第14話・幽霊船
海賊のアジトにて船の修理を終え、海賊のお頭から餞別としてレッドオーブを受け取ったカイン達。これで手に入れたオーブはノアの持っていたグリーンオーブ、ジパングで手に入れたパープルオーブを合わせて三つになった。
そして再び彼等は旅に出る。海賊たちの話からグリンラッドというところに不思議な老人がいるらしい、そこでその老人にあってみよう、ということになった。不思議な地図によればここからグリンラッドなら北上するより南下したほうが早い。ということで船は一路南へ、その際幾度かモンスターの襲撃はあったものの問題なくグリンラッドに到着した。
「ハックション!!」
厚着をして雪だるまのようにモコモコした格好のフォズがくしゃみをした。無理もない、ここグリンラッドは世界最北の地でありしかも現在の天候は猛吹雪。凍てついた空気が風に引き裂かれる。そしてその引き裂かれた空気が肌に突き刺さる。ほとんど文字通りに寒い、ではなく痛いという感覚を与えるのだ。おまけに視界も悪い。何メートル先も見えない。
それでも前進を続けるとふいに吹雪が止んだ。いやそれだけではない、雪も積もっていないし気温も暖かくなっている。よく見ると自分達の今立っている所とすぐ後ろの今まで歩いていた所とでまるで別々の世界、グリンラッドとどこか暖かい土地を繋ぎ合わせてある様になっている。
「これは・・・?」
辺りを見回しながら言うフォズ。今立っているところは気候が温暖なので厚着を脱ぐ。
「一種の結界のようね、何かの魔力で周囲の冷気を遮断しているのね」
とマリア。賢者の面目躍如、といったところか。
「みんなあれを・・・」
肩に積もった雪を払いつつ、ノアが指差す。その先には一軒の家があった。
「こんな所に一軒家、しかもこの結界の中心・・・何かあるわね」
「あそこが海賊さんたちの言っていた老人の家なのかもしれない、行ってみよう」
そうして四人はその家に入った。そこでは・・・・・・
「おおっ、それはまさしく変化の杖!! お願いじゃそれをワシにくれ!!」
なるほど不思議な老人がいた。見ず知らずの相手の荷物の中にあった変化の杖を見ていきなりそれをくれ、とは。変わり者と呼ばれても仕方ないだろう。
勿論その申し出に四人は顔を見合わせる。いきなりそんなこと言われたら当然の反応だろう。その行動から「渡そうか? 渡すまいか?」ではなく「どうやって渡さないように説得するか」と考えているのが分かる。
老人もそれを感じ取ったのかはたまたいきなりよこせ、というのは虫が良すぎると思ったのか、
「ただでとは言わん、ワシの持っている船乗りの骨と交換ではどうじゃ?」
物々交換を申し出てきた。しかしこれにはマリアとフォズが露骨に嫌な顔をした。それも当然だろう。貴重な魔法具である変化の杖と怪しげな人骨を交換しようなどとは。ある意味ただよこせと言っていた時より老人に対する印象が悪くなった。
その時ノアが前に出ると老人の肩を掴んで言った。
「僕達この魔法具を手に入れるのに結構な手間を掛けたんですよ、それがそんな骨と等価値ですって? これは色々と話し合わなければなりませんねぇ」
猫なで声で言うノア。だがカイン、マリア、フォズは背筋が冷たくなるのを感じていた。なにやら黒々としたオーラがノアの体から発せられているようにも見える。
「二人きりで話しましょうか、すまないけど三人ともちょっと外で待っていてくれる?」
カイン達は逃げ出すようにして外に出た。外は結界によって温暖な気候に保たれているので待つ分には別に問題はない。それよりもノアの全身から放たれる妖気の充満した室内にいることのほうが辛かった。
「ノアは一体何をするつもりだろう・・・」
カインが言う。考えないようにしていたがついつい口に出てしまったのだ。彼のしでかす行動を想像して、自分でも何か空恐ろしくなるのを感じる。
「そこの窓から見てみれば・・・」
窓を指差して言うマリア。カーテンも下りていない、これなら中の様子は十分覗ける。フォズが窓に近づいて覗き見ようとすると、
ドン!!
