機動戦艦ナデシコ
ースリーピースー
第五話[コクトVSトキア、大空舞う貴婦人]
「プロスさん、なんか初期の設計より大きくなってない?」
「よく、お気づきになりましたね。トキアさん。」
ついに、ナデシコ乗艦の日がやってきた。
俺はルリちゃんとラピスを連れてプロスさんに案内されたのだが、設計図より大きくなっていたナデシコを見上げて足を止める。
「大きくなったと言っても、それは格納庫だけで他は初期と変わっていません。戦力が多いに越したことはありませんからな。」
そう言われれば単純にエステバリスだけでも、俺とコクトのがあの時より増えるんだもんな。
ドーリスが完成して乗せるとなると、場所は多ければ多いほどいいし。
「・・・歩くの、疲れた。」
「もうちょっとだから、ラピス。」
納得していると、ラピスが服の裾を引っ張ってくる。
やっぱり、俺はメイド服なんか着ちゃったりしてるんだけどね。
「これはいけませんな。艦内の案内は後ほどとして、ブリッジに行きましょうか。」
「ラピス、おんぶしようか?」
ラピスはルリちゃんに励まされ、俺の申し出に首を横に振る。
ちょっと・・寂しくもあるけど。
ブリッジに向かって歩いていると、その先には自販機の前で悩んでいるミナトさんが居た。
「あら〜、可愛い。なにこの子達、クルーの連れ子?」
「いえ、この子達はナデシコのオペレーターです。正規のオペレーターは、こちらのトキアさんで、ルリさんとラピスさんは見習いということです。」
「へぇ〜、えらいんだね。ルリちゃんもラピスちゃんも。」
プロスさんの紹介で、ルリちゃんとラピスの頭を撫でるミナトさん。
ところで、なんで俺の名前が抜けてますか?
「何で、そこに俺の名前がでてこないんですか?」
「ごめんごめん、トキア君もがんばってね。趣味は人それぞれなんだから。」
なんか物凄く意味ありげな・・
「さすがハルカさん、トキアさんが男性だとお気づきで。」
「知り合いに、女装趣味の人がいたから。」
「趣味じゃなくて、仕事の必要上なんですけど・・」
「大丈夫よトキア君、お姉さんはトキア君の味方だから。」
真面目な顔で、諭されてしまった。
ミナトさんはジュースを選ぶと、俺達と一緒にブリッジに戻った。
一応口止めはしておいた・・女装趣味とか、思われたくないから。
「ちょっと、これどういうことよ!企業の戦艦の副提督だなんて、アタシは聞いてないわよ!」
「落ち着きたまえ、ムネタケ副提督。」
ブリッジに上がると言い争っているというか、一方的にゴートに文句を言っているムネタケ。
「ミナトさ〜ん。何処行ってたんですか、一人にしないでくださいよ。」
「ごめん、ごめん、メグちゃん。それにしても、未だに騒いでたんだあの人。」
ミナトさん、ブリッジから逃げ出してたのか。
「だいたい、クルーのほとんどが民間人ってなに?アタシはまだ死にたくないのよ!!」
「民間人とはいえ、クルーの能力は一流です。」
「こんな子供が乗ってる時点で、一流と言う言葉も怪しいわ!」
「二人とも、そこのお姉さんたちの所に行っててね。」
とりあえず、ルリちゃんとラピスをオペレーター席へ避難させる。
二人をけなすとは神が許すとは思えないが、俺はもっと許さん!
「怪しいのはお前だ、ムネタケ!軍人が真っ先に慌てふためきやがって、軍人ならもっとどっしり構えてろ!」
「キーッ!!副提督に口答えするつもり小娘。」
「口先だけで騒ぐ奴がそんなにえらいのか、オカマみたいな喋り方しやがって。」
「な・・な、オカマって言ったわね。この胸無し!」
ボグォ
ムネタケにめり込むインカム、投げたのはメグミだった。
「女の子に向かって胸無しなんて、なんてこと言うんですか!!」
ちょっと涙目のメグミ、俺に胸がないのはあたりまえなんだけどな。
ムネタケはインカムを顔面にめり込ませたまま、沈んだ。
「メグちゃんやるぅ。大丈夫よトキア君、女は胸じゃないんだから。」
しきりに頷いて同意するメグミ、もしかして無いのか?
