機動戦艦ナデシコ
ースリーピースー
第三十五話[勇気と決意のダンスパーティ]


相手が正体不明の木星蜥蜴から木星人に代わり、クルーのそれぞれにそれぞれの想いが芽生えても、私たちの生活は変わりませんでした。
住む場所は戦艦であるナデシコであり、就く任務と言えば危険地帯最前線。
世論に多少の和平交渉が出てきましたが、いつになることやら・・上がっては消え、消えては上がって。
そんなある日、私に届いた一通の電子メール。差出人はピースランドの王家からでした。

「ピースランドですか?」

「スイスと同じ永世中立国ですな。さらに言うならば、スイスと同じく銀行も所持しています。」

「私、銀行に口座なんて持ってませんよ。少女なので、お金の管理は全部トキアさんに任せてあります。」

私の言葉にジュンさんとプロスさんが頭をひねります。
けれで、いくら考えても答えは出てきません。そのうちに見えて来たのはピッカピカの・・・馬車?
いえ・・・撃ち落して下さいと言わんばかりにキラキラと電飾を光らせた、飛行船でした。

「でも、要件も書かずに日付だけを指定するって、失礼だと思いませんか?」

「ルリさん、思ってはいても口には出さないでください。銀行は怒らせると怖い。」

「プロスさん、抑えて抑えて。よぉ〜く、わかりましたから。」

目を血走らせたプロスさんをなだめるジュンさん。・・・顔がひきつってます。
そんな会話がなされているとは知らず、飛行船はナデシコへと着艦し出てきました。
私に何の用があるのか・・あ、ドアが開きました。
出て来たのは、古い映画に出てきそうな貴族の格好をしたお爺さん。
その人が放った第一声は、ジュンさんとプロスさんを驚かせるのに十分だった。

「お迎えにあがりました、姫。」

「「ひっ、姫ぇ!!」」

私の判断は結構速かったです。
自分がするのと、他人にさせるのと趣旨は違いますが同じ趣味なのでしょう。
とある人物にコミュニケを繋げて取り次ぎました。

「アカツキさん、お仲間さんですよ。」






今私はテンカワ家の自室で、オモイカネに頼んで姫に関する資料を出してもらってます。
迎えに来た老齢の方は、別にアカツキさんと同好の士ではなく、ちゃんとしたピースランドの使者でした。
なんでも昔子供ができない王と王妃が悩んだ挙句、試験管で子供を作ろうとした結果が私だそうで。

「お姫様か・・迎えに来たということは、やっぱり私に国に来いってことでしょうね。」

正直、気が進みません。私には今の家族がいて、それで満足なんですから。
妹のラピスが居て、三人の優しいお兄さん・・・コクト兄さんと、アキト兄さん。

いえ・・一つだけ満足できてないですね。トキアさんの、ことだけは。
どうしたものかと考えていると、目の前の映画ではお姫様が騎士に抱かれて幸せそうにしてます。
ストーリーは悪漢、魔女、魔王・・・まあ色々な人種に好かれてしまったお姫様を助け出す騎士のお話。
ありがちと言うより・・・・良く映画化できましたね。後で監督や製作会社をチェックしておきましょう。
あれ?ちょっと待ってください・・・・お姫様と騎士?これはいけるかもしれません。
多分この時私は、少女らしからぬ笑みを浮かべてました。表現するとニヤリです。何処かの髭よろしく。





ピースランドへの出立の日、皆さんは見送りに着てくれました。
その全員が、きっちりお土産を頼んだことについては・・・今更のことのようですが。
それはいいんですが、ちらりとトキアさんを見るといつもの格好・・つまりメイド服。

「トキアさん、私が欲しかったのは護衛なんですが。」

「知ってるよ。これならどう見ても侍女にしか見えないだろ、完璧なカモフラージュ!」

ビッと親指を立てられては何も言えません。
私としたことが、いきなり作戦失敗です。
お姫様と騎士作戦はいきなり頓挫を迎えようとしています。
すっかりトキアさんの女装を忘れていました

「トキア、ヒナギク準備できています。」

「よし、それじゃあ行こうか。」

「ちょっ・・ちょっと待ってください。何故ヒナギクなんですか?それにルインさんが・・・」

よく見れば、ルインさんの格好もトキアさんと同じメイド服・・・ということは。

「俺じゃあ、さすがに風呂とかまではいけないだろ?そのかわりがルイン。それにカトレアに三人も乗れないし。」

二重にしてやられました。正直このままうなだれて、一歩も動きたくないです。
カトレアだったら狭いため、トキアさんの膝上が狙えたのに・・しかも、ルインさんが同伴。
すべて見透かされていると思えるほどでした。
・・・ピースランドに行くの、やめたいです。









そんなわけにも行かず。着いてしまいました、ピースランドに。
私の沈んだ気持ちとは裏腹に、ヒナギクから顔を出すと同時のファンファーレ。盛大に迎えられました。
ヒナギクを降下させた中庭には赤い絨毯がひかれ、兵士たちが道の脇に並び剣を掲げてました。
こんな気持ちじゃなければ・・・少しは感動したんですけど。

「私って、本当に姫だったんですね。」

「ルリちゃん、ここらかはお喋り禁止。お姫様は侍女とは軽々しく口を利かないの。」

「私たちは、ルリの後ろを歩きます。」

ルインさんの言ったとおり、私を先頭にして二人が後ろを着いてきます。
私だけのけものみたいで、なんだか面白くないです。
一度後ろを向いてトキアさんを睨んでもそ知らぬ顔、もう知りません!。
ズンズン中庭を通り、宮殿に入ってもそのまま直進。すると謁見の間と看板が・・・看板?