「わあっ!!」
何かが爆発したかのような轟音と共に真っ白い光が家の中から放たれフォズの目をくらました。
「え・・・」
「なっ・・・」
一瞬呆気に取られるカインとマリアだが慌てて家のドアを開け中に入る、そこには、
「ああ、カイン。話はついたよ。おじいさんはこの骨の他に色々と珍しいアイテムを分けてくれることになったよ」
「ああ、そういうことじゃ」
やけにさっぱりした様子のノアと青い顔の老人がいた。ノアからは先程の妖気も感じない、一体何をしたのか・・・気になったがカインはブンブン、と頭を振り、考えないようにした。
老人からは船乗りの骨の他に黄金のティアラや銀の髪飾りなどを変化の杖と交換してもらった。銀の髪飾りはノアが、
「ほら、あげるよ」
とフォズにプレゼントした。ノアからの初めてのプレゼントにフォズは感無量、といった様子だった。
「ここにはもう用はない、次の目的地に出発しよう」
そうして船に乗り込み次の目的地に向けて出発しようとした時、異変は起こった。それに最初に気付いたのは本日の操舵係のマリアだった。
「・・・? 舵が・・・重い?」
そういつもと比べて明らかに舵が重くなっている。次にフォズが例の骨を入れた道具袋がうっすらと光っているのに気付いた。袋を開けてみると予想通り船乗りの骨が発光していた。
カインが注意深く骨を手に取り、調べる。
「これは・・・何か怨念のようなものを感じるな・・・・・・」
カインは魔力とかそういうものはよく分からないが直感でそれが分かる。マリアが慌てた様子で叫ぶ。
「ちょっと、船が勝手に動いてるわよ!!」
全員その言葉に彼女を見る。確かに彼女の言う通り彼女が舵から手を放しているのに舵は勝手に動いている。
「ちょっとかして」
ノアはカインの手から船乗りの骨を受け取るとしげしげと見つめる。彼の手の中でも船乗りの骨は光を放ち続けている。そしていずこかの方角を指し示そうとしているのかカタカタと動いている。
「僕達を・・・何処かへ導こうというらしいね・・・怨念には違いないけど・・・どこか希望にも似た感情を感じる・・・」
そう言うとノアは瞳を閉じ、精神を集中させる。
カイン達はそれを以前にも見たことがあった。ヤマタノオロチとの戦いで彼の愛刀、凰火の“声”を聞き、己の限界以上の力を発揮した時、あの時も剣の“声”を聞き取るため精神を集中していたようだった。
「・・・お願いだ・・・」
ノアの口からほとんど棒読みで言葉が漏れる。彼自身が喋っているのではなく、船乗りの骨に残留する思念を心を開くことで読み取り、それが彼の口を通して自然に出てくるのだ。
「・・・誰か・・・あの船を見つける事ができたのなら・・・彼等を・・・まを・・・かい・・・ほ・・・・・・」
そこまで言って眼を開くノア。そこで思念は途切れていた。
「ノア・・・」
覗き込むようにして自分を見ているフォズに気付く。ノアはフッと笑うと言った。
「いいじゃないか。何処へ導こうというのか、連れて行ってもらおうじゃないか」
二、三本髪を引き抜き、それを紐代わりに骨を吊るす。吊るされた骨はクルクルと周り、やがて方位磁石の様にある方角を指し示す。どうやら船もその方角へ進もうとしているようだ。
カインやノアの言うようにこの骨は自分たちを何処かに連れて行こうとする意思のようなものが働いており、それがこの船を動かしているらしい。
「まあ、いつ戦闘になってもいいように準備だけは整えておいて。僕が見張りをしておく」
三人はとりあえずその言葉に従い船室に入る。甲板に一人残ったノアは舳先に立ち、腕を組み、何か考えているようだった。その眼は水平線を、その先にある何かを睨み付ける様に鋭い光を放っている。
『あの声は・・・忘れもしない・・・あの人の・・・どうして今更・・・伝えていいのか? 真実を・・・それに耐えることができるのか?・・・どうなんだ・・・?』
