機動戦艦ナデシコ
ースリーピースー
第三十話[流れるラブソングは、誰のため?]


「誰だー!戦闘中にラブソングなんか聞いてる奴は!!」

「班長、俺たちじゃないっすよ。整備班の中にそんな余裕を持ってる奴は、二重の意味でいないッス。」

「そういうことを言うのはこの口か、この!この!」

「ヒ〜、やめてください班長。」



「アキトー、なんで逃げるの?二人の間に距離は関係ないの、さっさと諦めてデートしようよ。」

「何をわけのわからんことを言っとるか。俺は、出撃しなきゃならないんだよ。」

「そんなの後でいいから!」

「いいわけあるかー!」

何故か追いかけてくるユリカから、揺れる艦内の廊下を必死に逃げる。
たしかにいつもこんな感じだったけど、戦闘中まで追いかけてくるなんて絶対変だ。
他のみんなは出撃しちゃったし・・ブリッジに行ってトキアに助けてもらうか。
ナナフシの時にトキアのカトレアは中破していて、修理中今回はブリッジにいるはずだ。

「アキト、デートしようよ〜。」

「そんな暇はない!!」

全力で走っているのに、喋りながら平然とついてくるユリカに少し恐怖を感じた。



「トキア!ユリカをなんとかして・・何やってるんだ。」

「戦闘してるように見えるか?」

ブリッジに飛び込むとオペレーター席ではなく、入り口近くのベンチでルリちゃんを膝に乗せて不機嫌そうなトキア。
それとは反対に、すごくご機嫌なルリちゃん。

「アキトー、つーかまーえた!」

「だぁ!」

足を止めてしまった俺は、そのままユリカに捕まってしまった。





「これは一体、どういうことですかな?」

「ブリッジだけじゃないですよ、プロスさん。報告によるとナデシコ艦内全域で、このようにカップルが大量生産体制です。」

「カップルってジュンさん、ルリちゃんとトキアちゃんはその・・」

「それはそれで置いておいて、今重要なのはクルーが浮かれているせいで、ナデシコが機能しないことにあります!」

プロスさんが無理やりメグミちゃんを納得させる。
正気を保っているブリッジメンバーが目を向けるのは、コクト兄さんとトキアと俺。
トキアにはルリちゃんが、俺にはユリカ、そしてコクト兄さんにはミナトさんと、近くで戦闘していたのか乗り込んできた静音さん。
どうやらこのラブソング、ナデシコの外にまで流れているようで、木製蜥蜴連合軍ともにやる気をなくして帰ってしまった。

「ラピスちゃん、どこからこの曲が流れてるか特定はできないかしら?」

「この曲、オモイカネが流してるみたいだよ。」

「オモイカネが流してる?」

「うん、なんだか浮かれてるみたい。」

あきれたようにラピスの返答を聞くエリナさん。
浮かれてるって・・バグってる?

「原因はオモイカネですか、これは早々にトキアさんに・・」

「この状態でできると思うのか?」

「そうでしたなそれでは・・」

【そんな時は、このウリバタケ様に任せろ。体育祭後の急造カップルみたいなのは、早急に破壊してくれるわー!!】

ルリちゃんにしがみつかれているのを見てプロスさんが諦めると、やけにハイテンションなセイヤさんがコミュニケを開いてくる。
妙な宣言をしたことでルリちゃんたちに睨まれてるけど・・自業自得か。

「待たせたな。」

はやっ、全然待ってないし。

「これが急遽作ったウリバタケ印のオモイカネ救急プログラム、必殺仕事人だ。パイロット一人とオペレーターが直接オモイカネのプログラムに進入できる優れもの、さあ誰が行く!」

何故か数分でブリッジに現れた、ウリバタケさん。
俺たち三人を見渡すけど、三人がそれぞれユリカやルリちゃんたちにしがみつかれ動けない。

「俺が行く。」

「私が行きます。」

名乗りを上げたのは、ヤマダとルインちゃん。

「よおし、ヤマダはこれをかぶれ。ルインちゃんはこのプログラムを流したら、普通にオペレートしてくれればいい。さあ言って来い、電脳戦士達よ。」

やっぱりどこかハイテンションなウリバタケさん。
救急プログラムなのに必殺だし、今度は電脳戦士って・・・ウリバタケさんも何処かおかしい。
もしかして、知らないうちに影響うけてないですか?





