機動戦艦ナデシコ
ースリーピースー
第七話[涙を受け止めた彼女の名は?]


「なんだアキト、こんな遅くに呼び出しやがって。俺は昼間の騒ぎで疲れてるんだぞ。」

「・・・すいません。」

食堂で向かい合って座る、俺とサイゾウさん。
こんなこと言っても、仕方がないとは思ってる。でも、俺は他にどうすればいいのかわからない。

「俺・・」

「ん?」

言いかけて、言葉を飲み込んでしまう。
ゴートさんは内々に処理すると言ってた、正当防衛だと。
でも俺は、わからない。

「俺・・・コック辞めます。」

そのまましばらく訪れる静寂。

「それではいそうですか、と言う俺だと思うか?」

思わない、思わない・・けど。
俺は殺したんだ。引き金を引く、ただそれだけで人を殺したんだ。

「なにがあったか知らんが・・・いつでも戻って来い。お前には、才能があるんだ。」

そんなありがたい言葉にもこたえられなかった。







「我々が、これまで行き先を秘密にしてきたのには訳があります。」

「我々の向かう先は、火星だ。」

艦内放送で、ようやくナデシコの行き先が放送される。
そういや、行き先告げずにクルーに選んで詐欺じゃねえのか?

「もちろん、意義のある方は降りることもできます。希望する方は、二時間後の正午までにこのプロスペクターまで連絡を。」

「火星か〜、ミナトさんはどうします?」

「私はもちろん残るわよ。ルリルリやラピラピが残るんだもん、がんばらなきゃね。」

「私たちは、ここに家族がそろってますから。」

「私はルリねぇたちと、いつもいっしょだもん。」

俺達は事情が特殊だからな、この二人が安全な場所はほとんど無いし。
やっぱり少しは護身術とか教えた方が良いかな?

「それでは、ブリッジのメンバーも一時自由行動です。念のためトキアさんと、コクトさんは残ってください。」

プロスさんの言葉に何かを感じる。
連合軍を警戒するにしても俺だけでいいはずなのに、なんでコクトまで。

「トキア君、二人を借りるわね。食堂にでもいきましょう。」

「あ、私も行きます。艦長はどうしますか?」

「どうしようかな・・プロスさん私も行ってきて良いですか?」

「ええ、構いませんとも。クルーとの交流も、艦長の大事な仕事ですから。」

四人がブリッジを去り残ったのは、コクトと俺、プロスさんにゴートそして提督。
さっきのプロスさんは、明らかにユリカを追い出していた。そんなに重要な話があるのか?
予想通りにこやかな表情を一変させ、プロスさんが真面目な顔になる。

「さて・・お人払いがすんだ所で、ゴート君。」

「私が聞いてもいいのかね?」

「かまいません、提督の意見も重要になります。単刀直入に言おう、昨日の銃撃戦の時にテンカワ アキトがその場にいた軍人を全て殺した。」

ゴートの言葉に、俺もコクトも驚きを隠せない。
だが、コクトは思い当たる節があるのだろう。小さく、あっと声を漏らす。

「まさか、あの時か。」

「そうです。艦長と私そしてあなたが通りかかった時、艦長を護るため飛び出しそして撃ちました。」

「見事としか言い様の無い、正確な射撃だった。それぞれの眉間を一発で打ち抜いた。」

凄いことは凄いができないことじゃない。俺の場合は銃の反動に体がついていかないが、コクトにならできる。
だけど納得いかないことがある、アキトは明らかに素人だ。普段の行動をみていても無駄だらけだ。
ユリカを護るため?・・まさかな。

「お前たちにならそれも可能だろう。納得できる。だがアイツは銃を手に取ったときも、扱いがおぼつかなく素人だった。」

「それに、今回だけではありません。ナデシコ出航前の戦闘の際に彼は、地球最強のエステバリスライダーとネルガルが誇る最高のエステバリスライダーの戦闘に割っては入るだけでなく、二人同時に投げ飛ばしました。」

