第17話・一つの別れ



 フォズの記憶は戻った。ノアは自分の想いをフォズに打ち明けた。フォズはそれを受け入れた。と、これにて一件落着、めでたしめでたし、と言いたい所だが中々そうは問屋が卸さないらしい。ノア達に部屋を貸してくれた老人が、話がある、と言ってきたのだ。

 部屋を貸してくれただけでなく、フォズに薬まで作ってくれた恩義もあるため、とりあえずその申し出を受け、話し合いの席に着くカイン達。老人は単刀直入に言ってきた。

「わし、ここに町作ろうと思う、商人いれば町できる。フォズ、ここに置いていってほしい」

・・・・・・単刀直入すぎてカイン達には何を言っているのか分からなかった。老人に言って、一から事情を話してもらう。話によるとこうだ。

 老人はここに町を作るために、この大陸の中心にあるスーの村から出てきた。だがここは僻地といってよい環境で、中々人が来ない。また自分も頑張ってきたが最近は歳のせいか体が思うように動かなくなってきている、そこで商人であるフォズの力を借りたい、という訳だ。

「町作りは20年来のわしの夢、どうかこの年寄りのわがまま聞いてほしい」

 と老人。その老人の目は若者のような情熱に輝いていた。

 それに対するフォズの答えは、

「・・・少し考えさせてください」

 その後は誰も言葉を発さず、どことなく気まずい雰囲気のまま、その場は解散となった。



「・・・・・・」

 小屋の外の草原に一人立って、考え事をしているフォズ。その表情は少し沈んでいる。そこに後ろから声がかけられた。

「何、黄昏てるんだい? フォズ?」

 ノアだ。彼の顔にはいつもと同じ優しい微笑が浮かんでいる。フォズは苦笑いを浮かべながら話し始めた。

「ねえ、ノア。私ここに残ろうと思ってるの」

「・・・そう・・・」

 ノアの反応は思ったよりそっけない。少し驚くフォズだがそれをノアに悟られないようにして続ける。

「だって私なんてただの商人だし、マリアのような知恵や魔法も、ノアやカインのような強さもない、いつでも私は守られるだけ。そりゃ私だって足手まといにならないように必死で喰らいついて行こうとはしたけど、ノアもカインも私が一進む間に十も二十も進んでしまう。私はそんなことをずっと感じてたの。ノアが私達の仲間になった時から・・・だから私は・・・」

 そこまで言った時、ノアがつかつかと近づいてきて、右手を振り上げる。

 殴られる!!

 そう思ったフォズは反射的に眼を閉じる、が、いつまで経っても覚悟していた衝撃は襲ってこない。その代わりに、ポン、と頭の上に手を乗せて、撫でられる感触があった。

眼を開けてみると、ノアの右手はやはり自分の頭の上に置かれていた。ノアは笑いながら言う。

「バカだなフォズは・・・考えてみなよ、どうして僕やカインがフォズを守ると思う?」

「だからそれは私が弱いから・・・」

 その答えにノアは首を横に振る。

「違うよ、そうじゃない。僕も、カインもマリアも、みんなフォズの事が好きだから、傷つく所を見たくないから守るんだ。もっとも、その”好き”の形はそれぞれ違うけど、ね・・・」

 静かに、言い聞かせるノア。更に続ける。

「だから、さ。今回の話だってフォズが自分の意思で決めたらいい。僕達と一緒に旅を続けるもよし、ここに残って町作りを手伝うもよし、どちらを選んでも、僕達の誰もフォズを責めたりはしないから」

「ノア・・・」

 フォズは泣きそうな顔でノアに抱きついてきた。それを受け止めてやるノア。だがその眼はフォズを見ておらず、自分たちから少し離れた所の草むらを見ていた。その原因は・・・・・・



「ねえ、あれ完全に私達に気付いてない?」

「そうだね、これでも気配は殺してるつもりなんだけどね」

 草むらに隠れて二人の様子を伺っていたマリアとカインだった。二人の言うとおり、ノアは完全に自分達に気付いているとしか思えない。今も物凄い形相でこちらを睨み付けている。

