機動戦艦ナデシコ
ースリーピースー
第十七話[航海日誌やっぱり書いてる人は]
おかしいです。絶対に、何か変です。
最近トキアさんが私たち、特に私を避けてる気がしてなりません。
それに何かと、アキト兄さんのところに行かせようとしています。
「絶対に、トキアさんは変です。」
「今さら何言ってるの、ルリねぇ?」
いけません、つい声に出ていたようで・・ラピスだけではなく、メグミさんもこちらを見ています。
「駄目だよ、ルリちゃん。お姉さんを変なんて言ったら。」
ラピスの言うとおり、兄なのに姉と思われてる時点で変なのですが・・・
問題はそこではなく、避けられているということです。
「いえ、そういう意味ではなくてなんだか最近隠し事というか、何か考えているようで。」
「トキアちゃんも年頃だし、隠し事の一つやふた・・」
何かを思い出したのかメグミさんが、足元に詰まれた例のナデシコ雑誌から一冊を取り出します。
何かトキアさんについて、載っていたのでしょうか?
「たしか先週の・・ここだ、見てよルリちゃん。」
メグミさんが指差したのは、トキアさんの写真でした。
あれ・・これはプロミスリングのようですが、青い石がくっついてますね。
それに願いがかなったから外れているはずなのに、どういうことでしょう。
「これってあの時のプロミスリングだけど、こんな石なんて付いてなかったでしょ。誰に貰ったのかな?」
「どうして、貰った事になるんですか?」
「それは、ここの記事。」
どうやらナデシコのなかで謎の多い人を追いかけた記事のようですが、恋人に貰ったものなど色んな説が飛び交ってます。
しかし本当にこの雑誌、誰がだしているのでしょうか・・書いてる本人が、一番謎が多いです。
「きっと火星で、行方不明になってる時に貰ったんだよ。ほらプロスさんに詳しいことは話したがら無かったじゃない、きっと照れてたのよ。」
「トキアの恋人・・・気になる。」
「そうよね、ラピスちゃんもそう思うよね?」
メグミさんが、ラピスの両手を握って目を輝かせています。
妙な方向に話の方向が流れてますね。
「思い立ったが吉日、ラピスちゃん、トキアちゃんの身辺を調査するわよ。」
「うん、わかった。」
「あ・・ちょっと、二人とも。」
止める間もなく、二人はブリッジを走って出て行ってしまいました。
二人とも今はブリッジにお留守番中なのに・・・
とりあえず、メグミさんとラピスは監視しておきましょう・・トキアさんの恋人が、気になるわけじゃないですよ?
「メグミさん、今トキアさんは食堂でご飯食べてます。」
【なんだかんだで、ルリちゃんも気になるんでしょ?】
コミュニケの通信でトキアさんの場所を教えたので、反論は出来ません。
それより二人とも戦艦の中でロングコートにサングラスなんて、探偵ルックしてたら目立ちますよ。
【トキアを発見、ラーメン食べてる・・何味かな?】
【この際だから、トキアちゃんの謎を全部暴いちゃおう。】
食堂の入り口から、トキアさんを覗く二人。
全て暴いては大変なことになるのですが・・なんだか元々脱線した話が、さらに脱線していってます。
【どうやらミソラーメンのようね、ラピスちゃんメモしておいて。】
【トキアは、ミソラーメンが好き。】
「ラピス、別に好きかどうか決まったわけじゃ・・・」
【まずいわ、こっちに来る。気付かれたわ、隠れましょうラピスちゃん。】
私の言葉は流され、メグミさんは近くの自販機のゴミ箱の影にラピスを押し込め隠れます。
ですがトキアさんは気付いた様子も無く、反対方向へ歩いていきました。
もしかして、ただ単に食べ終わって食堂を出ただけじゃ・・・
【何とか、誤魔化せたようね。】
【メグミ、狭い・・・】
【ああ、ごめんラピスちゃん。さあ、追うわよ。ルリちゃん、トキアちゃんの行き先は?】
「おそらく、運動場ですね。」
【ドア開けて入るわけにもいかないし、ルリちゃん中の様子ウィンドウで出してくれない?】
「プライベートルームじゃないんで出来ますけど、ちょっと待っててください。」
昔の引き戸じゃないので、運動場を覗けないみたいです。
それより、すっかり私も共犯者になっちゃいました。
「これは・・」
メグミさんに見せる前に、自分で運動場内を見て驚きました。
てっきり食後の軽い運動かと思ったら大違い、先に来ていたコクト兄さんと戦い始めました。
組み手、という奴でしょうか?
