第18話・ネクロゴンド激震



 カインはへたりこんでしまった。カインの父、勇者オルテガはここで魔物との死闘の果てに火口に落ちてしまったのだと言う。ノアはオルテガの事は知らない。無論噂程度には幾度も耳にしたが、彼はそんな事を当てにするタイプではなかった。ナマの部分で相手を見極める。そういうやり方が彼の信条だった。

 だから彼は別にオルテガと言う勇者には何の感慨も抱かないし抱けない。だが、今のカインの心は理解できた。自分もこれまで、幾度も大事な人を失う痛みを味わって、ここまで歩いてきたから。しかし・・・

 マリアがカインの肩に手を置いた。力の無い眼差しで振り返るカイン。マリアは諭すように言った。

「カイン、あなたの考えていることは分かるわ。あなたのお父さん、勇者オルテガ・・・彼が生きていると、心のどこかで信じたかったのでしょう? オルテガ氏の話をする時、あなたはいつも誇らし気だったから。でも、この現実を見て、その思いは粉々になって・・・」

 そこまで言って一旦言葉を切るマリア。ノアは何も言わない。カインは俯いてしまう。マリアは再び話し始めた。

「苦しいわね。でも、ノアにも私にも、あなたの苦しみは分からない。ノアも私もあなたではないから」

「・・・・・・」

「それでも、私たちは仲間じゃない?」

 マリアのその言葉に顔を上げるカイン。ノアもほう、といった顔になる。

「今まで私達は一緒にどんな時も頑張って来れたじゃない。私もノアも、それぞれ大切なものを守る為に、人々から託された未来への希望の為に、あなたを信じて、ここまで来た。だから・・・・・・苦しい時は一人で抱え込もうとしないで、私を・・・・・あ、いや、私達を頼ってくれていいのよ。あなたの抱える重荷がどれ程の物でも、私が半分背負ってあげるから・・・だから・・・」

 次の言葉に詰まるマリア。だが、それを言う前に、カインの手が肩に置かれた彼女の手を握った。思わず赤面するマリア。カインは自分自身に言い聞かせるように言う。

「そうか・・・そうだね。僕は・・・僕達は、こんな所で足踏みしている暇は無い。行かなくてはならない。分かっていた筈なのに・・・ね。思い出させてくれて、ありがと、マリア」

 マリアは静かな微笑を浮かべると、言った。

「礼には及ばないわ。誰もずっと心を張り詰めたまま生きていく事なんて出来やしないのだから」

 二人の間に甘い空気が流れる。

「あー。どうも声をかけづらい雰囲気なんだけど僕の事忘れてない? 二人とも」

 とノア。二人の会話の間、退屈してしまったのかいつの間にか座って、懐から取り出した木の実や種をかじっている。慌てて手を放すマリアとカイン。ノアは心の中で、

『この前のマリアの言葉、そっくりそのままお返しするよ』

 と呟いた。

 その時、カインの背中のガイアの剣が震えだした。

 カタカタ・・・

 鞘の中で動き、ぶつかる音がする。ガイアの剣を抜くカイン。同時にこの火山全体を地震が襲った。

「きゃ・・・」

 マリアはカインに掴まる。カインとノアは、その鍛えられた足腰とバランスで、その揺れの中でも平然としている。

 鞘から抜かれたガイアの剣は繰り返し、断続的に淡い光を発している。それを見て、ノアが言う。

「この輝き、この揺れ・・・この大地とガイアの剣が共鳴しているのか? ・・・・・・以前ルザミという町で、こんな言い伝えを聞いたことがある。『ガイアの剣は大地の火より生まれし剣、その剣が大地に還る時、新たなる道は開かれん』・・・ここの大地にその剣を還せと、そう言う事なのか?」

 カインは頷くと、ガイアの剣を火口に投げ入れた。その姿がマグマに飲み込まれ、見えなくなる、と同時に地震が止まった。確かにこれは大地に還した事になるが、カインの行動に、ノアの方が驚いていた。かなり珍しい事だ。

「ちょ、カイン。いくらなんでも・・・いや言い出したのは僕だけどさ・・・」

 と、そこまでだった。そこまで言った時、先程の物とは比べ物にならない地震が彼等を襲った。

「こ、これは・・・」

「火山が噴火を始めるようだね、逃げるぞ!!」

 そうして登る時の何倍もの速さで火山を駆け下りる三人。下り坂は膝を痛めやすいのだが命には代えられない。全速力で下りる。その最中、ノアがマリアに話しかける。

「おめでとう、遂に言えたじゃないか。もっともまだまだ先は長いけど」

 そのからかうような口調にマリアは真っ赤になって怒る。

「っ!! あなたはどうなの!? カインが落ち込んでるのに言葉もかけないで!!」

 それに笑って答えるノア。

「信じてたから。カインはこの程度で潰れる位弱くはないって」





 三人が安全圏に避難したのと前後して、火山が噴火し、溶岩が流れ出た。そしてそれが冷え固まった時、そこには、

「道が出来てる・・・まさに『新たなる道は開かれん』だね」



 そして三人はすぐ近くにあった洞窟の探索を始めた。洞窟に入ってすぐに、いくつもの鎧を着て、右手に槍、左手に盾を持った戦士の像がずらりと並んでいた。あたかもこの先にある”何か”を守ろうとするかの様に。