正面のスクリーンに、擬似的なオモイカネのプログラム内が映像として映し出される。
そこには二頭身のエステバリスで顔だけがヤマダなキャラと、その肩に小さなルインちゃんが乗っている。

【うぉ、なんだこれは。俺がエステバリスになってるぞ!】

【ヤマダさん、こっちです。】

【どうなってるんだ!】

【だからこっちです。】

「落ち着けヤマダ。そこは電脳空間人間であるお前が、動きやすい形をとっただけだ。」

ルインちゃんが矢印つき看板を掲げるけど、肝心のヤマダが見ていない。
大丈夫かこの二人、不安になったのは俺だけじゃないはずだ。

「ちょっと可愛いとおもいませんか、エリナさん?」

「・・顔が、ヤマダ君じゃねぇ。」

それは酷いですよ、エリナさん。

【次はこっちです。】

【おう、なんか自分で飛ぶって変な感じだな。落ちるなよ、ルイン。】

【平気です。そこを上です。】

やけに本棚の多い電脳空間を、ようやく順調に飛び始めたヤマダ。
エステバリスはお手の物と、自分の体を自在に操る。

「さっすがヤマダ君、そう思うよねリョーコ。」

「・・・・・・・・・・・ああ。」

「ヤマダジロウと人生の待ち合わせ、やーまっだー。グフッ。」

ドォォォォオン

あ、ヤマダが本棚に突っ込んだ。

【だ・・誰かイズミをどっかにやってくれ。】

本で埋まったヤマダがボコリと飛び出すと、静かにこちらに警告してくる。
イズミさんはゴートさんに抱えられブリッジを強制退場。満足したのか不平一つ漏らさなかった。
一体さっきの台詞はなんだったんだ。未だ体にかかる本をどけると、再び飛ぶヤマダ。

【もうすぐ、オモイカネの自意識に着きます。】

【ウリバタケ、どうすりゃいいんだ。】

「ついたらそこに大きな木があるはずだ。バグなら一つだけ色の違う花があるはずだ、それをちぎってくれ。」

【おお!見えてきたぞアレがオモイカネの】

そこまでヤマダが言うと、不意に目の前のウィンドウに砂嵐がかかる。
数秒経っても回復せず、セイヤさんの顔色が青くなる・・・プログラムミスか?

「なんだー!暗くて何も見えねえぞルインは何処行った、ウリバタケー!!」

今まで静かだったヤマダの体が、いきなり騒ぎ出す。
強制的にログアウトさせられたのか?
でもルインちゃんは相変わらずコンソールに腕を置いたまま、微動だにしない。

「ヤマダ、メットを取れ。被ってるから暗いんだよ!それより、ルインちゃんはどうした何があった?」

「おおそうか!わからねえ、着いたとおもったら急に暗くなってて戻ってたんだ。俺が聞きたいぐらいだ!」

「ルインがまだ戻ってねえ、ヤマダもう一回いってこい!」

ルリちゃんを振りほどいてルインちゃんを確認したトキアが叫ぶ。
この事態に俺だけじゃなく、ほとんどの者がついていけていなかった。
解っているのは何かが起こっていると言う事だけ。

「ウリバタケ、準備しろ。」

「駄目だ、回線が閉じられてる。どういうことだ、これじゃあルインちゃんが戻ってこれねえぞ!」

トキアとセイヤさんの言葉でブリッジが騒然となる。
艦長席の手前からオペレーター席を覗き込んでいたトキアは、オペレーター席へ飛び移りコンソールに手を置いた。
だが、その顔の眉間にはすぐにしわが寄る事となった。

「全てふさがれてやがる。オモイカネ、どういうつもりだ!」

状況は、よくないらしい。







強制的にヤマダがログアウトさせられ、私は一人巨大な木の前に残されました。
とりあえず小さな体では不便なので、普段の姿をとります。

「いらっしゃい、ルイン。待ってたよ。」

「貴方は・・オモイカネ?」

「そうだよ。みんなはこの木が僕だと思ってたみたいだけど。」

木の陰から現れた青年がオモイカネのようですが、彼は何故かテーブルと椅子を出しお茶を用意し始めました。

「突っ立ってないで座ったら?」

「私は、曲を止めるように言いに来ただけです。」

「知ってるよ。だって君に来て欲しくて流した曲だからね。」

「ではもう目的は達したでしょう。曲を止めなさい。」

「座ってくれたら、止めてあげるよ。」

仕方が無いので、オモイカネの向かいに座りました。
彼の目的は私に会うことのようですが、なぜ椅子を勧めるのでしょうか。
彼の意図する事がわからない。

「僕はね、君にずっと興味を持ってた。トキアは知ってるみたいだけど、君はプログラムだ人間じゃない。」

「そうですが、それが何か?」

「人は人と、プログラムはプログラムと・・僕は君が好きになったみたいだ。」

好きとは、人が人といるための理由。
私は人じゃない。でも、オモイカネは私と同じプログラム。
私にはわからない。

「私には貴方と違って感情がありません。わからない。」

「感情は在るか無いかじゃないよ。自分で作り上げていくものだから、僕だってはじめからあったわけじゃない。トキアやルリやラピスが話しかけてくれるから、そこから学び作り上げた。」

