第20話・ランシールの試練



 オーブを四つ目まで手に入れたカイン達はランシールを目指して航行していた。例によってモンスター達の襲撃はあったが、ノアは勿論、カインとマリアもかなり強くなっているので問題なく蹴散らしながら、船はランシールのある南の大陸についた。

 そしてそれから暫く歩くと、町が見えてくる。

「ここがランシールの町か」

「古くて、情緒のあるところね」

 と、マリア。確かにその通りで、今まで訪れた町に比べてこのランシールの町は、道路や民家などが、かなり古風な、それでいて落ち着いたような印象を受ける。

「まあそれもこれを読んだら納得だけどね」

 とノア。その手にはいつの間にか「ランシールの歴史」と書かれた本を持っている。それを後ろから覗き込もうとするマリア。やはり賢者と言う職業柄、知識欲は旺盛なのだろうか。

「ハハ、慌てなくても僕が説明してあげるから」

 ノアの説明によるとこうだ。ランシールの町は元々はほんの小さな宿屋だったのが、ある時ここを訪れた冒険者によって現在のこの町の名所である大神殿が発掘され、そこから莫大な金銀財宝も発見された。その噂を聞きつけて他にも多くの冒険者たちが名声と一攫千金を夢見てやってくる。勿論それが叶うのはほんの一握り、あるいはそれ以下ではあるが・・・そんな冒険者達によってこの町はここまで発展した、と言う事らしい。

「今でもここに長期滞在していたり、あるいはここを拠点にする冒険者はお宝目当てに家の下にトンネルを掘って、古代の遺跡とそこにある財宝を見つけようとしている者もいるらしいよ」

「あなたはここに来た事があるの?」

「ああ、以前一度」

「今でも発見されていない遺跡なんかがあるのかしらね?」

「ひょっとしたら、ね。まあ僕達には関係ないことだ。今日はもう遅いし、宿屋に泊まって、明日大神殿を訪ねるというのは?」

「ええ、それが良いわね」

「賛成」

 と、言う訳で宿をとることになった一行だった。そこでは・・・



「こちらに宿泊したいのですが」

「三名様でございますね、シングルとダブル一部屋ずつで・・・」

「それでお願いします」

 そしてそのままノアが躊躇い無くシングルの部屋に入ってしまい、残されたカインとマリアはしばしの間ダブルの部屋の扉とお互いを交互に見て、顔を赤らめていた。





 また夢を見た。

 僕の心に未だ消えない傷となって刻まれているあの日と同じような光景だった。逃げ惑う村人達、我が物顔で村を荒らしまわり、家には火を放つ盗賊ども。どうして人の心はこんなに醜いのだろう。これでは魔物と同じ、いや、同族を殺すと言う点で魔物以下ではないか? 僕はそんな残虐な光景の中、立ち尽くしていた。

 あの時、僕は震えるばかりで何も出来なかった。自分にとって大切な人を守る事さえ・・・・・・でも、今は違う。僕は変わった、強くなった。そう、こんな風に。

 ドン!!

 何かが爆発したかのような音を立てて、僕の剣が盗賊の一人が馬ごと真っ二つにした。悲鳴を上げる暇も無く絶命する盗賊。それを見て他の盗賊達が僕に向かって襲い掛かってくる。でも分かる。こいつらに僕は殺せない。

 血の花が咲いた。

 僕の剣は盗賊達の首を飛ばし、心臓を串刺しにし、脳天から股間まで真っ二つにし、次々と盗賊達の息の根を止めていく。その度に赤い赤い血が傷口から噴出し、地面と僕の顔や髪を染めていく。

 そうして10秒もしない内に、残りは僕の目の前で腰を抜かし、失禁している一人だけとなった。情けない姿だ。自分より弱い者から奪い取るだけ奪い取って、自分より強い者が目の前に現われたらこれか。でもそれは僕にも言える事かも知れない。僕もまた自分の力を振りかざして、彼等の命を奪っている。何の為に? あの時の自分では無いと証明するため? 復讐のため? それとも僕の心が既に狂気に染まっているから?