「まあ仕方が無いか」

 とカイン。彼も流石にこんな状況で覗き見をするのは野暮という他はない、と思う。

「戻るよ」

「いいの?」

 聞いてくるマリアに笑顔で答えるカイン。

「ああ、僕の言いたかったことは全部ノアが言ってくれたから」



 そして、フォズは老人に自分の答えを伝えた。

「私で良ければ、お手伝いさせてもらいます」

 老人は歓喜の余り、飛び上がって天井に頭をぶつけるほど大喜びし、フォズの手をしっかりと握った。しっかり握って離さない。まあ嬉しいのは分かるが流石に少々引いてきたフォズ。すると背中に凄まじい冷気を感じた。

「・・・・・・・」

 いやな予感がして冷や汗をかきながら後ろを振り返ってみると、予想通り物凄い形相のノアが今にも老人に襲い掛かりそうなほど凄まじい妖気を全身から発散させていた。老人の方はフォズが申し出を受けてくれたのがそれほど嬉しかったのか、まだノアに気付いていない。

「ま、まあ抑えて・・・ノア」

 と、何とかカインとマリアがノアを外に連れ出した。老人の方は未だにフォズの手を握っている。

(知らないって幸せな事だなぁ)

 フォズはそう思った。



 その夜、フォズとの別れを惜しむカイン達が宴会を開いた。宴会と言ってもそれほどのご馳走があるわけではないし、フォズともう二度と会えなくなる訳でもない。だが・・・旅を続けるカイン、マリア、ノアは勿論、こんな原っぱに町を作ろうというフォズの歩む道もまた険しいものとなるだろう。この宴会にはまた生きて会おう、という誓いの意味があった。

 そのまま夜は更けて、カインは飲めない酒をマリアに飲まされたせいでブッ潰れていた。老人はまだ浮かれており、上機嫌に酒をグイグイ飲んだせいでこれまた酔い潰れていた。マリアは普段クールに決めている反動なのか、浴びるように酒を飲み、幸せそうに眠ってしまった。

 ノアとフォズは、小屋の外の草原で星を見ていた。先程はカインとマリアが覗き見していたが、今は二人は夢の中。気兼ねすることはない。

「ねえノア。私がいなくなったら寂しい?」

 とフォズ。ノアは暫く考えて、静かに首を横に振って言った。

「いいや、僕とフォズの心は繋がっているから・・・どれだけ離れていても、一緒にいるのと同じことだよ」

「そう・・・・・・」

 ノアの言っている内容は嬉しいものだが、同時にどこか寂しいものを感じるフォズ。が、ノアの答えには続きがあった。

「と、カイン達がいたらこう答えるだろうね」

「え・・・?」

「本当は・・・寂しいよ。フォズの側にいて、君を守っていたい・・・」

 ノアは優しさと悲しさが入り混じったような笑顔を浮かべて言う。フォズはその答えに、今度は心の底からの笑顔を浮かべた。眼が合う二人。そのまま見詰め合う。と言うか眼を逸らすタイミングを逃したようにも見える。眼を逸らした方が負け、と言う感じに。

 と、ノアが思い出したように、自分の首に掛かっていた銀のロザリオを外すと、それをフォズの首に掛けた。

「ノア・・・これは・・・?」

 フォズが自分が着ける物にしては少し大きすぎる気がしないでもないロザリオを手にとる。フォズの手の中で、ロザリオは静かに輝いている。

「それは・・・10年前、セレネが僕に残してくれたたった一つの品・・・この10年、ずっと僕の大切な宝物で、お守りだった。これをフォズにあげる。きっとフォズを守ってくれるよ。今の僕には必要ないし、他にフォズにあげられる物を僕は持ってないから・・・」

 フォズは黙ってノアの話を聞いていたが、やがて目が潤み、感極まったのかノアに抱きついてくる。しっかりと、彼女の体を受け止めるノア。フォズは涙を流しながら、でも微笑を浮かべながら、言った。

「そんな事ないよ。私は、あなたには今まで返しきれない位、色んなものを貰ったよ。本当に・・・・・本当にあなたに会えてよかった、誰よりも優しくて、誰よりも強いあなたに・・・・・・心から、そう思うよ。ありがとう・・・ノア」

 ノアは何も言わず、フォズに顔を近づける。フォズは一瞬戸惑い、それからぎゅっ、と眼を閉じる。二人は唇を重ねた。ノアはフォズを抱きしめる手に無意識に力を込めた。彼女を、その温もりを、失うまいと、繋ぎ止めようとするかのように。





