機動戦艦ナデシコ
ースリーピースー
第二十七話[ナナフシ捕獲作戦]


ブリッジに映し出された映像では、ナナフシが放った一発のマイクロブラックホールにより連合軍が壊滅させられていた。
その威力・・・問答無用さにブリッジメンバーが息を呑む。

「マイクロブラックホールといわれる重力波砲ね。エネルギーを食いすぎるから連射は無理のようだけど、相手を殲滅するのに二発目は必要ないわ。」

「一撃必殺ですか・・そんなものを、連合軍は僕たちに捕獲しろと?」

「先日の巨大エステバリスのことが知られてしまい、ネルガルとしても断りきれませんので。」

「おそらく、軍はこの長距離砲を防衛ラインに加えたいのだろう。」

プロスとゴートの様子から、軍から掃討突き上げがあったのだろう。
地球で一番強力な戦艦であるとはいえ・・・あるいはそうだからこそ、目の上のたんこぶであることは間違いない。
直接的ではないミスも格好の餌食だろう。

『コクト、本気で捕獲なんかするつもりか?』

『いや、アレは無用な力だ。捕獲するふりをして破壊できれば、一番良いのだが。』

『俺がハッキングしてプログラムめちゃくちゃにすれば、元々捕獲されたら動かなくなるようにされてた・・とか嘘つけるけど。』

『できればそうしたいが、時間はどれくらいかかる。』

『動かなくするだけなら十分もかからないけど、修復不可能にするなら三十分ってとこだな。』

思ったよりかからないが、短いとも言えない時間だ。
あの戦車体がおとなしくハッキングさせてもらえるとも思わないが、他に方法はないか。

「艦長、俺に提案がある。」

「提案ですか?」

「アレがおとなしく捕獲されるとは思わないし、万が一にも先日のように自爆されてはかなわない。ここはトキアにハッキングさせてはどうだろうか?」

「それはいいですな。トキアさんとカトレアの能力なら、金銭的問題もなく経済的です。」

「でも、そんなに簡単に近づけるかなぁ?近づく前にトキアちゃんが撃たれたら危ないよ。」

副艦長の言い分はもっともだが、他に手が見つからない以上やるしかない。

「ユリカの言い分も考慮し、もう少し作戦を練ることにしましょう。パイロットは作戦通達まで待機。コクトさんとトキアちゃんとユリカ、あとプロスさんとイネスさんはこの後すぐに艦長室まできてください。」

「なんか僕たちは出番なさそうだね。」

「丁度いい、来いロンゲ。お前が今一番腕が悪いんだ、シュミレーターで鍛えてやる。」

パイロットのスバルたちは待機と言われ、好き勝手に私語をしだす。
支障があるわけでもないし、ほうっておくか。

「聞いた、イズミ?」

「この耳でしっかりとね、ヒカル。」

「な・・なんだよ。何がおかしいんだよ、二人とも。」

「リョーコがアカツキだけ誘ったからじゃないのか?」

「こんなロンゲで変態は、趣味以前の問題だ!」

「ひ・・ひどい。僕はただ、ちっちゃくて可愛い子が好きなだけなのに。」

「「「「そこがおかしい!」」」」





ブリッジからジュンの部屋に移ってのブリーフィング。

「イネスさん、ナナフシはだいたい何時間でエネルギーをチャージできますか?」

「そうね。ちゃんと計算してみなきゃわからないけど、アレだけのエネルギーを生成しようとすると・・十時間ってところかしら。」

「一発目を避ければ余裕ですね。」

「避けられればね。言っておくけど、撃ったと思った瞬間には撃たれてるわよ。」

確か前回はルリが敵弾発射と言った直後にナデシコが被弾したな。
逃げられないように完全にナデシコの足を止めた正確な砲撃、それにかわせない弾と凄まじい威力。
回避不能。耐える事などできない・・・だとすると

「避けられないことは無いと思うぞ。」

ジュンとイネスがうなって悩んでいると、トキアが意見を覆す。

「オペレーターを一人、ナナフシのタイミング計算にまわしてもらえれば。」

「イネスさんはできると思いますか?」

「確率の話になるけど、高いと思うわ。」

「トキアちゃん、本当にいいんだね?」

実際に危険が伴うのはトキアだということで、ジュンが最後に確認をする。
トキアに迷いは無くすぐに頷いた。

「それではナデシコは連合軍が撃たれた位置よりさらに距離をとり、トキアちゃん一人が出撃初弾を交わした後にナナフシに近づきハッキングを開始。他パイロットは万が一のために待機とします。」

