機動戦艦ナデシコ
ースリーピースー
第三話[それぞれの一年〜コクトの場合〜]
二人と別れ俺が向かったのは軍、戦場だった。
正直、深い考えがあったわけじゃない。
それなのに戦場へと向かった俺は、ただの死にたがりなのだろうか。
「ネルガルのテストパイロットから、軍の教官への転身か。そのバイザーは?」
俺はトキアが用意した経歴で、軍最初のエステバリス実験部隊[アリウム]へと入隊した。
そして、今目の前に居るのはアリウムの大隊長一宮 恭治(イチミヤ キョウジ)だ。
「一時、期視力が落ちたときの補強用です。気に入っているので、愛用しているだけです。」
「そうか・・ところで、本当にエステバリスは我々の希望に成り得るとおもうかね?」
ここに来る前に見た資料では、アリウムの戦績は目も当てられないものだった。
陣形もなにもない。闇雲に突っ込む者、慌てて援護する者。
「そのための、私だと思ってくれても構いません。」
表向きには、このままでは新兵器として売れないとしてネルガルが、エステバリスの教官として送り込んだことになっていた。
「そうか・・期待しとるよ。」
あからさまに期待してはいない口ぶりだったが、敬礼をして大隊長室を出て行く。
期待されようがされまいが、俺には関係ないことだ。
二人との約束があるから一年後ナデシコには行く、だがそれでどうする?
何のために、誰のために俺は生きる?
「おーい、アンタ今噂のネルガルからきた教官だろ?アンタの部屋は、ここだぜ。」
「僕達と相部屋なんです。」
自室を探して宿舎の廊下を歩いていると、髪を後ろで縛った男と、背の低い街角に居れば少年と言えなくも無い容姿の男に呼びかけられる。確か、二人ともエステのパイロットのはずだ。
「ああ、テンカワ コクトだ。」
「俺は三村 正志(ミムラ マサシ)。まっ、よろしくな。」
「僕は七海 賢治(ナナウミ ケンジ)です。よろしくお願いします、教官。」
軽く挨拶を交わすと、ほとんど着替えしか入っていないバックを硬いベッドの上に無造作に置く。
そしてベッドに座ると、こちらを見ていた七海と目が合う。
「え・・あ、その教官って言うぐらいだから、もっと歳のいった人が来ると思ってたもので。」
「ただのテストパイロット相手に教官と言わなくてもいいさ、名前で呼んでくれ。」
そう言ってやると七海の表情が和らぎ、大きな声ではいと返事をしてくる。
「固い奴かと思ったら、話せるじゃん。コクト。」
いきなり砕けた感じで話し掛けてくる三村は七海にたしなめられるが、それとは違う理由で顔を引き締める。
「いいかコクト、ここに来たら絶対に気をつけた方がいい奴が・・って言ってるそばから来た。」
三村が心底嫌そうな顔をした時に聞こえてきたのは、ドシドシという足音。
おそらく何処にでも居る嫌われ者だろうが、あまりにも隙だらけの足音にいらつかされる。
「三村、噂の教官様が来たそうだな。」
現れたのは無駄に筋肉をつけた大男。コイツは小隊長のはずだが、三村と七海は明らかに相手を恐れていた。
「戒さんがわざわざ相手にするような奴じゃないですよ。」
「そんなことは俺が決めることだ。つべこべ言わず大人しくしてな!」
いきなり三村を殴ろうと拳を振り上げた大男の拳を、顔面の前で受け止めそのまま握りつぶすように力を込める。
男が苦悶の声を上げるが、俺は力を抜くようなことはしない。
「ぐ・・貴様、アリウムのエースパイロット様に手を上げてただで済むと思うなよ。」
「エースパイロットか、滑稽だな。」
そのまま、後ろ手にして締め上げる。
「確かに撃墜数だけで言えば、お前がダントツだ。だが小隊全体で見れば、お前はとんだお荷物だ。」
俺の言葉に部屋に居る者だけでなく、何時の間にか廊下に溢れていた人垣からも疑問の声が上がる。
誰もこのことに気付いてないとは、アリウム全体の意識改革が必要だな。
「戦場でのお前が取る行動は、隊長であるにもかかわらず一人で敵に突っ込み、他全員がお前のために援護を放つ。お前は常に他人のおこぼれにあずかっていたに過ぎない。」
それのことを本人だけではなく、この場に居る全員に通告する。
このような人間が居れば、本人ではなく隣人が死ぬ。必要の無い人間。
必要ないなら、殺すか?
