機動戦艦ナデシコ
ースリーピースー
第三十三話[本当の意味での戦争へ]


「戻りました。」

「おう、コクト。ちょっとスープ見ててくれ。」

「はい。」

月にボソンアウトした俺は前回と同じように、あの定食屋で雇ってもらっていた。
ただあの頃と違い、自分の姿が一見で平凡ではないのでどうかと思ったが、親父さんとおばさんがおおらかな人でよかった。
ネルガルの施設に居ても良かったのだが、有人ボソンジャンプの事等、居心地が悪かったのだ。

「たっだいま、お父さんお母さん、コクトさん。」

「「おかえり。」」

この定食屋の一人娘、久美が帰ってくると返事は返さず手を挙げて応えておく。

「かばん置いて着替えたら、すぐに手伝うから。コクトさん、すぐに手伝ってあげるからね。」

「ああ。」

「ったくよ、コクトが来てから急にやる気出しやがって、喜んでいいのか悪いのか。」

「いいんだよ、あんた。そういう年頃さ。」

元気に店の奥へ駆け込んでいった彼女を見て、親父さんとおばさんがつぶやく。
二人が俺に視線を送るが、俺は気づかない振りをして煮立っているスープを見ていた。
いまだ誰かに好意を持たれることは辛い。それを跳ね除ける事が。
静音もナデシコに乗艦すると言っていたし、何故俺なんだろうか。

その夜、親父さんとおばさんそして久美と並んで寝ていると、トキアがリンクしてきた。
俺は目を閉じたまま、こちらからもリンクをつなげる。

『コクト、聞こえるか。戦争の正体は、九十九の演説でばらすことになりそうだ。』

『しかし、木星人が地球全土に宣戦布告をしたら、和平は確実にできなくなるのでは?』

『それは連合軍や政府しだいだろ。個人で和平を結ぼうとしてどうなったか、忘れたわけじゃないだろ?』

『ああ、そうだったな。』

思い出すのは、月臣が放った銃弾。倒れ伏せる九十九。正義に絶望した自分。
あの時から月臣や俺の人生は狂いだしていたのかもしれない。

『明日、木星の少数の艦隊で月に向かう。多分お前に出撃命令が出るけど撃つなよ、あくまで演説だけが目的だ。』

『了解した。』

『じゃあな、頼んだぞ。』

トキアからのリンクが切れると、体を布団から起こす。
ナデシコが到着するのも明日だ。明日から、本当の意味での戦争が始まる。

「眠れないの?」

俺のせいで起こしてしまったのか、久美が心配そうに見てくる。

「いや、ただ目が覚めただけだ。」

「本当に?」

「ああ。」

それでもまだ心配だったのか、布団から出ると正座をし、俺と向き合ってくる。
何を話すつもりなのか、ためらっているように見える。

「あのね、コクトさんが家に来てからずっと気になってたの。なんで何時もそんな悲しい目をしてるの?後悔してて、でも皆を見守っててるような・・ああ、私何言ってるんだろ?」

自分でも良くわかっていないのか、頭を左右にブンブンと振る。
悲しい目、誰かに助けを求めていたということなのか?
俺は黙って両手を差し出した。久美がその手をそっと握ってくる。

「硬い手、男の人のパイロットの手。」

「そして、人殺しの手だ。」

俺の言葉に、久美が顔を上げ目をみ開く。

「今までも、そしてこれからも、この両手で人を殺し続けていく。この世でもっとも醜い手だ。」

「それがコクトさんが後悔してること?でも醜くなんかないよ。だって、こんなに暖かいじゃない。」

「見せ掛けだけだ。それに、俺のそばにいては危険だ。」

「それでも私は好きな人のためなら、一緒にいてその人の全てをわかって、支えてあげたいと思う。」

久美の目と、いっそう力を込めて握られた手を俺は怖くなり振り払った。
あっと久美の口から言葉が漏れるが、俺は無視して布団にもぐりこむ。

「もう遅い、寝ろ。」

「コクトさん、私本気だから。嘘じゃないよ。」

その言葉を最後に、久美がごそごそと布団に入っていく。
俺は一体、何を話していたんだ。自分で危険と言いつつ、触れた手。
同情して欲しいのか、気にして欲しいのか、相手の気を引こうとして・・
馬鹿か・・・俺は。





次の日ネルガルから呼び出しを受け、俺は店の前で親父さんとおばさん、そして久美に別れを告げていた。
おそらくネルガルの用件は木星艦隊とナデシコ。もうナデシコに乗艦ししては、戻ってこないだろうから。

