第24話・運命の闘い



 魔王バラモスはカイン達が想像していたほど異形ではなかった。プロポーションは人間の物だし、顔こそこの世のどんな動物とも似ていない魔物の顔だが、その体はトロルのような巨人族のモンスターほど大きいわけでもない。にもかかわらず、その全身から滲み出る黒々とした威圧感。それがカイン達に教えていた。

 今、自分達の目の前にいる者はまさに王、この世の魔を統率する者なのだと。

 バラモスは二人を見て、口を開いた。

「よくぞあらゆる困難を排し、我が元までやってきたな。勇者オルテガの息子とその伴侶よ。ワシは貴様らのような者達を待っていた。どうだわしの配下にならぬか。さすればワシの治める世が訪れた暁にはワシの望まぬものは全てそなた等に与えよう」

 その申し出に、カインは稲妻の剣と淀みの無い、強い眼差しをバラモスに向けて、答える。

「悪い話ではないけど、人の名前を覚えられない奴の下で働く気はない。それに、約束してしまったから」

 そういうカインの脳裏に今まで出会った多くの人達の顔が思い浮かぶ。彼等が己の大切な物を、時には自身の命すら投げ打って、導いてくれたから、だから自分はここまで来れた。そしてそこまでして世の平和と安らぎを願った人達の命と願いが、今自分の肩にはかかっているのだ。

「必ずお前の首を取り、この世界を平和にするって。故に問答は無用!!」

 声高に叫ぶカイン。バラモスは当てが外れたという風に首を振ると今度はマリアを見る。

「貴様はどうかな、勇者の伴侶よ。どうやら中々欲が深いように見えるが」

 マリアは図星を突かれたからか苦笑いを浮かべて、

「あなたが望まないもの全て、か。カインの言うように悪い話ではないけど、やっぱりおこぼれに与るのは私の性に合わないわね」

 手に持つ杖を風車の様に振り回しながら、言う。

「欲しい物は自分の手で、自分の力で手に入れる。アンタが生きてたら私はゆっくりと格闘場や双六場にも入り浸れないのよ!! こんな戦いはさっさと終わらせて、私はカインと一緒に人生を楽しむの、と言うわけでアンタには死んでもらうわ!!」

 その答えを聞くと、バラモスは玉座から立ち上がった。ただでさえ強烈だった威圧感が更に増したようにすら感じる。ノアの威圧感が相手に立っている事を許さない突風だとするのなら、バラモスのそれは生ぬるい不気味な風のよう。そんな妖気が肌にまとわりつく。

「愚か者どもが。おとなしく言う通りにしていれば覇者の身分を満喫できたもの・・・」

 ザッ!!

「グオッ!!」

 瞬間、バラモスの眼前に跳躍したカインが稲妻の剣を水平に薙ぎ払った。仰け反るようにして咄嗟に回避するバラモスだが口上の途中だったので一瞬反応が遅れ、その顔面に真一文字の傷が刻まれる。

「き、貴様ぁっ・・・」

「始まっているんだ。とっくにね」

 と、着地して言うカイン。すると今度は城全体が大地震に見舞われたかのように鳴動した。上手くバランスを取りながら、自分達の来た方向を見る。

「あっちでも始まっているのか」





 カインの言葉通り、ノアとリンダの戦いもまたその火蓋を切って落としていた。

 リンダが手を振る。すると彼女の周囲に無数の光球が現われ、それらがノアに向けて殺到する。ノアはその内の一つを、軌道を見切ってかわす。目標を見失った光球はそのまま直進して床に触れる。次の瞬間。

 カッ!!

 生まれる閃光、そして爆発。

 光球はイオ系の爆裂呪文だったのだ。それもその威力は明らかにイオナズン級。かろうじてその初弾からは逃れたノアだったが、さらにそこに続く連弾。その数はざっと数十。非常識としか言い様の無いような威力と手数だ。

 かわす隙間は無い。また逃げたとしてもこれだけの数の一斉爆破では到底安全圏まで逃れる事は出来ないだろう。ならば!!