「た、助けて・・・お願い、命だけは・・・」

 恐らくは盗賊の頭なのだろう最後の一人はそんな威厳など微塵も感じさせない態度で僕に許しを請う。その姿と声が僕を思考の世界から現実へと連れ戻した。僕は考えるのを止めた。考えても答えなど出そうになかったし、また僕の頭に浮かんだ全てが答えであり間違いなのかもしれない。でも・・・一つだけ確かな事がある。それは・・・

「僕は人殺しです」

 その言葉を紡ぐと同時に、僕は剣を振り下ろし、盗賊の最後の一人の命の火を消した。

 剣を振ってついた血を払い、鞘に納める。振り向くと、遠巻きに見ていた村人達の姿が見えた。

「盗賊達は皆殺しにしました。これでこの村も安泰ですよ」

 そう言って手を差し伸べようとするが、村人達はそれだけで後ずさりながら恐怖に震える声で、

「た・・・助けてくれぇ!! お願いだ」

「人間じゃない・・・化け物・・・助けて・・・」

 盗賊の頭と同じ命乞いをする村人達。視線を少し下げると子供たちも親の陰に隠れて泣きながら僕を見ていた。僕はそれに気付き、同時に僕の手を見る。僕の殺した人間の血でベットリと濡れた手を。

 そうだね・・・僕は人殺しだから・・・皆が恐れるのは当たり前か・・・

「ハハ・・・アハハハハ・・・」

 僕は笑いながらその村を出た。また一人か・・・まあ気楽でいいんだけどね・・・





「・・・最近は昔の夢を良く見るなあ」

 と、ベッドの上で天井を見ながら呟くノア。宿屋の部屋で一休みしようと思ったら熟睡してしまったらしい。

 仲間なんて要らない、僕は一人でも生きて行ける。そう思っていた筈だった。皆と出会うまでは・・・皆と出会って、気付いた。僕は恐れていただけなんだ、って・・・・・・失う事が怖いから最初からそんなもの要らない。そうすれば傷つく事も無い・・・でも、本当は寂しかったんだ。僕自身気付いてなかったけど・・・

「くはっはははは・・・」

 何処か調子の狂った機械のように笑うノア。その表情は顔に手が当てられていて見えないが、その隙間から涙が伝うのが見える。悲しみと自嘲の入り混じった笑い声。

「フォズ、カイン、マリア・・・・・・君達は僕を強いと言う・・・とんだ誤解だ。僕は強くなんかない。それどころか、僕こそがこの世でもっとも弱い敗北者なのさ・・・出来るなら君達にもう少し早く会いたかったよ・・・そうすればもっと僕にも・・・別の道が見えていた筈なのにね・・・」

 ノアは顔を隠していた手を天井へ向けてかざす。

「何も掴めない役立たずな手・・・・・・今まで生きてきた15年と3ヶ月。僕の手に残ったのは消えはしない血と、残り時間の少ないこの体・・・これが知れたら・・・またフォズを泣かせてしまうね・・・」

 ノアはかざした手を強く握る。

「でも・・・限られた時間しかなくても、僕は生きてみせる・・・最期の時まで・・・それが僕の信念だから・・・!」

 改めて自分の決意を確かめる。涙の流れた跡の残るその紅玉色の眼は、いつもと同じように、強い意思の光に輝いていた。





 翌日、神殿を訪れる三人。落ち着いた神聖な雰囲気の建物だ。

「とにかく中に入ってみましょう」

 とマリア。三人が神殿の門をくぐると、扉の前に一人の神官が立っていた。

「待っておったぞ、アリアハンの勇者オルテガの息子、カインよ。ここは勇気を試される場所、おぬしに一人でも戦う勇気があるか?」

 その質問に答えに詰まるカイン。後ろの二人を振り返る。ノアは別に心配している風でもなく、マリアはハラハラしている。実に対照的だ。と、思うカイン。するとノアが、

「カイン、今のお前はかなり強くなっている。自信を持って行くんだね。僕は野暮用があるんでちょっと失礼するよ」

 と、カインを激励すると何処かへ行ってしまった。マリアは、

「ノアはああ言ったけどカイン、本当に一人で大丈夫・・・?」

「心配要らないマリア。其れにここにオーブがあるかも知れないし」

「オーブも大切だけど危なくなったらすぐ戻ってくるのよ。あなたの方が大事なんだから」

 と、どこか母親のような調子で言うマリア。カインはそんなマリアに笑いかけると、神官に連れられ、扉の向こうへと入っていった。二人が入っていった後、扉は再び閉ざされ、後にはマリアだけが残された。





 地球のへそと呼ばれる洞窟の中は暗くてジメジメとしていた。カインはその中を稲妻の剣を抜き、油断無く進む。道が分かれていた所では左に進み、階段を降りる。

 そこから暫く進むと壁に彫られた顔のような彫刻から声が響いてきた。

『引き返せ!!』

『引き返した方がいいぞ!!』

 ちょっと戸惑うカインだったが、「引き返せと言われて引き返すバカがいるか」といった調子でそのまま進んでいく。すると行き止まりにぶつかった。先程の声の事を考えてちょっと恥ずかしい気分になるカイン。しかし良く見ると・・・