「それでは、お世話になりました。」

「がんばれよ、コクト。」

「あんたならはやくこの戦争が終わらせられるさ。」

親父さんとおばさんは快く挨拶を交わしてくれたが、久美だけがうつむき顔をあわせようとしない。

「それじゃあ。」

それもまたいいかと思い、ネルガル基地へと歩を進める。
たった数日の出会いだ、久美もすぐ俺のことを忘れてしまうだろう。

「お父さん、お母さん。私・・」

「久美、行って来い。さっきはああ言ったものの、心配だ。お前がついて行って、ついでにゲットしてこい。」

「まさか娘の告白を、間近で聞かされるとはねぇ。」

「二人とも起きてたの!」

「コクトなら跡取りにも丁度いいだろ。定食屋の娘だ、勉強なんてどうでもいい。」

「ほら、荷物はまとめておいたから・」

「ありがとう。お父さん、お母さん、私行って来る!」







「全地球人類への宣戦布告・・さすがに緊張しますね。」

「九十九、それなら俺と変われ。俺がガツンと言ってやる!」

「私も行きたい!」

「お前ら、俺の話聞いてたか?お前らがいたら、いたずらにしか見えないだろ。ユキナは絶対関係ないこと喋るし、月臣は興奮すると言葉遣いが変わるし、九十九が一番適役なの。」

狭いヒナギクの中で騒ぐ面々を、パイロットシートから押しどける。
さすがに地球全土に演説したら、いたずらじゃすまされないけどね。

「月臣はヒナギクの護衛と、九十九を連れて帰る役だろ。ユキナは乗っててもいいけど、邪魔するなよ。」

「連れて帰るって、あんた達は?まさか、地球側に帰っちゃうの?」

「私たちは、もとより地球側ですよ。」

「え〜、あの戦艦女の子いないんだから帰らないでよ。ほら宣戦布告なんてどうでもいいからさ。」

「お前も無茶言うな。ヒナギク出すぞ、座ってろ。」

ヒナギクを先頭に、月臣のエステあわせて四機が護衛につく。
月面ではすでにコクトの月面フレームが鎮座しており、レーダーには近くまで来ているナデシコが点滅する。

「いいか、月臣。あそこに見えるのが地球最強のエステバリスライダーだ。手出すなよ、瞬殺されるぞ。」

【わかっている。今回はあくまで宣戦布告が目的だ。】

ヒナギクを着陸させると、ネルガル基地をハッキングし、月から地球へと通信をつなげ、そこからさらに地球の裏側まで手を伸ばす。
もちろん、ヒナギクはあくまで中継器としてログを残しておく。
ヒナギクが発信源だと思われると、連合軍ににらまれちゃうから。

「準備はできたぞ九十九。心の準備はできたか?」

「いけます。」

「おにいちゃん、がんばって!」

「通信のウィンド開きます。」

「私は、木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ及び他衛星小惑星国家反地球共同連合体、突撃宇宙優人部隊少佐白鳥 九十九である。」

九十九の所属軍隊の宣言から、宣戦布告は始まった。





【私は、木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ及び他衛星小惑星国家反地球共同連合体、突撃宇宙優人部隊少佐白鳥 九十九である。】

「ルリちゃん、ラピスちゃん。この放送の発信源はどこからですか?」

「ヒナギクはあくまで中継地点です。他宙域にある所属不明艦が発信源です。」

「でも、ナデシコまで入ってこれるなんて・・トキアぐらいしかいないはずなのに。」

「木星圏って、人類は火星までしかいってないはずだよね、ジュン君?」

「そのはずだけど・・」

突然ブリッジのウィンドウに映ったのは、あの時トキアと一緒にヒナギクで出て行ったヤマダにそっくりな人物だった。
コクト兄さんは月面に出撃しても見ているだけだし、一体何がどうなってるんだ?

