機動戦艦ナデシコ
ースリーピースー
第二十二話[システム ドーリス、起動]


休暇が明けてはや四ヵ月、これといった大きな事件は世界でもナデシコでも無く、日々チューリップを落とす毎日。
俺の体も未だに何の兆候も無く、本当に死ぬのかも怪しくなってきた。

「連合軍からチューリップ排除の要請があったのは、インド洋のこのあたりだ。」

「僕らが出向くほど、きつい状況だとは思えませんが・・・」

コクトが指した海域は確かにチューリップがいくつか点在しているが、まとまっていない為各個撃破すればまったく問題ない。
おそらくジュンもそのことを指摘したいのだろうが、軍の要請を真っ向から拒否もできないのだろう。

「それじゃあ、どこから行くの?言ってくれないと、舵とれないんだけど。」

「まずは一番孤立していて、現在地からもっとも近いここだな。」

「ほかは大体等間隔なのに、ここだけ壁に穴が開いたようになってますね。」

「罠ってこと?」

「それは無いと思います、副艦長。地球に落とされたチューリップは、過去に侵略以上の意味合いがありませんでした。」

ルリちゃんの一言で、コクトとジュンが行動を決める。

「では当初通り、このチューリップから攻めることにしよう。」

「ミナトさんは、艦を地図の場所へ向けてください。ルリちゃんとラピスちゃんは、他のチューリップの動向を警戒してください。」

「了解、艦長。」

「了解です。」

「わかった。」

アキトたちパイロットは待機するためブリッジを出て行くが、俺はどうしようか。最近、留守番以外でオペレーターやってないし。
どうしようか考えていると、ルリちゃんと目が合う。

「トキアさん、今回もパイロットとして出るんですか?」

「そりゃ、敵が出たら出撃するけど・・」

「最近、トキアと全然一緒にいない。」

上目遣いに言われクリティカルヒット、まいったな・・確かに最近まともに会話した記憶が無い。
ルリちゃんをアキトとくっつけようとして、ラピスが巻き添え食ってたからな。

「コクト、それにジュン、俺今回出なくて良いか?」

「チューリップは一隻だし、僕はかまわないよ。」

「好きにしろ。」

「んじゃ、そういうわけだから。たまには、オペレーターってことで。」

「あら〜、よかったじゃないルリルリ。トキア君と一緒にいれて。」

「ミナトさん、別にそんなわけじゃ・・・」

やっぱり、そういう事言われると傷つくな〜。
そういやお膳立てはしてるけど、ルリちゃんとアキトってどうなってるんだろ?
あまり知りたくないってことは、やっぱりまだ諦められてないってことか。





「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。」

自販機の休憩所で本当はヤンキー座りをしたいのだが、我慢して普通にベンチに座りジュースをちびちびやりながら、盛大なため息をつく。
戦闘中オペレーターとしてはいるつもりだけど、今は(勝手に)休憩中。

「えらいため息だな、トキア。」

「ヤマダか・・・ジュースでも飲みにきたのか?」

「おぅ、牛乳だ、牛乳!体に良いからな。」

そういえばルリちゃんも前に、牛乳飲んでたな。

「ヤマダって、好きなやついるのか?」

「お前も言葉遣い悪いけど女だもんな、そういう年かぁ〜。」

何でこの言葉遣いで男だってばれないのか、たまに不思議だけど・・別に否定するのもいまさらだしな。

「好きな人はいるけど、他の人とくっついて欲しいから困ってるんだよ。」

「変わったやつだな、お前は。」

「自分でもそう思うよ。」

「別に、なるようになるんじゃねえのか?誰が誰とくっつこうと。」

アドバイスにもなってないぞ、ヤマダ。
ヤマダに聞いた俺が馬鹿なのか、ヤマダが馬鹿なのか・・どうでもいいか。

「まあ、悩むんだったら戦争終わってからゆっくり悩め。戦闘前にそういうことで悩んでると、死んじまうぞ?」

「お前、アニメ嫌いになったんじゃなかったのか?」

「例えだ、例え。んじゃ、俺は待機だからいくな。」

ヤマダを見送ると、飲んでいたジュースの空き缶をクズカゴへ投げ捨てるが・・外れた。
それを拾うと今度は確実にクズカゴの一歩手前から、ねじ込んだ。







【コクト機、出る!】

チューリップを目の前に控え、一番最初にコクトの真っ黒なエステバリスがカタパルトで射出される。
無人機や戦艦がチューリップから次々と吐き出されるが、量は無限でも出すスピードは有限、そこに付け入る隙がある。

