第21話・託されたもの



 カイン、ノア、マリアの三人がランシールの神官から聞いた情報から、向かっていた、次の目的地、フォズバーグ。その出口付近にて、二人の少女が向かい合っていた。

「リリア、今までありがとう。元気でね」

 フォズが町を出ようとするリリアの手を握る。リリアもそれを握り返す。

「あなたもね。稽古は続けるのよ」

「うん!!」

 こうして半年という短い間ではあるがフォズの剣の師となったリリアことリンダは彼女の町、フォズバーグを後にした。そしてその数日後・・・・・・ 





「ひゃあ・・・地図に間違いは無いよね?」

 ”そこ”について開口一番に驚きの声を上げるノア。それも無理のない事、半年前までは民家の一軒しかなかった草原だった所に今は立派な町があったのだから。カインとマリアも感心しきったような表情を浮かべている。

「最初はフォズとあのおじいさんだけで始めて・・・それで僅か半年でよくぞここまで」

 とマリア。彼女はノアと同じでフォズの事を心配していた。こんなただ広いだけの草原に町などできるものなのか、と。だが目の前の現実。そんな心配が無駄になった。まったく・・・

「大したものね」



 そのままフォズに会いに行っても良かったのだが、折角だから彼女の作った町を見物してから行こう、と言うノアの発案で、三人は町を散策する。広場の噴水の周りには多くの子供が鬼ごっこをしたり、サッカーをしたりして遊んでいた。

 ボン!!

 飛んできたサッカーボールがノアの頭に当たる。それを掴むと子供たちの方を見るノア。子供達はすまなさそうな顔でノアを見ている。彼は意識していないのだろうが町中ではカインやマリアはともかく、ノアの闇を切り取ったような漆黒の衣装はとても目立つ。いや怪しまれているかもしれない。カインもマリアもそんな好奇の視線を何度も感じた事がある。もっとも当の本人は全く気にしていないのだが。

「・・・・・・」

 ノアは怒るでもなく、無言でボールを子供たちに返してやる。それに子供達はホッ、とした顔で、

「お兄ちゃん、ありがとう」

 と口々に言いながらまた遊びに戻っていった。



 夜になって立ち寄ったこの町一番の特徴である劇場では、三人が入った時、ちょうど名物の踊り子のダンスが始まった所だった。

 踊り子の艶めかしい姿に見とれているカイン。嫉妬の蒼い炎を燃やしそのカインの背中をつねりまくるマリア。そしてそんな二人を尻目に我関せず、といった調子で踊りにも踊り子にも一時も目もくれず、端から料理を注文し、運ばれてきたそのことごとくを平らげるノア。既に10人前は食べているだろう。

 ちなみに酒は飲んでいない。未成年だし何よりノアは下戸なのだ。それに加えてテーブルに酒があって、何かの手違いでマリアがそれを飲んでしまい、彼女の理性が吹き飛ぶ事態となるのを恐れているのだ。

 この三人、滅茶苦茶目立っている。下手をすると舞台の上の踊り子を喰うぐらいに。もっともノアは終始食事中、カインとマリアは修羅場なのでここでは三人ともそれには気付かなかったのだが。

 しばらく後、三人が踊りを見終えて、そろそろ宿に向かおうとし、食事代などの清算を済ませようとした時のことだ。

「50万ゴールドになります」

「はぁ?!!」

「ですから50万ゴールドになります」

 と、ぼったくり酒屋のような金額を提示され固まる三人。だが次の瞬間にはカインとマリアの視線がノアに向く。ノアも彼自身思い当たる所があるので視線を逸らし、口笛を吹き始める。

「ノア!! あなたがあんなにガバガバと食べるから!!」

「そうだ!! いくらなんでも食べすぎだ!!」

 と、二人がかりで責任を追及され、流石のノアもちょっと慌てている。が、

「まあまあ・・・二人とも。過ぎてしまった事を言ってもしょうがないじゃないか」

 まるで人事のような調子で言う。マリアもカインも突っ込もうとするが余りにノアが爽やかな笑顔で言うので、その勢いに押されて突っ込めないでいる。ノアは更に続ける。

「こういった場合、やる事は一つしかない、だろ?」

 二人の顔を代わる代わる見回して言うノア。二人は溜息まじりに頷く。

「ええそうね」

「ああ、一つしかない・・・」

「じゃあ・・・」

 その次の言葉を待たずカインとマリアは店の外に全力疾走し、ノアは、

「勘定はフォズにツケといてください」

 と、ツケてしまった。



 勇者一行のくせに食い逃げ(未遂)を働いたカインとマリアは暫く走った所で追っ手が来ないのを不審に思い立ち止まる。そこにノアが追いついてきた。別に慌てた風でもない、普通に歩いて、だ。