 凰火を握り締めるノア。向かってくる光球の一つ一つをしっかりと見据え、思い切り体を捻る。そしてそのデタラメに大きく振りかぶった姿勢から、思い切り剣を振った。

 同時に光球が着弾し巨大な爆発が生まれ、余りの威力に城全体が揺れた。

 その爆風を前にして平然と立っているリンダが言う。

「出て来なさい。今のであなたがダメージを受けていないのは私が分かっているわ」

 その声が言い終えられると同時に爆煙が真っ二つに切り裂かれ、そこから傷一つない姿のノアが姿を現した。その表情に恐るべき魔法を使う相手への恐怖や焦りは無い。余裕たっぷり、と言った感じだ。

「回避も防御も今の術は不可能な筈だったのに・・・まさかそんな手があったとは。技や手段なんてそんな小賢しいものじゃない、ただ思い切り剣を振る事で、その時に発生する衝撃で爆発の衝撃を相殺する・・・思いつくのも実行するのも世界であなただけね。きっと」

「それはどうも」

 と、ノア。だが口調とは裏腹にその表情は真剣そのものだ。彼だけでなくリンダも。

「確かにあなたは凄い。でも私だってエジンベアであなたと会ってから、何もしていなかった訳じゃないのよ」

 そう言うと彼女の姿が消える。勿論本当に消えてしまったのではない。目には見えないほどの速度で移動したのだ。そう、常人の目には。

『速い。かなり鍛えている。そこにピオリムで更に速度を上昇させているのか。だが・・・』

 一瞬でそこまで判断するとノアは視線を上げる。

『見えているよ!!』

 その先には天井に”着地”しているリンダの姿があった。こちらに向けてかざされた右手に空気の渦が集まっているのが分かる。

『バギ系呪文? そんなもの、また・・・』

 こちらの剣撃で掻き消してやる。そう考えて構えるノア。しかし次の瞬間、彼の全身の細胞が危険を予測し、沸き立つ。それが教えるままに構えを解き、その場を飛びのくノア。

「古代禁呪、ハリケーン」

 リンダの右手から、風とかカマイタチとか、そんな可愛い物ではない、それこそ小型の竜巻のような猛烈な空気の流れが一瞬前までノアのいた空間に叩き付けられ、かなりの硬度を持つ筈の床に巨大な穴を穿つ。その時に弾かれた破片が彼の頬にかすり傷を作った。

 そのすぐ側に一回転して着地するノア。リンダも天井から床へ、フワリ、と降りてくる。

「いいカンをしてるわね。当たれば怪我じゃすまなかったわよ」

「・・・今の呪文、初めて見た・・・それにこの威力、一体?」

 ノアは頬の傷から流れる血を拭いながら、そう呟く。それを聞いたリンダが答える。

「今のはハリケーン。禁呪法と言ってね。ずっと昔に開発されたけど、その余りに強大な威力のために使う事を禁じられた魔法、その一つなのよ。ここの城の文献からその存在を見出して、長年掛けて習得して、実戦の中で使うのは今日が初めてだけど・・・威力は古文書に記されていたのと何ら遜色ないわね」

「・・・・・・」

 その間ノアは無言。だがその額に一筋の汗が伝う。

「まだまだ他にもあるわよ。心ゆくまで楽しんでね」

 リンダはそう言うと両手に魔法力の光を生み出し、ノアに襲い掛かった。





「フン、思い上がるな。勝つために手段を選ばない姿勢は評価できるが、まだまだ人間、詰めが甘いわ!!」

 叫ぶバラモス。見るとその顔面に付けられた傷が白い煙を上げて、みるみるうちに治癒していく。恐るべき再生能力。これほどの物はカインもマリアも見たことが無かった。

「次はワシの番だな」

 そう言うとバラモスは大きく息を吸い込み、その口から燃え盛る火炎を吐き出した。

 マリアは右に、カインは左に飛んでそれを避ける。だがバラモスの攻撃はそれで終わりではなかった。その両手には既に周囲の空間が陽炎の様に歪んで見えるほどの熱量が集められていた。

「ベギラゴンッ!!」

 その両手をカインに向ける。そこから巨大な帯状の炎が放たれた。カインはこれを跳躍してかわすと、そのままバラモスに、剣を振り下ろす。が、バラモスもこれは読んでいた。

 ガッ

「!!」

 驚愕するカイン。何とバラモスは稲妻の剣を右腕で受けたのである。バラモスの腕には鱗がついており、これが鎧のように刃を通さないのだ。状況は一気にカインが不利になった。