「お〜、よく来たなルリ。私が君の父だよ。そして、こっちが君の母だ。」

「あらあら、大きくなって。」

ハンカチで涙を拭く王妃様。

「そしてこっちが君の弟たちだ。」

「「「「「ようこそ我らがルリお姉さま。」」」」」

五つ子さんがハモって挨拶。
謁見の間の大きな扉をくぐると同時に、王様らしき人が自己紹介を始めましたんですが。
でも、いいですか?・・私たちまで中央まで歩いてないのですよ。
急ぎ足になったこっちの身にもなってください!
イライラと毒舌になりかけるのは、さっきのトキアさんのせいだと思いたいです。

「所詮、人真似の国だからね。」

「中身までは真似られませんから。」

私の考えがわかったのか、トキアさんとルインさんが聞こえないようにこぼしました。

「お会いできてなによりです、父、母。」

「良くぞ戻ってきた。ルリよ、聞けばネルガルの戦艦などに乗っているとな。」

「あらあら、それは危険な。」

「クルーはいい人たちばかりです。それに兄たちが居るので、危険はありません。」

戦艦などと言われさすがに頭にきましたが、プロスさんに失礼のないようにと釘を刺されていたのでなんとか抑えました。
時間外労働のお給金もらえないでしょうか。

「ルリよ、そんな危険な所に居るのは止めて、わが国に帰化せんか?」

「それはいい考えね、あなた。」

人の話を聞いていたのでしょうか、この王様は・・

「いえ、私は血で言えば王家の人間かもしれませんが、心はすでにテンカワ家の人間です。すみません。」

「そうか・・それは残念だ。しかし我らの娘であることに代わりはない、せめて今夜だけでも泊まっていくがよい。」

「それはいいですね。その家族にもあってみたいですし、いっそのことそのナデシコとやらも呼び寄せましょう。」

「今夜は盛大にパーティだ!」

盛大ついでに豪快に笑うのはいいのですが、私まだ出ると言っていないんですけど。
でもパーティぐらいは・・もしかすると、これはかなりチャンスですか?
私の頭に浮かんだのは、偶然ですがなかなかなアイディア。
うっかり部屋で居た時と同じ笑みを浮かべてしまい父母が引いてました。







謁見が終わり用意された部屋に行くと、すぐにコミュニケをナデシコにつなげました。
相手はコクト兄さんとアキト兄さん。

【どうした?】

【どうしたの、ルリちゃん?】

「お願いしたいことがあるんです。」

まず話したのは、ピースランドで行われるパーティのこと。そこにナデシコのクルーが招待されること。
その二つを伝えた後に、私にとってもっとも重要なことを伝えました。
アキト兄さんはすぐに了解してくれたけれど、コクト兄さんは少し迷ってました。

「コクト兄さん、お願いです。今日だけでいいんです。」

頭を下げると、了解してくれたコクト兄さん。
具体的なことは二人に任せてあります。行為自体はそう難しくないから・・





数人の侍女さんたちに着させられたのは、淡いブルーのドレス。
急遽用意されたものではあっても、普段なかなか着れないような立派なものでした。

「ルリルリ、似合ってるわよ。可愛い。」

「ありがとうございます、ミナトさん。」

「ルリちゃんがお姫様か、それでこれからはどうするの?」

「何も変わりません。私はこれからもナデシコに乗りますから。」

私の言葉を聞いて、ミナトさんもメグミさんもほっとしたような表情。
ちょっと私の涙腺が緩みかけました。
小国とはいえ王が主催したパーティということもあって、所々に著名人の姿が見えます。
ナデシコクルーのほとんどがそんな場に慣れているはずもなく、結局は身内同士が集まって話すのが精一杯。
貴族らしき人にダンスに誘われている女性クルーも少なからず居ますが、すごく慌ててます。

「ルリねぇ、コクトにぃ達が居ないけど何処?」

髪の色と同じピンクのドレスを着たラピスの問いかけ。
ここに居ないのは、トキアさんもそうです。
さらに言うなら三人だけでなく、ある事情を共通に知るアカツキさんやエリナさん、プロスさんも居ません。
私がある頼みごとをしたのですが・・・楽しみでなりません。