「ノアどうしたの? 追手は? まさかあなた・・・」

 ノアがまた何かしでかしたのではないかと詰め寄るマリア。ノアは首を振る。

「いや、フォズの名前を出した途端、お代は要らない、と言われて・・・」

「「!」」

「どうやらこの町ではフォズの名前は絶対のようだね」

 と、ノア。結局今日はもう遅くなってしまったのでフォズに会うのは明日と言う事で三人は宿屋に泊まった。やはりここでもノアはシングルとダブルの部屋のうち、シングルに入ってしまい、カインとマリアは相部屋となってしまった。



 さて、夜も更けて、ノアはこっそりと部屋を抜け出した。誰かにつけられていないか何度も確認すると、夜の街を凄いスピードで駆け抜けていった。それと入れ替わりに彼の泊まっている部屋に忍び込むマリア。

「ノアもなんだかんだかんだ言って健全な男の子ねぇ。さて、何かあの子の弱みは見つからないかしら?」

 と、ささやかな復讐を胸に部屋の中に入る。月明かりがあるとは言え部屋の中は薄暗い。

「メラ」

 マリアは掌に炎を生み出し、それを照明代わりにする。部屋の中には数冊の本と、後は彼の荷物のみが置かれていた。取りあえず本を手に取り、めくってみる。どの本も別に大した事はない、人体の急所だのモンスターの肉体の構造だのそんな戦闘に関するものばかりだ。

「ノアらしいわねぇ・・・・・・? あら? これは?」

 見ると本のの1ページに何か赤黒いシミのような物がついていた。

「・・・・・・」

 ペロリ、とそれを舐めてみるマリア。

「これは・・・血・・・?」

 急に何か言いようの無い不安が胸の中から染み出してくるのを感じ、ノアの荷物を見てみる。そこにあったものは・・・

「な・・・・・ッ・・・これは・・・」





 町外れの屋敷、ここはこの町を創設した功労者、フォズの住まいだ。彼女はその屋敷の二階の寝室で、ベッドに座り月を見ていた。自然と手が動き、自分の胸にぶら下がっている銀のロザリオを握り締める。

「ノア・・・」

 自分の想い人の名を呟くフォズ。仲間達と別れて半年、自分の選んだ道とはいえここまで来るのには苦難も数多あった。彼女も彼女なりにそれに耐えて歩んできたのだ。だが彼女はまだ15歳の少女、時に心細くてたまらなくなる事もある。

 その時、扉の向こうから数人の足音が聞こえてくる。何だろう? フォズは扉に近づく。すると扉が叩き割られ、二人の男が寝室に入ってきた。

「フォズ!! 神妙にお縄につけ!! 革命だ!!」

「なっ・・・」

 全く予想していなかった展開に虚を突かれたフォズは男達に組み伏せられてしまう。男達は覆面をしていて表情は分からないが彼女に害意を持っているのは分かった。

 男達の一人がフォズに猿轡をかませる。

「へっ、思ったより簡単だったな。これで革命は成功だ。こいつはどうする?」

 と、フォズを下敷きにしている男が誰か来ないか見張っているもう一人に言う。

「まあ殺すかどうかは相談してからだな。でもまあ裏を返せば殺さなければいいってことだし・・・」

 その会話。つまりはフォズの体を慰み物にするということだ。フォズの顔が恐怖に青くなる。そんな彼女に構わず、彼女を下敷きにしている方の男が彼女の服を脱がしにかかる。

「いままで散々安い賃金でこき使ってくれやがって。その償いをさせてやるぜ」

「・・・・・・!!」

 犯される寸前と言う状況にありながら彼女の心を引き裂いたのはその行為以上に男の口から発せられた言葉だった。自分は今まで必死に頑張ってきたつもりだ。それがこの町に住んでいる人達の為になると信じて。だが人々はそれに不満を感じ、クーデターを起こし、あまつさえ自分を犯そうとする始末。自分は間違っていたのか? どうなんだ?

