第23話・決戦、バラモス城
勇者一行が不死鳥ラーミアを復活させここに攻め込んでこようとしている。その報にバラモス城は色めきたった。多くのモンスター達が迎撃態勢を整えようと奔走していた。
その中のとある部屋では、外の喧騒とは正反対にリンダが椅子に腰掛け、ワイン片手にくつろいでいた。まるで一枚の絵のような優雅な姿である。そんな彼女の前には既に動く石像や地獄の騎士といった、魔王軍でも選りすぐりの精鋭が集まっていた。彼等はリンダが自分達に命令するのを待つかのように、直立不動で整列している。
リンダがグラスに入ったワインを飲み干す。
「ふう・・・」
少し酔いが回ったのか顔が紅潮する。だがまだ問題は無いらしい。グラスをテーブルに置き、立ち上がる。側に控えている自分の親衛隊に向き直るリンダ。それを見て一同を代表し、動く石像が前に出る。
「リンダ様、我等は既に戦闘準備は整っています、いつでも行けます。ご命令を!!」
思わず前につんのめる様な調子でまくし立てる動く石像。他の者達も今か今かと戦いの時を待ちわびているのが伝わってくる。リンダはそれを見て笑うと、言った。
「ねえ、あなたは何の為に戦っているの?」
前後の文脈にかすりもしない唐突な質問。だが動く石像は生真面目な回答を返す。
「勿論、人間どもを根絶やしにするために戦っています」
期待通りの回答に頷くリンダ。
「私もそうよ。人間は欲深く、傲慢で愚か。魔族と違って百年とたたずにその命を全うするくせにわざわざ自分達で争って殺し合って、誰かの大切な物を奪い取るのが大好き。どんな聖人君主でも一皮剥けばどす黒い本性を持っている。醜い種族ね」
彼女は思い出していた。かつて自分が全てを失った日の事を。
セレネも、ノアも、そして自分も人を信じていた。そう、あの時までは。だがその人が自分に何をしてくれた? 自分の家族を、住む家を、友を、自分の左腕を、全てを奪っていった。
自分はあの地獄の中で悟った。あの血と闇が人の生み出せる物なのだと。そして一つの感情が生まれた。それは憎悪。憎い、憎い、憎い。人が憎い。だから人を滅ぼすために魔王軍にその身を投じた。だが・・・
「でもね、その醜い本性を最初から隠そうともしないあなた達魔族も私は大嫌いなのよ」
そこで目にしたのはかつて自分が味わったものを超える狂気と悪意だった。この時、魔族もまた自分の中で、滅ぼすべき対象となった。
彼女の右手に光が集まっていく。これは体内の魔法力の活性化、魔法を使う時の現象だ。
「リ、リンダ様・・・?」
「もうすぐ来る、ノアが来る。私はあの子と踊りたいのよ。二人きりのダンスを。あなたたちは邪魔なの、舞台から降りてもらおうかしら」
事態が把握できないらしく呆けた顔でリンダを見る親衛隊達。
リンダが言った言葉は半分が本当で半分が嘘だ。
人も魔族も同じく憎い。だが違う所もある。自分はそれでも心のどこかで人を信じている。認めたくもないが。
それを感じたのは、人への深く暗い憎悪に、僅かな希望が灯ったのは、いつだったか名も無き小さな村を襲った時の事だった。
「こ、こいつ・・・このバケモノめ!! 俺がやっつけて・・・」
「イオナズン」
右手から放たれた光球が大爆発を起こし、男の体を跡形も無く吹き飛ばした。
そこは本当に小さな村で抵抗する戦力などあろうはずも無く、またささやかな抵抗を示したその村の若い男達もリンダの前では全くの無力。小一時間もすると村全体が炎に包まれた。その中で家の中に隠れている者はいないか、虱潰しに調べていく。
ある家の扉を吹き飛ばし中に入る。そこには六歳ぐらいの少女とその少女の母親だろう女性がいた。
「わ、私はどうなっても構いません、で、でもどうかこの子だけは・・・」
「お母さんを苛めないで」
必死に懇願する母親と娘。リンダはそれを見て暫く考えていたが、メラを放ち二人を焼き殺そうとして手をかざし、しかしその手から魔法が放たれる事は無く、手を下ろしてしまう。
安堵の表情を浮かべる二人。だが次の瞬間、その二人の心臓をリンダの後ろから突き出された剣が刺し貫いた。眼を見開いて絶命する二人。彼女の後ろにはいつの間にか骸骨剣士がいた。
「・・・・・・」
その二人の亡骸を見下ろすリンダ。何かを考えているようだったが、やがて振り返り、その家を出ようとする。そして扉をくぐる前に、
「メラ」
