機動戦艦ナデシコ
ースリーピースー
第二十一話[夢と言う名の残酷なアルバム]
ズゴォォォォオオオン
【チューリップを、一隻撃破だよ。】
【こちらも撃破だ。】
無人機や無人戦艦に阻まれた奥で、チューリップが煙を上げつつ海に沈んでいく。
もちろんそのチューリップを落としたのは、トキアとコクト兄さん。
【やってられねー!本当に同じ人間かよ。】
【未だに実戦で、二人が被弾したところ見たことないもんね。】
【被弾なら、アキト君もしたところ見たことないわね。】
三人とも無人機を葬りつつ、視線をこちらに向けてくる。
見たことないって言われても、俺はいつも後衛でライフル放ってるだけだし。
実際にトキアやコクト兄さんのように前衛に入ったら・・危ないんだろうな。
【一家そろって、才能ってやつかアキト。】
「どうだろ・・二人は明らかに別格だから。」
【パイロット、私語はしてもいいが手は止めるんじゃないぞ。】
【了解、艦長。リョーコ、二人で戦艦落としに行くぞ、ついて来い!】
【誰に向かって言ってるんだ、ヤマダ!】
言葉どおりヤマダとリョーコちゃんが無人機を弾き飛ばしつつ、敵陣へと突っ込んでいく。
なんだかんだ言って二人のコンビは、息が合ってるみたいなんだよね。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん?
「あの二人って、仲いいのかな?」
【リョーコとヤマダ君が?・・・あははは、あるわけないじゃん、アキト君。】
【そう・・言わば、犬猿の仲だけに敬遠しあう二人。】
とりあえずイズミさんの台詞は聞かない振りをして、両手に持ったライフルを敵機に向ける。
自分で志願しといてアレだけど、最近コックをしてることよりパイロットをしている時間のほうが、圧倒的に多くなってきた。
しょうがないか・・万を超える数のチューリップを、地球から排除するってんだから。
「ふぅ・・少し休んだら、厨房か。本当に、どっちが本職かわからないな。」
格納庫に収めたエステのコックピットの中で、ヘルメットをとりため息をつく。
「アーキートー!お疲れ様、お腹減ってない?ご飯食べに行こうよー!」
「ご飯ってお前!またブリッジから抜けてきたのか、ユリカ。」
「抜けてきたわけじゃないもん。ジュン君が、行っておいでって言ってくれたんだもん。」
「それって、ただ単に追い出されたんじゃ・・」
エステの下にいるユリカに聞こえないように、小さくつぶやく。
休暇中、ジュンとユリカはミスマルのおじさんの所に修行に行ってたはずなのに、変わったのはジュンだけでユリカは前のまま。
やっぱりナデシコにいる間は、距離とったほうがいいのかな
「副艦長、腹減ってるなら俺が食堂に付き合ってやるよ。アキトはブリッジの艦長に報告してこいよ。」
「私はアキトと・・なんでもないです。」
「なら行くぞ、副艦長。」
「え〜ん、アキト〜!」
トキアが恐怖を与える笑みでユリカを黙らせると、引きずって連れて行ってしまう。
戦闘報告はパイロット全員の義務なのに、トキアは先にすませたのかな?