 打ちひしがれるフォズ。そんな彼女の脳裏にノアの姿が浮かんだ。

「ノア・・・助けて・・・」

 か細い声。自分にのしかかっている男にさえ聞こえないほどの。だが、しかし、

「え・・・?」

 月明かりに照らされていた部屋が急に暗くなる。見張りに立っていた男が不審に思い窓を見上げる。”何か”が月の光を遮っていた。一瞬遅れてその”何か“が人であると気付く。闇に溶け込むような漆黒の衣を纏った人間がその衣を翼のように広げ、飛来してくる。

 グワシャアアアアン!!!

 派手な音を立てて窓ガラスを粉々に蹴破り、その漆黒の衣を纏った男、ノアが部屋に入ってくる。ノアはフォズにのしかかっていた男の顔面を蹴ると、そのまま着地、その男の顔面を踏み潰した。

「ノア・・・!!」

「や、フォズ、久し振り」

 一瞬絶句、その後涙目になるフォズとこういう事態に慣れているのかそれとも無理に明るく振舞っているのか、日常会話のように笑顔でフォズに挨拶するノア。

「な、なんだおま・・・」

 驚きながらもノアに掴み掛かってくるもう一人。だが彼はその言葉を言い終えるより早く、

「邪魔だよ」

 ドガアアアッ!!

 天井に突き刺されてしまった。下半身がブラン、と揺れている。

「ノア・・・来てくれたんだ」

 上目遣いにノアの顔を見ながら言うフォズ。笑っているが彼女の顔にいつもの明るさは無い。もっともたった今犯されそうになったのだからそれも当然ではあるが、それだけではない。ノアにはそれが何かまでは分からなかったが、とにかく何かがフォズの心を苛んでいる事は分かった。だが今は・・・

「とにかく今は逃げ延びる事を考えるんだ」

 ノアはそう言うとフォズの手を引き、屋敷の外に出た。そこには何十人もの町人達がその手に武器を持ち、彼等を取り囲んでいた。ノアは彼等の前に進み出ると、穏やかな口調で言う。

「すいませんけどそこを通してもらえませんか? 僕はフォズを守らなければなりませんので」

 と、説得を試みるノア。だが言葉で引き下がるくらいなら最初からクーデターなど起こしはしない。当然町人達に道を開ける気配は無い。溜息をつくノア。手に持つ凰火を軽く振る。すると地面に巨大な亀裂が走った。

 その離れ業に途端に顔面蒼白になる町人達。この少年は脅しでもなんでもなく、自分とフォズに危害を加えようとするなら微塵の躊躇いも無く、自分達を地面と同じ目に遭わせるだろう。それがはっきりと分かる。

 誰でも命は惜しい。町人達は道を開ける。ノアはフォズを連れてそこを通る。その時、

「う、わ、あああああああっ!!!」

 恐怖に耐えられなかったのか、町人の一人が自暴自棄の行動に出た。手に持つ剣を振り回してノアに斬りかかって来る。

 キィン!!

 だがそんな物がノアに通用する筈も無い。ノアは簡単にその剣を弾き飛ばすとその男に向けて凰火を振り下ろす。その刃が男の体を真っ二つにする、と思われた、その一瞬前。

「やめて!!」

 フォズが男の前に立ちはだかった。ノアは剣を止める。その表情にははっきりと驚愕の色が浮かんでいた。

「フォズ・・・?」

「ノア・・・もうやめて・・・」

 そう言って彼女は町人たちに向き直り、精一杯の笑顔で言う。

「皆さん、私は何も抵抗しません、おとなしく捕まります。だから、もう・・・やめて下さい・・・」

 その最後の方は今にも消え入りそうな声だった。二人の中年の男がフォズを連れて行こうとする。呆然と目の前で繰り広げられるやり取りを見ていたノアだったが、我に返ると、フォズを呼び止める。

 フォズは振り返ると、ノアに駆け寄って、何か耳打ちした。

「・・・・・・」

「!! フォズ・・・」

 驚いた顔でフォズを見るノア。フォズは微笑むと今度こそ町人に連れられて行ってしまった。残された彼は俯きながらその場に立ち尽くしていた。その体は小刻みに震え、剣を持つ手からは血が滴っている。その胸に去来するのは悔恨と無力感。

 あの日、自分は震えるばかりで何も出来なかった。自分の大切な人達を奪った者は憎かった。でもそれ以上に何も出来なかった自分が許せなかった。だからあの日から、自分はひたすらに力を、強さを求めて戦い続けてきた。

 その中で護れなかったものもいくらもある。でもそれでも、今の自分はあの頃とは違う筈。強くなった筈。せめて自分の手の届く所にいる者は護れる筈、そう思っていた。だがその思いは粉々になった。何も変わってなかった。

 自分は弱い。また護れなかった。

 ノアは慟哭した。




「これは一体・・・?」

 マリアはノアの荷物の中身を見て驚いていた。その中身は夥しい数の木の実や種、それに何本かの、透明な液体の入った細長い瓶がある。薬品? こんな物を持ち歩いているとはノアは何かの病気なのだろうか?

