機動戦艦ナデシコ
ースリーピースー
第八話[さらば地球、そして銃弾再び]


「全く。なんで、アイツはあんな格好してるんだ?」

「その格好じゃ説得力無いよ、トキア。」

振袖を着て政府そして軍関係者に挨拶をしているユリカに小さな声で突っ込むが、ラピスに突っ込まれた。
俺はメイド服が制服だからいいの、むしろ普段着。

「そうですか。それじゃあ、無理やり通っちゃうんでお手柔らかに。」

本気で説得する気があったのか、聞いてみたい。
ただ少し慣れてきたけど、ユリカに必要以上に近づくとまだ駄目なんだよな。

「あははは、失敗しちゃいましたね。プロスさん。」

「まあ、予想の範囲内です。まだ軍はコクトさんのことを諦めてないようですし。」

「俺だけではない。アリウム全員が、未だに乗艦していることも原因だろう。」

「このまま、乗組員になってもらったらどうですか?」

メグミがいい案だとばかりに言うが、すぐプロスに否定される。
いくらネルガルが軍にコネがあるからって、地球最強のエステバリス部隊を丸々持って行っちゃったら、関係が凄くまずくなる。

「たしかに我々は軍とこじれてますが、敵対行動をとりたいわけではありませんので。」

「火星に行くだけなのに、いろいろ大変よね〜。」

ミナトさんの言葉に、ブリッジにいる全員が頷く。
たしかにそうだけど、そこまでしていく価値は充分にあるからね。
救助という名のプロパガンダ、イネス フレサンジュと言う名の優秀な科学者、相転移エンジンに纏わる資料。
結局ブリッジでの会議は、まずアリウムをムネタケ以下軍人と共にどこかに下ろしてから、地球を出ることになった。





【コクト、土産忘れるんじゃねえぞ。】

【夏樹は火星のナノマシンがいいな。】

【火星の石。】

「期待しないで、待っててくれ。」

あまり陸に近づくと連合軍に拿捕される恐れがあるため、適当な海域でナデシコから離脱するアリウム。
感動的な別れのシーンのために、エステの手に乗るムネタケらはクルーの視界から強制削除される。

【まあ、こいつらのことは俺と新見に任せておけ。】

【お気をつけて、隊長。】

【絶対無事に、帰ってきてくださいね。】

「わかってる、頼んだぞ新見、八牧。」

なんて言うか、もうちょっと感情表に出せないもんかねコクトは。

【隊長、私はいつまでもお待ちいたします。どうかご無事で。】

短くああっとコクトが言うと、去っていく七機のエステバリス。
あんなに真剣な眼をされれば、そんなにアリウムの人たちを知らないブリッジのクルーにも、含む意味がわかる。

「ねえねえ、あの二人ってどうなのかな?」

「私少女ですから、わかりません。」

「ノーコメント。」

メグミの問いかけに無難に回答する二人。
ミナトさん辺りなら気付くだろうけど、コクトの辛そうな顔を見たら何も言えない。
俺、コクト、アキト、結局俺達は悩み、苦しみつづける運命にあるのかな・・・絶対嫌だけど。

「それじゃあ、お別れもすんだところで、宇宙に向けって出発しちゃいましょう!」

これまた場の雰囲気に気付かなかったユリカが、能天気な声で命令を出す。

「トキア、ちょっといいか?」

「ん、まあいいけど。」

俺はルリちゃんとラピスにオペレートを頼むと、コクトに連れられブリッジを出て行く。
たぶん、行き先は運動場だろう。



二人で向かい合い、コクトは素手で、俺は自分の背丈より長い棒を構える。
さすがに憂さ晴らしで鋼線を使うわけにもいかない。
いつもは、俺がユリカを襲わないようにコクト相手に憂さ晴らしをするのだが、今回はコクトからの指名。
短く切るように声を発すると、コクトより先に踏み出す。
最初から一撃で倒せるとは思ってないため、かわされる事が前提の突きを出す。