「おーい、アキト。ブリッジに行かねえのか?」
「行くよ、ちょっと待ってて。」
考えていてもわからないので、ヤマダ達とブリッジに向かうことにした。
「ルリ、今現在地球に残っているチューリップを、すべて出してくれ。」
「現在約八千のチューリップが、地球に現存しています。私たちが地球を出た時は、一万以上あったはずです。」
「こっちの地図に、現在と過去のデータ載せてあるよ。」
現在暫定的に提督の地位に就いているコクト兄さんの命令で、正面のウィンドウに大きな世界地図が出される。
バツ印は破壊したチューリップだろうけど、まだ半分もなくなってないんだ。
「現在連合軍は月を奪還し、そこを防衛ラインとしてこれ以上チューリップが地球に下りないように警戒している。」
「僕たちの目的は、地球にすでに降下しているチューリップの排除。っと言っても、楽観視できる数でもないですね。」
「連合軍も力を注いでいるはずだ、地道に行くしかない。」
「地道な努力・・ですか。それでは地道にと言うことで、休憩にしましょうか。」
ジュンのありがたい言葉で、脱力したものは一人や二人じゃない。
「それでは、ブリッジには俺が残ろう。各自しっかりと休憩をとって・・・」
「はい、はーい!ブリッジに残るのはトキアちゃんと副艦長でーす。休憩は、さっき取ってきました。」
「アキト〜、私まだアキトとなんの・・・・なんでもないです。」
能天気な声で入ってきたトキアが名乗り出て、またもやユリカを無理やり黙らさせる。
前から好き勝手やってるイメージがあったけど、最近は前にもまして力技なところが出てきたなトキアは。
ユリカが留守番ということだが、トキアが居る事で納得するブリッジクルー。
未だユリカへの不信感は、完璧にはぬぐわれてはないようだ。
「じゃあ、アキトいつものように二人を頼むな。」
「わかってるよ。それじゃあ、行こうか二人とも。」
「アキトー、行かないでー!」
なんだか振り向きがたかったので、ルリちゃんとラピスの手を引いてブリッジを出て行った。
「二人とも、何が食べたい?」
「私たちよりも、アキト兄さんは休憩とらなくていいんですか?」
「チキンライス・・」
ルリちゃんが俺の心配をするもんだから、ラピスの声が尻すぼみになって消えていく。
「大丈夫だよ。俺はコックをしているときが、休憩みたいなもんだから。」
「そうなんですか?」
「それならアキト君、私Aランチね。」
「アキトさん、私もAで。」
「チキンライス。」
「ほら、ルリルリ。アキト君が、そう言ってるんだからね。」
「それなら、味噌ラーメンお願いします。」
「Aランチ二つに、チキンライスと味噌ラーメン入ります。」
ミナトさんがルリちゃんを説得してくれたので、ようやく注文が出揃う。
トキアに二人を見ていてと頼まれることが多くなったけど、結局ミナトさんが見てることが多い。
たまには、お礼をしたほうがいいかもしれない。
「ちょっと、待っててね。今すぐ作ってくるから。」
エプロンをつけて厨房に入ると、ホウメイさんとホウメイガールズのうちの三人が忙しそうに動いていた。
「テンカワ、入ります。」
「あいよ。それじゃあ、早速さっきの注文つくっとくれ。」
「わかりました。」
ランチ系は人の出入りが激しい時間のため、比較的時間が短縮できるメニューとなっている。
だからといって、手を抜くことはない。それに料理をしているときが、一番自分を実感できる時なんだ抜くはずがない。
言い訳にはしたくないが、ナデシコ出向時に人を撃った時の自分が自分でない感覚。
人を撃ったことから逃げたくなくてパイロットの道を選んだけど、エステに乗っているとますますあの感覚がよみがえってくる。
おかしいな、料理中に他事考えるなんていつもなら集中してるのに・・・
「テンカワ、焦げてるよ!」
「え?あ!!」
ホウメイさんの怒声でわれに返ると、中華なべの中の炒め物から黒い煙がでていた。
慌ててなべを火から遠ざけようとしたのが、いけなかった。なべがひっくり返り、焦げた炒め物が宙を舞い腕に降りた。
「あつ!!」
「なにやってんだい、テンカワ。ほら、ここはいいから医務室にいってきな。」
「す・・すいません、ホウメイさん。」
腕に濡れタオルを引っ掛け、厨房を出る。
「アキト君、どうしたの?」
「いえ、ちょっと火傷で。たいしたことないと思うけど、一応医務室に。」
「それなら、私たちも。」
「大丈夫だって、ルリちゃんもラピスもご飯注文しちゃっただろ?食べてればいいから。」
俺は俺を見つめる二人の妹から逃げ出すように、食堂を出て行った。
走りながらも、考えているのはさっきと同じ事。
パイロットになったのは志願だ・・・でも、そこから何をした?
「火傷はたいしたことないけど・・どうしたの、アキト君?神妙な顔して。」
「ちょっと・・」
イネスさんに治療してもらっている間、ずっと考えていた。
エステに乗ることで今まで考えないようにしてたけど、逆に逃げてたのかもしれない。
「今まで銃を持ったこともない人間が、銃を渡されてすぐに使いこなせると思いますか?」
「それって、ナデシコの初出向の時のこと?」
「・・・そうです。」
知っていたことは意外だったが、イネスさんはネルガルでも上のほうにいるんだから知っていてもおかしくない。
少し、興味深そうな顔をされる。
「才能があれば、訓練でようやくってところかしら。まずあなたのように、初めての一発からって事はまずないわね。銃の反動や、狙いのつけ方、それによっぽどのことがない限り、人を初めて撃つときはためらうものよ。」
「でも俺は、本当に銃を撃ったのは初めてだった。」
「そうでしょうね。普段の生活から見ても、貴方はとてもそんなことをできそうにないわ。」
いきなり顔を近づけられ、顔が熱くなる。
「本当に、不思議ね貴方たちは。特にアキト君、君を見ていると・・なんだかすごく安心できる。」
【二人とも近づきすぎ、ユリカぷんぷ〜ん!】
「何だよ、ユリカ。いきなり!!」
いきなり間にユリカが映ったウィンドウが現れ、慌ててイネスさんから離れる。
もしかして、ずっと覗いてたのか?