 翌日、カイン、マリア、ノアの三人は新たなる目的地へと出発した。フォズは彼等を乗せた船が見えなくなるまで手を振って、見送っていた。そしてそれが終わると、

「さて、私もいっちょやりますか」

 そう言って老人と町作りの相談を始めた。



「で、次はどこへ行くの?」

「ああ、ネクロゴンド地方へ行こうと思う」

 カインの答えを聞いてマリアの顔色が変わった。ネクロゴンド地方、という言葉に反応したのだ。

 ネクロゴンド地方、そこは、周囲を険しい山々に囲まれ、また魔王バラモスの居城に近いせいか、出現するモンスターもかなり強いものが多く、それゆえに人を寄せ付けない未開の地である。だが同時にそこには他ではお目にかかれない貴重な宝物が数多くあると言われ、それを求めて、もしくは魔物退治をして名を上げようとして、ネクロゴンドを目指す者は後を絶たない。が、帰ってきた者は絶無。故に「地上でもっとも危険な場所」と言われる、そんな場所だった。

 だが、カイン達の求める六つのオーブもまた、伝説級の代物である。それを求めるのであれば、そこに足を向けるのも、また必然であると言えた。そこにノアが話に入ってくる。

「それはいいんだけどその前に一寸寄って欲しいところがあるんだ」

「どこだい、そこは?」

「オリビアの岬・・・」

「・・・何の為に? 理由を聞きたいな、ノア」

 カイン達の旅は魔物の脅威に震える人達を救い、魔王バラモスを倒し、この世界に平和をもたらすためのものである。そして今この瞬間にも魔物達は暴れている。それを考えると、カインの質問は当然の事と言えた。それにノアはたった一言、答える。

「古い友人との、約束を果たす為に」





 結局彼等はオリビアの岬に来る事となった。カインは理由を具体的に説明しないノアに少々浮かない顔だったがマリアが、

「カイン、どうか理由は聞かないであげて、そして私からもお願いするわ、行ってあげて」

 と、頼んだ事もあって、船をここに向けた。

 ここ、オリビアの岬は、オリビアという女性が運命に引き裂かれた恋人、エリックを想いその身を投げた場所で、しかし死に切れないのか彼女の怨念が通り行く船を呼び戻すと言われている場所だ。

 カイン達の船はそこを通ろうとする。すると、どこからか悲しげな歌声が聞こえ、蒼天がにわかに掻き曇り、穏やかだった波が急に荒れ始め、船が何かの力によって引き戻され始めた。

「これが・・・オリビアの呪いだと言うの・・・?」

 周囲を見回して言うマリア。ノアは船の舳先に立ち、暗雲の立ち込める空を、睨みつけるようなものではない、だが笑っているわけでもない、そんな眼で、静かに見据えていた。

「オリビアさん、エリックさんからあなたへの伝言があります。僕はそれを伝えに来ました」

 誰かに話しかけるような調子で言うノア。実際話しかけているのだろう。姿は見えないが、急に海が荒れ始めてから、何か強力な気配のようなものを感じる。これがオリビアの怨念なのだろうか。

 そして、ノアが話し始めてから、僅かではあるが波や風が治まったような、そうマリアは感じた。

「『君を愛していた、幸せになってくれ』・・・・・・エリックさんはそう言ってました」

 ノアは懐からロケットを取り出す。幽霊船でエリックから預かった物だ。

「これはまだ国にいた時、あなたがエリックさんに贈った物、そう聞いています。これをあなたに渡すようにと、そう言われてもいます。あの人との約束を、果たします」

 そう言うとノアは手の中のロケットを海の中へと投げ入れた。ロケットはすぐに波に掻き消されるほんの僅かな波紋を立てると、海の中へ消えていった。

 すると暗雲の立ち込めていた空も、波の荒れ狂っていた海も、それが嘘だったかのように治まり、カイン達の船が通る前と同じ穏やかな空と海に戻った。それはオリビアの怨念が成仏することが出来たのか、それともただ自然に、治まるべくして治まったのかは分からない。だがノアは見た気がした。幸せそうに手を繋いで笑いあっている、青年と女性の姿を。

 それは彼の願いが見せた幻だったのかもしれない。だが、それでもノアはその瞳を閉じ、祈るようにして呟いた。

「どうか・・・二人とも幸せに・・・・・・」





 オリビアの岬の先には小さな島があり、そこには祠があった。船を下りてその祠を探索する三人。

 そこは長い間、人が使っていた形跡もなく、薄暗く、蜘蛛の巣が所狭しと張っていた。どうやらここは牢獄に使われていたらしく、いくつかある牢屋の中にはいずれも無残な死体が転がっていた。

「ああ、もう!! うっとうしいわね、メラゾーマ!!]