「それでルリちゃんとラピスちゃんとルインちゃんの三人のうち、誰がタイミング取るの?」

「え・・それは、誰でもいいんじゃ。」

「何を言っているの、トキアちゃん。貴方の命を預ける人なのよ、誰でもいいわけないでしょ。」

そこまで考えがいっていなかったのか、ユリカの言葉にトキアの表情がひきつる。
イネスの言葉も駄目押しをしている。
トキアのことだからルリは選ばないつもりだろうが、それが一番後に引きそうな気がする。

「アミダくじじゃ、駄目かな?」

「往生際が悪いですぞ、トキアさん。」

「・・一人でやるって言えばよかった。」

トキアがうなだれるが、それは絶対無理だろう。
ジュンとユリカは何故トキアがそうも悩むのかわからなかったみたいだが、プロスとイネスは全て知っている。
そろそろみんなにばらした方が良いと思うのだが、結局は事情を知らぬままジュンが決めたということで、ルインがタイミングを計ることになった。





「なんでルインさんなんですか?私だってタイミングぐらい計れます。」

「わがまま言っちゃ駄目よ、ルリルリ。イネスさんも言ってたでしょ、一番冷静かつ相性の・・」

言いかけてミナトが自分の口をふさぐ。
ルリを納得させられるようイネスが説得した相性のことを持ち出したため、ますますルリが膨れた。
ルインは相変わらずの無表情でコンソールを見つめ、時々トキアのエステを見つめる。

【俺の命がかかってるんだから、しっかり頼むぞルイン。】

「わかっています。トキアの命は、私が守ります。」

【いいんだけど・・・素であんまりそういうことは言わないように。】

「善処します。」

「あのね・・二人とも火に油を注ぐって意味、知ってるかしら?」

こめかみを押さえてエリナがトキアとルインに突っ込む。
ルリはますます膨れてしまうが、事情の見えないジュンとユリカとメグミはぼそぼそと話し合う。

「なんなの?ルリちゃんってもしかして、シスコン?」

「シスコンってなに?」

「ユリカは知らなくてもいいよ。妙なうわさで、艦の風紀が乱れなきゃいいけど・・」

「作戦行動中だ、私語は慎むように。ルイン、ナナフシにエネルギー反応は?」

注意をされてようやく静かになる。
コミュニケのウィンドのトキアは笑っているが・・・報われてはいけない想い、か。

「いぜん沈黙を保っています。」

【どうする、もっと近づくか?】

トキアの声で考えを頭の隅に追いやる。今はナナフシを破壊することだけを考えるんだ。
望遠で映し出されたナナフシは微動だにしない。
機動兵器では反応をしないということか、それとも距離があるだけなのか。
一瞬迷ったが、機動兵器に反応しないのならチャンスでもある。危険だが近づけてみるか。

「最大限警戒しながら近づいてくれ。このまま反応が無ければ、そのままハッキングに向かってくれ。」

【了解。】

ゆっくりと、トキアがナナフシの上空を近づいていく。

「ナナフシ内部に高エネルギー反応、カウントダウンはいります。」

「トキア、気をつけろ。来るぞ。」

【わかってるって。】

ブリッジクルー全員の視線がナナフシとトキアの機体に集中する。
張り詰めた空気で時間が遅く感じられる。残り三十秒から始まったカウントがゆっくりと減っていった。

「・・9・・・8・・・7・・」

ゴゥオン

【うわあああ!】

突然だった。目の前ではないが、はっきりと映像に映っていたトキアのカトレアが、密林から放たれた狙撃に背を撃たれる。
誰もがその光景に目を奪われ、何も反応することができなかった。
狙撃を受けた背中から煙を出しながら落下していくカトレア。

