機動戦艦ナデシコ
ースリーピースー
第二十九話[決意の後押し]


廊下の角を利用しミナトさんと二人で、コクトと静音の逢瀬を覗き見る。
やましさは皆無だ。了承済みだし。

「隊長、あの・・」

「紫之森、もうここへは来るな。ナデシコにくれば、お前の立場が悪くなる。」

「お待ちください、隊長。」

静音が去っていくコクトの背中に言葉を投げかけるが、立ち止まる気配さえない。
折角休暇を利用して来てるってのに、冷たい言葉だ。

「ナナフシの捕獲作戦があったころから、ああなの。前は素っ気無くはあったけど、食事とかショッピングとか付き合ってくれたのに、トキア君何か心当たり無い?」

「心当たり、ねぇ・・」

心当たりはありまくりだった。
間違いなく北辰の存在を知ったことで、戦いしか見えてないのだろう。
俺も本当はこんな覗きをしてる場合じゃなくて、自分を鍛えなきゃいけないんだけど。

「ミナトさんの言うとおりでした。隊長、どこか変ですわ。目の前に立っていても隊長は、私ではなく他の何かを見つめてます。」

コクトを止めることを一時諦めた静音が、俺たちのもとまで来る。

「他の何かね。コクト君の事だから、他の女の子ってことは無いだろうけど。」

「例えそうだとしても、あの態度はおかしいですわ。」

腕を組み悩む二人を見て、虚偽を混ぜてあのことを話そうかと思った。
コクトは怒るだろうけど、多分二人には聞く義務と権利があるはずだから。

「二人とも、コクトに関して大切な話があるけど・・聞く?」

「今のコクト君の振る舞いに関係あるなら、聞くわ。」

「私も聞きたいですわ。」

「生半可な覚悟では聞かないほうがいいよ。気分の悪い話だから、それでも聞く?」

二人の意思は固く、俺の脅しにも顔色を変えず頷いた。
これってある意味俺の人生でもあるんだよな。なんか他人事みたいに思えるのは気のせいか・・



他の人に聞かれないように、場所を移した。
テンカワ家の部屋だと誰かいるかもしれないので、ミナトさんの部屋へと赴く。
話が長くなるので、テーブルの真ん中にはティーポット。それぞれの前にカップが用意された。

「それでトキア君、コクト君についての話ってなんなの?」

「ミナトさん慌てないで、長い話だから・・二人はあのコクトの強さをどう思う?」

「どうって軍人さんなんだし、地球で一番エステバリスをうまく扱えるんでしょ?私にはよくわからないけど・・」

「私は隊長の強さは、異常といってもよいと思います。隊長は確かに軍で最強と言われていますが、二番手がいません。それは比べるまでも無く、隊長と差が開きすぎているからです。」

「コクト君ってそんなに強かったんだ。」

それでもいまいちピンとこないのか、必死に想像しようとミナトさんが目をつぶるがすぐに断念する。

「無理に理解しようとしなくていいよ、ミナトさん。じゃあ何故あんなに強くなれたと思う?」

「それはやっぱり、ルリルリとかラピラピを守るためかな。」

ミナトが漠然と答えてくるが、静音は言い難そうにしている。
一年共に戦ってきたことがあるだけに、そういうところは静音のほうがコクトを知っているのかもしれない。

「はずれ。コクトはある人物を殺すためだけに、今の力を手に入れたんだ。他の全てを犠牲にして。」

ミナトは目を大きくして驚き、静音は何処か納得したように頷く。

「コクトは三年前に一度結婚していた。幸せだったんだろうな、今じゃ見る影も無いけど。でも、その幸せはすぐに壊れた。」

「まさか、隊長はその人物を・・」

「そう、ある一人の人物によって二人は誘拐された。狙いは二人の特別な才能。それだけのために二人は誘拐され、コクトの愛した人はもうこの世にいない。もちろんコクトも無事じゃなかった、救出された時にはすでに人体実験を繰り返され五感を失っていた。」

何でこんなに冷静に話せるんだろう。
俺がトキアになりきっているからなのか、すでにトキアそのものだからか。
昔の漢文じゃあるまいし・・・普通そんな疑問うかばないよな。