その家を焼き払う。二人の亡骸は焼け落ちる家に飲み込まれた。炎が消える頃には形すらも残ってはいないだろう。
そうしてまた一つの村が地上から消えた。それはもう私にとっては食事をしたり、息をするぐらいに、いつもの事、変わらないただの一日でしかない。
その筈だった。
だが、その日からだった。私はそれからもバラモスの尖兵として多くの国を滅ぼし、数え切れぬほどの町を焼き払ってきた。その度に、誰かの人生を己の手で断ち切る度に、何かが胸につっかえているような不愉快な感覚を覚えるのだ。そして”それ”が毎夜のごとく語りかける。
『私は本当に正しいのか?』
何日も考え続けた。だが分からなかった。答えの出ないもどかしさ。胸に何かが引っかかっているような感覚。そんな気分が繰り返し繰り返し続いていた頃、あの子と出会った。
ノア。噂には聞いていたが実際に目の前にするまでは信じられなかった。彼もまたあの時生き延びていたのだ。そしてあの頃とは見違えるほどに、強くなっていた。彼は牙無き者を守る為にその力を使っていた。
私はそんな彼を見て、生きていた事を嬉しく思うと共にひどく苛立った。どうしてあなたは「あちら」にいるの? あんな目に遭わされてどうしてそれでもまだ人を信じることが出来る?
あの子と私の進んだ道は対極だった。
私は証明したかった。私の選んだ道が正しかったのだと、あの子に。でもノアが、ノアの歩んだ道が正しいのかもしれない。だから私はあの子の仲間、フォズと話したりもした。そうする事でノアを知る事ができると思ったから。彼女に剣を教えたのはそれを教えてもらう事と、リリアという女戦士の姿で彼女を騙している事への代価だった。
結局、ある程度は分かったものの本質を知るまでには至らなかった。
私はどうしても知りたい。どちらの道が正しいのか、その答えを。
それをノアとの二人きりの戦いの中に見出したいのだ。
「そしてそれにあなた達は邪魔なのよ」
冷たい笑みを浮かべ、自分の前に控えている魔物達に言う。魔物達は未だに何が起こっているのか理解できないと言った様子だ。構わず、一方的に続けるリンダ。
「あなた達は運がいい。逝く前に見ることが出来るのだからね。見せてあげるわ。禁呪法の力、その一つをね!!」
漸く自分達が今置かれている状況を悟った動く石像がリンダに飛びかかる。しかし時既に遅し。
「古代禁呪、ビッグバン」
リンダの口から言葉が紡がれ、眩い光がその部屋を満たした。
その頃、カイン達はラーミアに乗り、ネクロゴンドを目指していた。かなりの高度なので温度は低いが、ラーミアの羽毛は毛布のようにふかふかで暖かだった。
カインは最後の決戦に向け、瞑想して集中力を高めていた。
ノアは何も言わず、眼下に広がる広大な大地を見ている。そんな彼の肩に手が置かれる。マリアだ。彼女はレイアムランドからこっち、どうにも元気が無い。
「何? マリア」
「・・・ノア、教えてくれない?」
「何を?」
その声から彼女が真剣な事が分かった。ノアは聞く態勢に入る。
「ネクロゴンドの老人も、レイアムランドのあの双子の巫女も、私達にオーブやラーミアを託すためだけに生まれて、あの小さな世界で生きて、外の事など何も知らなくて、いつになるかも知れない遥かな時を生き続けて、そして使命が終わればすぐに消え去る。なのにあの人達はとても幸せそうだった。どうすればあんな顔が出来るの? 死が平穏をもたらすなら生きている意味はあるの? 答えて・・・ノア。あなたなら分かるでしょう」
無表情にマリアを見るノア。彼女にしてみれば彼等の行動は自分の理解を超える事だったのだろう。それに強いショックを受けているのだ。ノアは静かに語りだす。
「マリア・・・いつだったかあなたが言ったろう、人の痛みは分からない。自分はその人ではないからって。そう言う事だよ。極端な話、人は信じるか信じないかの生き物。人は自分の信じるように生きていくしかない。あの人達も、きっと自分の生き方を信じてたんだ。僕は・・・そう思う」
その答えに僅かにマリアの表情が晴れる。
「ならあなたはどうなの? あなたも自分の生き方に満足しているの? それを信じているの?」
ノアの目を真っ直ぐに見て問い掛けるマリア。ノアは無表情にその眼を見返していたが、やがてフッ、と笑うと、
「僕は・・・」
チュドオオオオオオン!!!!