 やはりこの洞窟には何かある。カインとマリアはそう考えながら、ノアは直感でそう感じながら、周囲に気を配って歩いていると・・・・・・

「「「!!」」」

 三人はそれぞれの武器を構え、戦闘態勢に入る。死角を見せないよう、背中合わせに。

「感じるかい、カイン、マリア?」

「ええ、見られてるわね、数は?」

「数えるのが面倒なくらいだ・・・よっ!!」

 カインが叫びと共に、闇の中から飛び出してきたミニデーモンを斬り捨てる。それを皮切りに周囲の気配が一斉に自分達に向かってくるのが分かる。ノアが腰の剣を抜くと、カインとマリアに言った。

「ここは僕が引き受ける、二人は先に行け」

「一人で大丈夫?」

 と、マリア。敵の正確な数は分からないがかなりの大勢だ。ノアの腕は十分に召致してはいるが、それでも不安は残る。だが、ノアは笑って言った。

「心配無用、僕を誰だと思っている?」

 その表情に微塵の気後れもなし。カインもマリアも頷くと奥へと走っていった。その姿が見えなくなる前にノアが叫ぶ。

「カーーインッ」

 振り向くカイン。

「マリアを守ってやれよ」

 ノアの眼は親指を立てて応えるカインと赤面しているマリアを捉えた。



 そして自分は目の前に現われた雲霞の如き魔物の大群に向き直り、不敵な笑みを浮かべる。

「へえ、結構いるもんだね。ま、退屈しのぎぐらいにはなるだろう」

 その言葉が通じたかどうかは定かではないが、現われたモンスター集団の中でもその巨体で見る者を圧倒する、巨人族のモンスター、トロルが進み出てくると、ノアに向かって、タックルを繰り出してきた。巨体を活かした攻撃だ。

 ドッガアッ!!

 大きな音を立て、ノアとトロルの体が衝突する。トロルはノアの体勢を崩し、そこから寝技に持ち込むつもりだったのだろう。がっぷりと組み付いてくる。しかし、ノアの体は微動だにしない。渾身の力を込めて押しているのにピクリともしないノアを見て、トロルの額に冷や汗が流れる。

 ノアはトロルの頭に右手を置くと、無造作に押した。姿勢は直立したままなので、腕力だけで、だ。それだけで200キロは軽く超えそうなトロルの巨体が、後ろに押し戻されていく。ノアはトロルを押す右腕が伸びきった瞬間、

「シュッ」

 軽く息を吐き出すと左手でトロルの顎を狙いすまし、アッパーカットを放つ。打ち抜く。トロルの巨体は地面から2メートルほど浮き上がり、空中で何十回も風車の様に回転し、やっと地面に落ちた。当然そんな一撃の入ったトロルはピクリとも動かない。恐らくは最初のアッパーの決まった瞬間に絶命していたのだろう。

「次は?」

 とノア。すると今度は地獄の騎士が進み出てきた。骨だけになった体を持つ、アンデッドの中でもかなりの上級に位置するモンスターである。

 地獄の騎士は、その八本の手に持つ八本の剣をそれぞれ別の生き物の様に、変幻自在に振り回す。並みの戦士なら、反応も出来ずに斬り殺されるだろう。だが、ノアは並みではない。八本の剣をことごとくかわす。剣の切っ先と彼の体は1センチも離れてはいない。正確な見切り。最小限の動きでかわし続ける。

 ノアは自分に向かって振られる剣を、静止した絵の様に見る事が出来た。当然そんな芸当が出来るのなら、攻撃を避けることなど容易い。欠伸が出るほどに。これがノアのいる世界なのだ。

 自分の繰り出す剣が当たらないのに焦ったのか、地獄の騎士はその口から焼け付く息を吐き出した。これにまともに当たった者は、動きが麻痺してしまう。そうすれば攻撃を避けることは出来ない。そう考えてのものだったのだろう。確かに狙いは悪くない。

 だが相手が悪かった。

「フッ」

 ノアの口から放たれた吐息が、焼け付く息を吹き飛ばしてしまった。

「ギッ・・・」

 呆然とする地獄の騎士。その隙が命取りとなった。ノアが頭を鷲掴みにし、

 グワシャアッ!!