自分の考えに、はっとして戒の手を離してしまう。奴は悲鳴をあげて逃げていった。
「コクトさん、今の話は本当ですか?」
「嘘ではない、戦闘データを見ればすぐわかる。」
「まったく、他人の手柄を自分の手柄と思ってただけかよ。情けねえ奴。」
「だが、それを見抜けなかったお前たちも情けない。明日からの訓練は厳しくなるぞ。」
すぐさま取り繕って受け答えをするが、気付いてしまった。
俺は本当に後悔しているのか、大勢の人を殺したことに悔いているのか?
悔いているのなら、何故すぐに殺すと考える。
俺は・・・ここにいていいのか?
「先ほど連絡があった、戒のやつが逃げ出したそうだ。よっぽど、怖い目にあったのだろう。」
着て早々の騒ぎで、俺は再び大隊長の部屋に呼び出されていた。
奴は逃げ出したか、正直助かったと思う。
俺は、奴を殺さない自信が無い。
「だが、君を処罰するつもりなど無い。私も奴の撃墜数のみに目を奪われていた一人だ」
「仕方の無いことだと思います。エステバリスは前例の無い人型兵器です。それに奴がいままで生きてこれたのは、他の隊員の筋が良い証拠。アリウムは、強くなります。」
それは間違いなく事実で、エステバリスの戦い方を覚えれば間違いなく戦果は上がる。
俺の言葉に希望をみたのか、大隊長の顔に僅かだが笑みが浮かぶ。
「そうか・・人事に間違いなかったようだな、期待しとるよ。」
二度目の言葉に疑いは、無かった。
俺が期待される。だがその先にあるのは、ただ、ただ、戦い。
アリウムのエステバリスライダーは、俺を含め八人いずれも若者ばかりだ。
俺のとなりには副隊長の新見 欄(ニイミ ラン)が控え、残りの六人が俺の前に整列する。
そして、俺の後ろにはエステバリスが全八機勢ぞろいしている。
「こちらが、本日より教官兼隊長を勤めるテンカワ特尉です。」
事務的な紹介だが、着て早々騒ぎを起すような者はあまり歓迎もされないか。
副隊長以外はそうでもなさそうだが。
「テンカワ コクトだ。そうだな、書類だけでは解らないこともあるから自己紹介とともに、得意な距離をいってもらおうか。」
「では私からよろしいですか、隊長。」
真っ先に進み出たのは、ストレートの黒髪を背中まで伸ばした女の子だった。
「紫之森 静音(シノモリ シズネ)、得意な距離は近距離ですわ。静音と呼んでください、隊長。」
「はい!はい!陸奈 夏樹(リクナ ナツキ)、遠距離射撃かな。よろしくね、隊長さん。」
紫之森の次に手をぶんぶんと振ってアピールしたのは、茶色がかった髪をツインテールにした女の子。
「昨日も言ったけど三村 正志、中距離の射撃だな。よろしく、コクト。」
「三村!隊長を呼び捨てにするとは、何事ですか!」
「怒らない怒らない、新見の姐さん。コクトが見てるよ〜。」
三村の言葉にぱっと冷静に戻る新見、・・顔が赤いようだが。
「・・・新見 欄、得意な距離は無く可も無く不可も無くといったところです。ご指導のほど、よろしくお願いします。」
「七海 賢治です。得意な距離は無いです。新米なんでよろしくお願いします、隊長。」
「ナナミちゃんは、まだ数回しか乗ってないんだから仕方ないよね。」
「そうですわね。実戦もまだですし。」
「僕はナナウミであって、ナナミじゃないですってば!」
懸命に反論するが相手にされない七海、どうやら一番新米らしいな。
それにしても実験部隊のせいか、軍人らしくないというか。
「ほら、お前らあんまりはしゃぐなよ。隊長が困ってるだろ。俺は八牧 大吾(ヤマキ ダイゴ)だ。皆にはヤッさんって呼ばれてる。得意なのは中遠の射撃だ。」
ガタイの良い八牧の一言で、ぴたっと私語を慎む隊員たち・・なんか副隊長の新見より副隊長らしい奴だな。
「久利 条(クリ ジョウ)、遠距離。」
最後は長い髪で左眼を隠している久利。単語しか喋っていないが、誰も指摘しないのだから普段からこうなんだろう。
しかし、近距離が紫之森一人とはな。射撃が中心の部隊か。
俺が加わったとはいえ、早急に近距離担当者を育成した方がいいな。
ウーーーー!ウーーーー!
