機動戦艦ナデシコ
ースリーピースー
第九話[停滞する時間、揺れ動く心]
ピッ ピッ ピッ ピッ ピッ
「最善は尽くしましたが、我々の力不足です。」
俺達の目の前にすでに動く人は誰もいない、ただ聞こえてくるのは一定の電子音。
医師の言葉にルリちゃんは泣き崩れ、ラピスは幼い心で必死に現実を見つめ涙を流す。
俺とコクト兄さんは、ただ二人を抱きしめてやるだけ。
ドアを開けると広がるのは、ナデシコに来てからの家族用の住居。
俺はルリちゃんとラピスの手を強めに引いて部屋に入る。
「アキト兄さん、私トキアさんについていてあげたいです。」
「私もトキアが起きるまで、待ってる。」
「駄目だよ、二人とも昨日からろくに寝てないだろ?トキアには俺がついてるから。」
でもと続ける二人の頭をなでてやる。
「トキアが起きた時に、二人が眼にクマをつくってたらトキアが驚くだろ?大丈夫だからね。」
「解りました。・・・ラピスこっちへ一緒に寝ましょう。」
ルリちゃんだけじゃなく、ラピスもこんなたわいの無い言葉を信じたわけじゃないだろう。
そんな大人を気遣った行動が逆に俺の心を締め付ける。
「それじゃあ、二人ともちゃんと寝てるんだよ。」
返事は無かった。
寝れるわけが無い、トキアがあんなことになって。
「二人ともちゃんと寝たのか?」
「とりあえずベッドには入ってくれたよ。それよりありがとうなヤマダ、ついててくれて。」
「これぐらい、なんでもねえよ。」
短いやり取りをすると、そろって同じ場所に目線を移す。
俺達の目の前には、真っ白なベッドに静かに横たわるトキア。息も静かにまるで人形のようだ。
「こうしてみると、ただ寝てるだけみたいだな。」
その言葉は、俺達の希望そのもの。
馬鹿みたいに当たり前のようにおきて、当たり前のように言葉をかわしたいという。
でもトキアがもう目覚める事は無い。
銃弾が頭をえぐった傷は修復し終わっているが、意識が戻らない。
医者も二度と目覚めることは無いだろうと断念した。
「なあアキト・・俺はどうしたら良い?」
「俺もわからない、本当ならヤマダを責めたいのかもしれないけど・・トキアがなんて言うか。」
「責めたって構わないんだぜ、むしろ俺が望んでる。」
たしかにトキアがヤマダをかばわなかったら、トキアはこんな状態にはならなかっただろう。
でも、そうしたらヤマダはどうなってた?
死んでいたかもしれない、そしたら助けられなかったトキアはどう思った?
全ては想像の上での話。
そして一番怖いのは、トキアを撃って逃げた軍人が撃たれた仲間の敵討ちのつもりだったら?
それも想像も話だけど、記録では犯人はナデシコ乗っ取りの時に食堂にいたらしく。
トキアが捕まえた人とは、別口の軍の回し者だったらしい。
「たぶんヤマダを責められるのも許せるのも、トキアだけだよ。」
「そうか。」
そのまま訪れる沈黙。
もしも犯人が敵討ちのつもりで撃っていたのなら、俺を責められるのも許せるのもトキア一人。
すでに地球を離れ一日、最初の目的地であるサツキミドリが近づいている。
トキアのことは心配ではあったがサツキミドリを見捨てるわけにもいかず、俺はどこかピリピリとした緊張感漂うブリッジにいた。
「アキト・・大丈夫かな?」
その台詞は何度目だろう、十回は超えている。
いいかげん苛立ったメグミが、立ち上がり艦長席を見上げ睨みつける。
「艦長、さっきからアキト、アキトって悲しんでるのは一人だけじゃないんですよ!」
「そうだよユリカ。ルリちゃんやラピスちゃんにコクトさん、それに他の皆だって。」
遠慮がちにこちらを見てくるジュンに、手で構わないといってやる。
「ミスマル艦長、人の上に立つということは他人を等しく扱わなければならない。士気を低下させたくなければ、あまり個人に拘りすぎないことだ。」
「そうですなぁ、ただでさえ艦長は職場放棄という前例があります。」
「恋する女の子は応援してあげたいけど、だからって何してもいいってわけじゃないし。」
プロスと同じような意見を言うミナトだが、言い終ると一瞬だけこちらを強い眼差しで見てきた気がした。
・・・気のせいか?
