がかき鳴らされオモイカネがウィンドで侵入者を警告してくる。
たくさんのウィンドの中で侵入者を映した映像では、奴が居た。
死んだはずの奴が、後続に六人ほど引きつれ艦内を疾走していた。

「馬鹿な・・死んだはずじゃ。」

ブリッジのドアが開いた音を聞いたときには、遅かった。
止める暇も無く、コクトがブリッジを出て行ってしまった。

「ゴート君、すぐに保安部を。」

「駄目だ、誰も出すな!」

プロスさんが人を向かわせようとしたが、すぐに止めた。
普通の人が相手をできるわけがない。俺・・・もしくはコクトじゃないと。

「オモイカネ、ブリッジに直通になるように防火壁を閉じろ。一般クルーを出歩かせるな。誰も手を出すな!」

自分で言っていて支離滅裂だが、それだけ言うとブリッジを飛び出し、ドアを中からも外からも開かないようにオモイカネに頼む。
最悪だ。頭の回りすぎる自分が嫌になる。現れない地球軍、現れた北辰。
明らかに木星と地球の和平を嫌った上層部が、今回のことは手を組んでやがる。







生きていた。奴が再び現れた理由など、どうでもいい。今度こそ・・俺の手で。
防火シャッターが降り始めたのは、一般クルーを守るためだろう。
防火シャッターが下りない通路を直進していけば・・・

「テンカワ コクトか・・我が相手をするまでもない、烈風。」

北辰の合図で、後ろに控えていた六人のうちの一人が進み出た。

「キィェェエエエ!!」

短刀片手に突っ込んでくるが、半身をずらし相手を勢いを利用して拳を顔面に突き入れる。
相手が崩れ落ちる前に持ち上げ、北辰めがけて投げかえす。
烈風と呼ばれた男は受け止められる事も無く、かわした北辰の後方をすべっていった。

「木蓮式柔に似てはいるが、我流か。」

「流派などどうでもいい。こい、北辰!!」

「コクト一人じゃ、その数は無理だ。手伝う!」

背後からトキアが走ってくるが、振り向かない。
他の奴など知ったことではない。俺の狙いは、北辰だけだ。
生きてはない、死んでないだけ。例え今はそうでも、俺は奴を倒さなければ先へは進めないんだ。

「テンカワが二人もそろったか・・」

「北辰、何故お前が生きている。あの爆発を耐える事はおろか、逃げる事すらできなかったはず!」

「ふん、跳躍が貴様らだけの専売特許だと思うな。」

北辰の返答にトキアが悔しげに歯を鳴らす。
脱出用のジャンプ機能がついていたと言うことか、だが。

「ここで倒せば同じことだ!」

「すまんな。我の今回の任務は、貴様らと戦うことではない。」

北辰がにやりと笑うと、虹色の光に包まれだした。

「待て北辰、逃げるのか!!」

「任務?俺たちじゃない・・しまった!」

トキアが叫び来た道を戻ろうとするが、足元に短刀を投げつけられる。

「我らの任務は、貴様らの足止め。簡単には行かせん。」

「コクト!」

「わかっている。ここは俺がなんとかする先に行け。」

走っていくトキアを庇うように、残りの五人の前に立ちふさがる。
いくら一人一人の実力が下でも、多対一で優勢に運べるとは思えない。
だが、なんとかするしかない。北辰が向かった先は、ブリッジだ。





突然現れた侵入者。コクト兄さんとトキアが向かったけど、リーダー格らしい男は消えた。
コクト兄さんの言った通り、逃げたのか?
でも、なんだろう。そんな気がしない。まだ奴は・・・近くに。
そう思ったのは間違いじゃなかった。大きな爆音と共にブリッジへと吹き飛んでくるドア。

「少々誤差が出たが・・まあ、いい。」

爆煙の中から現れたのは、奴だった。
あっけにとられ、事情が読み込めていないクルーを値踏みする目つき。
何もされていないそこに居るだけで体が震える。何故だ・・俺はこいつを知ってる気がする。

「貴様、何者だ。何の目的で」

「ゴートさん、動かないで!」

ゴートさんが懐に手を伸ばしたので、叫んで止めさせる。
敵意をみせちゃいけない。ここにいちゃいけない。たぶん、ゴートさんもわかってるはずだ。
ブリッジに居る誰もが動けない。たった一人、こいつが居るだけで。

「下手な動きを見せなければ殺さない。証人が必要なのだ。」

何のことかわからなかったが、ゆっくり奴がユキナちゃんのほうに踏み出す。

「な・・なによ。」

「白鳥 ユキナ、貴様にはここで死んでもらう。和平など、必要ないのだ。」

「ふざけた事言ってんじゃね!」

「平和の何処が悪い!」

叫ぶことで無理やり体を動かし、奴に向かっていくリョーコちゃんと三村さんを前に飛び出て制止する。
汗が全身から吹き出て、震えが止まらない。

「動いちゃ駄目だ!誰もかなわない・・誰も。」

「どうやら貴様には、我の強さがわかるようだな。テンカワの者か?」

奴の眼球が、ゆっくりと俺を捕らえる。

「彼の名はテンカワ アキトです。また貴方は見ているだけですか?見ているだけでは何も守れない、貴方は知っているはずです。」

奴が放つ重圧の中、軽やかに歩を進めたのはルインちゃん。
彼女の言葉が体ではなく心を震わせる。

「貴様、何を言っている。」

「この場でユキナを守れるのは貴方だけです。三人の中で貴方が与えられたのは、無限の可能性。強く想いなさい、守りたいと。」

「戯言を。」

奴が再びユキナちゃんのほうへ振り向き、懐から短刀を取り出す。
守りたい・・・そう思ってる。けど、かなうはずがない。
誰もが金縛りにあったように動けないまま、ゆっくりとユキナちゃんの前で短刀が振り上げられる。
耐え切れなかったのか、何処からか悲鳴が上がる。
その声がユリカだと気づいたときには、俺は北辰の腕を止めていた。