俺の思考を弾くように、突如基地内を駆け抜ける警報音。
皆にはすでに先ほどまでの穏やかな雰囲気は無く、顔を引き締め軍人の顔になっている。
「隊長、市街地にチューリップが二隻進行しているとの事です。」
すばやく基地内に連絡を取り付けた副隊長が、状況を説明する。
俺は頷いて応えると、隊員たちに向き直る。
「死ぬな、これが教官として最初に出す課題だ。」
「各自搭乗!」
一言だけ言うと、副隊長が合図を出す。
死ぬなか・・俺が言うと、なんて空しい言葉だ。
俺が戦っても死人がただ減るだけか。
「副隊長!避難状況はどうなってる。」
【六十八%です。いまだ、大勢の市民が取り残されています。】
俺達が到着した頃には、すでに二隻のチューリップが無人兵器を吐き出し、街は破壊され始めていた。
非難状況が悪い、掃討より非難が先か。
「副隊長と七海は避難路の確保しつつ民間人の護衛、三村、陸奈、八牧は避難路を中心とした市街地の掃討、紫之森と久利は俺に続け。」
それぞれの返事を待つことなく、俺は空戦フレームを羽ばたかせる。
五感をフルに使った戦闘は、いつぐらいぶりだろう。どうしようもないほどに俺の心が高鳴った。
俺はディストーションフィールドを鉄の拳に収束させ、無人機を振り払い、ただの鉄塊へと変えていく。
運良く攻撃をかわした無人機も、紫之森と久利によって破壊されていく。
「いいか俺達の役目は、これ以上無人機が市街地に侵入しないための足止めだ。無理はしなくていい。」
【承りましたわ、隊長。】
【了解。】
基本的な戦法は、俺が先陣をきり久利が免れた無人機を遠距離射撃。そして、紫之森は俺から距離をとり一気に久利へと接近しようとする無人機を落としていく。
思ったとおりだ。アリウムは決して弱くは無い、最低限の指示さえ出せばそれに応えてくる。
【絶好調じゃねえかお前ら、俺も混ぜてくれよ!】
【夏樹も混ぜてよ!】
しばらく膠着状態がつづいていると、三村と陸奈そして八牧が参戦してくる。
【隊長、避難状況は九十%を超えた。後は新見と七海で十分だ。俺たちも参戦する。】
三人から一気に人数が倍になったことで、膠着が崩れ始める。
だが、これでもかと無人兵器を吐き出しつづける二隻のチューリップがいるため、決定的な打撃は与えられない。
このままではいずれ疲れから押し負けると判断した俺は、決断を下す。
「よく聞け、これから送るデータの陣形を組め。十分でいい、持ちこたえろ。」
【陣形って・・そんなの組んだことねえよ、コクト。】
【泣きごとなんて、聞きたくありませんわ。私たちはできることをするだけです。】
【静音ちゃん、エライ!三村君、かっこ悪いよ。】
【解ったよ。やりゃあいいんだろ、やりゃあ。】
俺が送ったデータをもとに、陣形の配置に付き出す各機。
そして俺は、鉄の拳に収束させていたフィールドを更に収束させる。
それは防御を捨て、攻撃力だけを特化させた捨て身の業だ。・・・俺以外がしたとしたら。
「おおおおおおお!!」
それは、消えない狂気を秘めた猛り。