「引き続き、エステバリスを射出。ナデシコはこの場で停止、トキアちゃんグラビティブラストをチャージ。」

「了解っと。ルリちゃんはエステバリスの補助。ラピスはミナトさんに回避コースを教えてあげて。」

「了解です。」

「わかった。」

ブリッジで戦闘を見ていることは、今までにあったかな?
あ〜、地球脱出時に一度あったけど・・あの時は艦長席にいたっけ。
変な違和感ってか、居心地悪げ。

「ねえ、ジュン君。一応近くにいるチューリップも、警戒したほうが良くない?」

「そうだね。トキアちゃん、近くのチューリップも警戒してくれ。」

「念のため、やってますよ〜。」

レーダーを見ていると、違和感が頭を駆け抜ける。
何かと思い、ちょっと前にブリーフィングで見たチューリップの配置図とレーダーの赤い点を見比べると、レーダーに映っている点には今前方で浮かんでいるチューリップ以外に活動を停止している十三隻のチューリップがいた。

「前方のチューリップ以外に、十三隻のチューリップがいたけど全部活動停止してるわ。」

「停止って、どういうこと?」

「熱源等のエネルギー反応は無いから、すでに動けないものだと思うよ。」

「念のため、警戒はしておいてください。」

ジュンに言われたとおり警戒を続けていると、メグミからコクトが早くも一隻戦艦を落としたと報告される。
ヤマダやリョーコたちもいつも通り、二人が前衛で動き回り残りの三人で牽制を行っている。
本当にチューリップ一隻程度じゃ、俺の出るまく無いな。

「グラビティブラストチャージ、終了。」

「メグミさん、パイロットに通達、一時退避せよと。トキアちゃん、パイロットが退避後、グラビティブラスト発射。」

「みなさんグラビティブラストを発射しますので、一時退避してください。」

メグミの通信でパイロットが退避したのを確認すると、グラビティブラストを広域発射させる。

ギィュォォォォォオオオオン

無人機はともかく戦艦やチューリップをグラビティブラストで撃ってもあまり効果が無いことがわかっており、今はもっぱら広域発射が主流になっている。

「コクト兄さん、今ならチューリップの周りに邪魔者はいません。いけます。」

【了解だ。】

ルリちゃんの助言でコクトが一気にチューリップまで突っ込み、フィールドを突き破る。
チューリップがコクトによって沈められる光景は見慣れたものだが、チューリップが沈み始めたときに警報音が鳴り響く。

ヴィーン ヴィーン

警報音をならしたのはオモイカネだけど、それを設定したのは俺だった。
警報音の正体は活動を停止していた十三隻のチューリップが、動き出したことだった。

「活動を停止していたチューリップ十三隻が、動き始めた。やられた、あいつら自分たちで火を落としていただけか!!」

「メグミさん、すぐにパイロットを回収させてください。十三隻なんてとてもナデシコだけじゃ相手にできない!」

「待ってください。コクト兄さんがチューリップを落としたために、離れすぎています。今離れたら・・」

さっきの違和感は動いているか動いてないかじゃなく、ナデシコを囲むように十三隻いたことが原因だった。

【俺にかまうな、艦長。パイロット一人と、戦艦一隻どちらが大事かわかるはずだ!】

「コクトにぃ!」

「コクト君!!」

コクトの言葉に、ジュンが迷いを見せる。
すでに海中ではあるがチューリップから戦艦が吐き出され続け、フィールドを最大にしてもナデシコは一時間も持たない。
俺は迷うことなく、すぐさまネルガルにいるエリナにコミュニケをつなげた。