「ルリねぇ・・こわい。」

「ルリルリ、外であまりそういう笑い方しちゃ駄目よ。」

いけません、癖になってたみたいです。

「お姫様、よろしければ私と踊っていただけないでしょうか?」

必死に笑みを消している時にかけられた言葉。
振り向けばそこには私の望んだ人がいました。男性用の礼服を着たトキアさんです。
ポニーテールにしていた髪を首の後ろで束ねている姿は、貴族の人たちに見劣りどころか・・・逆転ホームラン。
私は躊躇することなく、差し出された手をとりました。

「どこかで見たことある気がするんですけど・・ミナトさん、見覚えないですか、あの人?」

「気のせいよ、メグちゃん。メグちゃんも踊ってきたら?あの人なんかどう?」

「トキ・・」

トキアさんだと気づいたラピスの口を、ミナトさんがふさいでくれました。感謝です。
私が兄さん達に頼んだのは、トキアさんにちゃんと男性の格好をさせること。
多分兄さん達に私の気持ちばれちゃいましたけど、かまいません。この瞬間のためなら!

「誘ったのはいいけど、ダンスなんて知らないよ、俺。」

「雰囲気で何とかなりますよ、トキアさん。」

私が一歩足を踏み出すと、トキアさんが一歩後ろに下がる。
事前に打ち合わせたわけでもないし、言葉どおり私達はダンスなんてしたことがありません。
トキアさんの顔を見ればわかります。
それでも何とかさまになるのは、トキアさんが私のことを考えて私に合わせてくれるから。

「ルリちゃん、背が伸びた?」

「少し、ですけど。」

「一年も経てば伸びもするか・・」

その時トキアさんが見せた笑みは、私をいつも見守ってくれている笑み。
悔しいですけど、それはコクト兄さんやアキト兄さんが私に向ける笑みと同じもの。

「少女は成長が早いんですよ。」

少し含みを持った言い方。
トキアさんの気を引きたいから、でも今日はそれだけじゃなく伝えたい。
受けてもてもらえなかったらと思うと怖いけど、それ以上に重ねられた手から伝わるぬくもりを独り占めしたい。
トキアさんを自分だけのものにしたい。自分だけの・・・

「トキアさん。」

声で応えることなく、顔を向けるトキアさん。

「・・・私は・・トキアさんのことが・・・・」

精一杯の勇気を出しても、途切れ途切れの言葉。
後一歩なのに、そこから私は顔を伏せ言葉を詰まらせうつむいてしまう。
二つの未来が私の頭の中で展開される。告白の成功と失敗、光と闇。
ぐるぐると頭の中で回る未来を押さえつけることができない私は、どうにかなってしまいそうで伏せていた顔を上げる。

「トキアさんのことが、好きです。」

私の声を打ち消すように響いたガシャンっという音。
その音が聞こえたと同時に、照明が全て落ちパーティ会場が暗闇に包まれました。
警備の人かはわかりませんが、明かりをつけるようにという号令と、ざわつく来賓の声が聞こえる。
その迅速な行動ですぐに明かりは元のとおりつけられ、私はすぐに答えを待ちうけトキアさんを見つめる。

「あ〜、びっくりした。ルリちゃん大丈夫?」

はぐらかしているわけでもなく、とぼけているわけでもない表情。握られた手に力が込められる。
聞こえていなかった?精一杯がんばったのに?

「・・はい、大丈夫です。」

聞こえなかったことが残念ではあったけど、そのことにほっとしている自分が居る。
聞こえていなくても一度は言えた事、また次伝えればいい。
そう思った私は、再び流れてきた曲に合わせてトキアさんと踊り続けた。









テニシアン島で、ルリちゃんがアキトより俺の名前を呼んだあたりから、なんとなく気づいてた。
ルリちゃんが俺を好きで居てくれる。でも俺は応えるわけにはいかない。
人の居なくなったパーティ会場のテラスで、少なくなった街の明かりを眺める。

「本当に、これでよかったのですか?」

「一度機会を逃せば言い辛くなる。今のままで十分だってね。」

後ろから現れたルインに顔を向けずに答える。
あの時、明かりを消したのはルインだ。俺が・・頼んだ。
コクトたちに男装、元々男だが、それを勧められた時になんとなく。

「貴方個人としては、どう思っているのですか?」

「正直、うれしかったよ。相思相愛。報われることはなくても、十分さ。」

「その割には辛そうですね。」

何か言い返そうかとも思ったが、やめる。
どうして俺がと言っても仕方のないこともある。
テラスの柵に預けていた体を起こし、ルインを見ると手を差し出す。

「慰めの言葉がないぐらいだったら、踊ってくれない?」

「かまいませんが、私を通して他人を見ないように。」

考えていることを読まれて苦笑する。

「や〜めた。」

「それは残念です。」



















「ねえ、アキトはいつまでパイロットするの?コックさんになるんじゃなかったの?」

今回の作戦は人が乗っているであろう、最新鋭の戦艦
それを心配したユリカはアキトの元を訪れ、かねてからの疑問を投げかける
普段は追いかけるユリカから逃げ回るアキトも、正面から自分の気持ちをぶつける
その瞬間だけは、二人は互いの気持ちに正面から向かい合っていた

次回機動戦艦ナデシコースリーピースー
[追いつ追われつ、二人の気持ち]