「でも、ユリカはユリカだもん。」
ブリッジにいる全員から責められ小さくなるユリカ、それでも小さな声で反論している。
「艦長、自分のスタンスは自分で決めればよい。だが皆に認めてもらいたければ、それだけの行動で示すことだ。」
「・・はい、解りました。」
さすがに提督の言葉は素直に受け取る。
あの頃のユリカも最初から凄かったわけではない、少しずつ大きくなっていけばいい。
さて、そろそろ動くかなければいけないがどうする?
トキアがいればいい案を持っていたかもしれないが、俺にできることはやはり戦うことだけか。
「艦長、これから少し単独行動をとる許可が欲しい。」
「単独ですか?」
再びミナトの視線を感じつつ頷くと、ユリカは提督の方を見る。
「理由を言いたまえ。」
「まだ確信はありませんが、もし提督が遠征中の敵を叩くとしたらどうしますか?」
「そうだな・・相手の補給路もしくは補給基地を叩く。」
「まさか、サツキミドリに敵が?」
俺と提督の問答でまずゴートが気付く。
「これは木星蜥蜴の間に多少の知恵と連携があると仮定した場合だが、わざわざビックバリアを突破してきた戦艦がノーマークとも思えない。」
ほとんどでまかせだが、あながちはずれでもないと思う。
あの時は本当に直前でサツキミドリが破壊されたし、そこから火星につくまでずっとマークはついていた。
「単独行動を許可しよう。ただし無理はするなナデシコも船速を最大にする。」
「ありがとうございます、提督。」
俺は提督に一礼するとブリッジを出て行く。
「コクト兄さん、どうしたの?」
「トキアの顔を見に来た、少しエステで出るからな。」
「敵か?」
「まだ、決まったわけじゃない。俺が出ている間ナデシコを頼んだぞガイ。」
俺がそう呼んだ瞬間、ガイの顔が悔しげに歪む。
「もう俺のことをガイって呼ばなくていい。仲間を護れなかった奴が・・・名乗っていい名じゃねえ。」
その言葉に少し驚く。
あんなに拘っていた名を捨てるとは、激しい後悔による成長か・・
俺と同じ過ちだけは犯すんじゃないぞヤマダ。
「とにかくナデシコは任せろ、絶対に護ってやる。」
護るために戦うか、どうやら心配はいらなかったようだな。
俺はトキアのベッドに歩み寄りその顔にそっと触れる、かすかな温もりは確かに生きている証だ。
「早く戻って来いトキア、俺は信じてるぞお前の強さを。」
アキトとヤマダに頼むと短く言うと、今度こそ格納庫へと向かった。
格納庫につくと、既に俺のエステのフレーム交換が行なわれていた。
地球脱出の時は空戦フレームだったが、今回は武装と速度の両方を取って重武装タイプのフレームで出る。
ただし地上用のフレームなので、性能がどこまで発揮できるか心配だ。
「やっと来たわね、何処行ってたのよコクト君。」
「何か用か?」
声を掛けてきたのは、意外な人物ミナトだ。
「何か用じゃないでしょ。ルリルリやラピラピほっといてブリッジにいるわ、その上単独行動って、敵がいるって決まったわけじゃないんでしょ。それにトキア君だって・・なんでもっと家族のそばにいてあげないの!」
ブリッジでも俺のことを見てたのはそのせいか。
大声で叫ぶものだから、一部整備班の手が止まり注目を集める。
「ルリやラピスのことはアキトがいるから心配ない。」
「トキア君はどうするのよ!」
「俺がトキアにしてやれるのは、信じてやることだけだ。それにさっき会ってきた。」
それだけ言うと言葉に詰まったミナトを置いて、交換の終わった愛機に乗り込む。