「エリナ、ドーリスを準備しろ。緊急事態だ!」

【準備たって、貴方今インド洋でしょ?】

「三十秒で、そちらに行く。」

何を言っているのかわからなかったのはエリナだけでなく、ブリッジクルーもだろうが説明している暇は無い。
急いでブリッジを出ると、俺はすぐにネルガルの研究所へとジャンプした。



直接研究所内のドーリス指揮官機の前に、ジャンプアウトする。
研究員がざわめくが、かまっている暇は無く。さっさと乗り込もうとしたが、エリナに引き止められる。

「本当にきた。ちょっと待ちなさいトキア、貴方もしかしてボソンジャンプのこと・・・」

「そんな暇は無い!ナデシコが今、十三隻のチューリップに囲まれてるんだ!」

「十三隻?!だって今回は、そんなに危ないところじゃ・・・」

「はめられたんだよ。それが連合軍か、木星蜥蜴か知らねえけどな!」

エリナの手を振り払うと、指揮官機に乗り込む。指揮官機の外見はほとんど普通のエステと変わらない。

「研究員は全員離れろ。巻き込まれたら確実に、死ぬぞ!」

俺は研究員とエリナを下げさせると、ドーリスを起動させる。
ハードもソフトも完璧にできている。後は実稼動実験だけって時に・・ついてねえ。
起動がうまくいったのを確認すると、俺はドーリス十機を引き連れ再びナデシコに向けてジャンプした。



ジャンプアウトが少しずれたが、ナデシコは一キロ先。
どうやらコクトが帰還するのを待ったために、すでに火星のあの時以上に敵に囲まれている。

「これが貴方の、切り札ですか?」

「システム ドーリス。指揮官機を中心とした、感情を持たぬ操り人形たちだ。」

こんなときに話しかけてきた遺跡に、律儀に答えてやる。
ドーリスの頭は指揮官機一つ、指揮官機に乗ったものが十機を超えるエステバリスを同時に操るものだ。
人が乗ってない分G対策などの無駄な機能を一切取り払い、破壊の力だけを求めた鋼の人形たち。

「ナデシコ聞こえるか、こちらトキアだ。今から俺が敵を殲滅する、退避しろ。」

【トキアちゃん、何を言ってるの?】

「いいから、ジュンに退却しろと伝えてくれ。」

パニック気味でメグミに伝わったか怪しいが、そのまま通信をきる。
他ごとをしていては、十機ものエステバリスを同時に操れない。
人間は基本的に五感だがドーリスを使っている間は十機分の視覚と聴覚が加わる。
つまり、俺が自分の脳だけですべての情報を処理しなければならない。

「トキア、私が貴方をオペレートします。思う存分暴れなさい。」

「助かる、頼むぜ!」

どういうつもりでそれを言い出したのかは、どうでも良かった。
俺は一番機から十番機までのドーリスに隊列を組ませると、そいつらを先にナデシコへ向けて飛ばした。
一緒にナデシコに向かいたいが、指揮官機まで特別速いスピードが出るわけじゃない。

「東が一番手薄です。そこに穴を開け、ナデシコを包囲網から出しなさい。」

「了解だ、行くぞ!」

自機をナデシコに向けて飛ばし、先に向かわせたドーリスに包囲網を開けさせる。
ここからは俺もシステムの一部そこに無駄な感情は一切無く、あるのは破壊の限りを尽くすという一つの意思だけ。
だが俺は気づいていなかった、システムの一部になること。それは遺跡が俺に示した道、そのものであることに。



















「敵はいまだ現存、排除を続行します。」

心すらシステムの一部と化してまで力を求めたトキア
主の命じるままに破壊の限りを尽くしていく鋼の人形達
ドーリスの圧倒的なまでの破壊力に、ナデシコクルー全員が言葉を失う
その強さ、破壊の力の先にあるものとは?

次回機動戦艦ナデシコースリーピースー
[崩壊の序曲、引き金は破壊の力]