 そのまま握り潰した。頭を失った胴体は暫くフラフラと千鳥足の様な動きをしていたが、やがてバラバラになった。

「次だ」

 と言うが、進み出てくるものはいない。いや、モンスターの群れの後列にいた幽霊のモンスター、ホロゴーストが、

「ザラキッ」

 を唱えた。ホロゴーストの影の様な体が拡散し、ノアの体を覆い尽くすような動きで迫ってきた。ノアの表情には恐怖も不安も無い。そのまま黒い霧と化したホロゴーストに彼の体は飲み込まれてしまう。

 ホロゴーストの体内に取り込まれたような状況にあるノアの耳に、呻き声が襲ってきた。同時に少々気分が不快になるのが分かる。

「ふん、こんなものか」

 だがホロゴーストではそこまでが限界だった。ノアの生命には全く異常は無い。ザキ系の呪文は対象の精神に干渉して、精神、言い方を変えれば「心」を死に至らしめることで、その生命活動を停止させる、というものだ。その性質上、術者よりレベルの高い相手には効果が薄い。今回のノアが良い例だ。だがホロゴーストはまだ余裕のある声でノアに言った。

「ククク・・・ザラキが通じないのは分かっていた事だ。私の武器はこの体そのもの。私には実体そのものが無い。そしてこの霧状の体は強い毒性を持っている。リンダ様の命に従い、お前をゆっくりととり殺して・・・!?」

 ホロゴーストはその瞬間、ノアの発する気配が何倍にも大きくなったのを感じ、そして彼の体そのものが、巨大化したような錯覚を覚えた。そしてそれが最後だった。ホロゴーストの体は弾け飛ぶ様に霧散し、消えていった。

 これは何も特別な能力ではない。ホロゴーストのような幽霊系のモンスターは精神が主体の存在だ。だから自分より圧倒的に強力な威圧感や闘気に、肉体を持つ者よりも遥かに過敏に反応するのである。あの一瞬、ノアは自身の発する闘気を一瞬だけ数倍に高めたのだ。たったそれだけのことだが効果は絶大。ホロゴーストは実体の無い体を利点だと思っていたらしいが、それがとんだ仇となった。

「さあ、次はどいつだ? なんなら全員まとめて来たらどうだい?」

 と、モンスターの群れを挑発するノア。だがモンスター軍団はノアの圧倒的な実力を目の当たりにしているため、攻撃を仕掛けようとはせず、遠巻きに囲んでいるだけだ。ノアは溜息をついた。

「やれやれ、前言撤回だね。噂に名高いネクロゴンドのモンスターでもこの程度とは・・・拍子抜けもいいところだ。これじゃあ退屈しのぎにもなりゃしない」

 これは挑発ではなく本心だろう。もうノアはモンスター軍団を見てもいなかった。

「こんな雑魚どもを差し向けてリンダは何を考えてんだか・・・さっさと片付けてしまうか。目を覚ませ、凰火!!」

 ノアが叫ぶと、彼の手にした剣が輝き、その刀身に炎が宿った。比喩などではなく本物の炎が、だ。そしてノアの闘気がホロゴーストを消滅させた一瞬よりも更に大きく膨れ上がる。逃げ腰になるモンスター達。しかしそれを許すほどノアは甘くない。

「燃えろ、血も肉も。全て燃え尽きろ」

 そう言うと大きな動作で炎の剣、”凰火”を振るう。閃光が生まれ、薄暗い洞窟が真昼の様に明るくなった。





 ドオオオオオン・・・・

「「!!」」

 洞窟内を走っていたカインとマリアは後ろから聞こえてきた轟音に思わず足を止め、振り返った。二人はノアがモンスターの大半を足止めしてくれていたおかげで、かなり楽に進むことが出来た。

「「・・・・・・」」

 二人の背後に、いつの間にか一匹のトロルが現われていた。二人はまだ気付いていない。そう判断したトロルは、右手の棍棒をまずはマリアの頭めがけて振り下ろす。当たればマリアの頭は粉々になるだろう。が、

「はっ!!」

 クルリと振り向いたカインが回転の勢いをつけた草薙の剣で、棍棒を両断した。驚いて後ずさるトロル。それが命取りとなった。マリアの掌に活性化した魔力の光が輝いている。それに気付いた時にはもう遅い。

「メラミッ!!」

 マリアの叫びと共に放たれた複数の火の玉がトロルの体を骨も残さず焼き尽くした。

 他にこの周囲に敵の気配は感じない。それを確認すると、カインはマリアに言う。

「ノアなら大丈夫だよ、僕達は先へ進もう」

 マリアは少し躊躇っている様だったが、やがてしっかりと頷いた。





 ネクロゴンドから遠く離れた東の大陸、たった一月前まではただの原っぱに、家が一軒立っていただけの場所。そこには今、何軒かの民家が立ち並び、田畑も耕され、徐々に町と言えるようになってきていた。その町作りを先頭に立って指揮しているのはまだ年端もいかない桃色の髪の少女、フォズだった。

