機動戦艦ナデシコ
ースリーピースー
第十五話[火星脱出、未踏の時間へ]


「いいか!目的と手段を履き違えるな、ただナデシコが通る道を作るだけでいい。」

俺はみんなの返事を聞かずに、ナデシコに取り付こうとする無人機をフィールドを纏った拳で弾き飛ばす。
火星を脱出しようとするナデシコには、予想通りすさまじい数の木製蜥蜴が迫ってきていた。

【コクトさん、グラビティブラストのスタンバイ終わってます。撃ちますか?】

「エネルギーは温存しろ、敵は成層圏だけじゃない。本番は、宇宙だ。」

【了解、そのかわりミサイルで援護します。ラピスちゃん、最も有効な場所を検索してミサイル発射。】

【ミサイル発射、ヤマダ巻き込まれないように気を付けて。】

【了解だ。一時、この場を下がる!】

ジュンが艦長代理に就任したことで、ナデシコの連携が今まで以上に良くなっている。
欲を言えばもう少し自分の考えに自身を持って、いちいち確認して欲しくないのだが・・後は経験だろう。

「スバルとアマノは一時ナデシコに帰還して、今のうちにゼロG戦フレームに交換しておけ。」

【おう!ここは任せたぞ。そのかわり宇宙じゃ、一番乗りさせてもらうぜ。】

【了解、みんながんばってね。】

戦力が減るのは痛いが、宇宙に出てから全員のフレームを交換していては間に合わない。
二人を先にフレーム交換することで、宇宙に入った時に無防備になることを避ける。
しかし、ただでさえきつい現状だ。エステの数が減ったことは俺がカバーするしかない。

「うおぉぉぉぉぉ!」

勢いで無人機の群れに突っ込み、一部を弾き飛ばすが敵に囲まれる。
そんなことは百も承知、冷静にこの場にいるすべてのものを認識する。
自分の位置、仲間の位置、敵の位置、それは以前アキトに話したこと。
そして動く、飛んでくるミサイル、体当たりを仕掛ける無人機。両方をかわし殴りつける、後に残るのは仲間のミサイルにやられたもの、エステに殴られたもの、全ては鉄屑と成り果てる。

ドゥオォォォォン

【コクト、あまり無茶するなよ。】

【わかっている。もう直ぐ空戦フレームの限界高度だ、アキト、マキ、ヤマダ、トキアの順にナデシコに帰還しろ。】

【【【了解!】】】

帰還の順は、エステの操縦技術の低いものを優先させる。
俺の言ったとおりに順に帰還していくが、トキアだけがこの場にとどまる。

「何をしている、帰還しろ!」

【するに決まってるだろ。しつこく追ってきてる馬鹿に、お土産だよ。】

そう言うとトキアは操り装着していた無人機を切り離し、追ってきている無人機目掛けて飛ばし自爆させた。

ズガァァァアアアァァァァン

【これで一人危険を冒して、外に残る理由もないだろ?帰還するぞ、コクト。】

全く考えていること読みやがって、可愛くない弟だよお前は。
とりあえず、前哨戦は終わりだ・・次は宇宙での本番だが、後はナデシコを護りつつ全速で逃げるだけだ。





【総員、対ショック準備!】

格納庫に戻ると悲鳴混じりにメグミの館内放送が入り、続いてナデシコが激しく揺れた。
エステに乗っていた俺達はまだいいが、フレーム交換をしていたスバル機やアマノ機が倒れ整備班が巻き込まれかける。
ただの揺れじゃない、これは衝突したような衝撃。

「ジュン、なにがあった?」

【宇宙に出た途端敵戦艦の待ち伏せにあい、グラビティブラストをチャージしていたので撃たれる前に突っ込みました。】

全く無茶をする・・俺が言えた事じゃないな。

【おい、どういうことだ?これ敵が居るっちゃー居るけど・・】

【コクト君、火星内は厳しかったけど、宇宙にはほとんど敵が居ないんだけど・・】

倒れたゼロG戦フレームを起き上がらせ出撃した、スバルとアマノから通信が入る。
火星内ではあれだけ出すまいとしていたのに、宇宙には敵がほとんど居ない?
もし敵が火星内で、ナデシコを沈めたかったとしたら・・

「ジュン、とりあえず全速でこの宙域を離脱だ。出撃したスバルとアマノも今すぐに回収だ。」

俺の考えが正しければ、おそらく敵は今月面だ。
前回はたしか、八ヵ月後に第四次月面会戦だった。なら今ごろ、第一次月面会戦があってもおかしくない。
無事離脱をし完全に火星から離れると、ようやく待機状態を解除しブリッジに向かった。





