機動戦艦ナデシコ
ースリーピースー
第二十四話[ナデシコ修理中、つまり休暇中]


「いや〜、おひさしぶりですな。トキアさん。」

「変わりないな。」

「プロスさんもゴートもね。これで全員かな?」

ネルガルの会長室に集まったのはアカツキ、エリナ、イネスそしてプロスさんとゴート。
二人はずっとエステ工場爆破の件を追ってナデシコにいなかったのだが、ようやく帰ってきた。

「トキア、さっさとすべて話しなさい。貴方の言葉一つで、戦争は一気に終わるのよ。」

「ボソンジャンプの初の成功者がトキア君とは、もしかしてはじめから知っていたとか?」

「もちろん知ってたよ。ボソンジャンプのことはもちろん、この戦争の正体もね。」

みんなの顔は驚き半分、納得半分であった。

「知ってておかしくないわね。この世で貴方に覗けない情報は無いんだから。」

「つまんねえな、もっと驚けよ。」

「それでトキア君、そのことを知っているのは君だけかい?」

「後知ってるのはコクトだけ、アキトとルリちゃんとラピスは何も知らない。」

あの三人はいずれ巻き込まれたとしても、今は俺たちが巻き込んだようなもの。
何も知らないほうが三人のためだ。

「どこから話そうか・・まずはボソンジャンプか?」

「それが私にとっては一番興味深いわね。」

「アレは元々空間移動なんかじゃなくて、時間移動なんだ。時間の前では空間の座標は意味を成さない。そこら辺の関係を知りたかったら、後でイネスにみっちり説明してもらえ。」

「「「「遠慮しておきます。」」」」

説明のところでイネスの目が光るが、満場一致で拒否される。
だが、残念そうにしたのも一瞬。やはりボソンジャンプへの好奇心が優先か。

「それで条件は何なの?有人ボソンジャンプの実験は、今まで成功したためしがないのよ。」

「条件は火星で生まれたもの。火星で生まれたものは、極寒遺跡に触れたナノマシンによって遺伝子をいじられる事によって資格を得る。」

「たったそれだけなの?それならすぐにでもかき集めて木星蜥蜴の本拠地を・・」

意気揚々と右手を振り上げたエリナを手で制す。
ボソンジャンプの秘密を知って気分が高ぶってるみたいだ。普段のエリナなら気付くはずなのに。
まあ、座れと制した手でジェスチャーをする。

「たたけると思う?火星生まれは、戦争初期に大部分死んだぞ。それに運良く軍に適格者がいても、軍は直接送り込むことを承諾しない。本拠地に直接送り込むって事は、その人がすべてを知ることになるんだぞ?」

「そうですな。元々相手が人間であることを、ひたすら隠しているわけですからな。」

「・・・だが、ばれる前に息のかかったものを使ってと考えるかもしれない。」

プロスとゴートで意見が別れるが、解っているのはすぐに行動できるほど事情が簡単ではないということ。
まあ俺は戦争が終わればどっちでもいいんだけど、百年も前の汚点なんてどうでもいい。

「エリナ君、ここは一つネルガルは現状を維持しようじゃないか。戦争が早く終われば武器の需要は減る。企業人は利益だけ考えてればいいのさ。」

「そうね。下手に手を出して軍に睨まれるよりは・・だけど、遺跡は確保しておかないと。たまにはまともな意見出すわね、会長。」

「僕はいつも言ってるじゃないか。・・・例えば、女子社員の制服を巫女ふグボォッ!

エリナの裏拳がアカツキの鼻を押しつぶし、ソファーごと倒れさせる。
汚らしいものがついたようにエリナはアカツキの鼻血をハンカチで拭く。だが、甘い。
物理的に黙らせるぐらいでアカツキがへこたれるぐらいなら、もう俺が殺っている。倒れたアカツキのわずかに動いた右手。
ミミズのうごめいた様な字は血で書かれており、そこには巫女の二文字が・・・



思考が嫌な方にそれた。とりあえずアカツキを会長室の外へ放り出す。
そろそろ火星を出て八ヶ月、ウチャツラなんとか島とかテニシアン島とかやっぱり行くのか。
咳払いをしてから口を開く。

「エリナ、今後のナデシコの行動はどうなってる?」

「ナデシコは、現在修理中。二週間ほどで直るわ。その後はまた軍の使いっ走りだけど、親善大使とか言う熊とムネタケを提督に据える話は断ったわ。貴方を撃ったムネタケなんて、逆に訴えてやりたいぐらいよ!」

「まぁまぁ、エリナさん。その件に関しては、本人のトキアさんが軍と事を荒立てたくないと決定されたではありませんか。」

「解ってるわよ・・そんな事。」

ただでさえ軍は焦って手段を選ばなくなってきてる。追い詰める気は全く無いのだが・・
この上地球の英雄であるナデシコの乗員、しかもメインオペレーターを撃ったなんて軍を追い詰めたらなにをされるかわかったもんじゃない。
結局はご機嫌とって使いっ走りなんだよな。まあ、大丈夫だろうけど、ピースランドの事とかどうなるんだろう。
余計な事して、ルリちゃんを混乱させなきゃいいけど。