ドォォォォォォン
胸無し疑惑がメグミに集中しそうになったその時、ナデシコが大きく振動した。
「二人とも、今の振動は?」
「ドック上の基地に、木星蜥蜴の無人機が多数接近中です。」
「奇襲により、迎撃体勢全く取れてない。」
俺の言葉に、ルリちゃんとラピスがすばやく情報を集める。反射的に戦況報告するとは、優秀だよ二人とも。
しかし思ったより早く来たな、コクトはまだ来てないし、アキトは食堂・・あれ?
そういや、ドック内から格納庫通らず直接ブリッジにきたけど、ヤマダってどうなってるんだ?
「ルリちゃん、今ナデシコに乗艦しているパイロットは?」
「ヤマダと言う方が居るみたいですけど・・・何故か、医務室にて安静中です。」
やっぱりか、妙な間がブリッジを訪れたが気を取り直して。
「俺がエステで敵を引き付ける。もしもの場合はナデシコを出してくれ、構わないな提督。」
「彼女の言うとおりだ、ゴート君。」
「了解です、提督。レイナード通信士、艦内に放送をハルカ操舵士、発進準備。」
初の戦闘になるはずなのに、すばやく自分の仕事につくみんな。
「ちょっと待ってください、まだ艦長が」
「戦闘は提督が居れば十分です、ミスター。艦長の回収はいつでもできます。今はナデシコを守る方が先決です。」
それもそうですなと、あっさり納得してしまうプロスさん。
話がまとまりブリッジを出て行こうとしたら、ドアの前に立つ前にドアが開いた。
「私が艦長のミスマル ユリカでーす。ヴイ!」
彼女を見た瞬間、硬直した体に駆け抜けたのは黒い波動。
それは、憎悪という名の最も強い感情だった。
「うあぁぁぁぁぁぁ!!」
俺はユリカを突き飛ばし、格納庫へ向かい走り出した。
どうでもよくなったんだと思ってた。
俺はユリカより、ルリちゃんを選んだ。ただ、それだけだと思ってた。
でも、違った。俺はユリカを・・
「おい、嬢ちゃん何やってるんだ。それはおもちゃじゃないんだぞ!!」
格納庫についた俺は、セイヤさんの制止の声も無視してエステバリスに乗り込んだ。
マシンチャイルド専用エステバリス[カトレア]に。
【アキト兄さん、ブリッジに来てください!】
【トキアが、トキアが!】
最初の振動が起こってから数分後、コミュニケを開いてきた二人の妹はひどく慌てた様子だった。
俺がブリッジに入ると、記憶の中の髪の青い女の人と変な髪型の人がイスに寝かされていた。
そして、ブリッジの大画面に映っていたのは大量の無人兵器に囲まれている白銀のエステバリスと、見たことの無い形相をしたトキアだった。
「なにがあったんだ、二人とも。」
「わからないんです。何も、わからないんです。」
「トキア、怖がってる。」
【うぁぁぁぁぁぁ!!】
白銀のエステバリスに向かって数え切れないほどのミサイルが放たれるが、トキアはそれを全てかわすと爆煙を利用して接近した。
両手に無人機を捕まえると、エステの眼が怪しく光る。
すると無人機から手を離し解放してしまうが、その無人機はトキアを護るように同士討ちを始めた。
「「うっそ〜。」」
「ほほぉ〜、さっそく出ましたな。貴婦人の招き手が。」
「貴婦人の招き手ですか?」
「アレはトキアさんと専用機カトレアがあって、初めてできる芸当。早い話が、ハッキングです。」
「敵の戦力の利用は、昔から行なわれている。」
まるで他人事のように喋っているブリッジをよそに、トキアの駆るカトレアは無人機を誘惑しつづける。
時には乗っ取った無人機を盾にし、攻撃をかわし反撃させる。
その様を人に例えるなら、自らの手を汚さない悪女そのものだが・・
【ちくしょお、ちくしょう!】
トキアの様子は、どう見ても苦しんでいるようにしか見えなかった。
「オペレーター、無人機の数はどうなっている。」
戸惑っている二人に仕事をさせようとする声の主を俺は睨みつけるが、意に介さぬように再度同じ言葉が発せられた。