 そんなある日、彼女の元に一人の男の商人が訪れた。彼は旅の商人で各地を回って色々と珍しい品物を集めており、それを路銀の為に、フォズに買い取ってほしいと言う。

「ふーん、まあ現物を見てからで・・・」

 とフォズ。男は頷くと、荷物の中の品々をフォズの前に広げた。その中には、そうそうお目にかかれない珍品もある。だがフォズの目に留まったのはそんな物ではなかった。

「!! これは・・・」

 男の荷物の中にノアが持っていたグリーンオーブやジパングで手に入れたパープルオーブと同じ輝きを放つ、黄色い宝玉があったのだ。間違いない。フォズは確信した。これこそが六つのオーブの一つだ。

 フォズは十分すぎるほどの大金を男に支払い、そのオーブを譲ってもらった。男は驚いていたが、フォズに何度も礼を言うと、また旅に出るとその町を去っていった。

 男は町を出て、十分遠くまで来た事を確かめると、物陰に入り、フォズから受け取った金銭を投げ棄てた。

 そして男の姿が陽炎のように揺らぎ、白いローブを纏った銀色の髪の少女の姿に変わる。いや、これは元に戻ったと言うべきか。白の魔導士、リンダの本来の姿に。リンダは呟く。

「これでいい。これでいずれ全てのオーブは彼等の元に渡る・・・・・・彼等は、ノアは来る。ラーミアを蘇らせ、ネクロゴンドの最奧、魔王バラモスの居城に、私の元に・・・・・・全てはこれでいい。事は全て私の思い描いた通りに進んでいる。」

 そこまで言って、天を仰ぎ、遠く離れた地にいるノアに向けて話しかけるように言う。

「イエローオーブを手に入れるのは苦労したんだから・・・・・・私の期待を裏切らないでよ、ノア・・・・・・最後の刻に、あなたとの決着だけはつけてあげるから・・・あなたに私を止める機会をあげる。それは私のけじめでもあるしね」

 その時、天空から一筋の光り輝く流星が彼女に向かって舞い降りてきた。それを見ても彼女は全く動揺せず、どっしりと構え、その流星が自分に向けて落ちてくるのを見ている。

 流星は彼女の目の前に落ちた。光が治まると、そこには緑色のローブを着た魔法使いがいた。魔王軍でも高位の魔法使い、エビルマージである。エビルマージは慌てた様子で言う。ローブの為、外見からは男性か女性か判別できないが、声で男性と分かった。

「大変です、リンダ様!! ネクロゴンドのモンスター軍団が勇者一行の為に壊滅状態に陥りました!!」

「そう、それは良かったわ。流石ノアとその仲間達。期待以上ね」

 その報告に、リンダは手を叩いて喜ぶ。エビルマージは彼女の反応に戸惑ったようだった。

「あ、あの、リンダ様・・・?」

 ズンッ

 次の瞬間、エビルマージは焼けるような痛みを左胸に感じた。見るとリンダの右手が、彼の心臓を貫いていた。

「がはぁっ・・・リ、リンダ様・・・・・・?」

 信じられない、という風な声を上げるエビルマージに、リンダはゾッとするような、見る者が凍りつくような、狂気と歓喜を内包した笑みを口に浮かべ、言った。

「吉報を届けてくれたお礼にいい事を教えてあげる。ネクロゴンドの魔物達はあらかじめ私が勇者達に襲い掛かるように指示を出しておいたのよ。無論こうなることは承知の上でね」

「バ、バカな・・・では、あなたは・・・」

「それ以上はこれから死ぬあなたが知る必要の無い事よ。さよなら」

 エビルマージの体を貫き、彼の背中から生えたようになっているリンダの右手に小さな光が生まれ、それは瞬く間に大きな炎となってエビルマージの体を灰も残さず焼き尽くした。

 リンダは剣についた血を払うように、ヒュッ、ヒュッ、と右手を振って、ベットリとついたエビルマージの血を払い落とすと、またしても呟く様に言った。

「もうすぐ、もうすぐだよ・・・・・・・・・お父さん、お母さん・・・セレネ・・・もう少しだけ待っていて・・・」

 それはさながら祈りのようであった。死者に届く筈の無い言葉を、それでも伝えようとするかのように・・・・・・その姿は美しく、そして悲しげだった。それが終わると彼女はルーラを唱え、一筋の流星と化して何処かへと飛び去った。









第18話 完