「「「!!!」」」
瞬間、ラーミアの進行方向から閃光が迸り、鼓膜を貫くような爆音が轟く。三人は何があったのかとラーミアを前進させる。
「! いつの間にか霧が出ている・・・?」
と、ノアが周囲を見回す。自分達の周囲は霧に囲まれて一寸先も見えない。ノアはこの霧から何かを感じた。以前の幽霊船の時のような負の生命力ではない、それよりもっと邪悪な、おぞましい程の闇の気配、とでも言えばいいのだろうか。そんな悪寒にも似た感覚を。
そんな事を考えている内にラーミアは霧を抜け、一気に視界が広がった。眼下に巨大な城が見える。そしてそこから発せられる圧倒的な瘴気が全員に悟らせた。ここが自分達の旅の終着点、魔王バラモスの居城なのだと。
その居城の一角から煙が上がっていた。恐らくはさっきの爆発によるものだろう。
三人はラーミアを安全な所に下ろすと、その城へと向かった。
一歩、また一歩とその城に近づくたびに、不快感は強くなる。尤もこの程度で済んでいるのは彼等が歴戦の戦士であるからで、常人なら発狂してもおかしくないような瘴気が渦巻く異常な場所だ。
そして三人は城門の前に立つ。
「妙だな・・・」
と、ノア。彼は既に凰火を抜き、いつどこから敵の襲撃があったとしても返り討ちに出来るような態勢にある。勿論カインとマリアも同様だ。てっきりこの城に近づいただけで無数の魔物に襲われるものだと思っていたのだが・・・
「何か策があると見るべきでしょうね」
とマリア。確かに彼女の言う通り。だが、
「でもまあここで立ち止まっていても何も事態は進展しないのも事実だし・・・一つ、派手に行きますか!!」
明るい調子で言うノア。二人を振り返る。カインとマリアは暫く考えた後、頷いた。
「じゃあ・・・行くよ!!!」
その掛け声と同時に眼には到底映らない速度で剣を振り回すノア。城門は粉々に吹き飛んだ。
城内に乱入する三人。そこには、
「あら・・・」
「ほう・・・」
「やっぱり・・・」
三者三様の言葉を口にするがそこに込められた意味は同じだ。彼等の周りには一面に魔物達がひしめいていた。
「来るよ!!」
叫びながら、突進し、一振りで三匹の魔物を斬り捨てるノア。それを合図としたかのように周囲の魔物達も一斉に襲い掛かってくる。カインとマリアは剣と魔法の連携で、ノアはその圧倒的な戦力で次々と敵を倒していく。
「妙だな・・・」
と、戦っている中で感じた違和感を口にするノア。脆い。余りにも手応えが無さ過ぎる。勿論自分達が強くなっているのもあるだろうが、それにしても・・・マリアの言った様にやはり相手に何か策があるのだろうか? それとも・・・
「まあいいか!! 強かろうが弱かろうが、目の前の敵はただ薙ぎ払うのみ!!」
頭を振ってその疑問を吹き飛ばす。余計な考えは体の動きも咄嗟の判断力も鈍らせる。闘争の場に必要ではないものだ。ノアは前進しながら自分の眼前の魔物達を吹き飛ばして行く。
「カイン、マリア、こっちだ!!」
二人に向かって手を振る。カインはすぐにノアに向かって走ってきて、マリアはイオラを唱えて天井を崩し、後ろから追ってこられない様にすると、二人に追いついてきた。
「流石に敵の総本山、モンスターの数は半端じゃないね!!」
と、走りながら言うカイン。入り口に集中してモンスターを配置しておいたとも考えられるがそれでもあれだけの数。これからバラモスに辿りつくまでにかなりの激戦を覚悟しなければならないだろう。彼の稲妻の剣を握る手に力がこもった。
「しかし、階段が見当たらないわね。上へのものも下へのものも」