 マリアが顔に蜘蛛の巣がかかった事に怒ったのか、メラゾーマを放ち、蜘蛛の巣を焼き尽くそうとする。中々迫力満点な掃除だ。マリアの放った火の玉は凄まじい熱量で蜘蛛の巣を焼き払っていく、が。

「あ・・・」

 ドオオオオン・・・・・

 頭に来ていたせいで火力の調整が上手く出来ていなかったのか火の玉は直進し、そのまま突き当たりの壁に当たり、直撃した部分は気化、その周囲の部分は溶解させてようやく消えた。

「ちょっとマリア!! いくらなんでもやりすぎだよ!!」

 と怒って言うカイン。この建物はかなり古い。今の衝撃が原因で崩れ落ちたりしかねない。戦って死ぬならともかく、こんな所で仲間のドジで死ぬなど確かに死んでも死に切れないというものだ。少し険悪な雰囲気になる二人。だがノアが、

「ひょっとして怪我の功名かな? 二人ともあれを」

 と、指を差していた。二人がその先を見ると、マリアの破壊した壁の先に空間があった。警戒してそこに入る三人。そこは飾り気の無い小さな部屋で、その部屋の中心の他の床より一段高い祭壇のような所に、一本の剣が突き立てられていた。

「これは・・・」

 カインがその剣を手に取る。その瞬間、彼の頭に膨大なイメージが流れ込んできた。

『なっ・・・・・・これは・・・』

 カインにとってそれは夢の様であった。そこでは自分はサイモンと呼ばれていた。

 ひょんな事から手に入れた名剣。

 修行の日々。

 出会った女性。

 蜜月の時。

 産まれた子供。

 幸福な時間。

 豹変した王。

 いわれなき罪により流刑に処せられる自分。

 この誰も来ない牢屋に幽閉される自分。

 そして・・・死。

 それは一人の男の生涯を瞬時に体験しているようだった。カインは彼自身気付かないうちに涙を流していた。どれほど無念だったろう。理不尽な理由で自分の力を世のために役立てる機会を奪われて・・・家族に別れを言うことも出来ずに・・・

「・・・イン・・・・・・カインッ」

「!!」

 自分を呼ぶマリアの声にハッと意識を取り戻すカイン。周りを見ると、そこは祠の中だった。心配そうに自分を見ているマリアやノアの姿も見える。カインは自分の右手に握られている剣を見た。

 夢の中の自分も同じ剣を持っていた。するとあの夢はこの剣が・・・?

「カインどうしたの? いきなり倒れてしまうから心配したのよ? 体の具合でも悪いの?」

 と、マリア。カインはマリアを落ち着かせて、自分の体験を話す。一笑に付される、と思っていたが、

「それはきっとその剣がカインに見せたんだね」

 ノアがカインの持つ剣をしげしげと眺めながら言う。

「見せた・・・?」

「そ。以前にも言ったろう、物にも魂は宿ると。その剣の魂が前の主の記憶をカインに見せたんだよ、きっと・・・・・。サイモンって言ったよね。前の主・・・するとその剣が噂に名高いガイアの剣か・・・」

「ガイアの剣・・・・・・」

 カインは改めてその剣を見る。

「・・・・・・」

「ここにはもう用は無い、行こう」





 こうしてガイアの剣を手に入れたカイン達はネクロゴンドに向かった。

 ネクロゴンドに入る為にはどうしても通らねばならない所があった。

 そこに近づくにつれ、カインの表情は険しくなり、口数も少なくなっていく。

 船を浅瀬につけ、モンスターどもを一蹴しながらそこを登る。そして頂上に着く。カインは体から力が抜けたように座り込んでしまった。それにマリアもノアも何も言わなかった。こうなることは予想出来たから。

 ここはこの世にたった一つの火山。勇者オルテガが魔物との死闘の果てにその火口に落ちたという火山である。









第17話 完