「それで、指名したんだ。だんまりは通用しないぞ。」

それは俺とコクトの間で決めた一つのルール、憂さ晴らしに指名したらその内容を話すこと。
いくらリンクで繋がっていても、心の奥底までわかる訳じゃない。

「何故、俺にあんな言葉をかける?」

「解ってることを、人に聞くなよ。」

答えた瞬間、棒の先端を上に弾かれ間を一気に詰められるが、突き出された拳だけは垂直に立てた棒で防ぐ。
危ねぇ。憂さ晴らしは言葉通り憂さ晴らし、手加減は一切なし。
そのためにハンデは貰ってるが、もちろん攻撃を喰らって下手をすると骨折ですまない場合もある。
棒で止めた拳目掛けて足を振り上げるが、すばやく手を引いてかわすコクト。

「恋愛は自由、誰が誰を好きになってもそれは個人の自由だろ。」

「相手が数え切れないほどの人を殺した、殺人鬼でもか?」

第四次防衛ラインにはいったのか、少し艦内が揺れる。
それにしても、さっきのアキトの悩みとたいして変わらないな。
アキトには許されるようなこと言っておいて自分だと許されない、矛盾してるよな同じ人なのに。
どうせ、その矛盾に気付いても無いんだろうけど。

「さあ?未来の事言われても、まだ起こってないから。」

そう言うと、俺はわざとコクトに棒の先端を受け止めさせる。棒を手放し今度は俺から間を詰めた。
相手の虚をつく作戦だが、何故か見破られた。俺はカウンターを受け壁に叩きつけられた。

「いって〜。」

「作戦自体は悪くなかったが、受け止めさせる時に力を抜きすぎだ。それではすぐにばれる。」

差し伸べられた手を取ると、立ち上がる。
やっぱり、格闘全般はかなわない。もし北辰並みの敵が来たら俺じゃ勝てないな。

「お!いたいた。」

入り口から聞こえた声は、ガイだ。

「いいか今までは脇役に出番を譲ったが、第三次防衛ラインは俺様が出るからな。でしゃばって来るんじゃねえぞ。」

それだけ言うと、おそらく格納庫へだろうが走っていってしまう。
コミュニケで言えば良いのに探し回るとは、律儀な奴だな。

「そろそろか、コクトも待機しとけよ。」

「解っている、あいつ一人では不安だからな。」

そういや前回はジュンの奴が来たけど。
あれ?そういやジュンってブリッジにいたっけ?







「デルフィニウム九機、接近中。」

「ネルガル所有のエステバリスも一機、近づいてる。」

「両方から通信きてますが、どうします艦長?」

「とりあえず、距離の近いほうからつないでください。」

おかしいな、デルフィニウムからはここにいないジュンだろうけど。
エステバリスって・・まさか。

「酷いじゃないかトキア君、置いていくなんて僕もナデ」

ドォォォォォン

ナデシコからミサイルが発射され、落ちていくエステバリス。
皆は、一斉にミナトさんを見る。

「アタシじゃない、アタシ知らない。」

必死に両手を挙げ、自分じゃないとアピールする。もちろんミサイルを撃ったのは、俺。
アカツキの奴まさか追ってくるとは、お前が火星に行ってる間にネルガル乗っ取られたらどうするんだよ。
悪いことは言わないから、ネルガルに帰れ