「何はともあれ、無事脱出できてよかったですな。」

「そのことですが・・火星内であんなに抵抗を受けたのに、何故宇宙に敵がほとんどいなかったのでしょうか?」

「それは・・・」

【説明ね。わかってるわよ、ちょっと待っててね。私がわかりやすく、丁寧な図を用意してあげるわ!】

ゴロゴロ、ゴロゴロ

ジュンの疑問に対して説明しようかと思ったのだが、慌ててイネスが通信を開き割り込んでくる。
ブリッジに来る途中だろうか、ホワイトボードを押しているイネスがウィンドに映っている。

「は〜い、ちょっとごめんなさいね。コクト君、ちょっとこのホワイトボード、そっちに持って言ってくれるかしら?」

言われるままに、ブリッジの広い所まで運ぶ。
チラッと図を見たが、やはり月面会戦のようだ。

「みんな、お姉さんに注目。今回みんなの疑問点は、何故宇宙に木製蜥蜴がいなかったのか。」

「多少は、いたけどね。」

「はいそこトキアちゃん、揚げ足取らない。それは何故か、着眼点は先ほどの火星内での木製蜥蜴の配置から、ナデシコの破壊より包囲を優先されていたことがわかる。つまり、彼らはナデシコを火星から出したくなかった。」

イネスが用意したホワイトボードに、火星やナデシコの絵をマグネットで張っていく。
どうでもいいが、これぐらいの図ならオモイカネが瞬時につくってくれるのだが・・

「そこで、何故ナデシコを火星から出したくなかったのか。」

「戦力を、宇宙に配置できなかったから・・」

「アオイ君、間違いじゃないけど正解でもないわ。正解は恐らくここ。」

イネスがポインターで指したのは、月の絵。

「彼らは火星宙域に戦力を配置できなかった。なぜなら、ここに戦力を集めていたから。」

「つまり、今ごろ連合軍と木製蜥蜴が月を争っていて、今ナデシコが戻ると木星蜥蜴は背後を取られることになるんですね。」

ルリが一番いいところを説明してしまい、イネスの顔が少し苦くなる。

「・・それで何故私が、その結論に達したかというと。」

「はいはい、そこらへんの詳しいことはまた後日ということで。」

いい所を奪われ無理やり説明を続けようとしたが、プロスになだめられとめられる。
確かに戦闘後で疲れているのに、これ以上長話は聞きたくない。気が付かなかったが、ヤマダやスバルはすでに座り込んでいる。

「とにかく無事火星を脱出したことですので、ささやかではありますが食堂で慰労会などを催しますので、皆さんふるってご参加ください。」

「マジかよ!最近戦いっぱなしだったから、ちょうどいいぜ!」

「プロスさん、カラオケあります?」

「マキ イズミ、オンステージ・・」

「イズミ、頼むから止めてくれ。慰労会で疲れさせてどうする。」

声を出して喜んでいるのはヤマダやスバルたちパイロットたちだが、他の皆も顔に笑顔を浮かべ喜んでいる。
さすがプロス、人を扱う心得を知っているな。

「ブリッジに一人は残ってたほうがいいでしょうね、僕が残ります。」

「それなら心配するな、俺が残るから。折角の艦長代理が出席しなきゃ、締まらないだろ?」

ジュンが半分諦めで言ったのだが、意外な所から声があがる。トキアだ。

「俺は一ヶ月丸々休んでたしね。平気平気。」

「トキアさんが残るなら、私も残ります。」

「何言ってるんだよ。ルリちゃんもラピスも今までがんばったんだ、精一杯兄貴たちに甘えておいで。」

そう言って、ルリとラピスの頭を撫でてやるトキア。
やはり寿命のことを気にしているのか、残ると言い出すこと自体らしくない。

「それでは皆さん、食堂へまいりましょうか。」

「あ・・ミナトさん、ちょっと。」

「なに、トキア君?」







「おいヤマダ、肉ばっか食ってんじゃねえ。野菜も食え!」

「こういう時ぐらい、好きに食わしてくれよ・・」

「まあいいじゃないか、サイゾウさん。今日はおおめに見てやろうじゃないか。」

「さっすが、話が解るぜホウメイさん!」

「ルリちゃん、こっちのもおいしいよ。ラピスも、これ食べてみな。」

「・・・おいしいです。」

「おいしいよ、アキトにぃ。」

「ねぇ〜、カラオケ無いのカラオケ?私、ゲキガンガー歌いたいんだけど。」

「このウリバタケにまかせな、ヒカルちゃんウリバタケ印のカラオケマシーンだ!」

無事火星を脱出し帰れたことが嬉しいのか、またこうして騒げることが嬉しいのか。
俺は皆を遠巻きに見ながら、騒ぎから外れた所で壁にもたれ手に持ったグラスから酒を流し込む。