「あ・・言い忘れてた。今度ナデシコに新しいオペレーター呼ぶから、席用意しといて。どうせエリナとアカツキも乗るからついでだろ?」

「貴方の紹介ならまず大丈夫だろうけど、誰なの?」

「それは来てからのお楽しみ。」

エリナの疑問に軽くお茶らけて答える。
遺跡の名前考えないとな。あいつの場合、普通に遺跡ですとか言いそうだし。
ようやく知らない時間が終わって、対応できる時間が来た。がんばらねえと。

カリカリ
              カリカリ


不意に聞こえてきたドアの向こうからの音。
ネコがドアを引っかくみたいな・・・部屋にいる全員が会長室のドアの方へ視線を移動させる。

        カリカリ                カリカリカリカリ

やはり聞こえる。

「鍵を閉めて、締め出すなんて酷いじゃないか・・開けてよ。入れてよ。」

思わず抱きしめたくなるような子ネコの声とは程遠い、成人男性の涙声。
エリナに目で合図をする。

「警備部。ネコが一匹迷い込んできたわ、捨ててきて頂戴。」

数秒後、廊下が騒がしくなったがすぐに静かになった。
その時のエリナの晴れやかな顔。初めて見た。







「ね〜、アキト。お買い物に行こうよ。」

「駄目だって言ってるだろ。今日はルリちゃんとラピスに付き合うって、決めてたんだから。」

ナデシコの修理中はすることがないと町へ出たのはいいけど、どこからか聞きつけたユリカがついてきた。
パイロットはすること無いけど、副艦長の仕事はどうしたんだよ。
前は行っておいでとジュンに言われて・・・今回はなんて言われたのか、聞くのが怖い。
「ラピスと私なら、平気ですけど。」

「二人なら平気。」

「ほらほら、二人とも私たちを祝福してくれてるじゃない。」

「んなこと言ってないだろ。戦争中なんだから、何があるかわからないだろ?一緒にいくの。」

叱ってるわけじゃないけど、二人に人差し指を立てて言う。
ユリカと買い物することがどうこうじゃなくて、やっぱり二人だけで外へ出すのは心配だ。
ミナトさんはコクト兄さんとどっか行っちゃったし、トキアはなにやらアカツキたちと会議。
必然的に俺が二人の面倒を見なければならない。

「それにしても、コクト兄さんはミナトさんと何処へ行ったんでしょうか?」

「買い物だと思うよ。」

ラピスの一言に三人とも反応する。

「やっぱり、あの二人ってそうなのアキト?」

「俺に聞くな。」

「ラピス、それ本人から聞いたの?」

「聞いてないけど・・あそこ。」

ラピスが指差した先には、ウィンドウショッピングをしているミナトさんについて回っているコクト兄さんと・・静音さん。
コクト兄さん、両手に花だけど大丈夫なのか?

「コクトにぃ、ミナトー。」

ラピスが名前を呼びながら走り寄ると、気づいたミナトさんが手を振ってくる。
俺たちもラピスに続いて三人に歩み寄る。

「三人ともお買い物?」

「暇だったし、静音ちゃんも休暇中だったから、コクト君に荷物持ちを頼んだの。」

「ミナト、立ち話をしていては通行人の邪魔だ何処かに入るぞ。」

「隊長、それでしたらここから少し行ったところに、良い感じの店がありますわ。」

なんだか勝手に話が進んじゃってるけど、静音さんの勧めた店に入ることになってしまった。
まあ、ミナトさんも静音さんも嫌がってないし、このまま合流していいのかな?