「あははは、つい撃っちゃいました。」

もちろんわざとだが、ミナトさんが疑われてて可哀想だし。

「良いのか、ミスター?」

「私は何も見ていませんよ。ええ、もちろんネルガル所属のエステバリスなんて来てませんから。」

「えっと・・・メグちゃん、もう一つの通信開いて。」

【ユリカ、今すぐナデシコを戻すんだ。今なら僕から提督に話をつける。】

ブリッジの全員が落ちていくエステバリスを見なかったことにし、通信を開くと今度こそジュンだった。

「ジュン君。」

【もう一度言うよ。ナデシコを地球に戻すんだ、ユリカ。】

「困りましたなぁ。貴方の行動は契約違反ですよ」

プロスが一応警告しては見るが、聞く気は無いのだろう。
ずっと通信でユリカのほうだけを見ている。

「ごめんジュン君、それはできない。ここが私の居場所なの、ミスマル家の長女でもお父様の娘でもない。私が私でいれる場所なの・・それに。」

【そんなにアイツが・・テンカワ アキトのそばに居たいのか、ユリカ!】

「火星にはアキトが・・・え?」

ジュンの言葉にユリカが一瞬固まり、ユリカの反応の仕方に今度はジュンが固まる。
そういえば、ユリカっていまだにアキトがナデシコに乗ってるって知らなかったんだっけ。
それにしても自分から恋敵の場所を教えるとは、間抜けとしか言い様がないな。

【ユリカ、もしかしてナデシコの乗員名簿に目を通してないとか?】

「だって・・色々あって忙しかったんだもん。」

「アキトってルリルリたちのお兄さんのことかな?」

「そうですねもし艦長の言っているアキトが、テンカワ アキトならですけど。」

「え!何々?アキトは一人っ子のはずだけど、テンカワ アキトだよ。」

「私たち、養子だもん。」

ユリカはラピスの言葉を聞くと、素早く艦内人物検索でアキトを検索し、そのままブリッジを走って出て行ってしまう。
残されたのは、ユリカが走っていった先を見つめるブリッジクルーと放心中のジュン。

「艦長が職場放棄ということで代理として、俺が指揮とります。提督かまいませんか?」

「できる限りの補助はする。やりたまえ。」

とりあえず、他に人がいないので立候補する。

「レイナード通信士はパイロット二名に発進命令を、ハルカ操舵士は戦艦速度を現状維持、テンカワ ルリ、ラピス両オペレーターは第二次防衛ラインのミサイルを警戒しつつ両パイロットの補助。」

「了解です。ヤマダさんコクトさん、エステバリスの発進お願いします。」

【ダイゴウジ ガイだ!】

「了解よ。カッコイイじゃない、トキア君。」

「了解・・本当にトキアさんですか?」

「誰?」

うう・・俺は、負けない。
普段から俺がどう見られてるか解る台詞だ。
とりあえず今は突っ込まず、正面のウィンドウに映る出撃した二機のエステバリスに目をやる。
今回は二機同時に出撃させたんだけど、前回と同じように一人で突っ込み一機を破壊すると囲まれるガイ。

「あっさり囲まれましたね。」

「どう見ても単独行動じゃない今の、もう一つのロボット置いていったし。」

「あの人嫌い、コクトにぃが危ない。」

素人に言われてるぞガイ、もういいやヤマダと呼ぼう。

「レイナード通信士、ヤマダ機に通信つなげてくれ。」

「はい。」

【ダイゴウジ ガイだ!!】

「ヤマダ、格納庫に秘密兵器がある取りに来い。」

【なに!それを早く言え、それと俺はガイだ!!】

もちろん嘘、下がれって言って下がるヤマダじゃないし。
通信が切れると今度は格納庫のセイヤさんに連絡をとる。

「すいませんが、ヤマダの奴を取り押さえてもらえますか?アイツが出ると危ないんで。」

【おう!任せとけ俺らもアイツには言いたいことが山ほどある、それより艦長はどうした?】

その質問にはとりあえずお茶を濁しておく、艦長が職場放棄だなんていえるはずも無い。
ヤマダの面倒を見てるうちにコクトはさっさと残りの七機を落としてしまった。
あとは放心中のジュンだけか・・どうするか、ユリカもいないのにどう説得する?