あの頃の感覚が、あの頃以上に俺を研ぎ澄ます。
【隊長!】
【陣形を崩すな静音。できることをするだけだと言ったのは、お前だろ!】
俺の狂気に気付いたのか、慌てる紫之森だが、八牧に叱咤され陣形を維持する。
懸命に戦うアリウムのメンバーをしりめに、俺のエステはチューリップへ向かい加速していった。
俺の狙いがわかったのか、無数の無人機が俺のエステに群がり、時に仲間もろとも吹き飛ばそうとする。
俺は一撃でも喰らったら死んでしまうような緊張感の中で、楽しんでいた。
俺の命だけが一方的に賭けられた、酷く分の悪い駆け引きの中で。
「落ちろー!!」
ドゴォォォォォンン!!
鉄の拳で無理やりチューリップのフィールドをこじ開け、突き破る。
【すっごーい!なにあれ、なんであんなことできるの?】
【集中しろ夏樹、陣形が乱れる。】
【ヤッさんは、なんで平然としてるのよ。】
高度を下げ落ちていくチューリップ、だが俺はまだ止まらない。
すぐさま翻し、もう一隻のチューリップへと向かう。
「終わりだ!!」
ズゴォォォォォン!!
【信じられねえ、エステでチューリップ落としやがった。】
【でもこれは、現実ですわ。】
【現実。】
「これで無人機が増えることは無い、次は掃討戦だ。まだいけるな!」
俺がチューリップを落としたことで、止まってしまった隊員たちに活を入れる。
そして、避難を完全に終えた副隊長と七海の両名を合流し、掃討戦を開始した。
基地でエステから降りた俺は、アリウムのメンバー達に出迎えられた。
迷ってばかりいる俺とは違い、みんな戦い抜いた充実感を胸に晴れ晴れとした顔をしている。
「何ぼうっとしてるんだよ、コクト。」
「夏樹たち、まだ隊長の自己紹介聞いてないですよ〜。」
「続き。」
何を待っているかと思えば・・
まったく、戦いが終わったばかりなのに元気だな、こいつらは。
「テンカワ コクト、得意な距離は近距離。趣味は料理といったところか。」
「よーし!それじゃあコクトの料理で、パーッと行こうぜ。」
「さんせー、夏樹も隊長の料理食べてみたい。」
「私は、隊長のお手伝いをしますわ。」
三村が決めると反対する間もなく、紫之森と陸奈に両脇を固められ連れて行かれる。
「ちょっと待ちなさい。戦闘後のミーティングはどうするのよ貴方たち!」
「新見の姐さんは隊長の料理食べたくないてっよ。」
「誰も、そんなことは言ってないでしょ。それに姐さんはやめなさい!」
結局、副隊長の新見もついてくる。
周りが騒いで巻き込まれて、少しあの頃のナデシコが懐かしくなった。
これからどうするのか、どう生きていくかまだ答えはみつからない。・・けど生きていこうと思う。
せめて、生きていこうと少しだけ思えた。
「俺は、何故ナデシコを知っていた?」
雪谷 サイゾウの怒声が響く場所が、今のアキトの居場所
新しい家族を手に入れ、仕事も順調
幸せの一言に尽きる毎日
だが、アキトも悩み眠れぬ夜は持ち合わせていた
次回機動戦艦ナデシコースリーピースー
[それぞれの一年〜アキトの場合〜]