静音さんが進めたお店は、オープンカフェだった。
古風な外見の静音さんが勧めた店としては意外だったけど、それ以上に気になることが・・

「それでね。コクト君ったら黒い服しか着ないもんだから、他のも勧めてみたんだけど。」

「私も何度か勧めたことがあるのですが、何故か黒以外を着ようともしませんし。」

「そういえば、私も見たこと無いですね。」

「でも、似合ってるよ。コクトにぃ。」

なんだかものすごく普通に会話してるけど、俺とユリカは色々と勘ぐってしまってどう接して良いかわからない。
コクト兄さんはコーヒーを飲んで静観しているからなお更だ。

「ねえ、アキト。どういうことなのかな、これ?」

「どうって言われても・・友達になっちゃったとか?」

「う〜、聞いてみたい!」

ユリカが衝動を抑えるように首をすくめる。だが、この場で直接聞くわけにも行かない。
二人で小声で話していると、ふとミナトさんと目が合ってしまった。

「ふふ、どうしたの二人とも?」

「「いえ・・・別に。」」

ユリカと合わせたわけじゃないけど、左右バラバラ、同時に目をそらす。
これでは気になっていることがばればれだと思う。

「やはり気になられるようですわね」

やっぱりばれた。

「そうよねぇ。恋敵同士が仲良くしてるんだもんね。私は言ってもいいと思うけど。」

「ミナトさんがよろしければ、私もかまいませんわ。」

信じられない話だけど、二人はコクト兄さんに関して協定を結んだとか。
このまま二人がそれぞれでコクト兄さんにアプローチしても何の反応も得られないということで、二人は互いに互いを邪魔しない
そして時には協力し合い、最後の結果は恨みっこなしということだった
協力って言っても、デートの邪魔をしないって同じ事だろうけど・・・二人がこんな嘘つくはずないし。
その話を聞かされている間もコクト兄さんは何の反応も示さないで、何を考えているのやら。

『コクト兄さん、こうまで言われてなんで黙ってるの?無関係じゃない・・ってか当人でしょ?』

『二人が勝手にやっていることだ。俺が口を出すことでもない。』

『勝手にって、二人ともコクト兄さんが好きだから好かれようとしてるのに。』

『俺には誰かの想いに応える資格は無い・・それだけだ。』

よっぽど触れて欲しくない事でもあるのか、それっきりリンクを閉ざされてしまう。
今度トキアに相談してみようかと考えていると、ルリちゃんがあれっと声を漏らす。

「今、トキアさんがそこの・・・店・・・・に。」

だんだんと途切れていく言葉、曲がり角で良く見えないけど、身を乗り出して確認したその店は・・・ランジェリーショップ。
間違いであって欲しい間違い。じゃなかったら、行き着くとこにまで行っちゃったんだな、トキア。
全員がその店に視線を向けていると、真っ赤な顔をしたトキアが同じメイド服を着た女の子を引き連れて慌てて出てきた。
なんか一生懸命女の子に何かを説明している。

「あ〜ぁ、トキア君ったら何やってるのかしら。」

ミナトさんがちらっとルリちゃんを見たので、つられて見ると・・なんだか面白くないといった顔をしている。
無言のまま席を立つと、トキアと女の子の方へ歩いていく。

「ミナトさん、もしかして・・・」

「そういう事。本人も気づいてないみたいだし、秘密ね。」

「ルリねぇ、何で怒ってるの?」

「え?なになにどういうこと?」

ユリカとラピス・・あと静音さんもわからなかったみたい。
意外ってわけでもないか、ルリちゃんと一番長くいるのはトキアなんだから。
離れてるから声は聞こえないけど、ルリちゃんに詰め寄られてトキアはこちらにも気付いたみたいだ。
すぐにトキアがルリちゃんと女の子の二人を引っ張ってこちらへ歩いてくる。

「お前ら、ぞろぞろとそろって何やってるんだ?」

「そんなことよりその人は誰なんですか、トキアさん!」

弁解しなかったのか、ルリちゃんが問い詰める。

「こいつはルイン。ナデシコに新しく配属されるオペレーターだ。服持ってないから見にきたんだけど、メグミの奴あんな店までリストに入れやがって。」

店に入る前に気づけよとも思ったのは、俺だけじゃないはずだ。
みんなが半眼でトキアを見ている。

「地図見ていったから、看板とかショーウィンド見てなかったんだよ!」

「本当に?トキア君一度入ってみたかったんじゃない?」

「んなわけないだろ!ほらルイン、黙ってないで挨拶でもしろ。」

「ルインです。よろしく。」

短い言葉。なんていうか礼儀正しいはずなのに、何処か変。
ルインちゃんが頭を下げるとキラリと胸元で光るペンダント・・あれってトキアのじゃなかったっけ?
みんなも気づいたようで、視線が集中する。

「ねぇねぇ、ルインちゃんそのペンダントどうしたの?」

なんとも聞きがたいことを、あっさりとユリカがたずねる。

「トキアから貰いましたが、なにか?」

「こらルイン誤解を招くようなことを言うな。貸してるだけだ。」

トキアの言葉を聞いて、ルリちゃんのほうからほっとしたため息が聞こえる。
なんだか間違いなさそうだな。でも、トキアの奴はどう思ってるんだろ?
気にかけてるのは間違いないだろうけど、それが兄としてなのか男としてなのか。
コクト兄さんといいトキアといい、戦闘でアレだけ周りが見えてるのに普段の生活で周りが見えてないのか。
・・・わざとじゃないよね?



















「任務、姿を見られたからには・・滅。」

おぼろげだった気持ちが明確になっていくルリ
しかし想いを自覚するも、視線の先はトキアと・・・ルイン
抱えきれない思いを胸に森へと向かったルリが出会った人物とは
運命の糸が引き寄せるのは、愛する人か宿敵か

次回機動戦艦ナデシコースリーピースー
[姿を見せた影と木星の新兵器]