【ほら、副艦長どいた。】
【ちょっと、トキアちゃん。まだアキトと・・・】
【覗きは現行犯逮捕だぞ、副艦長。】
「で・・何の用かしら、貴方たち。」
覗かれていたことに怒っているのか、イネスさんのこめかみに青筋が・・
【前途有望な男の子を誘惑している、説明お姉さんに忠告をね。あんまりアキトを、からかうなよ。】
「失礼ね、からかってなんかいないわ。いたって本気よ。」
何が本気なのか、聞いてはいけない気がした。
もう休むか・・俺はウィンド越しににらみ合っているイネスさんとトキアを放っておいて、医務室のベッドにもぐりこんだ。
【アキトー!アキトー!二人とも私を無視しないで〜!!】
ちょっと、うるさかった。
音のない映像、音響の壊れた映画館のように映像が流れていく。
登場人物は、幸せそうな男女。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
旅行?女の子のはしゃぎようは、もしかしたら新婚旅行かな?
男のほうも口数は少ないけれど、はにかみながら幸せをかみ締めている。
この人たちは、誰だろう?
男は誰かに似てて、女の人も誰かに似ている気がする。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
少し飛行機が揺れた事で心配そうな顔を男がするが、女の人が無邪気に笑って男の手を握る。
本当に幸せそうな二人、誰もが夢見る状況だけれど・・・
一人の悪魔が、機内に降り立った。
「・・・・・・・・。」
気丈にもスチュワーデスが何かを言うが、すぐに首から鮮血を飛ばし倒れこむ。
そのことで機内がパニックになるが、悪魔には関係なかった。
悪魔の狙いは幸せそうだった男女、抵抗はすべて無駄だった。
二人は悪魔に捕まり、飛行機は爆発、ジ・エンド。
目を覚ますと、体中にいやな汗をかいていた。
夢の内容は覚えていないけど・・ひどく、気持ち悪い。
「アキト、大丈夫?うなされてたけど・・・」
「ユリカ・・・」
なぜここにユリカがいるのか、こんな気持ちになったのか。
気づいたら、もたれかかるようにユリカに抱きついていた。
確かに夢の内容は覚えてないけど、少なくとも感じたのは・・恐怖。
「大丈夫、怖くないから。」
ユリカが抱きしめ返し、頭をなでてくる。
いつもなら抱き付かれても恥ずかしくて反発するけど、今はすごく安心できた。
「なんで、ここに?」
「ブリッジでアキトの事見てたら、うなされてて・・そばに、居たかったから。」
ヴィーン ヴィーン
そのまま抱きしめあっていると、警報音が鳴りお互いに我に返る。
「敵か、ユリカブリッジに戻れ。俺はエステで出る。」
「でも!」
「俺は大丈夫、だから・・ありがとう、ユリカ。」
それだけ言うと、俺は医務室を出て格納庫に走り出した。
なぜか、夢を見たときの恐怖心は消え去っていた。たぶん・・ユリカのおかげなんだろう。
格納庫に向かっていると、途中の十字路でトキアと合流する。
「大丈夫かアキト、いけるか?」
トキアも俺がうなされていたことを知っているという、言葉。
いつもなら、そうじゃなきゃユリカが留守番中にブリッジを出ることをとめたはず。
「大丈夫だよ、無理はしない。」
頷き合うと、俺とトキアは出撃のために格納庫へと急いだ。
「エリナ、ドーリスを準備しろ、緊急事態だ!」
いつもと変わらぬチューリップの掃討作戦
普段と変わらないという事実で生まれた油断が、ナデシコ全体の危機を招く
神のいたずらか、人ゆえの災いか・・答えられる者はいない
この状況を打破するのは、全てを蹴散らす強力な力
次回機動戦艦ナデシコースリーピース
[システム ドーリス、起動]