機動戦艦ナデシコ
ースリーピースー
第三十七話[深い宇宙がもたらす死]


「エステバリスの第一部隊は順次発進。全て発進し終えたら、ナデシコは全ての火を落とします。メグミさん、艦内放送で呼びかけをお願いします。」

「わかりました。艦内のクルーに通達します。」

【コクト機、出るぞ。】

【続いてヤマダ機も出る。】

「出撃したエステバリスは、予定通りコース取りをした後ソーラーセイルを。ラピスちゃん、敵艦の予測進路とエステバリスのコースのデータを送ってください。」

「わかった。コクトにぃ、データ送るから他のエステにも中継して。」

【了解。】

「ミナト、後五百メートル敵艦との距離をとってください。」

「了解、ルインちゃん。」

みなが慌しく動いているが、ボソン砲をそなえた敵艦を宇宙に誘い出すことには成功した。
後は作戦通り、エステバリスの宇宙遊泳とナデシコの火を落とすだけ・・なんだけど。
やることなくてブリッジのベンチにぼーっと座っている。

【トキア隊長、何をしているのですか。第二部隊は格納庫に待機ですよ。】

「わかってるよ、新見さん。」

【わかっているのなら、早くこちらに来てください。】

せっつかれて、やれやれと腰を上げる。サボっていたつもりは一切ない。
ただ、俺の予測・・・感が正しければ、少々やっかいなことになる。
別にジュンの作戦が悪いわけじゃない。
万が一に備えて部隊を二つに分ける当たり前のことだ。
七機もエステバリスがあれば普通の敵は大丈夫だ・・・普通なら。