周囲の様子に気を配りながら言うマリア。先程から結構な距離を走っている筈だが未だに一つの階段も見えてこない。
「恐らく外敵の進入を考えて簡単にはバラモスの玉座には辿り付けないような構造なのだろうね。道が分かれば楽なんだけど・・・とにかく走り回って捜すしか・・・!」
話の途中で言葉を切るノア。前方から四匹の地獄の騎士が向かってきているのが見える。
「フン、この程度で僕達が止められるものか!!」
一気に加速すると神速の太刀捌きでその四匹を斬る。四匹は自身に何が起こったかも理解する暇も無く、砂となって崩れ去った。それと同時に、
バァン!!
大きな音を立てて、彼等のすぐ側にあった扉が開いた。三人は顔を見合わせる。
「入って来い、って事かな。やっぱり」
「でも、これどう考えても罠よ? それよりも自力で階段を捜した方が・・・」
あえて相手の思惑に乗ってやろう、そう顔に書いてあるノアと冷静な意見を口にするマリア。カインはどちらかと言うとマリアに賛成だったが・・・
「二人とも、議論をしている暇は無い様だよ」
とカイン。マリアとノア、二人とも”それ”に気付いていたのだろう、マリアはこれまで進んでいた方向を、ノアはその逆を見る。そのどちらの通路からもモンスターの大群が押し寄せて来ていた。
「行くしか・・・」
「ないわね」
三人は開かれた扉に飛び込む。すると扉は閉じて、後から来るモンスター達をシャットアウトしてしまった。そして入った部屋の四方にあった扉のうち、三人から見て左手の扉だけがやはりひとりでに開く。
「・・・!」
「何を考えているの? 私達を倒そうとするならわざわざこんな手間をかけなくてもさっきの大群に押しつぶさせたほうが手っ取り早かった筈・・・・・それなのに?」
と、マリアは疑問を口にする。だがもう、行くしかない。
そして示された道を進む三人。そこからも同じ様な部屋が続き、同じ様に三人が入ると同時に入ってきた扉は閉じ、幾つかある扉のうちの一つが開く。右の扉、正面の扉、右の扉・・・正面、左、正面、右・・・
三人は次の部屋に入り、やはりその部屋にある扉の一つが開く。それをくぐった先には、
「遅かったわね。レディーを待たせるなんて、ちょっとマナーに欠ける行いよ」
からかうようにして掛けられる、鈴のような声。リンダがいた。
彼女の服装はいつも通りの白いローブ、今まで通ってきた部屋と比べて、かなりの広さを持つ、ダンスホールのような部屋の中心に椅子を置き、それに座っていた。その部屋には所々に魔物の死骸、と言っても原形を留めている物は少なく、殆どが腕や足の断片ばかりだが、が転がっていた。何か強大な爆発系呪文で吹き飛ばされたかのように。
さらに天井には大きな穴が開いていた。部屋の床に瓦礫が散らばっている事からこの穴も、自分達が来るすぐ前に開けられたものだという事が分かった。
恐らく上空から見えた閃光、恐らくはイオ系の爆裂呪文によって生み出されたのは、ここで彼女がモンスターを相手に発動させたものであることが読み取れた。
リンダは椅子から立ち上がると、自分の後ろにある大きな扉を指差して、言った。
「カインとマリアは行っていいわよ。この部屋を抜けて、すぐ先の下り階段を下りたところに、バラモスはいる。私の目的はあくまでノア一人だから、誰にも邪魔されたくは無いの」
「「・・・・・・」」
その申し出に明らかに迷いを見せるカインとマリア。確かに戦わずにバラモスの元へ行けるならそれに越した事は無いが・・・状況から考えて自分達をここへ導いたのもこのリンダの筈、一体何を考えているのか・・・