「・・現在掃討率三十五%、エステバリス破損率は五%もありません。」
「新たな機影八機、メグミ通信入ってる。」
「あ、本当だ。ゴメンね、ラピスちゃん。」
【ナデシコ及び基地連合軍、聞こえるか。こちら連合軍所属エステバリス部隊アリウムだ。指示があれば聞く、無ければ勝手にやらせてもらう。】
この声・・それにアリウムって、コクト兄さんだ。
入ってきた通信に希望が見えた。兄さんなら、トキアを救えるはずだ。
「コクト兄さ」
「現在一機のエステバリスが敵を引き付けている。チューリップは確認されていない、君たちも基地の防衛に加わってくれ。」
じいさんが割り込んだせいで、通信は向こうから切られてしまう。
「どうして、トキアさんを下げさせてくれないんですか。」
「トキアを下げて。」
そうだ、今時一般人でもアリウムの事は知っている。もう、トキアが出てる意味はないのに
この人は何を考えているんだ
「それはできない、回収場所から侵入されたら彼女のがんばりも無に帰る。ハルカ操舵士、発進は取り消しだ。」
どっちの言い分も、正しくないのかもしれない。
それでも俺は、トキアのためにコクトにリンクした。
『コクト兄さん、あの銀色のエステバリスはトキアが乗ってるんだ。じいさんがトキアは下げれないとか言ってて、なんとか助けてやってよ。』
『あのトキアが取り乱すとはな。なんとかやってみる。』
二人にトキアの救出をコクト兄さんに頼んだことを、そっと教える。
俺ができることは何も無い・・何も無いはずなんだ。
だけどこの胸騒ぎなんだ?俺の足が勝手に格納庫へと向かった。
【いいか、単独ではなく必ず二機以上で動け。あとは好きにやれ、できるはずだ。】
【隊長、あの白銀のエステは味方ですか?】
無人機を操っていることで、デビルエステバリスを心配しているのだろう。
【大丈夫だ、アレに乗っているのは知合いだ。】
【了解です。七海ついてきなさい。】
【待ってください、副隊長。】
戦場に一番乗りする新見に慌てて七海がついていき、他のものもいつも通りのチームで動く。
彼らは、もう一年前の素人じゃない。地球を代表できる、立派なエステバリスライダーだ。
無人機の掃討は彼らに任せ、俺はトキアのエステへと近づく。
『トキア、聞こえるか。』
会話をレコーダーに取られないように、リンクで話し掛ける。
『コクトか・・俺を止めてくれ。』
たった一言で思考がブロックされ、白銀のエステバリスが空を舞い、手下となった無人機たちがミサイルを放ってくる。
とっさの事に反応が遅れたが、着弾することはなかった・・手加減されたのか。
トキアと戦う理由は無い、だが弟のはじめての我侭多少は聞いてやるか。
【隊長、そちらの方は味方ではなかったのですか?】
「少し、じゃじゃ馬でな。無人機は任せたぞ。」
【それはかまいませんが、後でラーメン作ってくださいましね。】
【ずりーぞ、静音。俺にも作れよ、コクト。】
【大盛り。】
仲間の通信に応えず、俺もトキアのエステを追って自機を羽ばたかせる。
まったく、戦闘中の緊張感の無さは誰に似たんだか。
俺のエステがトキアのエステと同高度になると、待っていたとばかりにトキアが攻撃を仕掛けてくる。
「なめるな!」
操られた無人機の七機のうち、一機を仕掛けられるが拳に集めたフィールドで吹き飛ばす。
明らかに様子見の行動、次は本体ごと来る。
思った通り両脇に三機ずつしたがえ、白銀のエステが突っ込んでくる。
かわすことは簡単だが、あえて向き合い拳を突き出す。
ギィンン
「しまった!」
そう口に出した瞬間に、大量のミサイルにロックされる。
回避は間に合わない、俺は左腕をパージし犠牲にすることでミサイルをかわす。
おそらくトキアが使った手は、多重フィールドかなにかだろう。一機では止められない拳も、三機でなら止められると言うことだ。
再度迫るトキアに、今度は俺もエステを加速させる。
まだだ・・まだ、今だ!