「メグミさん、これを見てください。」
【トキアちゃんとコクトさんが、戦ってる?】
【喧嘩、してるの?】
【トキアちゃんが棒持ってるけど、組み手とか言うのじゃないかな?】
不安そうになったラピスを、メグミさんがフォローしました。
それにしても映像で見てても、目で追うのも辛いです。コクト兄さんはともかく、トキアさんも強かったなんて・・・
【二人も驚いてるって事は、知らなかった?】
【こんな顔したトキア、始めてみた。】
「知りませんでした。」
少しショックでした。まだ出会ってから一年と少しですが、お互いに知らないことは無いと思っていたのに。
もしかすると私は、トキアさんだけじゃなくコクト兄さんや、アキト兄さんのことにも知らないことがあるんじゃ無いかと思えます。
そう思いつつずっと二人の動きを見ていると、いきなりトキアさんが立ち止まりました。
どうしたのかと思い見ていると、どうやって知ったのかトキアさんが映像を通してこちらを見ました。
【覗きなんて趣味が悪いよ、ルリちゃんにラピス・・あとメグミ。】
「え・・」
【逃げるわよ、ラピスちゃん!】
見つかったことでメグミさんがラピスを引っ張って逃げていきますが、名前を呼ばれた時点で逃げても無駄です。
【今からそっち行くから、言い訳があるなら考えといてね。】
別に怒っているわけではないでしょうが、どうしましょう。
実行犯はメグミさんなので、それで通しましょうか。
「火星を出てから敵が出なくて暇なのはわかるけど、メグミお前が止める立場だろ?」
「ごめんね、ちょっと調子乗っちゃって。」
「それで、何でそんなことするハメになったんだ?」
ブリッジに来たトキアさんは怒るようなことはありませんでしたが、行き着くのはそこでした。
ちなみにコクト兄さんは、シュミレーションルームか何処かへ行ってしまいました。
「ここに、トキアに恋人が居るって・・・」
「何これ、こんな雑誌出てるんだ。」
ラピスが差し出したナデシコ雑誌を、パラパラとめくっていきます。
「恋人ね・・そういやこのネックレスって、誰のなの?気が付いたら、つけてたけど。」
そういえばトキアさんが帰ってきたことで満足して、説明してなかったですね。
「それは私とラピスが貰ったものを、トキアさんに掛けてあげたんです。プロミスリングといって願いが、叶うものです。」
「その知恵の輪が外れたら、叶うって言ってた。」
トキアさんは、ふ〜んと唸りつつネックレスを見てます。
一度外れたのなら、また誰かがつけたはずです。誰なんでしょうか?