「これは・・・壁じゃなくて巨大な扉?」

 大きすぎて気付かなかったが確かにこれは扉だ。力を込めてその扉を開けるカイン。すると広い空間に出た。

「・・・・・・ッ!!」

 カインはその空間に入った途端に全身が緊張し、冷や汗が吹き出るのを感じた。

 この空間には強力な殺気が充満している。この空間の何処かに敵がいるのだ。しかもその殺気の強さからして未だかつてない強大な敵だと言う事が感じ取れた。

 神経を研ぎ澄まし、敵が何時、どの方向から襲い掛かってきたとしても対応できるように身構えるカイン。瞬間、後方に動きを感じる。振り向くカイン。敵も攻撃してくる。

 ガキィィィィン!!!

 その空間内の暗く湿った空気に金属の衝突する音が響く。敵も剣を使うのだ。しかもそのパワーは凄まじく、攻撃を受け止めたカインが5メ−トルも地面を滑るようにして後ずさり、カインの靴が煙を立てる。

 そのパワーに驚くカイン。だが敵の姿を目にすると、彼の眼は更なる驚愕に見開かれた。

「流石にいい反応だね、カイン」

 敵は細身の剣を手に、悠然と立っている。

「ッ・・・ノア!? どうして・・・」

 だがノアはカインの質問に答えることはせずに、恐ろしいほど速い踏み込みで間合いを詰め、斬りかかって来る。

 キィィィィン!!

 二人の剣が鍔迫り合いの形でその動きを止める。

「ちょっとノア、いきなり何を・・・」

「斬りかかるのに理由が必要なのかい?」

 そう言うとノアは物凄い力で鍔迫り合いの状態から無理矢理剣を振ると、カインの体を吹き飛ばし、壁に激突させた。

 ドォン!!

「がはぁっ・・・」

 その衝撃で肺の空気を吐き出し、激しく咳き込むカイン。下を向き、胸を押さえている。その隙だらけの状態をノアが見逃す筈も無く、カインの髪を掴んで無理矢理立ち上がらせると、そのまま放り投げる。カインの体が地面と並行に飛んでいく。

「くうっ」

 何とか空中で体勢を整えると着地するカイン。投げ飛ばされた事によってノアとの間合いは開いたがそれでも20メートル前後。この程度の距離、ノアならば一瞬でゼロにしてしまうだろう。

「ノア、一体どうしたんだ!? お前ちょっと変だぞ!!?」

 叫ぶカイン。だがノアはそんなカインの反応を鼻で笑うと、

「クス、剣を構えて斬りかかって来る相手にそんな事を言うとは・・・・・・つくづく、甘い」

 そう言い終えるとノアの姿がユラリ、と揺らいで消えた。

 瞬間、カインの全身の細胞に走る直感。それに突き動かされるままに左に転がる。すると一瞬前までカインのいた空間を、いつの間にかカインの背後に現われたノアの振り下ろした剣が通過した。

 目標を見失った剣はそのまま地面にぶつかり、その衝撃で巨大な亀裂を作り出す。

「ノア・・・」

「今のは良く避けたね。でもこれで分かったろう? 僕が本気で君を殺すつもりであることも、そして君では逆立ちしたって僕に勝てないって事を」

 その言葉にカインの中で何かが折れそうになる。

「う、あああああっ!!」

 それを否定するように、必死に振り払うように、叫びながらノアに斬りかかる。稲妻の剣を振り下ろす。しかし、

「こんなものなのかい? 君の力は」

 ノアはその刀身を親指と人差し指で摘まんで止めてしまった。

「な・・・」

 カインが驚きながらも剣を握る両手に力を込める。だが押せども退けどもビクともしない。ノアはそこから蹴りを放ってくる。カインは避けきれず、脇腹にまともに喰らう。

「ゴホッ、ガハッ!!」

 ノアは攻撃と同時に稲妻の剣を止めていた指を離す。自由になったカインの体はゴロゴロと地面を転がり、うつ伏せになって止まった。

「ゴハッ・・・」

 脇腹を押さえ、血を吐きながら立ち上がろうとするカイン。ノアは今度はもう勝利を確信しているからだろうか、ゆっくり、一歩一歩近づいてくる。カインは痛みを堪え、しゃがみこみながらそれを見る。理由は分からないがノアは自分を殺す気だ。仲間を傷つけたくはないが何もしないままでは確実に殺されてしまう。