全くおせっかいな奴だ・・だがルリとラピスの成長には欠かせない人物か。
考え事をしつつ発進準備を進めていると、サウンドオンリーの通信が入る。
【・・コクト君にはコクト君なりの考えがあるんだよね。ごめん、気を付けて行ってらっしゃい。】
相手の声はミナトだった、自然と口が緩む。
【何にやついてやがる、愛しの人から通信でも貰ったのかコクト。】
【なんでもない。】
【まあいい、いいか理論的にはサツキミドリまでエネルギーはギリギリで、ナデシコより三時間ほど早く着くはずだ。着いたらすぐに、通信でエネルギーウェーブを出してもらえ。】
【了解、セイヤさん。】
【よーし、解ったら安全運転で行って来い!】
通信のウィンドウが消えたため、俺はスピーカーで叫んだ。
【コクト機、出るぞ!】
エネルギーの節約のために最小限の動きで障害物をかわしていると、まだほんの粒ほどでしかないがサツキミドリが見えてくる。
もうあと五十キロほどで、サツキミドリからのエネルギーウェーブが届く。
思ったよりエネルギーには余裕がある。おそらく、ここまで動きを最小限に抑えるとは予想できなかったのだろう。
「サツキミドリ聞こえるか?こちらネルガル企業戦艦ナデシコのパイロット、テンカワ コクトだ。」
【はいはい、聞こえてますよ。予定より大分早いですがどうしました?】
「訳あってエステを一機先行させた。直ちにエネルギーウェーブを展開してもらえるか?それと、ナデシコに所属する予定のパイロットもエステで出して欲しい。」
【どちらも直ぐにとは言えないが、できるだけ急いでみるさ。】
後は頼むとだけ言うと通信をきる。
今回はナデシコの船速を上げ来るまで後三時間、油断はできないが十分にサツキミドリを救えるはずだ。
エネルギーウェーブの準備ができるまで無駄は無い方が良いと、エステを動かさずに索敵を続けるが木星蜥蜴の影も形も無い。
そのまま一時間が無駄に過ぎてしまうが、ようやくサツキミドリから三機のエステバリスが射出される。
【おいてめぇ、わざわざエステで呼び出すなんて何のつもりだ。】
【それよりリョーコちゃん見てよ、黒いエステバリスだよ。悪役っぽいね〜。】
【美人が立っていたら芍薬、・・しゃくやく・・あくやく、悪役。】
予想通りというか、歴史通りに現れたのは三人の女パイロット。
とりあえず最後の台詞は無視する、構っている暇は無い。
「サツキミドリが木製蜥蜴の奇襲を受ける可能性があった。だから出撃して貰った。」
【奇襲だぁ?どこにんなもんいるってんだよ。】
【も〜、いちいち喧嘩腰にならないのリョーコ。エネルギーウェーブは後十分で、できるんだって。】
返す言葉も無い・・どういうことだ、確かに前回奇襲でサツキミドリは落ちたはず。
歴史が変わったのか?しかし今までも少しずつ変わっては来たが、あくまで歴史に尾ひれがついたようなものだ必ず来る。
【エネルギーウェーブの準備ができたぜ、エネルギー・・・たら・・れ。】
急に通信状態が悪くなったのを不信に思っていると、サツキミドリの一部が爆発し様々な物、そして人が外に投げ出される。
【なにぃ!おいヒカル、どういうことだこれは。】
【知らないよ〜、イズミ〜。】
【どうやら、奇襲は本当のことだったようね。内にも・・外は特に団体さんだよ。】
そんな馬鹿な!敵機は確認されていなかったのに・・前回はナデシコが近づいたら壊れ始めたサツキミドリ、今回はエネルギーウェーブを展開したら受けた奇襲。
まさか、エネルギーウェーブを感知したら起動するように設定されていたのか!