 その体勢からでは宙に体が浮いているためカインは動けない。床に着地するまで時間にしてほんの一秒弱。だがこのレベルの戦いではそんなごく短時間ですら、勝敗を決定するには十分すぎる。

 バラモスの左手に稲光の様な輝きが宿る。イオ系呪文。片手で使う所を見ると恐らくはイオラか。それが、動けないカインに向けて放たれる、その一瞬前にその左手に、飛んできた火の玉が穴を開けた。イオラはその衝撃で左手があさっての方向を向き、壁に穴を開けた。

「ムウッ」

 火の玉を放ったのは勿論マリアだった。ただのメラであっても使い手の技量と魔力次第では魔王にとてダメージを与える事が出来るのだ。メラを乱射するマリア。バラモスは先程は不意を衝かれたが、今度は問題なく、確実に放たれる無数の火球を防御していく。

 その間にカインは着地、マリアの側に駆け寄り、彼女を庇うようにその前に立ち、剣を構える。

「成程、人間にしてはやる方だ。だが、所詮人間は人間、我等魔族には到底追いつかぬ」

 バラモスは今度はお返しとばかりに右手の掌に、炎の塊を生み出した。マリアにメラでダメージを与えられたお返しとばかりに、その炎の塊を投げつけてくる。

 まともに喰らえば二人まとめて黒焦げになってしまうだろう。だがマリアはそれを避けようとせず、両手をそれに向けて、まるで受け止めるような構えを取ると、精神を集中させる。

「フバーハ!!」

 呪文を唱えると彼女の周囲に光の壁が彼女を守るように発生し、炎を受け止める。それでも炎の勢いは衰えず、マリアの体が徐々に押されるように後退していく。魔法の威力ではバラモスが勝っているのだ。これでは障壁が破られるのも時間の問題。

 しかしマリアはそこから障壁の角度を斜めにずらした。炎は障壁の表面を滑るように動くと、天井にぶつかり、その周囲をドロドロに溶かした。

「!! ぬうううっ、ちょこざいな!!」

 その一撃で仕留められないとは思っていなかったのだろう。バラモスの顔に不快の色が浮かび、集中がほんの僅かだが乱れる。その一瞬にカインはバラモスに接近すると、

「おおおおおおっ!!!」

 雄叫びを上げながら稲妻の剣を袈裟懸けに振り下ろす。先程の物より速度、タイミングに勝り、何より気合の入っていたその一撃は、見事にバラモスの左腕を斬り落とした。

 ズゥン

 重い音を立てて、左腕の肘から先が、床に落ちた。





「さあ!! 勝負はこれからよ!!」

 リンダの両手に生み出された光が、右手の物は灼熱の炎。左手の物は輝く冷気と化して、ノアに向かってくる。走ってかわすノア。リンダもそれに合わせて、間合いを詰めようと向かってくる。

 通常、魔法使いは遠距離から強力な魔法によって相手を仕留める戦法をとる。それは呪文の詠唱にどうしても時間がかかり、その間は無防備状態となり、接近戦ではその隙を衝かれるからだ。だがリンダの場合、元々の魔力が強大であるため、高位の魔法であっても詠唱を必要とせず、故にその戦術に接近戦を組み込めるのだ。

 リンダは先程も見せたイオナズン級の破壊力を持つ光球を放ちながら距離を詰めてくる。消費する魔法力も相当な筈だがそんなものを気にする素振りも無く、ガンガン使ってくる。ノアはその攻撃を避けはするものの、思うように動けず、リンダの接近を許してしまう。

 彼女はその手に魔法力を込め、その両手で貫手を繰り出す。それをかわすノア。かわした攻撃は壁を紙の様に貫いた。これもただ鍛えているだけではない、バイキルトのような攻撃補助魔法を併用している。その威力はノアにとっても脅威だ。

「くっ、そんなもの!!」

 だがやはり体術ではノアに利がある。いかに速く、いかに強くともリンダの体術は身体能力だけで、ノアのように訓練されたものではない。その動きを読み、それに合わせて剣を振る。この攻撃は避けられない。