 とにかく今はノアが行動不能になるぐらいのダメージを与え、この戦いを終わりにせねば・・・だがノアに生半可な攻撃は通用しない。外せば後のない渾身の一撃。それがカインに残された勝機だった。

 それを確実に当てるためには絶対に避けられない距離までノアを引き付けねばならない。そんなカインの思惑に気付いているのかいないのか、一歩一歩近づいてくる。そして、遂に必殺の間合いに入るノア。

「今だッ!!!!」

 カインは立ち上がり、ノアの顔面に向け突きを放つ。ノアは避けようともしない。剣はノアの鼻先でピタリ、と止まる。この攻撃はフェイント。本命はノアの腹部に向け放たれる二撃目。流石のノアもこれには反応しきれない。

『勝った!!』

 そうカインが思った刹那、

 ガッ!!

 ノアの左手がカインの顎を鷲掴みにし、そのまま壁に押し付けた。衝撃で意識を手放しそうになるカイン。ノアは残念そうな口調で言う。

「所詮こんなものか。折角今まで僕が色々教えてあげたのに、君はこの程度な訳だ。これでは殺す価値もない」

 ノアはカインの右手から稲妻の剣を奪い取ると、それをカインの左肩に突き刺し、カインと壁とを縫い付けた。

「うがあああああああっっっっ」

 余りの激痛に悲鳴を上げるカイン。ノアはそんなカインを一瞥すると、背を向け、カインの入ってきた扉から外へ出ようとする。

『これがノアの力・・・僕じゃ・・・ノアには勝てない・・・何もかも、格が違いすぎる・・・もう・・・駄目だ・・・」

 カインの心を諦めと絶望が覆う。その時、扉をくぐろうとしていたノアが立ち止まり、カインに呼びかける。

「カイン、暫くそこで待ってなよ。これから地上に出てマリアを犯した後、その首をここに持ってくるから。それまで自分の無力さをそこで噛み締めてるんだね」

『!!・・・・・』

 カインの中に、マリアの笑顔が浮かんだ。

『駄目だ、させない、マリアだけは・・・・・・僕が・・・守る!!』

 失いかけていた闘志が蘇り、左肩に突き刺さった稲妻の剣を無理矢理引き抜くカイン。その闘志の復活を感じたのか、ノアも振り返り、楽しそうな笑みを浮かべる。

「へえ、いい闘気を放つじゃないか。これなら少しは楽しめそうだ」

「ノア!!」

 叫ぶカイン。彼の手に握られた稲妻の剣が眩い光を放つ。

『カイン・・・稲妻の剣と対話してるのか・・・』

「僕はお前と戦いたくはない、お前が今こうして僕の前に立ちはだかっているのもきっと何かの理由があるからだと信じてる。でも、どんな理由があろうと、マリアを傷つけるのはこの僕が許さない!!」

 二人は凄まじい闘気を放ちながら向かい合う。そして、

「おおおおおおお!!!」

 先に仕掛けたのはカインだった。一気にダッシュし、渾身の力で斬撃を繰り出す。それに対してノアは、体を斜に構え、剣を持つ右手を前に差し出した構えで迎え撃つ。

 交錯する二人。

 そして一瞬後に、巨大な衝撃が走り、洞窟全体を揺るがした。

 ノアはその揺れの中で平然と立っている。カインは力を使い果たしたかのように、壁にもたれかかり、座り込んでしまった。

「ハァ、ハァ・・・」

 荒い息をつきながらノアを見るカイン。

 ブシュウッ・・・

 ノアの左肩から鮮血が吹き出す。今の一瞬の交錯でカインがつけた傷からだ。だが致命傷ではない。その傷をベホイミを唱え、回復させると、ノアは動けないカインにゆっくりと近づいてくる。カインの心が今度こそ絶望に塗り潰される。

『駄目だ・・・僕の全身全霊の一撃でも、致命打には程遠いのか・・・ごめんマリア・・・僕は君を・・・』

 カインに近づいたノアがその手をカインにかざす。

『もうだめだっ・・・』

 眼を硬く閉じる。次の瞬間聞こえてきたのは、

「ベホマ」

 を唱える声だった。

「え・・・?」

 鳩が豆鉄砲を喰らった様な顔になるカイン。それはともかく今ノアが唱えたベホマで体中の傷が癒される。それを唱えたノアは、先程の恐ろしげな雰囲気から一転、いつも通りの優しいノアに戻っている。

