機動戦艦ナデシコ
ースリーピースー
第二十八話[深く静かに染み入る感情]


「ルリちゃんはエンジン以外の故障箇所の正確な情報を、ラピスちゃんは近くの索敵を、パイロット各員は出撃し警戒に当たってください。」

「わかった。オモイカネ索敵を開始、半径百キロを目安に。」

「ウリバタケさん、被弾箇所はどうなってますか?イネスさん、後で負傷者の名簿をよこしてください。」

「艦長、駄目です。トキアちゃんに連絡がつきません。」

「つくまで続けてください。被弾はしましたが、損傷はそんなに無いはずです。」

不時着をしたナデシコは一応無事であったが、いぜん作戦は続行中であった。
ジュンの口は止まることなく、クルーへの指示が飛ぶ。

【艦長、完全にエンジンを貫かれてやがる。これじゃあ応急処置もあまり意味が無い。幸い片方のエンジンは無事だから、応急処置後は飛ぶぐらいはできるが、ディストーションフィールドを張った戦闘は無理だ。】

「応急処置には、どれぐらいかかりますか?」

【二時間もあれば終わる。ちょっと待ってろ。】

セイヤさんがコミュニケを通して叫ぶ。
おそらく二時間は全速力以上のものを出してだろうが、セイヤさんの意地もはいっているからだろう。

「二時間か・・先ほど撃たれてから、まだそんなに時間はたっていない。残り八時間、逃げるには十分な時間ですけど・・」

「反撃するにも十分な時間だ・・どうする、艦長?」

「ナナフシを破壊できれば一番ですが、失敗すればナデシコは終わり。だけどここで逃げたら、行方のわからないトキアちゃんを見捨てることに・・・ルインちゃん、トキアちゃんの落下した予測地点をだしてください。」

「動いていなければおそらくここですけど、トキアがじっとしているとは思えません。」

ルインが出した地図には、丁度ナデシコとナナフシの中間点にトキアのものであろう青い点が示されている。
リンクが繋がればすぐにでも場所を聞くのだが、何故かトキアとうまく繋がらない。気絶でもしているのだろうか。
いつでも連絡がとれるトキアが相手なだけに、リンクが繋がっていないと不安だ。

「ジュン、敵なのか良くわかんないけど、車みたいなのが近づいてきてる!」

「すぐ映像に出して。」

ラピスが映像に出したのは、地面を埋め尽くすほど数の多い戦車であった。
やはりきたか・・これだけの戦車に囲まれては逃げるのも一苦労だ。ここはトキアを探し出し、ナナフシを封じるのが先か。

「これは・・過去の戦争資料で見たことがある、戦車だ。」

「たしか、この近くに戦車の生産工場がありましたな。敵も経済的な手をとったものです。」

「旧式の戦力でも、これだけ数がそろっては脅威に値する。」

「艦長、俺がトキアを探し出す。ナデシコをできるだけ早くここから撤退させろ。ヤマダ、相手は旧式の戦力だが侮るな。防戦を主体にしてナデシコを守りきれ。」

ディストーションフィールドが張れない今、ナデシコは動かぬ的でしかない。
旧式の戦力が相手とは言え、戦うと言う選択肢は無かった。

【お前ら、聞こえたとおりだ。陸戦フレームの奴は今のうち空戦にしとけ、置いていかれるぞ。】

【りょうか〜い。ったく、いつまでヤマダが副隊長なんだよ。】

【リョーコが勝てるまで、じゃないの?】

【んなことは、わかってるよ。いちいち言うなっての!】

軽いじゃれあいをはじめたスバルたちを尻目に、俺は格納庫へと急いだ。
すでにトキアがいるらしき地点は覚えた。動かずじっとしていてくれればいいのだが・・
嫌な予感がした俺は、走るスピードを上げた。