「それから奇跡的に五感を回復させたコクトは、復讐のために今の力を手に入れた。全てはある人物を殺すため。」

「ちょっと待ってよ、トキア君。そんなの警察の出番じゃない、警察が動けばすぐに捕まるはずよ。」

「人体実験をしてるような所がまともなわけ無いだろ。ミナトさんが思ってるよりもずっと、大きな組織だったんだよ。頼れるのは自分の力だけ、それも力を手にしようとした理由だよ。」

「それで隊長の復讐は、まだ終わっていないのですか?」

「それが二番目に重要なところ。復讐は終わったと思ってたけど、奴は生きてたんだ。だから再びコクトは一人になることを選んだ。ミナトさんと静音がまだコクトを想うのなら、越えるべき壁は二つ。コクトの傷ついた心を癒すことそして・・・コクトの想い人を超えること。」

喋り続けてのどが渇いたので茶をすする。
ミナトさんと静音はずっとうつむいている。これでコクトを諦めるようならそれはそれで仕方が無い。

「トキアさん。隊長の・・好きだった方は、どんな方でしたの?」

「私もそれは聞きたいわ。」

「そうだね・・」

目をつぶりあのころのユリカを思い出す。この時代じゃ生きてるけど・・
憎む前はどんなだっけか?

「やたらと明るくて、コクトを自分の運命の人だと信じて疑わず。それに振り回されたのは一人や二人じゃなかったな。しいて言えばナデシコ内では、ユリカが一番近いタイプだ。」

それだけ聞くとまた俯いて考え出す二人。
もう話すことは無いので席を立つ・・これからコクトが運動場で待ってるし。
後は二人とコクトの問題だから。





運動場ではずっと前からコクトが鍛錬をしていたのか、コクトの体中に汗が浮いている。
あの張り詰めた雰囲気と、鋭利な視線。完璧あの頃に戻ってやがる。

「遅いぞ。」

「悪かったな。ミナトさんと静音に話をしてたんだよ。」

「何・・まあいい。早く着替えろ、そんな格好では怪我をするぞ。」

顔をこちらに向けずに言うだけ言うと、また一人で型をなぞらえだす。
冷たくしといて、一応は気になってるか。
余計なお節介かも知れないけど、これぐらいはサービスしても良いとは思う。

「あの二人が鬱陶しいってんなら、安心しろ。お前のこと全部話したからな。力を手に入れた理由も、全て。」

「な・・何故勝手に話したりする。俺があの二人を拒めばすむ話だろうが!」

「べっつにぃ〜。俺、誰かがうじうじ悩んでるの嫌いだもん。」

言葉が終わらないうちにコクトの背後に回りこみ、隠し持っていたナイフで斬りつける。
手加減なしの本気の攻撃。当たらないと思ってるからできることだけど。
予想にたがわず、ナイフの奇跡をしゃがんでかわすと、一旦距離をとられる。

「コクトはいつも中途半端なんだよ。何かを捨てているつもりで、すぐ拾える場所に捨てて。」

まだこちらに向き直りきっていないコクトに、ナイフを投げつける。

「俺は北辰を殺すためなら全てを、捨てられる!」

「どうだ・・げ!」

信じられない事にコクトは、俺が投げつけたナイフをつかみ、投げ返してくる。
まさか掴まれるとは思っていなかった俺は、何とか首をひねってかわすけど頬がちょっと切れた。
大人なんだからちょっとは手加減しろっての。

「じゃあなんで、ミナトさんと静音にお前から全部話さなかった。来るなって言われて、諦める二人だと思ったか。」

足にくくりつけていた三本の棒を繋げ、一本の長い棒を作り出すと踏み込んできたコクトを牽制する。
無手の相手に武器を使って足止めが精一杯。我ながらなさけない。
しばらくは突き出される棒を左右にかわすだけのコクト。だが、その動きが急に縦に変わる。
それに反応が遅れ、危うく棒を捕まれ取り上げられかける。
くそやっぱり強い・・もつかな俺。

「やっぱり、すぐ拾える場所に捨ててるんじゃないか!」

「そんなことは無い!俺が力を振るえば・・」

喋りながらも隙を突いて懐に飛び込もうとしてくるコクトを、必死に押しとどめる。
もうちょっと、もうちょっとで!