ブリッジを出たのは良いけど、向かった先は医務室。
何度かコミュニケで呼び出しがあったけど、元からコミュニケの電源を切った。

「珍しいわね、貴方の方から診断を受けに来るなんて。」

「今の医学でどうしようもないものを診断してもらっても、しょうがないだろ。」

俺の言葉にイネスさんがちょっとむっとした顔をした。
当たり前か・・侮辱してるようなもんだ。

「失言でした。それでどう?」

「よくないわね。貴方の体は未知のナノマシンがわんさか・・気休めでしかないけど、これを飲んでおいて。」

「本人の前で気休めと言うかね。」

渡された錠剤を、同じく渡されたコップの水で流し込む。

「ねえ、トキアちゃん。そろそろ話してくれてもいいんじゃない?貴方の秘密を。」

今までもクールに表情を抑えていたイネスだけど、さらに引き締める。
怪しんでいる様子ではなく、好奇心のほうが近い。

「本当は気付いてるんじゃないの?ヒントはあげたはずだけど。」

「予想は出来てる。・・それでも私は、貴方の口から聞きたいの。」

「俺たちトキア、コクト、アキトは未来からボソンジャンプでやってきた。それが答えだ。」

「やっぱり、おかしいと思ったわ。さっきは未知のナノマシンと言ったけど、その中には今あるナノマシンの明らかに発展系も混ざっていた。」

「ネルガルやナデシコに害を及ぼすことはしないから、まあ安心しとけ。」

気楽にそう言うと、ついでに秘密なと言っておく。
変人扱いされたくないから当たり前よ、と返ってきたが。

「ただ、アカツキ君やエリナには言ってもいいでしょ。知る権利はあると思うけど?」

「別にいいけど。そうそう、こっちが本題だった。」

医務室に来た理由は二つ。
一つは診断を受けることだけど、あまり意味がなかった。
もう一つは・・





格納庫に着いたら、そそくさとカトレアに乗り込む。
コミュニケ無視してたから、ばつが悪かっただけなのだが・・コミュニケをつけたとたん。

【トキア隊長、何をなさってたんですか!】

【トキアさん、作戦行動中にコミュニケ切らないでください!】

【トキア、こういうことをされては困ります。】

新見さん、ルリちゃん、ルインと順に三つのウィンドが開く。

「もうカトレアの中に居るから、用件は順番に言ってね。」

【私は・・トキアさんのコミュニケが切れてたから、気になって。】

【私もルリと行動理念は同じです。】

そもそも二人同じオペレーター席に居るのに、別個でウィンド開くことないでしょ。
二人に謝っておきウィンドを閉じさせようとしたけど、気になることを聞いた。

「ルリちゃん、予測でいいけどコクト達は今頃どのあたり?」

【敵艦とナデシコのおよそ中間を過ぎたころです。】

それを聞くと、俺は新見さんだけでなく第二部隊全員とブリッジへとコミュニケをつなげる。

「ジュン、予想通り敵が来たとしても気づいてから出撃じゃ遅い。第二部隊を全員出撃させる。」

【それはいいけど。エステバリスの起動はできないから、ワイヤーかなにかでナデシコにくくりつけるしかないよ。】

「十分だよ。あと第二部隊全員に言っておくが、赤い機体が居たら手を出すな。」

【もしかして、それって角付きとか?】

【三倍の出力・・・手ごわいよね。】

【何をふざけているのですか!!】

新見さんがヒカルと夏樹をしかる・・俺もそれがちらりと頭をかすめたけど。
お前らマジで人の話を聞け死ぬぞ。

「仮面の貴公子は置いておいて、そいつは強い。新見さんは第二部隊全員を率いて、他の機動兵器に当たってくれ。」

【了解しました、トキア隊長。】

【ちょっと待ってください。十一時の方向より機動兵器が一機接近中です。】

「思ったより早かったか。ジュン、こちらの場所はばれたと考えていい。ボソン砲に気をつけろ!」

【了解です。ラピスちゃん、ボース粒子の増大を探知後、即回避行動お願いします。】

ルリちゃんが望遠で映し出したその機体は、深紅に染まった機体。
以前ナナフシの時にあいまみえた北辰の機体。
今度の俺の機体は整備も万全、負けられない。

「第二部隊出撃だ。さっき言った通りにしろ。手は出さずに、他にも機動兵器が居ないか注意しろ。」

【でもトキア隊長、全員で掛かれば・・】

「足手まといだって言ってんだよ!」

問答がめんどくさくなって、七海に向かって叫ぶ。
反論を許さないようにコミュニケを切り、さっさと北辰めがけて出撃する。
ちらっと後ろを見ると、新見さんの指示なのか、ナデシコからそれぞれが離れて布陣される。
ボソン砲を撃たれることを前提にした、ナデシコの回避行動の邪魔にならないようにだろう。

「北辰、御託は抜きだ。全力で行く!」

【テンカワ トキアか・・敵艦の位置を探るだけのつまらぬ任務かとも思ったが、少しは楽しめそうだ。】

これ以上、北辰にかき回されるわけにはいかない。
コンソールに手をつくと、システム・ドーリスFを起動させる。
カトレアの機体に不釣合いなほど大きな二つのジェネレーターが、ツボミから花開くように広がり始める。
そして、そこから小さな機械が複数、宇宙空間に飛び出す。
負担を減らす。それが、セイヤさんがドーリスFを改造した時のコンセプト。
等身大の機動兵器を操るのではなく、シードと呼ぶべき小さな機動兵器を操る。
命令を単純化する事により、負担を減らすことに成功した。

【曲芸か。】

「一番機から四番機、前面にて展開!」

さもつまらなそうに突っ込んできた北辰に対し、四つのシードに命令を下す。
シードに下せる命令のうちの一つで、フィールドで面を作り出し深紅の機体の拳を止める。

【なに!】

「五番機から全機発射!」

次の命令で動きの止まった北辰めがけて十数もの光線が打ち出される。
だが、それだけで簡単に落とせるわけもなく、紙一重でかわされる。

「今のをかわすかよ。痛いのは一瞬だ、死ね北辰。」

【勝負を急ぐか・・未熟。】

急ぐのは当たり前。負担が少ないとはいえ、それは以前のドーリスに比べてだ。
いくら命令を「展開」と「発射」だけに絞っていても、普通にエステバリスに乗るより数倍疲労がたまる。
しかし、先ほどのように不意をついてもかすりもしなかった。単調な攻めじゃ駄目だ。
どうすると考えていると、ボース粒子の増大を知らせるアラームが鳴る。
その直後、宇宙に瞬く爆発。

【トキアちゃん、余り長くは回避できない。できるだけ早くその敵を・・・】

ジュンの言葉が途切れたのは、再度の砲撃でナデシコが揺れた為だ。
視線を北辰に移すと、シードの発射を回避する事に専念し戦いを長引かせようとしている。

「やるしかないか。ルイン、来い!」

思いついた作戦を実行するには、ルインが持つCCが必要だ。
コミュニケをブリッジに繋げると端的に述べる。
あまり褒められたやり方じゃないが・・コクトたちが敵艦を落とすのを待つわけには行かない。

【わかりました。】

コミュニケからルインの声が届いたすぐ後に、パイロットシートの後ろの狭いスペースにルインが現れる。
ルインがいきなり消えたことで、ブリッジがパニクってるかも知れないが、エリナやプロスがなんとかしてくれるはずだ。
北辰をシードで牽制しながら、ルインに簡単に思いついた作戦を説明する。

「これから北辰を誘導してミサイル群に近づく、全てのミサイルを爆発させるからカトレアをジャンプさせてくれ。」

「了解です。タイミングの合図をお願いします。」

ルインの頷きを確認すると、シードが放つ光線をかわさせ少しずつ北辰を誘導していく。

【どうしたテンカワ トキア!このような玩具では我は倒せぬぞ!】

「その玩具に手も足も出ないのは誰だ!」

シードを使っての攻撃ばかりでは消極的で怪しまれる・・・いや、少しムカついたんだけど。
時に突撃をし、かわされ反撃を受ける間も、ミサイル群へと近づいていく。

【どうした。早くしなければ、貴様の大切なものが宇宙の藻屑と消える!】

すでに肉眼では確認できないほど離れたナデシコは、相転移エンジンを始動させていた。
もはやエンジンを止めている余裕すらないようだ。
ミサイル群の中枢まで行っているような時間は無いか。