絶えられる重量ギリギリだが、空戦フレームにバッテリー一つを持たせ出撃する。
今はエネルギー生成で、撃ち落とされる心配は無いはずだ。

【コクト君、無茶したらだめだからね。トキア君を見つけたら、すぐに帰ってくるのよ。】

【わかっている。】

心配そうな顔をするミナトに、返事だけはしておく。
トキアが見つかっても見つからなくても、すぐにでもナナフシのもとには向かうつもりだ。
だが黙っておく、無用な心配はさせないほうがいい。
トキアが墜落した予測地点に到着する前に、戦車隊に少々砲撃を受けたが全てかわし飛び続ける。
地図でも確かめたが、トキアが落下したと思わしき場所は上空からだと直ぐにわかった。
うっそうと茂った密林の中にぽっかりと、木が折れ穴が開いていたからだ。

「これは・・移動した跡?ちがう、戦闘の跡か。」

密林のなに降り立つと、周りの木がなぎ倒されつつ、それが森の奥へと続いていた。
ここ一点だけの木が折れていれば、落ちた時に折れたものだと思えるが・・トキアは戦っていた?
相手がトキアを狙撃した人物だとすぐに思い直すと、木の折れた場所を追ってエステを飛ばした。
場所はそれほど離れてはいなかったが、左腕をなくし倒れているカトレアと真紅に染まった機体が向き合っていた。

「うおおおぉぉぉ!」

ほとんど直感ではあったがバーニアを最大に吹かし、真紅のエステバリスに体当たりをかけた。

バキィッッ!

「大丈夫か、トキア!」

【なんとかね。機体は、かなりやられたけど。】

真紅の機体は体当たりで吹き飛ばされはしたが、すぐに体制を立て直す。
直ぐに救助を向かわせなかったのは俺の失策だ。だが、トキアをここまで痛めつけられる奴は一体、誰だ。

【くっ!邪魔が入ったか・・】

声を聴いた瞬間に記憶が頭を駆け巡り、膿んだ怪我のようにジクジクと心がうずく。
この声は、間違いない。奴がすでに地球にきていたのか!

「貴様、北辰か!」

【貴様まで我が名を知るか、ここはひとまず引かせてもらう。テンカワ トキア、次あうまでに腕を上げておけ、今の貴様は塵に等しい。】

「待て、北辰!」

北辰、奴がいる。そうだ俺には殺さなければならない相手がいる。
奴が生きている限り、俺の戦いは終わらないんだ。

【追うなコクト!今は、ナナフシの破壊が先だ。】

逃げる北辰を追おうとしたが、トキアに止められた。
何故だ。何故止める!それに!

「トキア、奴がいることを何故黙っていた!お前ならリンクで連絡するなり、できたはずだ!」

【それは・・そんなことより、今はナナフシの破壊が先って言ったろ。】

「っ・・ナデシコは、ナナフシのエネルギーが充填される前に撤退する。俺たちはこのままナデシコに戻るか、ナナフシを破壊するか二つに一つだ。」

今すぐにでも奴を殺したい。だが、そのせいでナデシコを危険にさらすわけにもいかない。
そう自分の心に踏ん切りをつけ、トキアに現状を説明する。

【ならナナフシの破壊だ。ナデシコは軍に疎まれている。ここで逃げ帰って、汚点を作るわけにはいかない。】

「だがナナフシのエネルギー充填まであと六時間。バッテリーは一応持ってきているが、カトレアは動くのか?」

【コクト、お前がそのバッテリーを使え。考えがある。】

その考えとは、カトレアの右腕とアサルトピットだけを俺のエステに乗せ運ばせることだった。
ハッキングに必要なのは端末であるアサルトピットと、連結部分である腕があれば両者を繋げさえすればできるそうだ。
それを聞いた俺はすぐさまカトレアの右腕をパージさせ、アサルトピットと両方を抱えエステを飛ばした。
戦車隊はすべてナデシコのほうに出払っていたのか、全く抵抗が無いままナナフシの元までたどり着く。

【カトレアの腕はナナフシに適当にくっつけてくれ。アサルトピットはそのできるだけ近くに。】

言われるままに配置すると、アサルトピットから出てきたトキアが腕とアサルトピットの連結作業に入った。
俺にできるのはここまでだろうが、何か手伝えることは無いかと俺もエステを降りる。