「トキア助けてくれ!この人なんなんだよ。」

「照れなくて良いじゃないアキト、抱きしめあった仲じゃない。」

「あれはアンタが勝手にしてきたことだろ、それに好きな人がいるんじゃなかったのか!」

ブリッジに追いかけっこをしながら飛び込んできたのは、ユリカとアキト。
この戦闘中になにをやっているんだこいつらは。

『ジュンはどうする?』

『なんかもうめんどくさくなったから、適当に痛めつけてから格納庫に放り込んどいて。それとミサイルの処理もお願いね。』

『了解した。』

物凄くおざなりにコクトに頼み、鬱陶しくなったのではしゃぐユリカを殴って気絶させる。

「アキトとりあえず説明は後でするから、適当な所に座ってろ。」

「あ、うん。」

「コクト機がデルフィニウムを一機捕獲、また発進していきましたがどうします?」

「どうもしなくていいよ、ちょっとミサイルの処理に行っただけだから。」

驚きの声が幾つもあがるが黙殺する。
ミサイルが射程に入れば意味が解るからだ。

「第二次防衛ラインのミサイル一六機、きました。」

ルリちゃんの声に弾かれたように、垂直になったナデシコの先端に乗っかっていたコクトの機体が動き出す。
そして機体の腕を空にむけると、向かってくるミサイルに向かいライフルを構え撃つ。
ミサイルの数だけ一六発、全ての弾丸が命中しミサイルはナデシコに届く前に処理された。

「さすが地球最強のエステバリスライダー、やりますなぁ。」

「先ほどの戦闘も動きに無駄がなく申し分ない、よくナデシコに乗る気になってくれたものだ。」









「あの〜なんで私縛られてるんですか?」

気絶から覚めたユリカがブリッジのメンバーに普通に聞いてくるが、誰もこたえない。

「艦長が職場放棄したんだから、罰は必要だと思わない?」

「トキアちゃん顔が怖いよ、助けてアキト!」

「うう・・ユリカ。」

隠れていたアキトを目ざとく見つけ助けを求めるが、訳がわからないアキトは何も言わない。
呟いたのはジュンだ。

「ところで、僕ここにいてもいいんですか?」

「いいんじゃない?むしろここにいることが罰になるし。」

「あ、ジュン君わざわざアキトがいること教えに来てくれたなんて、さすが私の友達だよね!」

「ゆりかぁ〜。」

泣き顔になったジュンを見て、何故罰になるのか皆は納得する。

「がんばってください、そのうちいいことありますよ。」

「大丈夫です・・・慣れてますから。」

ムチャクチャ説得力のある声で言われ、もはやジュンを罰するつもりのものがいなくなる。
ところで、もう一人罰を与えるべき奴が見当たらないな。

「セイヤさん、ヤマダが見当たらないけど、もしかしてまだ格納庫に?」

「お灸だけはきっちりすえといたぞ、ただ秘密兵器がないのかってすねてたな。」

しょうがないな、連れてきてもう一度リンチかますか?

「あとは第一次防衛ラインのビックバリアだけだから、速度このままで突っ込めばいいからミナトさん現状維持で、ヤマダ連れてくるからアキトに大体のこと教えといてくれ。」

ミナトさんとコクトにそう言うとブリッジを出て格納庫に向かう。

「なんだか、トキアちゃんのほうが艦長らしいですよね。」

「酷いよメグちゃん、ユリカこんなに艦長さんにぴったりなのに」























格納庫に着くと、自分のエステバリスの前であぐらをかいているヤマダに近づく。
もっと早く気付くべきだったのかもしれない、格納庫のなかに俺達のほかにもう一人いたことに。
俺に気付いたわけじゃないのに立ち上がるヤマダ。

「おい、あんたそんな所で何やってるんだ?」

ヤマダの視線は脱出用のロケット。
そしてヤマダに向けられたのは、黒く光る銃口。
ムネタケがいなくなったからと完全に油断していた。
これじゃあ前と一緒じゃないか、俺は何をしているんだ!

「ヤマダー!!」

ガァァォォン!

格納庫内に反響する銃音、放たれた弾丸はヤマダに向かい飛んでいった。



















「こうしてみると、ただ寝てるだけみたいだな。」

誰かを慰めたいのか、誰かに慰められたいのか
戦争とは全く関係の無い状況での事件は、クルーに影を落とす
そんな中、コクトは一人ナデシコを出撃しサツキミドリへと向かおうとし
普段と変わらぬ冷静な態度のコクトに、ミナトが詰め寄る

次回機動戦艦ナデシコースリーピースー
[停滞する時間、揺れ動く心]