「うおおおおおおおおおお!!」

それまでの恐怖は吹き飛んでいた。腹の底からと言うのも生易しい、魂の底から叫びで北辰を投げ飛ばす。

「我を無様に投げ飛ばすとは・・だが、任務の邪魔はさせん!」

北辰が、投げ飛ばされた空中で短刀を投げつけてくるが、柄を握り受け止める。
投げ返して弾かれては皆に危険が及ぶ。短刀を捨てると、北辰を待ちうけ構える。
型なんて知らないけど、構える。

「またも木蓮式か・・貴様の実力を読み誤ったのは事実。」

口惜しそうに顔を歪めた。
顔はこちらを向いているが、意識はその後ろの通路・・・わかる、トキアがこちらに向かってる。

「テンカワの者たちよ、我は貴様らの顔は忘れぬ。いずれ決着をつけようぞ。」

ボソンジャンプの光に包まれだした奴。
そのまま消えても、構え続ける・・・構え

あれ?動けない。今更恐怖にのまれたのか、体を動かすことが・・・

「アキトー!!大丈夫怪我してない?」

「だー!!くっつ・・・あっ動けた。」

くっつかれるのは鬱陶しいが、気になってユキナちゃんのほうを見る。
腰が抜けたのか、ジュンに助け起こされてた。
よかった・・・助けられたみたいだ。

「ごめん。本当なら、僕が率先して守らなきゃいけないのに。」

「はは・・よくわかんないけど、助かったんだからオッケー。」

「それにしても、和平など必要ないか。」

情けない顔から一転、顔を引き締めるとジュンが疑問をそのまま口にした。

「たぶんさっきの人、草壁派の人だと思う。少し前に木蓮の全権を握っていた草壁中将が、その座から下ろされたの。」

「なるほどね。でも、話にはまだ続きがありそうだ。」

「トキアさん、無事だったんですね!」

「コクトにぃも!」

ルリちゃんとラピスが、二人に駆け寄る。
服が所々破れてたりするけど、これと言った傷はなさそうだ。

「和平を阻止するために、北辰が来るのはわかる。だがこれだけでは、迎えの軍艦が居なかった説明がつかない。」

「地球連合軍所属艦が三隻近づいてます。おそらく、不愉快な話になりそうです。」

コクト兄さんに続くように、ルインちゃんがウィンドに映し出す。
あいつらが逃げてからそんなに経ってないのに、偶然にしてはうますぎると思う。

【こちらは、連合軍所属艦イラクサ。現在和平の使者としてきた白鳥 ユキナには、スパイ容疑が掛かっている。即座に引き渡すように。】

開いてきた通信には、これでもかと言うほどにふんぞり返った軍人が映し出される。
その高圧的な態度に反感を覚えた全員がジュンを見。
反対にジュンも一度この場に居るクルー全員を見渡し、ウィンドに向き直る。

「根拠のない疑いに対して、従う道理は無い。ユキナちゃんは渡さない!」

キリっとジュンが決めたことでお〜っと歓声が上がる。
別に茶化しているわけではなく、クルー全員の気持ちだろう。

「嫌いじゃないんだけどね、君みたいな生き方。でも、もっと大人になろうよ。」

ちゃちゃが入ったのは、艦長席にもたれたアカツキ。
そして、その手のひらにはマスターキーが・・

「「「「「「「「「「「「あーーーー!!!」」」」」」」」」」」

「そんな・・マスターキーは艦長の僕か、ネルガルの会長しか。」

「そう・・その会長が僕アカツキ ナガレさ。まあ、実質お飾りだけどね。」

「「「「「「「「「「「「えーーーー!!!」」」」」」」」」」」

本日何度目かの合唱、そっか・・みんなアカツキが会長だって知らなかったんだ。
公然の秘密だと思ってたのに、ところでお飾りってところでトキアを見たのは何故だ。
エリナさんもプロスさんも頷いてるし。

「ネルガルは見てのとおり、軍に逆らうつもりは無いさ。」

【君みたいな若者が会長とは、良い判断だ。】

「だけどね・・良く見ててよ。」

いたずらが成功した子供のような顔を見せたアカツキが、軍人の視線を導くように片手を伸ばす。
その先には、両手にルインとユキナちゃんを連れたトキアがいた。
そして数秒後、三人は光の中に消えた。

「逃げられちゃった。いや〜、勘違いしないで欲しいな。ネルガルは逆らうつもりは無いよ。これは彼の独断さ。」





















「若いんだからいいんじゃない?人は戦いのみに生きるにあらず。」

ようやく自分の気持ちに気づいたアキト
少しずつ三人の女性に対する態度を変えていくコクト
ナデシコを奪われたことは、二人に精神的な成長を促した
そしてトキアは新たなる戦艦を用意し、再び舞台へあがることを皆に求める

次回機動戦艦ナデシコースリーピースー
[新戦艦、シャクヤク始動]