『確証は持てないけど、緊急時にのみあのころの能力が戻るってことか。』

『そうかもしれない、だが危険だ、前回はまだしも今回は人を殺してしまった。何も知らないアキトが、その事実に耐えられるとは思えない。』

『あとで、様子を見に行くか。』

折角全てを忘れたってのに、難儀な奴だなアキトは。

「それでネルガルとしては、アキトさんにもパイロットを兼任して欲しいのですが。」

「へ?」

「ですから、パイロットの兼任を。」

無理だ!絶対に無理緊急時に能力が戻るとしても、緊急時っていわばピンチじゃん。
ピンチになる前に死んだらどうするんだよ。

「プロス、その話はとりあえず先送りにしてくれないか。アキトと話してから決めたい。」

「そうですか、それはもちろん構いません。戦力は多い方が良いですからな。」

『何を軽々と言っとる、断れんなもん。』

『今無理に断ろうとしても、丸めこまれるだけだ。このまま時間稼ぎをする』

「ちょっと、いいかね?」

突然の申込みに困惑していると、今まで黙って聞いていた提督が割って入ってくる。
寝てたんじゃなかったんだな。

「どうやら、プロス君とゴート君は彼の能力に期待しとるようだが、よく考えてみたまえ。彼には特別な才能があるのかもしれないが、そんなあやふやなものに頼って、彼自身が生き残っていけると思うかね?」

「それは、確かに・・」

「それでも、彼を戦場に送るというなら何も言わない。私はただのアドバイザーだ、失礼するよ。」

言うだけ言うと静かにブリッジを出て行くフクベ提督。
俺とコクトは、ただ提督の後姿に頭をたれた。





「ルリちゃんもラピスちゃんも、キョロキョロしてどうしたの?」

「ちょっと、人探しです。」

「ここで、働いてるはず。」

「あ〜、もしかして、お兄さんをさがしてるとか?確かコックさんだったよね。」

ルリちゃんとラピスちゃんって、トキアちゃんともコクトさんとも兄妹だったよね。
いいな〜、私一人っ子だったからうらやましいぞ。

「艦長は、なに食べます?」

「そう言う、ミナトさんは?」

「私はとんこつラーメンかな。ここはラーメンが美味いって、誰かが言ってたの聞いたから。」

「ラーメン、ラーメンか。」

迷っちゃうな〜、ここは失敗しないように堅実にラーメンか。それとも冒険して他のを頼んでみるか。
だけど私の迷いは、ルリちゃんとラピスちゃんの声で吹き飛ばされた。

「辞めた!」

「・・嘘。」

「嘘じゃないさ。全く根性無いね、最近の男は。」

「そんなことありません!いつも楽しそうに料理をしてて、辞めるはずないです。」

「ルリねぇ、私も探しにいく!」

「あ・・、ちょっと待って二人とも。」

メグちゃんが止めたけど、探しにいくって走っていってしまった。

「まさか、兄貴なのかい?まいったね。」

「あの子達仲がいいから。艦長、私たちも探しにいきましょう。」

私たちは頷き手分けして、ルリちゃんとラピスちゃんのお兄さんを探すことになったんだけど。
失敗しちゃったな〜。よく考えてみれば、私は二人のお兄さんの顔知らないよ〜。
すぐ食堂に戻ってもしょうがないし、とりあえずそれっぽい人を探すことにした。
多分、二人のお兄さんなんだから綺麗な髪の人よね。

「ん〜、やっぱり無謀かな。知らない人を探すって。」

「誰かお探しですか?艦長さん。」

「えっと、陸奈さんですよね。」

「夏樹でいいよ、夏樹もユリカちゃんって呼ぶから。それより、誰を探してるの?」

そうだ。アリウムの人なら、コクトさんに弟さんのこと聞いてるかも。

「え〜っと、ルリちゃんとラピスちゃんのお兄さんで、コクトさんじゃない方を探してるんですけど。」

「名前忘れちゃったけどコックの人だよね。だったらさっき、展望室の方で見たよ。」

「ありがとう、夏樹ちゃん。それじゃあ、私いくから。」

「ばいばーい。またね、ユリカちゃん。」

夏樹ちゃんとはいいお友達になれそう。・・そういえばアリウムの人たちって、一体いつまでいるのかしら?
乗艦するのはコクトさんだけ、って聞いてるけど。
まあ、よしとしときましょう。今はお兄さんのところに行かないと。
そして展望室に向かった私が見たのは・・あの時の、人だった。