「トキア機被弾、墜落していきます。ナナフシ射出角を修正、ナデシコのほうを向いています。・・2・・・1・・・0、敵弾発射。」

「まさかこの距離で!!緊急かっ」

「間に合いません。もう、撃たれてます。」

ゴォゥゥゥオオン

ジュンの声は途中で振動と轟音に遮られた。
揺れるブリッジ内に悲鳴とルインの被弾を知らせる声が響く。

「エンジン部に被弾を確認!」

「舵がきかないわよ!」

ナデシコの艦体が大きく傾き高度を下げていく

【どうやらナナフシは、出力を絞って射程距離を伸ばしたようね。威力が下がっていたおかげで、幸いというかエンジン部を貫いただけですんでいるわ。】

「何をのんきに解説してるんですか!メグミさん艦内に放送を、ナデシコはこれより不時着をします!」

「そんな余裕ありません!もぉ、どこでもいいんでクルーはつかまってくださーい!!」

「メグちゃんこそよ・・きゃあっ!」

ブリッジはすでに機能するような状態ではなかった。
全員がどこかに捕まるなり、床にへばりつくなりして必死であった。
トキアのあの被弾・・戦車隊などではない。トキアはしっかりとそれを気にして、高めに高度をとっていた。
だったら、あの狙撃はいったい誰が。





「うわあああ!」

ナナフシに気をとられていて、狙われている事に全く気づかなかった。
急いで機体を制御しようとするが、その間にナデシコはナナフシに撃たれ高度を下げていく。
ナデシコも心配だが今は自分が生き残らなければならず、バーニアを最大に吹かして落下の勢いを止めつつ姿勢制御を行う。
撃たれたことで調子が悪かったが、なんとか地面に叩き付けられる事は回避し密林に降り立つ。

【これが地球人の機動兵器というものか・・実に乗り心地が良い。】

降り立ってすぐに、コミュニケではなく外部からの音を拾う。
この声は、あいつか!
音を拾った方向にカメラを向けると、真紅に染まったエステバリスがいた。そして、その手の中にはロングライフル。

「北辰、またてめぇか!いきなり人を後ろから撃ちやがって、この馬鹿野郎が!」

【その声は、テンカワ トキアか・・・こんなにも早く貴様に会えるとは、運が良い。少々付き合ってもらうぞ!】

突っ込んできた北辰の機体を交わそうとするが、着地時に足を壊したのか動きが鈍い。
そのまま北辰のエステと両手を合わせ、受け止める事となってしまう。
すぐさまハッキングを仕掛けようとするが、カトレアの両腕から嫌な音がしだす。
カトレアは元々ハッキング主体で、取っ組み合いには向かない機体。このままじゃ両腕が・・・

「んなろ、離れろ馬鹿!」

【非力な機体だな、テンカワ トキア!】

「押すばっかが芸じゃねえ!」

カトレアの力をわざと低くし北辰の機体のバランスを崩すと、無理やり蹴り上げ距離をとる。
どうする。ナデシコのほうは被弾したとはいえ、パイロットが全員そろってる。捕獲はできなくても、破壊ならできるだろう。
だが北辰をどうするか・・スピードは普通だが、パワーがカトレアとは比べ物にならない。時間稼ぎでもするか?

「北辰、お前が何故ここにいる。またデータ収集の任務か?」

【聞きたければ、我を倒すことだ・・貴様の機体の状態では、まず無理だがな。】

言葉が終わらないうちに再び北辰が距離を詰めてくる。
くそ、もっともったいぶって話せよ!
今度は腕を組み合わないように注意するが、そっちに気をとられすぎた。
機体ごと体当たりをされ、倒れた拍子に北辰を見失う。直ぐに立ち上がるが・・

「しまった!」

自分でも、北辰を見失った事にか、背後をとられた事に対する叱咤かわからなかった。

【うかつなり、テンカワ トキア。】

ガァキッッ

掴まれたカトレアの左腕がつかまれ、ねじりとられる。

【我の見込み違いか、つまらぬ。ここで死んでもらうぞ。】

左腕がなくなったことで北辰からは開放されたが、状況はさらに悪くなる一方だ。
このままじゃ、やられる・・どうする、コクトを呼ぶしかないのか?
コクトは北辰の存在をまだ知らない。でも話したらあいつは北辰を殺すまで、また戦い続けるかもしれない。
それでも、呼ぶしかないのか。



















「俺は、誰かを守りながら戦うような器用なことはできないし、するつもりも無い。」

任務を終え、廊下で向かい合うミナトとコクト
トキアの恐れは現実のものとなり
コクトの目に映るのはミナトではなく、戦い
そしてその口から出た言葉が、ミナトの想いを拒絶する

次回機動戦艦ナデシコースリーピースー
[深く静かに染み入る感情]