 そう思い、マリアは瓶の蓋を開け、臭いを嗅いでみる。

「うっ」

 途端に気分が悪くなり顔を背ける。その液体は物凄い異臭を放っていた。どう考えても体にいい物とは思えない。では何故ノアはこんな物を持っているのだ? 思考をめぐらす。ノアのこれまでの行動を一つ一つ思い返す。そして・・・

「ま、まさか・・・」

 一つの結論にたどり着いた。それは最も認めたくない結論だった。だがそれなら全ての事に説明がつく。

 いつも木の実や種をかじっていたノア。

 サマンオサのボストロールとの戦いが終わった後のあの発作のような症状。

 宿屋で常に彼が一人部屋に泊まること。

 ネクロゴンドで合流した時、彼の口元から滴っていた血。

 所持品についている血痕。

 この大量の力の種や素早さの種、命の木の実、そしてそれらから精製したのだろう薬品。

 そして、以前ノアの話していた、もっとも自分はカインからの又聞きだが、凄絶なる過去と、彼の決意。



 認めたくなかった。自分が間違っているのだ、そう信じたかった。だが、考えれば考えるほど、あらゆる疑問に辻褄が合ってしまう。彼女の中の知識がそれを裏付けていた。

 マリアはその場にへたりこんでしまった。床についた手に、ポタリ、ポタリと水が落ちる。彼女は泣いていた。

「ノア・・・あなたは・・・そこまでして・・・・・・」





 ノアは主のいなくなったフォズの屋敷、その彼女の部屋にいた。その部屋の本棚の一部に並べられていた本をどかし、その奥にある隠し金庫のダイヤルをフォズから教えられたとおりに回す。カチリ、と言う音がして金庫が開いた。

 中には黄色い太陽のような輝きを放つ宝玉があった。間違いなくこれはオーブの一つだ。これで六つのオーブ、その全てが揃った事になる。

 ノアはそのオーブ、イエローオーブを手に取った。これはフォズの想い。彼女が自分に託した平和への願い。ノアにはそう思えた。オーブを手に、ノアは瞳を閉じ、祈るようにして心の中で呟く。

『フォズ・・・僕を見ていて。僕がやって見せるから、必ず。必ずバラモスを倒し、もう一度君の前に・・・』

 彼の中で、また一つの誓いがかわされた。フォズの想いを継いで、彼はまた立ち上がった。





 リンダは広い空間に座っていた。その地面には、彼女の座っている場所を中心に魔法陣のような物が描かれている。そこで彼女はその眼を閉じ、瞑想していた。

 唐突に眼を開ける。するとそれに呼応するかの様に、魔法陣が光り輝く。その光の中で、リンダは立ち上がる。光はますます強くなり、そして彼女の体に吸い込まれれていく。全ての光が彼女の中に吸い込まれると同時に魔法陣は光を失った。

 彼女にしてみればこれは儀式だった。そしてそれは終わったのだ。彼女は自分の手を見る。その手に、否、自分の中に、長年研究してきた物、禁呪法、その強力さ故に使う事を禁ぜられた呪文。その知識が宿っているのが実感として分かった。自分が永い永い時間をかけて、一つの目的の為に、求め続けた力が・・・

『私の準備は完了、あとはあなただけよ、ノア。これは賭け、私とあなたとの・・・チップは、この世界の未来・・・・・・』

 彼女には分かっていた。もうバラモスですら今の自分を止める事はかなわないだろう。それが出来るのはもうこの地上にはただ一人、ノアだけだと言う事。

 そして望んでいた。彼との闘いの果てに自分の望んでいた答えが出る事を、自分の歩いてきた道が正しかったのか、否か。この10年、確固たる信念を持ってここまで進んできた筈の自分の中で、ずっと渦巻いていた迷い。ノアならそれに答えを出してくれる。何故だか彼女にはそれが確信として分かった。









第21話 完