「あの・・」

展望室で膝を抱えていた俺に、背中から掛けられる声。
だけど返事をする気にもなれない、背中を向けたまま無視する。
人を殺した・・コックも辞めた・・でも、みんなとはずっと家族でいたい、離れたくない。
だけど・・・人を殺した俺が、どうして家族といれる。

「あの・・・」

「なんだよ、一人でいたいんだけど。」

うっとおしくなって、八つ当たり気味に答える。
一人でいたいけれど、一人にはなりたくない、そんな矛盾を抱えながら。

「昨日、助けてくれましたよね。そのお礼が言いたくて・・」

お礼?そうかあの青い髪の人か。

「お礼なんていいよ。俺がしたのはただの、人殺し・・だから。」

はっと、息を飲む音が聞こえる。
そうだよ、それが普通の反応。俺が人を殺したことを知ったら、みんなも。
嫌だ、折角手に入れた家族を手放したくなんか無い!

「でも・・」

なんだよ、まだいたのかよ。

「もう、ほっといてくれよ!俺はもう駄目なんだよ、怖いんだ。あの時それが当たり前のように引き金を引いて・・・殺したんだ。」

殺したことに、それともこれから失うかもしれないことに、ただ涙が出る。
だが涙を拭いていると、ふわりと暖かいものに包まれる。
なにがあったのか解ったのは数秒後、俺は名も知らぬ人に抱きしめられていた。

「上手く言えないんですけど、そんなに自分を責めないでください。私は助けてくれたことに感謝してます。誰が何を言ってきても、私は貴方の味方です。」

もう一度、貴方の味方ですと呟くと離れていく温もり。

「あの、恥かしいんで振り向かないでくださいね。」

「ああ。」

味方、自分のほかに誰かがいるということ。
たった一人かもしれないけど、一人じゃない。

「このことは、秘密にしてくださいね。私好きな人がいるんで。」

「・・ああ。」

味方でいてくれるだけで、十分だ。

「それじゃあ、私行きますね。あ、そうだ。ルリちゃんとラピスちゃんが探してましたよ。それじゃあ!」

すでに温もりは背中から去っていったけど、与えられたのは味方という言葉と、ほんの少しの勇気。
その少しの勇気で決断したのは、とても大きな一歩。
俺は、みんなに全てを話すことを決断した。







与えられた部屋で俺は、全てを話した。
人を殺したこと、コックを辞めたことを。

「でも、正当防衛だったんですよね。コックまで辞めること無いじゃないですか。」

「私、もっともっとアキトにぃの料理食べたい。」

「ごめん。でも、もう決めたんだ。」

二人には悪いけど、もう二度と料理は作らない。馬鹿みたいだけど一種のけじめなんだ。

「全く・・アキトが精一杯の勇気を出して言ったんだ。俺達も、黙ってるわけにはいかないな。」

そう言ってコクト兄さんが喋った内容は、衝撃的なことだった。
かつて自分も人を殺めていたことを、そしてトキアも。
それはルリちゃんたちも知らなかった事実。

「どうだ、お前たちは俺達が怖いか?」

俺とルリちゃんはその質問に答えるのに詰まったが、真っ先に否定したのはラピス。

「怖くない、だって二人は優しいもん。」

「そうか。」

そう言ってラピスの頭を撫でるコクト兄さんを見て、なんだか自分が恥かしくなった。
今の俺には、兄さんと同じ質問はできない。どんな目で見られるのか、怖いから。

「まあ、アキトは気にしすぎなんだよ。結果はどうあれ、お前は正しいことをしたんだ。」

「そういうことだ。コックも辞めることは無い。」

コックを続けるか、このまま辞めてしまうのか心が揺らぐ。
すぐに答えれはしなかったけど、もう少し考えてみることにした。



















「おい、あんた。そんな所で、何やってるんだ?」

好意や罪悪、それぞれの思惑に悩む者
そして出番を奪われ続けたヤマダは、一人格納庫でいじける
ヤマダを迎えに格納庫へ向かったトキアが見たのは、黒光りする銃口
悲劇は再び繰り返されてしまうのか?

次回機動戦艦ナデシコースリーピースー
[さらば地球、そして銃弾再び]