「その知恵の輪をはめたのは、誰なんですか?」
「俺を助けてくれた人だけど、この石つける時についでにはめただけだから、願いなんてかけてないと思うよ。」
「それってやっぱり、トキアちゃんの恋人だったり?わざわざそんな綺麗な石贈るぐらいだから。」
「ん〜・・」
恋人、なんでしょうか・・・
トキアさんを起したということは、命の恩人も同じです。
映画やドラマでは、命の恩人と救われた人は結ばれます・・でも私は、なんだか嫌。
「そういうのじゃないよ。必要があったから、貰っただけで。」
トキアさんの言葉を聞いて、何故だかほっとしました。
でも私を避けてたことは、結局解らずじまい。
とりあえず今は、恋人が居なかったことだけでも良しとしましょう。
「それじゃあ、俺はもう行くからちゃんと留守番しといてね。」
「ちょっとのどが乾いたんでジュース買ってきますけど、二人とも何か飲みたいですか?」
「私、コーラがいいな。」
「オレンジジュース。」
頼まれたものを覚えると、ブリッジを出て行きます。
何でこんなにのどが乾いているのでしょうか・・・
ブリッジから一番近い自販機に行くと、そこでトキアさんがジュースを飲んでいました。
「・・ゴフィ・・・ァッ!」
「トキアさん!!」
突然トキアさんがそばのゴミ箱に走りより、口から血を吐きました。
慌てて駆け寄ると、背中をさすります。
「トキアさん、しっかりしてください医務室へ行きましょう。」
「大丈夫だって・・・」
「大丈夫なんかじゃないです!・・・えっ?」
大丈夫といいつつトキアさんが私の目の前に見せたのは、トマトジュースの缶。
トマトジュース?血じゃなくてジュースなんですか?
「やっぱ、トマトジュースだけは飲めねえな。」
「ビックリさせないでください!血かと思って・・死んじゃうかと思ったじゃないですか!!」
「死ぬわけ無いじゃん。こんなに元気なのに、さっき見てたろ?」
言われてみてば・・そうですよね。
まだ少しあの時のことが、忘れられてないのかもしれません。
動かないトキアさんを見て、本当に悲しくて何もわかりませんでした。
「どうしたの、ルリちゃん。留守番は?」
「ちょっとのどが乾いたので、ついでにメグミさんとラピスの分のジュースも。」
「それじゃあ、奢ってあげるよ。」
「えっとメグミさんのコーラとラピスのオレンジジュースと、私は・・・牛乳です。」
遠慮はしませんが牛乳といった時にちょっと笑われたようで、ちょっとむっとして頬を膨らませます。
「ごめんごめん、のどが乾いたのに牛乳って言うからさ。」
しょうがないじゃないですか、私まだ少女ですけど身長が平均以下なんです。
トキアさんも背が高い方じゃないですけど、それでも私と頭一つ以上さがあるんですから。
「はい、牛乳。ねえルリちゃん、ちょっと聞いていいかな?」
「なんですか?」
なんか改まった感じで、変な感じがしますね。
「コクトがいてアキトがいてラピスがいて、ルリちゃんは今幸せ?」
「そうですね。今戦艦に乗って戦争してますけど、以前いたところに比べ物にならないほど私は幸せですよ。」
ちょっと私も改まって言ってしまったので、正直照れました。
あれ?でもいま・・
「そっか、今聞いたことは忘れていいよ。それじゃあ、交代時間になったら行くから。」
「あっはい、また後で。」
結局何が聞きたかったのか、直ぐに走って行っちゃいましたが。
さっきの質問にトキアさんの名前がなかったのは、照れくさかっただけでしょうか?
多分そうなんでしょうけど・・心のどこかで引っかかってました。
「ルリちゃん、お帰り・・どうしたの?」
「いえ、なんでもないです。」
「ルリねぇ、オレンジジュースは?」
「あ!トキアさん、牛乳しか買ってないじゃないですか。」
考え事してて、すっかりメグミさんとラピスのジュースの事忘れてました。
「もう一回、行ってきます!」
私は慌てて、もう一度さっきの自販機まで走りました。
「ルリちゃん、どうしたのかな?」
「わかんないけど、何でジュース買いに行ってトキアが出てくるの?」
「前にも言ったけど、自覚症状はないからね。死ぬかどうか疑い始めてるよ。」
ネルガル本社の命により、地球の前に月へと向かうことになったナデシコ
遺跡の言葉に疑いを持ちつつも、着々と準備を進めるトキア
そしてトキアはコクトにある設計図を見せる
それはこれからトキアが必要とすべき、大きな力だった
次回機動戦艦ナデシコースリーピースー
[特訓の成果、そして目指すは月]