考えているとふいに異様な気配を感じ、内に沈んでいた意識を外に向け解放する。いつの間にか周囲は不気味な霧に包まれていた。
「来たか・・・みんな!!」
三人を呼ぶノア。三人とも準備はしていたようですぐに甲板に上がってきた。
「わ、何この霧?」
「何か・・・嫌な予感がするわね」
「ノア・・・これは?」
ノアは視線を船の進行方向に向けたまま答える。
「・・・なんだろう、負の生命力を感じる」
「負の生命力?」
鸚鵡返しに聞くカイン。すかさずマリアが解説する。
「アンデッドの生命の源の事ね。するとこの霧もアンデッドの・・・なにあれ!!」
解説の途中、マリアが前方に何か青白い光が輝いているのを見つけた。そして船が近づくにつれ、それの全体像が見えてきた。
船だ。帆はボロボロになり、船体のいたる所にキズがついた不気味な船。近くで見てもその船の甲板に動くものは見当たらない。
「無人船・・・いや、幽霊船・・・?」
カインが口にしたことは他の三人も感じていたことだった。船乗りの骨は蒸発するようにして消えてなくなった。
「この船に僕達を導きたかったようだね」
ノアは腰の剣を抜き、いつでも戦える状態で幽霊船に乗り込もうとした。その時フォズが突然頭を抱えてしゃがみこんだ。
「!?」
「・・・あさん・・・と・・・うさま」
うわ言のように何か言っている。頭痛? いや、これは・・・
「どうしたのフォズ?」
「気分でも悪いのか?」
カインとマリアが心配そうに駆け寄る。ノアは何かを考えているようだったがややあって言った。
「二人ともフォズを船室へ運んでやって、この船は僕が調べてくるから」
「一人じゃ危険だ僕も・・・」
とカイン。だがノアはカインを制すると、幽霊船に飛び移った。カインとマリアはノアの力は知っているし、とりあえずフォズを船室に運ぶことにした。
幽霊船に乗り込んだノアはまず船長室の扉を開けた。そこには立派な服を着た骸骨がなにやら騒いでいた。
「どんな嵐が来ようとワシの船は決して沈まないのだ、ハハハハ・・・ん?」
その幽霊船長はノアに気付くとまた分けの分からないことを喚き立てた。
「何だお前は? そうか、新しくこの船に乗った船員だな? それで船長のワシに挨拶に来たというわけか。感心、かんし・・・?」
幽霊船長はその言葉を最後まで言い終えることはできなかった。ノアが右手に持っていた剣で一刀両断にされていたからだ。体はバラバラになり、頭蓋骨がノアの足元に転がる。
「貴様それでも海の男か、恥を知れ」
「ワ、ワシの船は・・・ああああっ!!」
吐き捨てるように言うノア。幽霊船長は頭部だけになってもわけの分からないことを叫んでいたが、
グシャアッ!!
ノアはその頭蓋骨を粉々に踏み砕いた。そして船長室を調べる。そして、
「あった・・・」
ノアは机の引き出しからペンダントを見つけた。ただのペンダントではない。はめ込まれた宝石が異様な光り方をしている。
「・・・」
ノアはそのペンダントをポケットに入れると、船長室を出て、階段を下り、下の階への扉を開く。そこには、
「やはりね・・・」
多くの腐乱死体があった。だがただあっただけではない。それらが動き、船を漕いでいた。
ノアはその中を歩いた。腐乱死体たちはノアを気に留める様子もない、あるいは本当に気付いていないのかもしれない。そんなことを考えながら辺りを見回していた。その視線が自分の足元の動かない死体に留まる。しゃがみこんでその死体を観察する。すると、
「君は・・・?」
突然後ろから声を掛けられた。普通なら驚いて振り返るところだろうがノアは予想通り、という風にゆっくりと立ち上がり、振り返る。そして言った。
「お久し振りですね、エリックさん」
第14話 完