「トキア、これ以上の誘導は無理と判断します。作戦の実行を。」

「全ミサイルをハッキング開始、目標は北辰。」

沈黙を保って遊泳していたミサイルが一斉に北辰に弾頭を向ける。

【テンカワ トキア、貴様まさか。そんなことをすれば貴様まで!】

「ご心配なく、バイバイ北辰。」

別れの言葉を最後に、全てのミサイルを北辰めがけて起動させる。
普通に戦艦から順に打ち出されたミサイルなら、北辰もかわせるだろう。
しかし、ここにはナデシコにつんであった全てのミサイルがあり、全てが同時に発射されたのだ。
かわすどころか、逃げる隙間もない。

「ルイン、ジャンプだ!」

「了解です。」

【テンカワ トキア、貴様!!】

北辰の絶叫は半分も聞こえなかった。
俺たちは虹色の光に包まれ、ジャンプした。



ジャンプアウトしたのはナデシコの目と鼻の先、遠くではものすごく大きな爆発が続いている。

【トキアちゃん、直ぐに格納庫へ!ナデシコは一時この場を離脱します。】

「了解・・・」

格納庫に降り立つと、

【トキアさん!】

【トキア!】

真っ先にコミュニケをつないだのは、ルリちゃんとラピス。
北辰がいなくなり、ナデシコの正確な位置がわからなくなったとは言え、まだ戦闘中なのに・・・
でも、注意を促す事さえできそうにない。

「ルイン、出撃前に格納庫にストレッチャー用意してもらってるから、後お願い。」

「無茶ばかりしますね。感心はできません。」

「・・・・・そうだね。」

ルインが辛そうな顔をしてた気がしたけど。
厄介ごとが一つ終わったせいか、戦闘疲れなのかゆっくりと目を閉じた。







敵艦を撤退させることに成功した俺は帰艦後、ブリッジに向かわず医務室へと急いだ。
その理由は、ルインが話したトキアからの伝言だ。奴は、死んだと。
ルインがその意味を知っていたのかどうかは、どうでもいい。知りたいのは、奴の生死だけ。

「ドクター、邪魔をする。トキア、起きろ!」

「ちょっと止めなさいコクト君。トキアちゃんなら、まだ起きないわ。」

眠っているトキアの胸倉をつかんだことで制止してくるが、かまわず揺さぶる。

「起きろと言っている!」

「止めなさい!!」

興奮していて良くわからなかったが、気がついたら視点がトキアからずれていて、じわじわと頬に痛みが広がりだした。
それからだった。ドクターに頬を叩かれたとわかったのは。

「貴方は一体、何を考えてるの!トキアちゃんの体の事知ってるんでしょ。だったらなんで、こんなことが出来るの!!」

何も言い返せず、ゆっくりとトキアをベッドにおろすとシーツをかける。

「ドクターは、トキアから何か聞いてないか?」

しばらく互いに黙っていたが、こちらから口火を切る。

「聞いてても教えたくもないわ。貴方、ブリッジに出撃後の連絡してないでしょ、行ってらっしゃい。トキアちゃんは、後一週間は起きないわ。」

「一週間だと?」

「そう一週間。以前ドーリスを使った時は、今日より負担が大きかったのに関わらず一日だった。これが何を意味するかわかってるの?トキアちゃんの体は、加速度的に悪くなっている。そう遠くない未来、二度と目覚めなくなるわ。」

最後の方は震えるようなこえだった。
二度と目覚めない・・つまりそれは、死。
トキアの命が短いことは知ってるつもりだった。わかっているつもりだった。
だが本当に知っていたのか?わかっていたのか?
自問自答を繰り返しつつ医務室から出て行くと、逆にこちらに向かってくるのはルイン。
トキアが連れてきた少女、前の歴史には居なかった子。

「私は貴方が嫌いです、テンカワ コクト。」

すれ違いざまに放たれた言葉に足を止め、振り返る。
だが彼女は、足を止めただけで振り返らない。

「限りがあるとはいえ、多くの時間を持っているのに復讐に全てをささる。貴方は、本当に生きてると胸を張って言えますか?」

復讐の二文字が含まれた問答に、ギクリとさせられる。

「今の私なら断言できる。貴方は死んでいないだけです。失望しました、黒の執行者。」

黒の執行者、その言葉の意味は全く解らなかった。
だが、彼女の言葉の前に俺はしばらく動くことが出来なかった。



















「コクト一人じゃ、その数は無理だ。手伝う!」

ナデシコの前に現れたのは、ユキナを乗せた脱出ポッド
彼女の話では和平の使者としてきたらしいが、そんな話は全く聞いていないナデシコ
全く状況が飲み込めないまま訪れた、招かれざる来訪者たち
艦内を疾走する彼らの目的とは?

次回機動戦艦ナデシコースリーピースー
[和平の使者がもたらすものは?]