【これは単なる放送ではない。我々木星人が行う、地球人類に対しての宣戦布告である。まず我々が何者であるか、何故戦争を仕掛けるのか。地球政府が行った愚かなる歴史から話さなければならない。】

木星人・・蜥蜴じゃなくて人?
突然の事で頭が真っ白になりかけるが、その言葉だけが繰り返される。
俺だけじゃない。これを見ている人の全てが、ウィンドに集中して言葉を失った。

【我々の先祖は過去、月での独立を掲げた。だが、地球政府はそれを認めず、軍事介入をする事で内乱を起こさせた。その時一部の独立派は、開発中だった火星プラントに旅立った・・・しかし、愚かな地球政府は粛清と称し、火星に核を撃ち込んだ!】

「艦長、連合軍から通信を止めるよう通信が届いてます。」

「止められるわけがない。もしこれが本当のことなら、揉み消しじゃないか!」

珍しくジュンが憤りコンソールに拳を叩きつけ、

「艦長、我をなくしちゃいけないよ。メグミ君、連合軍には相手のハッキングがすさまじく、手も足も出ないと伝えておいて。」

これまた珍しく、アカツキが真面目な顔でフォローする。

【事前に事を察した一部の人間は、木星へと再び避難した。それが我々の先祖、そして現在の我々の現状である。我々は何度も謝罪を求めてきた。だが、何も回答はないまま戦争が勃発した。我々は地球人が過去に起こした愚行を、これが相手が同じ人類であることを知っていると思っていた!だが、実際はどうだ。民衆に事実は全て伏せられ、相手は未知の侵略者、木星蜥蜴。・・我々を馬鹿にするのも大概にしていただきたい!】

コクト兄さんは、トキアはこのことを知っていたのか?相手は同じ地球人類。
だったら誰かを守る戦争じゃなくて、ただの・・昔からあるただの戦争じゃないか。

【これは我々の義による戦争である。再び宣言しよう、これは我々木星人が、地球人類に対して行う宣戦布告である!】

それを最後に通信は途絶え、ブリッジは沈黙に支配される。
どうとらえていいのか、何を言えばいいのかもわからない。
しばらく皆がうつむいていると、艦長のジュンが一番最初に言葉を発した。

「ミナトさん、コクト機とヒナギクを回収後、ネルガル月基地へと艦を進めてください。艦を収容後は全クルーに考える時間が必要です。プロスさん、全クルーに休暇を・・かまいませんね?」

「そうですな・・突然のことで皆、驚かれているでしょうし。」

「メグミさん、艦内に放送をつなげてください。僕から、そのことをクルーに伝えます。」

「わかりました。」





「お兄ちゃん、格好よかったよ!」

「こらユキナ、狭いんだから抱きつくな。」

飛びついてきたユキナを九十九がしっかりと抱きとめる。
これで地球政府や連合軍がどう出るか・・おそらく戦争は続くだろうけどな。
知らなかったとはいえ、すでに身内や友人を殺された者は居る。
殺されたからこそ止まるのか、殺されたからこそ止まれないのか・・・俺だったら後者だ。

「それじゃあ、九十九とユキナをエステに乗せたら、お別れだな。」

「君たちのおかげで、地球側に真実を伝えられた。君たちは地球人だが、友人だ。」

やり遂げた感のある九十九の笑顔。
だが、俺は差し出された右手をゆっくりと押し返す。

「馴れ合いはしない方がいい、俺はこれでもエステのパイロットだ。九十九、握手しあった相手と殺し合いができるか?」

「しかし・・」

「トキアとルインも木星にきなよ。アニメばっかでアレだけど、いいところだよ。」

「お気持ちはうれしいですが、私達の居場所はあの白い戦艦ですから。」

「そういうこと。ほら宇宙服着て外に出ろよ、月臣が待ってるぞ。」

名残惜しそうに何度も振り返る白鳥兄妹に、手を振って見送る。
仲良くなったのはまずかったかな。まあ、仮に和平が進んだとしても使者としてこれるからいいか。
これからのことを考えていると不意に体の力が抜け、落下する感覚。
それを止めたのは、ルインだった。

「悪い。・・最近、遠隔ジャンプフィールドとか、世界中ハッキングとかで無理がきてたか。」

「ナデシコならすぐに回収してくれます。しばらく眠っていなさい。」

「いつも悪いな。」

「そうですね。それならお詫びに、ラーメンでも作ってください。」

そういって笑うルイン。本当にお前・・・変わったよ。



















「俺は、俺が扱った機体から死人をださない。こんな馬鹿げた戦争だからこそ、死人を出したくないんだ。」

正義など何処にも無く、それこそ何処にでもある戦争だった
無常な事実を前にして、クルーの胸中に落ちる影
そんななか、唯一まともに動いているのは整備班だった
整備班班長ウリバタケ セイヤ、彼の胸中にある変わらぬ思いとは

次回機動戦艦ナデシコースリーピースー
[それぞれの決意]