「何か俺にできることはあるか?」

「ここをこうして・・ああ、もう連結は終わるから、適当なところに座ってろ。すぐ終わらせる。」

大地に突き刺されたアサルトピットに、再び乗り込むトキア。
本当にすることが無いので、俺はカトレアのアサルトピットにもたれかかった。

「エネルギー充填率五十二%か・・結構たまってたな。コクト、ナデシコはもう退却したんだろ?」

「したはずだ。俺が出撃するまえに、ジュンに退却しろと言っておいた。」

「ならさあ・・・俺らってどうやって帰るんだ?」

「アキトにでもリンクで事情を説明すればいいだろう。それより後何分かかる?」

「もう撃てなくはなってるよ。後は修復不可能になるまでプログラムを壊すだけ。」

「そうか。」

そのまま互いに沈黙が訪れる。黙っていると、自然に考えが北辰のことになっていく。
先に砲撃を受けていたことや機体の相性を考慮に入れても、トキアがあそこまで追い込まれたのだ。
奴に勝つには今一度自分を鍛えなおす必要がある。組んでいた腕の拳に自然に力が込められた。

「はい、終了っと。」

ナナフシの光がどんどん小さくなっていく。言葉どおり、ナナフシはもう終わりなのだろう。
俺はアキトにリンクで連絡を取り、迎えを出してもらうように頼んだ。





カトレアの部品を全て回収してナデシコの格納庫に戻ると、アキトとルリにラピス、そしてミナトが待ち構えていた。

「トキアさん、怪我は無いですか?」

「コクトにぃも、怪我は無い?」

「いきなり撃たれたのは驚いたけど、怪我は無いよ大丈夫。」

「怪我は無い大丈夫だ、ラピス。」

心配そうに見上げるラピスの頭をなでてやる。

「コクト君、私言ったわよね。トキア君を見つけたら、すぐに帰って来いって・・」

「覚えてはいる。」

じっと睨みつけるように見られるが、目をそらさず答える。
アレはトキアの意見も混じっての行動だ。間違っているとは思わない。

「・・・まあ、いいわ。無事に帰ってきたんだし。」

半分諦めたようにミナトが引き、周りからほっとした吐息が漏れる。

「そうだ。二人とも疲れただろ、腹減ってない?腹減ってるなら俺が何か作るけど。」

「減ってるよ。ラーメン大盛りだな。」

「私もアキト兄さんのラーメン食べたいです。」

「私も。」

アキトの取り繕うような提案にトキアとルリとラピスは乗るが、俺は提案を断ると運動場へと足を向ける。
休息は必要だが北辰が現れたのだ、一刻も早く体を鍛え直さなければならない。
廊下を一人で歩いていると、ミナトが追いかけてきた。

「ちょっとコクト君、帰ってくるなり何処へ行くのよ。」

「ブリッジへの必要な連絡は済ませてある。」

「そういうことじゃなくて、何処へ行くのか聞いてるの。」

俺は振り向きミナトの目をじっと見つめる。

「え・・どうしたの?」

「ミナト、もう俺にかまうな。お前には俺なんかよりもずっと、ふさわしい人がいるはずだ。」

「何よ急に、そんなこと言って・・」

「俺は、誰かを守りながら戦うような器用なことはできないし、するつもりも無い。」

俺が放った拒絶の言葉は、ミナトの足を止めるには十分な言葉だった。
ミナトがついてこないのを確認すると、再び運動場へ向かい歩き出す。



未来で月臣に教えられたとおりの型をとり、構える。
突き出したこぶしは空を切るが、俺には見えない相手・・北辰が映る。
数える気力もなくすほど繰り返した型は、頭でより体で覚えている。
北辰を追い詰めるために、北辰だけを殺すためだけに覚えた技術。
それは結果的に北辰だけではなく、関係の無い人の命でさえ大勢奪った。
だが、この時代にはまだ北辰がいる。
俺はまた、この力を振るわねばならない・・だからこれで、よかったんだ。



















「トキアさん、隊長の・・隊長の好きだった方は、どんな方でしたの?」

コクトの変わってしまった態度に悩むミナトと静音
見かねたトキアは助け舟としてコクトの過去を話す
それは自分の過去といってもよい話なのに何処か他人事に感じるトキア
真実をしったミナトと静音のとった行動とは

次回機動戦艦ナデシコースリーピースー
[決意の後押し]