「や〜っぱり、こんな所で飲んでる。トキア君の言ったとおりね。」

「ミナトか。」

目線は向けるが、会話を返さない。

「頼まれたのよ、根暗な兄貴をよろしくってね。」

「余計なことを・・」

「そういうこと、言うもんじゃないわよ。いい子じゃない。」

ルリをアキトとくっつけようとするのは解るが、何故そこでミナトが出てくる。
本当に、何を考えているのか。

「でも、ちょっと変わったよねトキア君。前はルリルリやラピラピ至上主義だったのに、今日は自分からブリッジに残るなんて言い出して。」

「アイツは頭が良すぎるんだ、人より先を見ていて動けずにいる。」

「その割には、気付いてないよね。ルリルリの気持ちに。」

「なに?」

思ってもみなかった言葉に、不自然に反応してしまう。

「よく人に、鈍いって言われるでしょ?家系かな鈍いのは。ルリルリがトキア君を何でお兄さんって言わないか、考えたこと無かった?」

「あの格好だから、呼びたくないだけでは?それにラピスも兄と呼んでいない。」

「それはただの言い訳か、もしくはルリルリ自身も気付いてないのかも・・あの子はね、トキア君を兄としてじゃなくて一人の男の子としてみてるの。ラピラピは単にルリルリのマネをしてるだけ。」

何故こうも人の心がわかるのか・・冷静に見てみれば先ほどからルリは落ち着かないというか、何かをしきりに気にしている。
たまらなく情けなくなる。長男を気取っているだけで、家族の何もわかっていない。
トキア、本当にお前はこれでいいのか?満足できる結果を得られるのか?





「アキトの奴、ちゃんとルリちゃんとラピスの面倒見てるだろうな。」

誰に言うでもなく、ブリッジで独り呟く。
ルリちゃんからの情報だけど、コクトにはミナトさんを差し向けといたし。
せめてもう一度、普通に異性を愛するきっかけになればいいけど・・・
そういや、アリウムにも静音って人がいたな・・まぁ、いいか。

「ルリちゃんにはアキト、コクトにはミナトさん・・ラピスにはさすがに誰も用意できないな。」

急激な目標の変更、自分の幸せから家族の幸せ。
はっきり言って、俺の我侭以外の何物でもない。

「己の愛する人のために、我を殺す。決心がついたのですか?」

「つくわけ無いだろ。それに元々、お前の考えは気に入らないんだよ。」

突然喋りだした胸元のチューリップクリスタルの遺跡に、きつい口調で答える。

「私には、理解できません。貴方は自分が死ぬ時のために、準備をしはじめている。」

「・・・悪いかよ。」

「そうではありません。私が言いたいのは、貴方は私の言葉を受け入れれば生きることが出来るのに、わざわざ拒絶し死のうとしている・・何故?」

俺の目の前で、遺跡が初めて会った時と同じ姿をとり尋ねてくる。
何故か俺と同じ長くきらめきを持った銀髪に、瞳その物が光っているかと思うような金色の目を持った、少女の姿に。

「生きるって事は、お前が思っている事とは違うんだよ。仮にお前の言葉を受け入れても、俺は生きちゃいない。死んで無いだけなんだ。」

「生きては、いない・・死んで無いだけ・・・」

「そういうこと。だから俺は、お前の言葉を受け入れられない。」

少しの違和感、遺跡が考えるような素振りをした。
考えるそれは感情が無ければ出来ない行動、迷い、焦り、とまどい。

「それでも、私は貴方に道を示す。それだけです。」

最後に一言言うと、現れた時と同じように光を煌かせながら消えてしまう。
止める暇もなく、あっという間だった。

「勝手に現れて、勝手に消えて・・どうせ暇なんだから、話し相手ぐらいになっていけっての。」

愚痴ってはみるが、話し相手にもならないことは解りきっている。
人と同じような普通の会話は、全く出来ないだろう。自然と両膝を抱え顔をうずめる。
ただ、なんでもいいから寂しさを紛らわせたかった。人の全く居ないこのブリッジは、とても・・寒かったから。



















「・・・王手は王手、ですよ。」

ナデシコ全体のレベルアップのための、シュミレーション
相手はかつて、黒の王子と呼ばれた二人
その合間をぬって、今後の活動を話し合うトキアとプロス
プロスが漏らした言葉は、本音だったのだろうか?

次回機動戦艦ナデシコースリーピースー
[シュミレーションプログラム]