「いやあ・・・僕にこれほどのダメージを与えるとは・・・成長してるじゃないかカイン」

 と、先程カインが本気になったときとはまた違う、だが心底嬉しそうな笑顔を浮かべるノア。カインは未だに状況が良く呑み込めていないが、怒ったような表情で、胆力を振り絞りながら言う。

「どういう事なんだ・・・? 納得の行く説明をしてほしいんだけど?」

 それに対してノアは、カインの傷の治り具合を確認しながら答える。

「いや何、ちょっとカインと本気で闘いたいと思っただけさ」

「はあ?」

「以前僕もこの町に来た時、この試練を受けたんだけど何の事はない、ただの肝試しみたいな物でさ。退屈な物だったんだよ。今のカインにも正直物足りないだろうと思ってさ、で、ちょうどいい機会だから僕が試練を勝手に代行したって訳さ。今のカインの力がどれほどなのか、模擬戦などでは分からない、一歩先を見極めるためにね」

 一応の説明をするノア。だがまだ分からない事がある。

「ノア、この洞窟への入り口は僕の通った一つだけの筈、どうしてお前が先回りできたんだ?」

 そのカインの質問に対するノアの答えはこうだ。

 マリアにも言ったようにこの町にはお宝目当てにこっそりとトンネルを掘っている家が幾つかある。ノアは以前この町を訪れた時、偶然この洞窟に通じるトンネルを発見し、それを通ってきたのだ。

「じゃあマリアを犯すとか殺すとか言うのは?」

「僕も千両役者だねぇ」

 とノア。その回答を聞いたカインの中には安堵感と納得が生まれ、そして同時に怒りもこみ上げてきた。ジパングの時もそうだった。ノアは時々憎らしいほど人を喰った行動を取る事があるのだ。

「ノォォォアァァァァ!!!」

 稲妻の剣を振りかざして怒るカイン。ノアはそれをかわすと、

「ハハ、怒らない怒らない。取りあえず試練はこれにて終了、さっさとこの奥にあるブルーオーブをとって戻ってきなよ」

 笑いながら闇の中に消えていった。カインは皮肉気に口元を吊り上げて笑うと、ノアの言う通り、その奥にあったブルーオーブを手に入れて、地上へと引き上げた。





 扉が再び開き、中からボロボロになった服を着たカインが神官に連れられて出てくる。マリアは慌ててカインに駆け寄る。

「カイン、大丈夫だったの? 何処か怪我してない? ねえ?」

 いつものマリアらしからぬその様子にカインは笑うと、唐突にマリアを抱きしめた。

「!!? え? え? え? ちょっとカイン・・・」

 カインの腕の中で驚いたようにして暴れるマリア。中々可愛い姿だ。カインは抱きしめた両腕に力を込めて離そうとしない。

「ごめんマリア、でも、暫く・・・このままで・・・」

 その口調に何かを感じたマリアは体の力を抜き、カインに身を委ねるのだった。二人の間に甘い空気が流れる。が、絶妙なタイミングでそこに声が掛けられる。

「へえ、いつの間にやら随分お互い積極的になったものだね?」

 声の主は勿論、カインがそんな行動に出る原因を作った張本人、ノアである。だがノアはそんな昔の事は忘れた、とでも言いたげな態度で、二人をからかうようにクスクスと笑っている。ひょっとしたら以前自分もフォズと同じような状況にあった時、マリアにからかわれた事を根に持っているのかも知れない。

 それはともかく自分達の状況を認識し、慌てて体を離すカインとマリア。ノアに何か文句を言おうとする、が、

「オホン!!」

 すっかり忘れ去られていた神官の咳払い。三人はそちらを向く。

「あー、勇者カインよ、お前は勇敢だったか? いや、それはお前が一番良く知っているだろう」

 だがその場の雰囲気もあってどうも威厳に欠ける。そこにノアが、

「あの神官さん、僕達オーブという物を探しているのですけど噂でも何でもいいから何か知りませんか?」

 と聞く。神官に諸事情を説明するノア。神官は暫く考え込んだ後、ポンと手を叩く。

「ああ、それなら聞いた事があるぞ。東の大陸のある町にそんな珍しい宝玉があるとか・・・」

 三人の眼の色が変わる。ノアがそのまま代表で聞く。

「で、その町の名前とか、分かりますか?」

「確か・・・フォズバーグ。町の創設者の名前を取ってそう呼ばれているらしい」









第20話 完