ドゥゥゥゥン
ギリギリかわした時に、その場に吸着地雷を土産に置いていった結果だ。
この隙を逃すわけには行かない。機体を反転させ、未だ爆煙の中のエステを感と経験からイミディエットナイフで切りつけると、すぐに距離をとる。
手ごたえは十分だったが、無人機を二機しとめそこなった。やはり、片腕で両側を一気に倒すのは無理か。
【ちょっと、ヤッさんアレ見てよ。隊長と互角にやってるよあの人。】
【わかったから、よそ見をするな夏樹。】
【凄い人が、いるもんですね。】
【七海もよそ見しない!そんなに強いのですか、貴方は。】
左腕以外は損傷はないが、これ以上壊されると困るんだがな。
考える暇も無く、トキアの機体が迫ってくる。仕方が無い、多少の怪我は我慢しろよ!
機体の損害を無視する覚悟を決めると、互いに機体を加速させる。
【やめろー!!】
バキィィィィィ
ただの間抜けか天才か、割って入ったのはアキトだった。
予測不可能だったとはいえ、不覚にも腕をとられ投げ飛ばされた。どうやらトキアも同じらしい。
【二人とも、何やってるんだよ。兄弟で戦ってそんなに楽しいかよ!】
【・・そうだな、悪い。】
アキトに投げ飛ばされ気がすんだのか、トキアの機体が自由落下していく。
あの馬鹿、この高度から落ちたらひとたまりも無いぞ。
すぐにトキアの機体を追おうとしたが、俺が捕まえる前に掃討が終わったのか三村、四之森、久利の三機が回収した。
「あ〜あ〜、こんなに壊しやがって。もっと上手く乗れないのか、お前らは。」
「ねえねえ、さっきの君だよね。隊長を投げ飛ばしちゃうなんて、何者?」
「いや・・俺はただのコックで、エステにも乗ったの初めてだし、無我夢中で。」
「今時のコックは、みんなエース級のエステバリスライダーなのかぁ?」
「三村さん、素敵な殿方は料理もできる。それだけですわ、きっと。」
「貴方たち、いちいち騒がない!ブリッジに挨拶に行くわよ。」
トキアのエステバリスに近づくと、騒ぎ声が段々と小さくなる。
今は少し、皆に席を外してもらっているからだ。
「どうでもよくなったと、思ってた。」
「何がだ?」
トキアの不明瞭な言葉に、疑問を返す。
「ユリカのこと。」
それは、俺には返答のできないことだった。
俺は前よりましになったとはいえ、まだ自分のことで精一杯で誰かを想うことはできないから。
俺が黙っていても、トキアは続ける。
「でも、一目見て・・辛かった、憎かった・・・なんで、助けてくれないんだって。」
「俺には何も言えない、けど怖くなったらいつでも俺のところに来い。八つ当たりにぐらいは、付き合ってやる。」
それは、ただ現状を先延ばしにするための言葉かもしれない。
それでも、俺にはそれぐらいのことしかしてやれないから。
ただ、いまはトキアの涙を受け止めてやるだけ 。
白色が占拠する一室、医務室とも言うが。
「わぁー、懐かしいゲキガンガーだ。アキトと一緒に、良く見てたなぁ。」
「解ってくれるか、ねえちゃん。この良さを!」
「うん、アキトが大好きだったんだよね。」
「そうか、そうか!こんな所で同士に会えるとは、くぅ〜、感激だぁ!!」
「そういえば、ブリッジにいたはずなのに・・なんでこんな所にいるのかな?」
「ねえちゃん、ブリッジの人か?この変なのと一緒に、運ばれてきたぞ。」
「う〜ん・・・胸無し怖い。」
とりあえず、彼らは平和だった。
「なんだか私たちって、置いてきぼりくらってません?」
ほとんどの者にとって現状が飲み込めぬまま、連れて行かれたマスターキーと艦長
反撃を企てるトキアの策にまきこまれ、アキトも銃を手にする
だがそのトキアの思慮の浅さが、アキトに大きな罪を背負わせることになる
銃、それは人の命を奪うために造られたものなのだから
次回機動戦艦ナデシコースリーピースー
[必然と運命の銃弾、垣間見えた力]