「スバル、アマノは組んでサツキミドリ内の敵を排除、数は多くないが外壁を壊さないように注意しろ。マキは俺と一緒に外の敵を排除する。サツキミドリに近づこうとする敵機を優先して破壊だ!」
【こら、命令するんじゃねえ!】
スバルが反論するが無視する。既に被害は出てしまっている、後はいかに被害を少なくするかだ。
「命令されるのが嫌なら動け!戦えば、何も言わない!!」
【彼の方が正しいわね、いくわよリョーコ、ヒカル。】
【リョーコ。】
【わかったよ。行きゃいいんだろ、行きゃ。】
内にいる敵は、数とその発生した場所が格納庫だと言うことから、恐らくデビルエステバリスだろう。
なんとか、外にたたき出すだけでも良いから二人で何とかして欲しいものだ。
【黒い人、そっちいったよ。】
「わかっている!」
俺達を無視してサツキミドリに取り付こうとした無人兵器を、ライフルで打ち抜く。
マキは元々援護射撃を得意としていたはずだが、フレームの特性もあって俺が援護に回り、マキが大雑把に敵を蹴散らしている。
どうやらチューリップはいないらしい、おそらく外の敵も電源を落としエネルギーウェーブを探知するまで遊泳していたのだろう。
ボソン砲の時と同じ戦法だとは皮肉だな。
「援護する、マキ当たるなよ。」
俺達を無視することを諦めた無人機がまずマキを囲もうとしたため、マキのいる場所目掛けて二の腕に設置されたミサイルを発射する。
マキが離脱するのと同時に、無人機の群れの真ん中に到達したミサイルをライフルで打ち抜き爆発させる。
さらに機体を反転させたマキが、動きの止まった無人機をしとめる。
ミサイルを自分で撃ちぬくのは、好きな位置で爆発させる高等技術だ。
【やるじゃない、黒い人。】
「ああ、だがまだ半分といった所か。」
別にへばったわけではないのだが、今だ通信の調子が良くなく、サツキミドリ内の二人と連絡が取れないので気がかりだ。
【大丈夫、あの二人なら上手くやる。それにほら、団体さんは待ってくれないわよ。】
マキが機体で指差した方には、まだ残りの無人機が猛然と向かってきている。
気がかりならさっさと片づけて応援に向かうべきだと思い直すが、ようやく聞こえてきた通信は最悪のものだった。
【やべ逃げやがった何処だ、何処行きやがった!】
【隠れんぼは、苦手なのに〜。】
おそらく、繋がらなかったので繋ぎっぱなしにしておいただけだろう。
サツキミドリの方を見ると、一番最初に爆発した場所から飛び出してくるデビルエステバリス。
俺は短く舌打ちをすると、今ある全ての弾を向かってくる無人機に打ち出し、デビルエステバリス目掛けて機体を飛ばす。
「すまん、ここを頼む。」
【了解。リョーコにヒカル、後でお仕置き決定。】
再びサツキミドリに穴を開けて突っ込もうとしたデビルエステバリスに、横からタックルをしこちらに注意を向ける。
エステバリスに寄生した無人機は両手両足そして頭の五機、前回は両足でなく両肩だったはずだが、足に付いてる分機動性が上がっていそうだ。
こっちは動きが速いといえない、狙うなら全体を制御している頭なんだろうが。
予想以上に上がっている機動性に、攻撃をかけるどころか機体がついて行かなく守りに徹する。
「しまった!」
とうとう後ろをとられミサイルにロックされそうになった時、デビルエステバリスが吹き飛び視界に移ったのは赤い機体。
【なっさけねーの、後ろ取られてんじゃねーよ。】
「すまない、助かった。」
【今のうちに、いっただきまーす。】
【あ、きたねえぞヒカル。】
俺を助け出したのは、何時の間にか外に出てきていたスバルだった。
そしてスバルが俺に通信を送っているうちに、アマノがデビルエステバリスに寄生した無人機どもに止めを刺す。
すぐにマキの方も確認するが、どうやら無事に勝利したようだ。
【リョーコ、言っとくけど彼ゼロG戦フレームじゃなくて地上用の重武装タイプよ。】
【なにぃ!お前馬鹿か、何でそんなのに乗ってるんだよ。】
「ナデシコにはまだゼロG戦フレームがない、ただそれだけだ。」
【ねぇ〜、アレがそのナデシコじゃないの?】
アマノが指差した方に見えるのは、ようやく追いついてきたナデシコ。
サツキミドリが落ちることは無かった、だが確実に戦争の被害者が出てしまった。
被害が減ったと考えるべきか、どうがんばっても被害は出てしまうと考えるべきか。
その答えを知る時は来るのだろうか・・
「ちゃんと願いは込めた。次はトキアが、がんばる番。」
最小限の被害で済んだサツキミドリでの、しばしの休息
ミナトはコクトに頼まれ、落ち込んだルリとラピスを連れ出す
精気を失ったような二人は、酷くはかなげで不安を誘う
だから、ミナトはラピスの手を強く握った
次回機動戦艦ナデシコースリーピースー
[妖精たちの願い事]