だが当の本人であるノアが二人の迷いを断ち切る。
「行きなよ、折角二人は通っていいって言ってるんだし。僕は後から行くから」
と、二人を行かせようとする。
「それに、僕もリンダとは色々語り合いたい事もあるしね」
と、穏やかに、言うノア。カインとマリアは互いの顔を見合わせ、頷くと、
「死ぬなよ、僕はまだ実力でお前に勝ってないから」
「気を・・・つけて」
それぞれの言葉を贈ると、リンダの脇を通って奥の扉を開けた。リンダは言葉通り二人には何も手出しはしていない。そして扉を開け、先に進む。それをくぐった時、マリアがノアを振り向いた。その眼には明らかな不安が浮かんでいた。だがそれに気づいたノアが何かしらの反応を見せる前に、扉は再び閉じた。
「さて、二人きりね」
「リンダ、僕はあなたと闘いたくはない、今からでも・・・」
説得しようとするノア。だがリンダは、
「変わらないわね。あなたのそういう所は。あの頃と同じ優しいまま。そこは好きなんだけどね・・・・・・でも、あなたが本当に私の事を想うのなら・・・・・・あなたにとって大切な人を失いたくないのなら、これ以上何も言わずに闘う事ね」
そう言って全身から先程自分の親衛隊を全滅させた時より遥かに強大な魔法力を放出し、戦闘態勢に入る。その放たれる威圧感は、素人なら感じただけで体が動かなくなり、ある程度修練を積んだものならそれに反応して無意識に体から闘気が放たれるだろう。
だがノアはそのどちらでもなく、その圧倒的な威圧感を受け流していた。しかし、
「分かった、積もる話はあなたを倒してからだ!!」
そう言うと突風のような闘気をその身に纏う。
二人とも人の域を遥かに超えた力を惜しげもなく開放していた。
一瞬の静寂、そして、二人は互いに向けて走り出した。
カインとマリアはリンダに言われた通りに、と言っても一本道だったが、進んでいた。やがて二人は下へ降りる一つの階段を発見し、それを下りていく。一歩、また一歩と下りていくにつれて、奇妙な違和感を感じた。
背筋がゾクゾクし、心臓の鼓動が早まる。この城に入ってからずっと感じていたプレッシャー。それがここに来て急激に強くなったように思えた。そうして階段を下り切り、巨大な扉の前に立つ。
『いる・・・』
間違いなく、この先に魔王バラモスが。それがカインには直感で分かった。額に汗が浮かび、稲妻の剣を握る手にも力が入る。それはただこの空気からくるものだけではない、この一戦に世界の運命がかかっている、その決意がさせるものでもあった。
『負けられない、絶対に』
そう己に言い聞かせるカイン。だが少々緊張が過ぎるようにも見える。と、マリアが彼の肩を叩いた。そして背中越しに言い聞かせる。
「落ち着いて、あなたは一人じゃない。託されたものはあなた一人が背負うには余りにも重過ぎる。だから私達がいるの。私もノアもフォズも、皆あなたと同じ未来を望み、それぞれその使命を一緒に背負いながら、そうして私達はここまで来た。そしてきっとこれからも・・・・・・だから・・・」
一旦言葉を切るマリア。
「だから?」
カインが聞き返す。
「必ず勝って、生きてアリアハンに帰ろうね?」
「ああ」
カインはマリアを見て思った。
『マリアに出会えて、そして共に闘う事ができて、僕は本当に幸せだ』
と。そしてマリアも思っていた。
『カインと出会えて本当に良かった』
二人は笑い合うと、表情を引き締め、目の前の扉を開いた。
第23話 完