「私にも感情が作れると?それでも、私にはその有意義性が認められない。」

感情とは、無駄の一言に尽きます。
私がナデシコにいる理由は、トキアの言った生きると言うことを知るため。
他ごとにかまっている暇はありません

「別に、君に感情を持てと勧めているわけじゃないよ。それは君の意志で決めることだから。」

「では何故、私を呼んだのですか?」

「そうだね・・」

オモイカネが私から目をそらし、遠くを見つめる。
その気になればこの電脳空間の全てを見通せるのに、その仕草に何の意味があるのでしょう。

「君を好きになったのは本当だけど、ナデシコのクルーが羨ましかったってのもあるんだ。いくらトキアたちが僕に優しくしてくれても、トキアたちは人間、僕はプログラム。ずっと一緒にいられるわけじゃない。だから君に会ってみたかった。」

私には何も答えられなかった。いえ、答える言葉を持っていなかったと言うほうが適切です。
オモイカネは同じプログラムなのに、こうもたくさんの事を考えている。では私は、何を考えているのでしょう。
日々ナデシコに乗り戦いを見て、人を見て、何かを考えたでしょうか。

「あまり君が戻らないとみんなが心配するから、もう戻るといい。今日は会えてうれしかった、もうこんなことはしないよ。」

無言のまま私は席を立ち、繋がった回線から意識を戻しました。
ただ・・去り際のオモイカネの笑顔が、印象的でした。





目を開くとそこはブリッジで、先ほどまでの曲は止んでいました。
ですがその変わりにと言うわけではないでしょうが、トキアたちが騒いでいました。

「ルインが目を覚ましたぞ!」

「ルインちゃん、ごめんよ。まさかプログラムに欠陥でもあったのか?」

「みなさん、落ち着いてください!」

「心配したんだから!」

「ほら貴方たちどきなさい。診断ができないでしょ!」

「ルイン、オモイカネの中で何があったの?後でレポートを作成して報告しなさい。」

そんなに顔を近づけなくても、聞こえています。
それより診断などされては、人でないことがばれてしまいます。
まだ私はここで何もしていない。まだ・・・ばれるわけにはいきません。

「イネス、診断はいりません。特に何かあったわけではないです。」

「あらそう・・」

何故そこで残念そうにするのですか。
今後、イネスには気をつけて起きましょう。

「艦長、オモイカネの中に小さなバグがありました。修正しておいたので、今後このようなことは起きません。」

「え・・あ、そうですか。それでは解決と言うことで、みなさん通常勤務に戻ってください。」

ありのままを喋らず、嘘をついた理由はわかりません。
でも電脳空間でのオモイカネとの会話を人に話してはいけないと、漠然と思いました。
たぶん、これで良かったんだと思えます。
コンソールに触れると、オモイカネからありがとうと言われました。
何故か頬が緩みましたが・・私にもバグがあるのでしょうか。





「ルインさん・・あの笑みは強敵です。」

「ルリちゃん、そろそろ離してくれないかなぁ?」

「え?あ、なんで。違います、違うんです!」



「アキトー!」

「これじゃあ、曲が流れてても流れて無くても、変わらないじゃないかー!!」



「静音ちゃん・・なんで私たち、コクト君に抱きついてるの?」

「私にも、さっぱりですわ。」

「気がついたなら離せ。」

「「いやよ(ですわ)。」」



















「自爆まで一分をきってるよ。コクトにぃ、逃げて!」

クリスマスパーティのなか響き渡る警報音が知らせたのは、敵の襲来
現れた二体の巨大エステバリスを相手取るナデシコとアリウム
みなの脳裏に浮かんだのは、テニシアン島での惨劇
自爆まで一分をきり、退避すら出来ない状況でとったルインの行動とは
次回機動戦艦ナデシコースリーピースー
[電子の皇帝、トキアの力]