「勝った」

 そう確信するノア。だが次の瞬間、思いもかけないことが起こる。

「誰が誰に勝ったの? ノア」

 少し怒った様な、弟を叱るような口調で言うリンダ。彼女は振り下ろされた凰火を右手で掴んで止めたのである。真剣を握り締めているにもかかわらず、その手から出血は無い。恐らくはその速度や破壊力と同様に、スクルトの呪文で肉体の耐久力を高めているのだ。

「甘く見ないでよね、この私を!!」

 そこから空いている左手で掌底を繰り出す。剣を掴まれていたノアはそれを避けられず、鳩尾にまともに喰らい、踏ん張るもその足が地面を擦り、煙を立てながら10メートルも後退させられる。先程の攻撃で分かっていたとはいえ、武闘家顔負けの威力だ。

 その威力を身を以って味わい、思わず膝をつき、攻撃を受けた場所に手を当てるノア。

 当然その隙を逃すリンダではない。先程ハリケーンを使った時と同じ気配が、彼女に宿る。

「古代禁呪、メイルストロム」

 呪文の名を呟く。その一瞬後に、彼女のノアに向けられた手から、膨大な量の水が生み出され、それが渦となってノアに襲い掛かる。しかしノアはそれを飛んでかわす。外れた攻撃はそのまま壁にぶつかり、ぶつかった面を中心に抉り取ったような破壊を生み出す。

 まともに喰らっていたら肉片になっていただろう破壊力。だがそれを見せつけられても、ノアは下がることなく、なお前に出る。しかし、彼がリンダに近づく事は出来なかった。彼の足元から無数の氷柱が立ち上った。ヒャド系呪文だ。

「しまった、メイルストロムはフェイント!?」

 それに気付き、離脱しようとするも時既に遅し。氷柱は彼を押し包むようにその間隔を狭め、彼を氷の中に閉じ込めてしまった。それを確認したリンダは構えを解き、ノアの入った巨大な氷に触れる。

「この氷は私の魔力で生み出した特注品。たとえあなたでも破壊する事は不可能よ。絶対零度の中で眠りなさい・・・・・・生き残ったものが正しい。私もあなたもそれは知っている。勝ったのはこの私、正しかったのもこの私・・・ノア、冥府で見ていなさい、私がこの世界に終焉をもたらす様を。それが・・・!!?」

 その時、リンダの眼は驚愕に見開かれた。氷の中で眠りにつくはずのノアの唇が、何かの言葉を紡ぐように動いたのだ。

「・・・!!!」

 咄嗟に後方に飛ぶ。その判断は正解だった。彼女が飛び退いた、その刹那、ノアの手にしていた剣、凰火が光り輝き、そこから発せられた炎が彼女の生み出した氷を一瞬にして飲み込み、水へと溶かし、更に蒸発させたのである。そしてその炎はそれだけでは治まらず、周囲の物全て、床も、壁も、触れるもの全てを、焼き払って、いや、跡形も無く溶かし尽くしていく。

 リンダはそれを見て、畏敬の念を抱いている様に、言う。

「そう、あなたにはこれがあったんだったわね。ジパングの刀匠、ムラマサの打ち上げた数多の剣の中でも最高の一振りと言われる霊剣・凰火。その刀身に尽きる事の無い炎の力を封じ込めた神器・・・幾度か遠くからこれを使った戦い振りを見せてもらってはいたけど・・・実際に目の前にすると・・・」

 彼女の見据える、地獄の業火の中から、炎を纏う剣を手にしたノアが姿を現した。

「リンダ、あなたの中の絶望と悲しみ、それは僕にも分かる。僕もそうだったから」

 彼女に同情するような、自分の中の忘れたい記憶を思い起こしているような、そんな表情で言うノア。だが、一旦言葉を切ると、リンダを真っ直ぐに見据え、叫ぶ。

「でも、それでも僕はまだ人に希望を持っているから、カインやマリア、そしてフォズの生きているこの世界が僕は大好きだから!! いくらあなたでも、この世界を終わらせるなんて、そんな事は許さない!!」

 彼の手に握られた、凰火がその身に纏う炎は、あたかも今の彼の心を映すかのように、更に激しく燃え盛っていた。









第24話 完