「力を振るったら危険だから、僕から離れてくださいか?そういう考え方が、ムカつくんだよ!」

「トキアも忘れたわけじゃないだろ。俺たちが力を振るった結果を、俺たちが力を振るえばみんなが不幸になる・・誰もそばにおいては置けない!」

コクトが俺の棒を上空へ弾き俺は丸腰、コクトの拳が顔面に迫る。

【コクト君!】

【隊長!】

ミナトさんと静音がコミュニケのウィンドをコクトの正面に開き、ギリギリの所で拳が止まる。
あと一センチなかったな。間に合った。

【コクト君が持ってる力、私には想像できないけど。】

【私はただ置いて行かれる女ではありません。】

【私は力なんて怖くない。もしもコクト君が自分の力を抑えられなかったら、私が抑えてみせる!】

【隊長に置いて行かれるぐらいなら、いっそ私が隊長のお力になります!】

方法は違うが想いは共通な二人の声。実はこっそり運動場の映像をコミュニケでミナトさんの部屋に送っておいた。
これで本当に後は三人の問題だ。とりあえず気配を殺して静観する。

「駄目だ。」

おいおい・・空気の流れ読めよ、コクト。
見ろ、あの二人の目を。もはや言ってわかる雰囲気じゃなくなってきてるぞ。俺のせいだけど。

「誰かを守りながら北辰を殺すことは、できない。」

【私は隊長に守ってもらわなければついていけないほど、弱くはありません。例え力及ばずとも、強くなるまでです。】

【私も静音ちゃんほどは強くないけど・・強くなってついていくわ。】

「駄目だ。トキア、二人に勝手に話したことは貸しにしておく、覚えておけ。」

「げっ!馬鹿言うな。待てこら、コクト!!」

結局自分の意見を曲げず、そのまま運動場を出て行ってしまう。
無駄に自分を危険にさらしただけで、何も変わってないじゃないか・・

「も〜、なんだよ。せめて勢いでいいから、認めろよな。」

泣きまねをして地面にのの字を書く。もしかしたら、本気だ。

【ほら泣きまねしないの、トキア君。】

「だって折角のチャンスだったのに、コクトはどっか行っちゃうし。」

【トキアさん、これで良いのです。私たちは隊長に手を差し伸べてもらうのではなく、自らの足でついて行くと決めたのですから。】

【そうそう。トキア君の心遣いはありがたかったけど、大人の私たちがトキア君に甘えてたらいけないしね。】

全くの無駄だったわけではなく、もう二人がコクトのことで諦めたりすることは無いだろう。
コクトにはまだまだ時間があるし、これでよかったのかな。無理やりくっつけても、いずれは駄目になるし。
そういや、最近のアキトの身辺はどうなってるんだ?
ふと疑問に思っていると、運動場の入り口からルリちゃんがピョコッと顔を出す。

「あ・・トキアさん何か用ですか?コクト兄さんから聞いたんですけど。」

「え?あ・・えっと。」

覚えの無いことで戸惑っていると、続いてルインが顔を出す。

「トキア、用だそうですね。コクトから聞きました。」

ルインが来た事で、ルリちゃんが何故か膨れる。
嫌がらせかコクト!しかも、セコイ!!

【トキア君、二人を同時に相手するなんて駄目だぞ。】

【お三方はそのような関係・・・なのですか?】

「用が無いなら呼ばないでください!もう私は行きますからね。」

「用は何ですか、トキア?」

「ちょっと待ってルリちゃん、ルインお前も簡単にだまされるな!」

ルリちゃんの機嫌をとるのにそれから三日を要した・・
もうコクトたちのことにお節介するのやめようかな、正直本気でそう思った。



















「私には貴方と違って感情がありません、わからない。」

ある日突然、ナデシコを中心に流れ出したのは、歌
その原因はオモイカネにあると、接触を試みたのはヤマダとルイン
電脳戦士となった二人が向かった先にあるものとは
そしてそこでルインが出会った人物とは何者か

次回機動戦艦ナデシコースリーピースー
[流れるラブソングは、誰のため?]